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 試合結果や連絡事項などばかりではホームページとしてはあまりに味気ない。多少はTAKUYAやFUMIYA、はたまた管理人であるnatafuの人となりも出そうかな、ということでこんなページを思いついてみました。

2006年3月までTOPページにおいていた写真です。
写真の上にカーソルを置いてみてください。


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最近のTAKUYA(2005年2月)
   昨秋の新人戦。多少のアクシデントがあったにせよよもやの最下位。
 そんな結果を受けてどんな感じで練習に取り組んでいるのか、多少は練習に気合いが入ったのか、実はあまり観ていないのでよく分かりません。

 それでも先日、久しぶりに練習を観た時には、けっこういい動きをしてました。たまたまそのときだけだったかも知れませんし、ひいき目かも知れませんがそれなりに上手になっているようです。特にボ−ルがない時の動きが良くなっていたように思いました。以前は攻撃にしろ守備にしろ何をしていいのか分からない感じでボールウォッチャーになっていることが多かったように思いますが、今はそれがだいぶ少なくなり、逆に自分なりの読みとかイメージを持ったメリハリのある動きが多くなってきたように感じました。
 このホームページを立ち上げた時、『いつも狙いを持ってプレーして欲しい』なんてことを書いた覚えがありますが、それが今やっとできつつある感じです。

 それと、うまく言えませんが、ただ蹴るだけ、走るだけではない、駆け引きとか連係といったサッカーのゲームとしての面白さが分かる段階にやっと入ってきたのかなぁ、というところです。それとは逆に難しさもを感じ始めるのかも知れませんが。

 “遅ればせながら”という感じがしないでもないですが、嬉しい限りです。    (2005.2.1up)



最近のFUMIYA(2005年2月)
   最近のfumiyaについて書こうと思いましたが、ちょうどいいものがありました。サッカーノートのコーチのコメントです。実際は大学ノートに赤いボールペンで書いてありそのままお見せしようと思いましたが、スキャナー取り込みの画像ファイルでは文字が判読できそうにないので打ち直すしました。

コーチのコメント
(まずはfumiyaの「ビデオを観て…」という書き込みに対して)
 あとから試合を見直すことはとてもいいことだと思います。
 次はそこで感じたことを練習やゲームでやってみよう。はじめは意識しなければできません。そして何回もやっていくうちにそれがクセになります。つまり意識しなくてもできるようになります。そうなることを目的に練習をします。したがって、練習の時にどんどんトライしましょう。


(次は最近のfumiyaを指導していての感想でしょうか)
 ごくろうさまでした。今コバに求めているのは次の2点です。
   @「相手を倒してでもゴールを決めるぞ!!」という強い気持ち
   Aボールフィーリング(コントロールを含む)がもっともっとうまくなること
 現在サイドバックというポジションをやっていますが、このポジションはものすごく走らなければならないポジションなので少し大変かな?と思いますが、自分が「つらい」とか「きつい」とか思ってそれに負けてしまうか、打ち勝つかは自分との戦いです。コーチは今、コバは少しつらくても頑張って今のポジションをこなしていけば、ゲーム体力もついてくるし、将来の役に立つと考えています。
 他のポジションとくにFWをやりたいだろうけど、今はそのポジションを任せられても機能できないとコーチは考えます。しかし、将来(6年生の時かも知れないし、中学、高校あるいはもっと上のカテゴリーかも知れない)はきっとFWもできるようになると思います。それには、今のポジションをしっかりこなしていこう。
 コバはボールフィーリング(コントロール)はチームでも1、2の実力を持っているとみています。しかし、相手のプレッシャーがきつくなった時に、なかなか自分の思ったところにボールを運ぶことができなくなっているのを感じていると思います。チーム1、2といわずにもっと上を見て(目標を高く持って)ボールコントロールの練習を毎日欠かさずしてください。
 体力的なことやスピードについては、現段階ではどうすることもできないし、気にすることはありません。練習を一生懸命やっていけば自然に身につきます。
 それ以上自分が望むなら、無理のない範囲で自分で努力してみよう!!
 ガンバレ!!気持ちを強く持って。期待しているぞ!!


 まさにこのとおり。さすがコーチ、よく見てます。『よく見てるよなぁ、いいこと書くよなぁ』と感心します。ここのところ別のコ−チにコメント書きを任せていたようなので、コーチ自身も言いたいこと、伝えたいことがたまっていたのかも知れません。
 ただ一つコーチの見立てが違っているのは『ほんとうはFWをやりたいんだろうが…』というくだり。どうも本人はとっくに諦めていて、FWへの強い執着はないみたいです。そんな淡泊なところがコーチには物足りないのでしょう。私も傍らで『気合いだ!気合いだ!…』と連呼してやりたい気もしますが、あの平和そうなのんびりした笑顔を目の当たりすると『まぁ、いいか。そのうち気づくだろう』と思いとどまってしまう今日この頃です。
                                                         (2005.2.1up)



最近のTAKUYA(2004年9月)
   2003年4月から中学生。現在中学2年生。
 サッカーも中学部活で頑張ってます。
 『中学ではどうかなぁ』と心配していましたが、小学時代にも増してサッカーを楽しんでいる様子です。
 部活といえば、昔なら“新入部員はボール拾いとランニング”というのが定番。今から30年前、私が中学で野球を始めた頃はもちろんそうでしたが今ではそうしたしごきの類もなく、また中学入学と同時に小学時代のスポ少指導者が中学部活の外部コーチとして部活の指導をすることになったことあって部活にもスムーズにとけ込めたようです。
 1年生リーグもあり月1くらいのペースで試合があったこともモチベーションを維持するのに役立ったのかもしれません。
 中学に入ってからも、デフェンスやサイド、ボランチやフォワードと、キーパ−以外のすべてのポジションをやらされています。言い方を変えれば「未だレギュラーポジションを確保していない」ということなんですが、それでも3年生に混じってぽつぽつと試合に出してもらっているようです。最近はフォワードで起用されることが多いようですが、なかなか…。
 1年の頃のプレーぶりはなんだか小学校の延長のような感じでしたが、今年の春先、自分でも「最近調子がいい」と言い、私自身もプレーぶりを見ながら「おっ、うまくなったなぁ」と感じた時期がありました。技術的にも“止める”“蹴る”をはじめボールをコントロールすることがだいぶできるようになってきたようで、以前に比べればボールを失う場面が少なくなってきたように思います。まだまだ「とりあえずどうにか味方につないでいる」だけですが、まあ、そのうちもっと上手になり目を見張るようなプレーをして見せてくれるのではと期待しています。その兆しがあるんですが…って思うのは親のひいき目かも知れませんね。体の線も細く走力もありませんが、そういう日がいつか来ることを信じています。
 最近、本人も「サッカーとは縁が切れないかも」と言っています。サッカーとどう関わっていくのか具体的なことは聞いてません。おそらく本人自身も、具体的なもの、確固たるものはまだ見えていないでしょう。今のようにコツコツと続けていってくれればそのうち見えてくると思っています。
                                                          (2004.9.10up)



最近のFUMIYA(2004年9月)
   この夏休みは上達の大チャンス!などと思っていたのは親だけで、本人は暑いところを避け部屋の中でひたすら“避暑”。もちろんスポ少やスクールには喜んで出かけていましたが、その練習自体も盆などで休みが多く、そのうえ家でボール遊びをすることもなく、『ボールと友達』と言うにはほど遠い状態でした。
 夏休み後半には始めての遠征もあり、サンフレッチェさんや広島高陽さんの胸を借りる機会もありましたが、まったく歯がたたず“玉砕”といった感じでした。遠征前は『5点獲る〜』などと随分意気込んでいましたが…遠征中に足を痛め、最終日はひたすらベンチ。大敗して悔しかったのか、足が痛くてもどかしかったのか、本人がどう感じたか表情からうかがい知ることはできません。なんせとりあえず見た目は平和なキャラですから…。
 この夏までは、試合出場の機会もほぼ均等に与えられていましたが、最近になってコーチから『これからはみんな同じように試合に出られるとは思わないでくれ』とも言われたようです。この年末にはいよいよ公式戦もあるし、それもやむを得ないこと。そんなコーチの発言をわざわざ私に教えてくれたりすることからすると本人もけっこうプレッシャーを感じているのかも知れません。
 最近の足痛は、足の裏だったり、足の付け根(股関節)だったり。練習で走り回ったりすると出てくるようです。オーバートレーニングと言うほどの練習時間ではありませんが、体重が重い分負担が大きいのかも知れません。練習を休んだりして調整していますが、なかなか…。医者から『足のグーチョキパーをするように』と言われ、自分でも気がついたときにやっているようです。ストレッチをやろうとしたり、自分で自分の体のケアをしようとしているところを見ると、それなりに“やる気”が出てきたのかも知れません。

 ああした方がいい、こうした方がいい、もっと走れればなぁ…などと、言いたいこと、物足りないことは山ほどありますが、しっかり胸の内にしまい込んで、今はひたすら『よかったぞ。頑張ってたなぁ』とほめています。時々子供を追い越してしまいそうになっている我が身に気づき、「いけない、いけない。前に出ない、前に出ない」と言い聞かせている今日この頃です。笑
      (2004.9.10up)



TAKUYA(COCO) 1990年生
   我が家にサッカーを持ち込んだ功労者(?)
 おかげで、我が家はすっかりサッカーフリークです。Jリーグはもとより、TVでサッカーしていればすべてチェック。スタンドへ足を運ぶこともしばしば。「他にすることないんかぁ?」状態です。

 小学2年からFC.MINAMI。5年からくにびきSSも。

 サッカーのきっかけは何だったのかと聞いてみたところ、「紙をもらって、それを見たらやりたくなった」とのこと。「友達から誘われた」というわけでもなかったようです。今でもそうですが、いろんなことがやってみたいタイプで、スイミングや学校の陸上や体操などいろいろチャレンジはしましたが…そんな中で続いているのはサッカーだけ。きっと、MINAMIの練習頻度や、友達を含めた雰囲気が合ったのでしょう。それと「おかあさん」でしょうか。

 ところでそのおかあさん。低学年の頃から通して我が子たち(COCOたち6年生)の練習や試合を見てきた時間はおそらくチーム1。今振り返れば、私があまり興味を示していなかった低学年の頃から、練習を見ては「頑張ったね」とか「惜しかったね」と言葉を掛けていました。おかあさん自身はスポーツが苦手なタイプなので、我が子が楽しそうにボールを追っかけている姿が見られるだけで嬉しかったのかも知れませんが、いずれにせよ出来もしないのにあ〜だこ〜だと文句を言う私よりははるかに励みになったはず。結局、私がしゃしゃり出たので本人は役員などすることなかったものの立派なサッカーママさんです。

 TAKUYAは背も低く華奢。親に似てスピード、パワーには恵まれず、器用でもない。でも、よく頑張っていると思います。FC.MINAMIでは、試合が多くなった5年生以降もDF、MF、FWと様々なポジションで起用してもらい、いい経験をさせてもらったと思います。

FC.MINAMI2002年度6年の仲間たち

 いよいよ中学校。部活でサッカーを続けるでしょうが、どちらかといえば気迫が表に出なイプ。それだけに、もっとどろどろになって労を惜しまず動きまわり、どんなボールにも食らいついていくような、もっとわがままで、思い切りのいいプレーが出来れば…と思います。                    (2003.2.28up)


                                                             
FUMIYA(SODO) 1993年生
   小学1年からFC.MINAMI。3年からくにびきSSも。

 お兄ちゃんがサッカーを始めたのにあわせ幼稚園の頃からボールを蹴り始め、その頃からおかあさんに連れられてMINAMIの練習をよく見ていたので、「小学校入学」と「FC.MINAMIに入る」ことは切っても切り離せないことだったようです。

 いつもお兄ちゃんと一緒にいることが多いため、普段から6年生にサッカーで遊んでもらったり、6年生の練習や試合の時もいつも一緒にいるので、ボールに触れる機会は多いようです。そんなことなので、6年生やそのお父さんお母さんたち、MINAMIのコーチからいろんな意味で可愛がられ、サッカーについて言えば、まさに「お兄ちゃんの恩恵を一身に受けている」って感じです。

 まだ3年生。まだまだこれから。けっしてスピードがあるわけではなく、器用なでもないですが、3年後には「読売ランド」に連れていってくれないものかと、ひそかに期待しています。       (200.3.2.28up)



おとうさん(私) 1959生
  趣味:写真(カメラ)、熱帯魚、パソコン
    他にもなんかあったような…だいたい3年ごとに変わります。

スポーツ歴:テニス、スキー、ゴルフ、野球

 このうち本格的にやったのは野球。
 中学(軟式)、高校(硬式、1年時のみ)、大学(準硬式)。
 個人的には全くダメで万年補欠でしたが、チームはそれぞれのカテゴリーでけっこう好成績を残していました。

ほかに好きなもの:お酒(ほとんどアル中?)
    ちょっと野球の話

○中学 県大会優勝、中国大会優勝(3年)
 例年になく学年の人数が多く、最終的には18名居た。私は背番号13。チーム内での力関係で言えば、FC.MINAMIにおけるCOCOと同じようなポジション。やはり“蛙の子は蛙”か。
 同級生や先輩にはセンバツ出場者、2学年上にはプロ野球で活躍された方が2名。当時けっこう強いチームでした。

○高校 秋季中国大会出場(1年)
 当時部員が少なく全員ベンチ入りできた。私はベンチでスコアブック付け。
 1年終了時に退部。その夏、チームは甲子園の出場権をかけた決勝戦で8回裏一度は逆転しながらも、9回表2死から逆転打を許し惜敗。母校が最も甲子園に近づいた一瞬でした。野球部OBではないけれど、やっぱり甲子園の土を踏んで欲しいものです。

○大学 大学準硬式野球全国大会(1、2年)
 同好会に毛が生えたような準硬式野球部。顧問は居るものの、練習から試合の采配まで学生任せ。 私の中で野球が一番楽しかった頃。しかも、うまい先輩たちに巡り会い全国大会へ連れていってもらいました。
       baseball(大学準硬式野球の頃)

       (2003.2.28up)


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