ベオグラード日記

 

・2002年のコラム

 

・2003年です

1月3日

 あけましておめでとうございます。今年もこのページをたまに見てやってください。

 今日はセルビアの正月について書きます。

 12月31日は他の国と同じようにすごく盛り上がります。僕は友達の家のパーティーに呼ばれていきました。パーティーはだいたいお金をかけないように人の家で、酒を買ってきてするようです。食べ物も来る人たちがそれぞれ何かを持ってくるのが普通のようです。それでガンガンに音楽をかけて踊ってました。25人くらいは来てたかな。ちょっと音楽が古いなって感じだったけど、他はすごくよかったです。

 年越しの瞬間は当然カウントダウンをして、新年になったらみんなでほっぺに3回キスをして祝います。男も女も関係なし。僕もいっぱいキスされました。男からも。で、その後はもうほんとに飲んで踊って、興奮しまくってトイレでエッチしてしまうカップルまで出る始末。朝の6時までその調子が続いて、そろそろみんな疲れてきて解散って感じでした。いやーほんとに楽しかった。

 トルク・リパブリケでは爆竹をめちゃめちゃ鳴らして、さらに花火も上がったりして盛り上がってたみたいです。

 この日は女性は冬だというのにミニをはいたり、すごい肌を出してパーティーに行きます。この日だけはほんとに気合が違ってました。

 で、そこまで盛り上がった大晦日が終わると普通の日になります。日本だと最低でも1月3日までは正月って感じがするし、毎日親戚や友達や恋人と酒を飲んだりご馳走を食べたりとかして、何かしら行事があるけどユーゴはけっこう普通の休日です。1月1日でさえユーゴのくせに店も開いてるし、別にどこかでパーティーがあるとかいう感じでもなかったです。2日3日なんてほんとに普通の休日。盛り上がるのが好きなセルビア人が大晦日が終わるとこんなにあっさりしてるなんてとびっくりしました。まあ、まだセルビアのクリスマスも新年も控えているからまたそこで盛り上がるのかもしれません。初めて体験するユーゴの新年、これからも楽しみです。

 1月7日

 昨日はセルビアのクリスマスイブでした。新年に入ってからようやくクリスマス用の飾りを売る店が続々と出てきて、人々は駆け込みでクリスマスの用意をしていました。飾りは木や枯葉、わらでできたもので家や車に飾ります。日本の正月飾りみたいな感じです。

 セルビアのクリスマスは家族の行事で、家族みんなで夕食を食べます。この日は肉、乳製品、卵を使用したものを食べてはいけないそうなので市場では魚屋さんに長蛇の列ができてました。生き物を食べたらいけないということらしいんですが、「魚は生き物じゃん」ってつっこみを入れたら「魚はいいんだ」という答えになってない答えが返ってきました。ちなみに普段セルビアでは海がないため魚をほとんど食べません。冷凍魚と川魚しかないし。

 正月飾りのようなものがあるし、家族行事だし、なんだか日本の正月のようでした。新年は友達や恋人と、クリスマスは家族でと日本とは逆な感じです。

 この日、僕はお世話になっている家族の家族パーティーに招待されて行ってきました。料理を食べる前にみんなの幸せを願う簡単な儀式がありました。日本の豆まきのような感じでした。料理はやはり魚と野菜が中心でした。手作りのパンがあってその中にコインが一つ埋め込まれていてそれを引き当てた人は幸運であるというちょっとした運試しのようなものもありました。料理はすごくうまかったし、ワインもうまい。食べ物はうまいし、セルビアのクリスマスも体験できたし、すごく楽しくて貴重な夜でした。

 帰りに市場を通りかかったとき、つい5時間前までは売り物として並べられていたクリスマス用飾りの売れ残りがことごとくごみ箱に捨てられていました。その割り切りのよさがちょっと面白かったです。

 1月13日

 この日はセルビアの大晦日でした。しかーし、昼間の街には12月31日のような雰囲気は微塵もなくただただ普通の日でした。夜はクラブでイベントがあったみたいで、年越しの瞬間はトルク・リパブリケでは大きな花火があがったようです。でも人々のノリは普通の大晦日ほどではなく、たいしたことはありませんでした。実際、僕もやることなくて部屋でテレビを見てました。ちなみにセルビアの新年もまったくいつもと変わらない日でした。

 2月5日

 1月15日から2月4日までスロベニアのリュブリャナとスイスのチューリッヒをちょっと回ってから日本に一時帰国しておりました。今日はリュブリャナとチューリッヒについて書きます。

 1月のリュブリャナは雪がたくさんあり、すごく美しい街でした。街の大きさも1日歩けばほとんどまわれる大きさだし、人は優しいし、セルビア語はかなり通じるし、美人も多い(気がした)し、行ってよかったと思いました。ベオグラードと違ってインフラは整備されていて、昔セルビアと同じ一つの国だったとは思えない西欧っぷりでした。そりゃあセルビアとは分裂するし、EUにも加盟するわと思いました。食べ物もベオグラードではほとんど食べることのできないシーフードが食べられ、ビールもうまいと言うことなしでした。東欧に来たら是非一日だけ寄ってみたらいいと思います。

 次にチューリッヒに行ったのですが、僕の中での印象はよくなかったです。まず何よりも物価が高すぎ!マクドナルドのビッグマックセットが約1000円しました。それでもこの街でとれる食事としてはこれは一番安い部類のものでした。宿は駅のインフォメーションで教えてもらった「バックパッカーズ」というドミトリーに泊まったおかげでそこまで高いと感じることはなかったですが、飲み物、食べ物などとにかく高くて面食らってしまいました。

 第二に、チューリッヒで出会った日本人が皆さん冷たいという印象を持ったことです。べオグラードだと旅行者の方に会うとみんな親切に案内してあげたり、一緒に食事をしたりとアットホームな感じなのですが、チューリッヒでは日本人同士が話し掛けられるのを嫌がっているような感じがしました。日本人が多いということもあるし、韓国人が多くて間違えやすいということもあるとは思いますが、そんなに日本人同士で避けあわなくてもいいやんって思いました。そこで働いている人などは日本人がいても見向きもしないし、旅行者同士(バックパッカーでも)でも「せっかく日本を離れて旅行してるんだから、日本人となんか話たくない」という雰囲気が伝わってきました。

 なので途中からは僕も話し掛けても腹が立つので話し掛けるのをあきらめてしまいました。別にわざわざ固まらなくてもいいけど、必要以上に避けあわなくてもいいのにと、少し残念に感じました。

 第三に、フットボールがない。リーグは冬休み中だったし、スイスはスキー大国だからスポーツショップに行ってもフットボール用品のコーナ−はほんの少しという寂しさ。この国にはフットボールにかける人々の情熱というものが感じられませんでした。経済も安定していて、生活に対する不満があまりないスイスでは人々の不満の捌け口としてのフットボールはなく、ただただ単なる娯楽の一つとしてあるだけでした。

 ただ、街はすごく整備されていてきれいでした。景色もすごく美しく、スキーや田舎の景色を見に来るところとしては最高だろうと思いました。こういうところは一人ではなく恋人と来るべきでしょう。

 住んでもいないので詳しいことはわからないし、ここに書いてあることは僕個人が感じたことなので真実ではないかもしれませんが、とにかくもうスイスの大都市には二度と行かないという決意は僕の中で固まりました。

 3月5日

 サラエヴォに行って参りました。しかし、僕は戦争の傷跡を見に行ったのではありません。スキーをしに行ったのです。そう、サラエヴォは冬季オリンピックが開かれたくらいいいスキー場があるのです。べオからバスで9時間、国境を越えて行きました。現在はセルビア人地域とムスリム、クロアチア人地域のはっきりした境目はなくなっているのですが、ベオグラードからのバスはサラエヴォでもセルビア人地域までしか行きません。そこからは市バスかタクシーを利用することになります。ここのタクシーはぼったくると聞いていたので、我々はしぶく市のトロリーバスで行くことにしました。このバス駅周辺は各国の援助のおかげで新しい建物が並んでいて、何年か前まで戦争をしていたのかと思うほどきれいです。また、サラエヴォ市内は日本のODAで寄付したバスが何十台も走っています。そのおかげもあって、「これは日本がくれたんだ。日本はいい国だ」と言う人もけっこういます。

 その日は夜遅かったのですぐに見つけることができた一泊40ユーロのホテルに泊まりました。その後、僕たちはイタリアンレストラン(ボスニア料理もあった)に行きました。そこはムスリム的な雰囲気のお店で、アルコール類は一切おいていませんでした。それでも世界三大料理の1つであるトルコ料理の影響を受けているためか、ベオグラードの料理よりおいしく、非常に満足できました。

サラエヴォの街並みは昔ながらの石畳が敷き詰めてあり、トルコ時代の建物も残っているなど、非常に風情がありました。戦争があった今でも、いろいろな文化が交じり合っていて、多民族国家旧ユーゴの象徴とも言われた都市の面影を残していました。

 3月6日

 この日、我々は一泊40ユーロの宿を引き払って30ユーロの宿に移りました。そしてすぐさまタクシーでスキー場に向かいました。この日行ったのはヤホリナというスキー場。ここはサラエヴォ五輪の時にアルペン女子がおこなわれていて、旧ユーゴでは有名なスキー場です。ヤホリナはセルビア人地域にあり、ムスリム人はあまり行かないようです。

 このスキー場、かなりでかい。でもコース設計があまりよくなく、登らないといけない場所がけっこうある。最初、スノーボードをしていた僕はかなりきつく、途中でスキーに変えました。傾斜もかなりきつく、スノボ初心者、スキーも中級の下程度の僕にはしんどいコースでした。リフトも2人か1人乗りしかなく、待つこともかなりありました。あと、めちゃくちゃ寒い。マイナス10度で風が吹く。凍えます。なので昼食時にはホットワインを飲んで体を内から暖めないと死にます。

 結局この日はスキー場の半分もすべることができずに山をおりました。そして待ちに待った夕食。今日はボスニア料理。やはり食べ物はべオグラードよりもサラエヴォの方が格段にうまい。ベオグラードだと肉はだいたい焼いて塩と胡椒で味付けなのですが、サラエヴォだとしっかりとソースがかかっている。工夫がしてあるというか、おいしいものを食べたいという欲求がベオグラードよりもサラエヴォの方が強い気がします。

 3月7日

 この日はムスリム人・クロアチア人地域にあるビイェラシュニッツァというスキー場に行きました。ホテルの受け付けの人とタクシーの運ちゃんがヤホリナよりもこちらの方が断然いいと言ったので行くことにしたのですが、実際行ってみると狭い。コースは緩やかで僕くらいのレベルの人がすべるにはちょうどいいのですが、規模はヤホリナの方が断然上でした。ホテルの人間もタクシーの運ちゃんもムスリム人のようで、セルビア人地域のヤホリナよりもビイェラシュニッツァの方がいいと主張したかったのではないかと思います。少し戦争の影響を肌で感じました。

 ただし、こちらはカービングスキーがおいてあってスキーレンタルは充実してました。スノボはこちらでは日本ほど盛んではないため数が少なく、ありませんでした。

 3月8日

 最終日のこの日は再びヤホリナに行きました。この日は週末でめちゃめちゃ混んでました。リフトは最大で2人乗りなので、ながーい行列ができてました。リフト券を買うのに1時間ほど待ち、もううんざりって感じでした。

 今回来て気付いたのですが、ここではボーダーに左利きが多いと思います。日本だとほとんどの人が右利き用のボードを使用しているのに、こちらではその割合が半分半分くらいでした。これはなんでなんだろう?と不思議でした。

 この日もボスニア料理を堪能し、翌日べオグラードに帰りました。

 サラエヴォは観光もいいし、ご飯もおいしいから是非行ってみることをお勧めします。

・サラエヴォの写真をいくつか載せておきます。

サラエヴォのビール:サラエヴスコ

サラエヴォの料理:ムチュカリッツァ(べオグラードにもあるが少し違う)

           サルマ(これもべグラードにある)

銃跡が今も残る建物