僕は2002年8月27日に日本を発ち、28日にユーゴの首都ベオグラードに着きました。空港からはなぜかバスが動いていなかったので、タクシーを利用し市内に入りました。タクシーのおじさんはまだ片言しかセルビア語をしゃべれない僕に簡単な言葉で話し掛けてくれました。僕が、ピクシーの話をすると思いのほか話が弾んで楽しい会話になりました。ユーゴではピクシーがいたということで名古屋の名前は結構有名みたいです。そうこうするうちにホテル「スラヴィア」に着き、勘定のときにまだ金銭感覚が全然できてなかった僕は50ユーロも払ってしまったのです。約6000円って、高っ!まあ、空港から市内へでる時にぼったくられるのはどこの国にもあることだし、おじさんとの会話は楽しかったのでそんなに気にしないでおこうと自分に言い聞かせることにしました。それにしてもあほやった。

 

 8月29日

 この日はベオグラード大学に行く用事があったので、街をうろうろしました。ベオグラードはまだ、NATOの空爆の跡が残っていました。タクシーのおじさんもアメリカがどうこうと言っていました。でも街はかなり大きく、僕にはイタリアの街並みに似ているように感じられました。ベオグラード大学は街の中心部にあり、日本の大学のように門やしきりがなく、街並みのなかにいきなり立っていました。普通に歩いてたらわからないかも。ユーゴの若い女の人はみんなきれいで、大人びています。男の人もほりが深くてかっこいい人が多い。みんな身長が高くて、女の人でも普通に170センチ以上ある。

 この日はカレメグダン公園とクネザミハイラ通りを歩きました。カレメグダン公園はガイドブックに載っているベオグラードの数少ない観光名所の一つで、緑が多く、リラックスしたい時に利用するそうです。高台からは街を見下ろすことができ、ドナウ川とサヴァ川が合流するところが見れて壮大です。僕が見たときは、ドナウ川のもっと上流の方で洪水があったからかよくわかりませんが、ドナウ川が濁っていて川の流れが合流する様子がはっきりとわかりました。

 その後はメインストリートのクネザミハイラ通りのオープンカフェでコーヒーを飲んで帰りました。通りの名前は昔のミハイロ公の名前からきています。

 

 8月30日

 またぼったくられた!街の中心から家までのタクシー代が500ディナール(約1000円)って、たけえ!昨日、泊めてもらってる家の人と一緒に乗ったときは200ディナールだったのに。ピクシーの話をして仲良くしてて気が付いたらメーターが400ぐらいになってて、さらにおっさんが勝手に道間違えて結局500ディナールになった。外国人がタクシー使うときは油断しちゃいかんね。身にしみてわかりました。行くときはバス使ったんだけど、帰りは複雑でよくわからなかったからタクシー使ったんだけどよくなかったね。

 この日の夜、家の人(彼の名はミロシュ)と一緒にゲームをしに行った。「カウンター・ストライク」っていうPCでやるゲームなんだけど、今ユーゴではこれが大流行しているらしい。子供も大人もこのゲームのせいで仕事をしないとミロシュが言っていた。PCが何台かある部屋で、警察とテロリストの2グループに分かれて撃ち合うんだけど、なかなか面白かった。自分のPCには自分の視点しかでないから、敵がどこに潜んでいるかがわからない。待ち伏せしたり、相手の背後をとったときとかはかなり気分がいいね。コンピューターとじゃなくて複数の人間とやるのが奥が深い。

 

 8月31日

 この日は泊めてもらってる家の長男のマルコが明日から軍隊へ行くために送別会が催された。日本ではパーティーっていったらみんながそろってから「乾杯!」で始まるけど、こっちは適当にぞろぞろときて適当に飲んで食べて話をして帰っていく。いつからっていうのがない。ちょっと変な感じがしました。

 ユーゴの家ってみんなすごくフレンドリーで(この家だけなのかもしれないけど)、家に来てる友達が普通に電話にでる。「ハロー、誰?」って感じで。で、むこうも「誰?」って聞き返して、「俺はマルコの友達だよ、用件は何?」って感じで電話を取り次いでる。日本では考えられない。すごいなーって思いました。

 

 9月4日

 今日はユーゴの食事について書きます。ユーゴの食事はあまりおいしくはないと思います。外で食べればもちろんおいしいお店はあるし、パスタやピザもあるし普通においしいです。ただ家庭料理とかホテルの食事はあまりおいしくはありません。パンが固い!あと油っこい。野菜が少ないです。あとチーズをよく食べます。この前、飲むヨーグルトを飲んだのですがすっぱかったのでびっくりしました。ぜんぜん甘くないんだよー。

 ベオグラードにはオープンカフェがたくさんあってみんなよく行きます。セルビア人はめっちゃコーヒー飲みます。豆を粉にして直接お湯にいれてあっためるトルココーヒーがあります。あとエスプレッソ、それからネスカフェを泡立てて飲むことも多いです。朝はミルクたっぷりの「べラ・カファ(白いコーヒーの意)」を飲む人もいます。僕はこれが好きです。

 ビールは「イェーレン・ピーヴォ」というのが代表的なユーゴのビールです。ピーヴォというのはビールということで鹿の絵が書いてあります。ビールについてはもうちょっと調べてみます。

 ベオグラードは学生が多いです。それも20代半ばの人が。卒業してもいい職がないから学生のままでいたり、院に進学したりすることが多いそうです。だからすごい高学歴。みんな英語しゃべれるし。かなりうまいです。セルビア語・英語プラスもうひとつくらいできたりします。

 9月8日

 サッカーのユーゴ代表がチェコに5対0で負けちゃったよー。これについては代表のとこで書いてるのでここではバスケットボールのユーゴ代表について書きます。今、バスケの世界大会が行われてて、ユーゴ代表は決勝進出を果たしました。しかもベスト8でアメリカを下しての決勝進出です。これにはベオグラード市民は大熱狂。連日「トルク・リパブリケ」っていう公園で大きなスクリーンが設置されてにぎわっています。カフェでも中継してるし、どの家でも応援してる。ちょうどW杯のときの日本みたいな状態です。僕は今日、近くのバーで酒を飲みつつユーゴを応援する予定です。楽しみだ。

 このバーのおっちゃんがいい人で、すごい僕のことを気に入ってくれてる。「最高のサッカー選手はピクシーだ」っていったらすげーよろこんで気に入られてみたい。常連さんにも「日本からきたピクシー好きだ」って紹介してくれるし、昨日はビールをおごってくれた。プレゼントももらったし。常連さんもすげー気のいい人たちばっかりで僕のお気に入りの店です。ユーゴの行って飲みに行くときは絶対ピクシーの名前を出すのがいいです。みんなすげー親切にしてくれます。

 9月9日

 ユーゴのバスケ代表が優勝しましたー!もう街中大騒ぎ。僕はバーで見てたんだけどみんな抱き合って喜んでた。そのあと「トルク・リパブリケ」に行ったらもうみんな騒ぎまくってた。車のクラクションが鳴り響いてみんな道路やらいろんなところにでて酒飲んで喜びを分かち合ってた。そのときの写真を一枚載せます。次の日この公園にいったら売店が壊されてて信号がなくなってました。すげー。

・勝利にわくトゥルク・リパブリケ

 

 9月13日

 ベオグラードは二日前から急に寒くなりました。それまでは朝と夜は長袖をはおって、昼はTシャツで十分だったのに、今はTシャツにトレーナーに朝と夜はもう一枚ほしいくらいまで冷え込みました。日本の10月後半くらいかな。また少しはあったかくなるらしいけど秋はすごく短いらしいです。

 9月14日

 この日はツルベナ・ズベズダ(レッドスター)の試合を見に行ってきました。相手はサルティド。チケットはゴール裏で100DIN(約200円)と格安でした。ユーゴの国内リーグのチケットは100DINから高くても500DINくらいみたいです。にもかかわらず客が全然入ってない。何千人か。発煙筒も3つほどでその寂しさに拍車をかけるかのようでした。そして試合はさらにお寒い内容でした。

 ズベズダが一方的に押してはいるもののシュートがポストに何度かあたったりと不運もあって点がなかなか入らずに前半終了。後半開始早々にそれまで守っていたサルティドがカウンターからなんと一点とってしまった。しばらくサルティドの時間帯があった後にまた前半と同じようにズベズダが押す展開に。そしてセットプレーから同点に追いつく。その後は勝ち越し点を狙ってズベズダが一方的に攻め立てるがそのまま試合終了。

 試合の経過とともファンがいらだっていくのがわかり怖かったです。なんとか引き分けてくれたので何事もなかったのですが、今年のズベズダは調子が悪く、ファンはかなり苛立っていました。

 ユーゴ代表がチェコに5−0で負けたり、バスケの代表が世界選手権で優勝したりと影が薄かったフットボールでしたが、ここまで国内リーグが廃れているとはとがっかりしました。

 9月19日

 今日はUEFA・CUPのズベズダ対キエーボ・ベローナ(イタリア)を見に行ってきました。前回の試合でズベズダの面白なさ、そしてスタジアムの寂しさに打ちのめされていた僕ですが、バーのおじさんたちが話していたりと何かとこの試合は話題になっていたのでちょっと期待してスタジアムに向かいました。この日は前回と違いものすごい人、人、人。スタジアムも7割くらい埋まって4万人くらいはいたのではないでしょうか。僕はキックオフぎりぎりに行ったのでもう600DINの席しかないと言われてそれでも並んでいたのですが、横からおじさんが200DINでこのチケットを買わないかと言ってきたのでそれを買いました。よく見るとそれはキエーボサイドの席で僕は「しまった」と後悔しましたが、それでもキエーボの席なんてほとんどなく、僕の席はズベズダ側だったのでそんなに問題にはなりませんでした。

 この日のスタジアムは異様な盛り上がり。ズベズダの調子が悪いためか観客は殺気立っている。発煙筒が何本もたかれてその雰囲気に拍車をかける。僕のいたキエーボサイドは比較的ゆっくりとゲームを見る人が多かったので何もなかったのですが、ズベズダ側のゴール裏では警察との衝突がありました。

 試合内容は観客が苛立つのもわかる内容で、全体的にはズベズダが攻めていたのですが、両チームとも一本づつ得たPKをはずしてしまい結局0−0のドロー。前評判ではキエーボ有利だっただけに負けなくてよかったというのが僕の感想です(自分の身の危険も考えて)。それにしても内容が悪い。フォーメーションは3・5・2。トップ下の選手がよくないとこのフォーメーションは機能しにくいと思うのですが、そのトップ下がよくない。確かにこのチームの中ではうまい方だと思うし、ボールをもらうときの反転など時折うまいと思うプレーはするのですが、ここぞというときのパスがよくない。トップにいいボールが届かない。だから押していても最後の決め手に欠けるという試合が多いのだと思います。

 それでも希望がもてる選手もいます。15番のボガワツ、2番のマルコビッチなどは若くてなかなか光るものを感じさせました。特にボガワツは将来海外に出て行くだろうなと思います。それでもこれからの選手という感じは否めず、今シーズンは苦しい戦いになるだろうと思います。

 僕はこれまでこの国のフットボールはもうだめなのか、民衆もフットボールにはもはや期待していないのかと落胆していました。ですが、この試合でズベズダの熱いサポーターを見て、「まだこの国のフットボールは終わっていないんだ」と感じ、不完全燃焼な試合だったにもかかわらず嬉しい思いを胸に帰路につきました。

 ・スタンドの様子

 10月3日

 僕はこの日、UEFAカップのパルチザン対スポルテリング・リスボンの試合を見にパルチザンスタジアムへ行きました。一時間前なのに観客の姿が全然見えないことに少し違和感をおぼえつつも「まあすごくユーゴスラヴィア的だな。ぎりぎりに来るんだろう」とあまり深く考えずに当日券売り場を探し歩きました。途中にオフィシャルショップがあったのでとりあえずユニフォームを買い(一応ズベズダのファンですが)、ショップで「チケットはどこで買えるんだ?」と問うと「お前はプレスか?」というので「違うよ、観戦チケットがほしいんだよ。」というと「ない」と言うのです。当日券がないわけないだろこのユーゴでと思い、さらにうろうろして守衛さんにチケット売り場はどこだと聞いたのですが、「今日のはないよ」というのです。

 レストランに迷い込んだりしながらいろんな人に聞くのですがチケットはないといのです。そんなバカなと思い、クラブの受け付けに行って「チケット、チケット」と言うと掃除のおばさんが「こっちだよ」と案内してくれました。建物の中に入っていくので、「建物の中にチケット売り場なんて聞いたことないぞ。」と思いながらついていった部屋はプレスルームでした。「とこのTV局?」「は?」最初は意味がわかりませんでした。係りの人によくよく話を聞いてみるとこの試合は観客はなしで、報道陣だけしか入れないのだとわかりました。パルチザンスタジアムで行われた前のヨーロッパのカップ戦、つまりバイエルン・ミュンヘンとのチャンピオンズリーグの予備戦でパルチザンサポーターがカーンに爆発物のようなものを投げ込んでカーンが怪我をするという事件があったそうです。そのためUEFAからの制裁で次のヨーロッパのカップ戦つまりこの試合にサポーターは入れないということになったそうです。

 僕ははるばる日本から来たんだよと訴えましたがダメでした。ほんの少しだけならとグラウンド脇まで入らせてもらい選手の練習を少しだけ見せてもらいました。ガラガラのスタンドは本当にこんなところでヨーロッパのカップ戦をするのかよと思わせるほど寂しいものでした。最後に「俺は運がないよ」と言うと、係りの人は次の試合で会おうと言ってくれました。パスくれたらいいのになーと思いながら帰路につき、TVで見ました。トータルスコアで並んだために延長戦を行い、延長戦でパルチザンが勝つというかなり熱い試合でした。次の試合は絶対に見にいったると心に誓いました。

 ちなみにキエーボで戦っていたズベズダも2−0で勝ったためにユーゴからは2チームが次のラウンドに進むことになりました。ユーゴ第3代表のサルティドは敗退してしまいました。

・無人のパルチザンスタジアム

 

 10月15日

 この国に来て一ヶ月半がたちました。住んでみると旅行ではわからないことがいろいろ見えてきだしました。最近特に思うのは人種差別です。セルビア人は中国人に対してすごく差別的です。ベオグラードには中国人マーケットがあってすごく中国人が多いです。ミロシェビッチ政権のころに、彼が自分の票にするために中国人に市民権を与えてたくさん入国させたという話があります。クロアチアやボスニアから逃げてきたセルビア人でさえ簡単には入国できなかった時にそれをしたために中国人はセルビア人の反感をかったというのです。そんな背景と、さらに中国人はすごくかたまってセルビア人社会に溶け込もうとしないことや、愛想がすごく悪いこととか、ちょっと犯罪を犯したことがあるとかいろいろな理由からセルビア人はすごく中国人を嫌っています。もともとアジア人を下に見る傾向があるヨーロッパ人ですから、このような理由が重なるとものすごく中国人をバカにして蔑視しています。普通に街を歩いてても「キネジ(中国人)、キネジ」と特に子供なんかがよく侮蔑をこめて呼んできます。他には中国語風なよくわからない言葉「フニャハニャホニャ−」って感じなことを言いながら話し掛けられたこともあります。

 はっきりいってめっちゃむかつきます。そんなときはだいたい日本語で「死ね、ボケ」「だまれ!」とか言ったりします。日本人だと相手が認識したらものすごく好意的ですが、普通に歩いていたら日本人も中国人もこっちの人は区別できませんからだいたいは中国人だと思われて声をかけられます。日本人がからかい半分で襲われて物をとられそうになったという話もあります。もちろん「中国人なのか?」と侮蔑もなしに普通に聞かれることもありますが、そういう人はちゃんと向かいあって話をしながら聞いてきます。差別的な人は侮蔑を込めて呼んだりクスクス笑ったりします。

 日本人がバカにされているわけではないのですが、やはりすごく不愉快な気分にさせられます。「中国人ならバカにしてもいいのか!」という憤りも感じます。確かに中国人はかたまりますが、一人一人と話してみるといい人もたくさんいます。同じアジア人として中国人が差別されているユーゴのこの状況はものすごく腹が立ちます。

 僕がすぐにどうこうできることではないのでとりあえずユーゴに旅行する方は日本人ということをアピールしてください。そしてベオグラードは安全ではありますが、中国人と間違われて襲われるという危険もありますので注意はした方がいいと思います。

 10月30日

 この日はビザとボラバック(滞在許可証)をもらいに外国人用の警察に行きました。そしたら、入国してから三日以内にその警察に書類申請をしていなければならなかったらしく、紙を渡されて「ここへいって罰金を払ってこい。」と言われました。そして別の警察に行き、2時間半ほどまたされてそれから簡易裁判のようなものを受けました。「君は8月28日に入国したにもかかわらず、警察に書類を出したのは9月の30日でした。これは入国して三日以内に申請しなければいけないという法律に違反しているので罰金を払ってもらいます、なんたらかんたら・・・。」というようなことを口頭で言われ、それをもう一人のおばちゃんがひたすらタイプで打ってました。それから結婚しているのか?とか前科はあるか?とか聞かれて、結局罰金が3000DINでそれプラスなんかの手数料で450DIN、合計3450DIN(約7000円)をとられました。

 こんな法律知らないって!日本にあるユーゴ大使館は何も言わなかったし、在ユーゴスラヴィア日本大使館も詳しくはつかんでいなかった情報です。しかもめっちゃ待たされる。他の外国人もたくさんとられたりしてて、日本人女性が10時間も待たされるということまでありました。そりゃあ、全部をタイプで打ってたら時間かかるわ。僕とその女性は後日、日本大使館に呼び出されて詳しく事情を話しました。で、日本大使館は抗議をすると言っていました。僕たちが払ったお金が戻ってくることはありませんが、10時間も待たせるとか日本にあるユーゴ大使館が何もしていないとかいうことに対しての抗議だそうです。

 で、次の日にまた外国人用の警察に出向きようやくビザとボラバックをもらうことができました。

 いればいるほどこの国に対する印象が悪くなっていきます。入国してから3日以内に申請書類がすべてそろって申請できる外国人なんてほとんどいないし、政府はそのような決まりについては何も言わない。後になって違反だからとかいって金を巻き上げる。入国時の外貨申請も同様に入国時には何も言わないで出るときにこれは違反だからといって罰金を払えって言われます。入国して3日以内という法律はおそらく中国人を主に狙ったものだと思われます。ほんまにこの国の警察やら行政機構は卑怯だと思いました。

 

 11月21日

 今日は「ディスコテーカ」つまり日本でいうディスコとかクラブに行きました。別にこれがユーゴに来て初めてのクラブではなかったのですが、日本ではほとんど行っていなかったのにこの国でクラブに行く機会が増えたことに少し奇妙な気がしました。この国は娯楽が少ないので、酒飲んだら後はクラブに行くしか選択肢がないのです。日本のようにカラオケに行ったりボーリングをしたりビリヤードをしたりすることがないのです。この日行ったのは学生寮に併設されているクラブで学生が主催していました。なのではっきりいってしょぼいですが、人々は踊っていました。音楽はセルビアのポップとヨーロッパのポップでした。

 そういえばこの前、日本人DJ伊藤という人が来てました。誰それ?って感じで結局いきませんでした。ヨーロッパでは「ツヨシ」なる日本人DJがそこそこ有名だそうです。知らないけど。

 11月24日 「兵どもが夢の跡」

 11月22日、僕は勝負に行きました。この国にも「LAVOVI」といってイギリスのブックマーケットがやっているようなスポーツを対象とした賭けがあり、Jリーグもなぜだかわかりませんが対象になっているのです。そして僕は完全優勝がかかっているジュビロ磐田に1000DIN、鹿島アントラーズに500DIN賭けました。ジュビロはモチベーションが高いだろうから確実と思い、1,6倍のオッズではあるもののかたく賭けました。鹿島の方は相手の清水がバロン、アレックス、戸田が出場停止なことを確認したためにアウェーながらも勝つだろうと確信し2,35倍の鹿島の勝ちに賭けました。

 そして11月23日の朝、ネットにつないでジュビロの結果を調べました。ネットには「ジュビロ磐田完全優勝」の文字が躍っていました。僕は「よっしゃー!」と拳を握りしめました。しかしよくよく記事を読むとVゴールと書いてあるではありませんか。日本のトトではVゴールは引分け扱いになります。この国も普通に考えると引分け扱いになっているはず。僕はがっくりきましたがしかし、すぐに「まだ鹿島がある」、これが当たれば被害は最小限ですむと気を持ち直し次の日を迎えました。

 そして今日、24日の朝。僕はネットを見て愕然としました。鹿島までもが負けている。これは90分以内なので文句のつけようがない負け。落胆しましたが、往生際の悪い僕は「昨日のジュビロのVゴール勝ちがもしかしたら普通に『勝ち』になっているかもしれない。ユーゴのようないいかげんな国だ、きっとJリーグが延長を導入していることなど知らないだろう。」と思い、LAVOVIに結果を確かめに行きました。しかしそこにはしっかりと「0:0」と90分終わった時点での結果が記されていて、僕の希望は無残にも葬り去られました。

 実は先週も札幌対名古屋の試合で名古屋の勝ちに500DIN賭けていたのです。この試合、今期まだ3勝しかしていなくダントツ最下位ですでに降格も決まっていた札幌がどういうわけか今期4勝目をあげてしまい、僕は500DINを失っていたのです。それにしてもついてない。確実だと思われていた札幌の相手、磐田、鹿島にかけて3連敗とは。負け分合計は2000DIN(4000円)です。一応今のところはもう足を洗おうと思っていますが、負けたままで終わるのは日本男児としての誇りが・・・。

12月12日

 最近べオグラードはめちゃくちゃ寒くなりました。新聞では最高気温が0度とか書いてありますが、実際は日中でもマイナス5度とかです。夜中はマイナス7度や8度まで下がります。ここまで寒くなるとマイナス4度でも8度でもあんまり変わりません。大事なのは風があるかないか。風があるとマジで死にます。周りの人はこれからまだ寒くなるとか言ってます。

 僕は日本でも兵庫県と岡山県にしか住んだことがなく、両方とも日本では比較的暖かいところなので寒さには非常に弱いです。日本では着たことないような分厚いジャケットを着て、さらにはモモヒキ(僕の住んでた地域ではパッチと呼んでました)まではく始末。おっさんだと笑いたい奴は笑うがいいさ。ただし、笑う前にべオに来てみろ、絶対笑えないから。日本のマイナス7度とは違うんです。暖房設備がしょぼいんです。よく動いてないんです。バスに乗るときもひたすら待たないといけないんです。30分とか平気で待たされるんです。寒空のマイナス7度の中で30分ですよ、死ぬって。野宿したら確実に凍死できます。

 もうちょっとしたら雪と風の混ざった「メシャバ」と呼ばれるものがやってくるそうです。いややー。

12月23日

 ズラティボール(Zlatibor)という山にスキーをしに行きました。20日昼出発の2泊3日の旅行でした。20日までは雪もよく降って寒かったのでバスで5時間かけて行ってきました。しかーし、そこにはスキー客などいなく、レンタルスキーもたったの一軒しか空いていなく、スノーボードはなく、さらにスキーリフトは動いていなかったのでした。まだ、シーズンではないから客がいない、そのためリフトは動いていないのでした。日本だと十分滑れて、十分スキーシーズンだと言えるくらいに雪はあるのですが、人工雪を作る機械などがないため整備などもされず、ただただ自然の丘があるだけなのでした。

 レンタルスキーのおっさんは一人だけで、こっちは7人いるのに一人づつ靴を持ってきてはまた違う靴を持ってくるという非常に要領の悪いことをしていました。「全員分とりあえず持ってくるだけ持って来い」とせかしてようやく何足か靴を持ってきました。そんなことをしていたのでレンタルスキーを出る頃には約1時間が過ぎていました。

 スキー場のようだがスキーをしている人は誰もいない丘に僕らは行きました。僕らはその丘をえっちらおっちらと歩いて登り、2,3回ターンをしてすべり降りて、そしてまた登ったのでした。おまけにその週末はなぜかやたらと暖かく、雪がどんどん解けていったのでした。あほらしいので最後の日はスキーをしませんでした。

 まあそれなりに楽しかったのですが、もう二度とスキーをしにここには来るまいと心に誓いました。

12月26日

 カトリックのクリスマスが終わりました。しかし、ユーゴはセルビア正教のためクリスマスは1月7日なのです。なので12月24日、25日はなんにもありませんでした。普通の日。学校もあるし、仕事もあるし、街にはなんの飾りもない。外国人は祝ってましたが、セルビア人はほんとに普通でした。

 で、そのカトリックのクリスマスが終わってからようやくクリスマス用の飾りを売る出店がでてきたり、イルミネーションの飾りが通りにつけられたりするようになりました。でも人々の気分としてはクリスマスに対してよりも新年に対する備えだそうです。ここではプレゼントは新年、つまり1月1日にあげるそうです。で、大晦日には大きな年越しパーティーがいろんなところで開かれます。この日が一番盛り上がるようです。

 ちなみにセルビアのクリスマスがあるように新年も日本の新年とは別にあります。1月13日だそうで、パーティーをして祝うそうですが、こっちは1月1日ほどではないそうです。

 クリスマスよりも前に新年がくるというのはなにか不思議な感じがします。