FCバルセロナのエンブレム

ジョセップ・グァルディオラ

偉大なるバルサの象徴'ペップ・グァルディオラ'


<出身地>
バルセロナ(スペイン)

<生年月日>
1971年1月18日

<身長>
180cm

<体重>
76kg

<ポジション>
ボランチ

<代表歴>
スペイン代表 47試合 5得点

<バルサデビュー>
1990年12月16日

所属クラブ シーズン タイトル
バルセロナB[2部] 84-90 なし
バルセロナ 90-01 91-92 リーガーエスパニョーラ、ヨーロッパチャンピオンズリーグ、スーペル・コパ
1992年 バルセロナオリンピック金メダル
92-93 リーガーエスパニョーラ、ヨーロッパスーパーカップ、スーペル・コパ
93-94 リーガーエスパニョーラ
94-95 スーペル・コパ
96-97 スペイン国王杯、ヨーロッパカップウィーナーズカップ
97-98 リーガーエスパニョーラ、スペイン国王杯、スーペル・コパ、ヨーロッパスーパーカップ
98-99 リーガーエスパニョーラ
ブレシア 01-02 なし
ASローマ 02-02(12月) なし
ブレシア 02(12月)- なし


あなたに似合うユニホームはブラウグラーナだけ・・・


<コメント>
カタルーニャ人の血を引き、バルセロナで育ち、バルセロナで戦ってきた。
まさに「バルサの象徴」である。
1990年、バルセロナBにいた彼をトップチームに引き上げたのは、
当時のバルセロナ監督であったヨハン・クライフだった。
クライフに見出された彼は中盤の核として頭角を現していく。
そして1992年ウェンブリーで、バルセロナ悲願のヨーロッパチャンピオンの座につく、
そしてバルセロナオリンピックでも勢いに乗り金メダルを獲得、
そのとき彼はすでに”ドリームチーム”バルセロナにとって
無くてはならない選手になっていた。

身体能力はクライファートリバウドと比べると比べ物にならないほど劣っているが、
彼の最大の特徴は視野の広さや状況判断のよさである。
そして彼は中盤のメトロノームとして見事なサイドチェンジ、スルーパスを味方に供給する。
その見事なサイドチェンジ、スルーパスは攻撃にリズムを与え
チームを1つの芸術へと昇華していく。それは相手にとって脅威以外何者でもなく、
ボランチでありながらマンマークをつけられるのはその為である。

しかし2001年の4月13日突然の退団発表、そして3ヶ月にも及ぶ浪人生活の末
選んだチームは、イタリアのブレシアだった。
3ヶ月ものサッカーからの離脱・今までとまったく違うサッカー文化・言葉の壁。
(イタリアではイタリア語を話さない人は”所詮よそ者”とみなされる)
しかし彼ならきっと大丈夫だろう。

そしていつの日かまたバルセロナに戻ってきてほしい。「バルサの象徴」である


”ペップ・グァルディオラ”



はあなたしかいないのだから・・・


                                       
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