心理的アプローチ
>「リーグが始まってから、少しずつメニューに意見を出すようになってきましたね。何に関してもそうなんですが、ベンゲルはいきなり自分のやり方を押し付けたりはしない。絶対にしないです。まずはこちらのやり方をみて、その上で「こうしたらいいんじゃないか」とか「こっちのほうがいいぞ」という形で提案してくる。食事もそうでしたよ。日本人の食文化を否定しないようにしながら、プロサッカー選手に必要なものを我々に教えていきましたよね」(P244)

これは、名古屋グランパスでベンゲルが指導をしていた当時のトレーナー、川崎の言である。これは、序論でも触れたようなベンゲルの「納得させる」方法論のうまさが出ている。決して相手を否定せず、よりよい代案を提示すると共に、相手の良い面を尊重する。互いに高めあっていこう、という姿勢である。

これは、徹底的に否定し、感情的な反発心をあおり、選手の自己主張をひきだしていくトルシエのやり方とは異なるアプローチである。どちらがよい、どちらが悪いとはいえないが、ベンゲルのほうが幾分スマートにみえ、受け入れられやすいことは間違いないだろう。

また、ベンゲルは、ときにエスプリを効かせたうつくしい表現で選手の心をつかむことも行った。

>「Pass should be future, not past, not present」

>パスは未来を切り開くためのものだ。だからこそ、前へという意識をもて---。


これは、現役時代の中西哲生がベンゲルから聞いた言葉だそうだ。シンプルで、わかりやすい語彙ながら、力強いメッセージを感じ取ることが出来る。未来へ向けたパス。前進する姿勢。過去にとらわれず、臆することなくチャレンジする姿勢。アグレッシヴに、挑戦的に、切り開く姿勢。たった10語のなかに、熱いメッセージを残す技術。優秀な心理マネージャーのなせる業である。


またベンゲルは、選手間の関係性を円滑に保つことにもしっかりと気を配っていた。

>食事のテーブルやミーティングで、ベンゲルは誰がどこに座るのかなどに目を配っていた。
>誰と誰が仲がいいのか。チーム内にはグループがいくつあるのか。外国人選手は日本人のグループに溶け込んでいるか。食事やコーヒーを口に運んだり、戦術を示すホワイトボードの前に立ちながら、ベンゲルはそういったことをすべて確認していた(p48)


またベンゲルは、当時のトレーナー川崎に「孤立する選手がいたり、グループ同士で衝突しているようなことがあったら、すぐに報告してほしい」と、トレーナーの川崎に協力を依頼してもいたという。川崎はこのときのことを「試合の中で使える、最高の組み合わせを探すためのひとつの確認作業だったのでは」と推測する。


>「サッカー選手として秀でているのは当たり前で、それは外国人を獲得する大前提だ。それだけではなく、日本人選手と調和が取れるメンタリティを持った選手であることが重要だ。ヨーロッパとは異なる文化を吸収しようと努力する、サッカー以外の部分でもハングリーな選手でなければグランパスには呼べない」(p50)

名古屋グランパスを率いていた当時、ベンゲルの外国人選手を獲得するための考え方はこのようなものであった。当時、名古屋グランパスにはピクシーことドラガン・ストイコビッチ(ユーゴ)、カルロス・アルベルト・トーレス(ブラジル)、フランク・デュリックス(フランス)、ジェラルド・パシ(フランス)の4名の外国人選手が居た。彼らのうち、ストイコビッチ、トーレス、パシは英語についても比較的スムーズに使いこなせることから、外国人選手間でのコミュニケーションも、日本人選手とのコミュニケーションも大きな問題は無かった。しかし、デュリックスだけは違った。彼はたしかに英語を話せはするがトーレスやパシほどではなく、また彼自身の性格も控えめであったため、異文化での生活にはかなり戸惑っていたという。

>そこでデュリックスをサポートしたのがパシだった。外国人グループはもちろんチーム内でも浮いた存在にならないように、パシはデュリックスと周囲との接着剤になった。ブラジル、フランス、ユーゴスラビアの3つの国籍で構成される外国人グループのバランスを保っていたのも、4人のなかでもっとも試合出場の少ないこのレフティーだった。試合に出られなくても不平を口にしたりせず、チームが勝てば素直に喜びを表すパシは、誰もが認める人格者だった。(p51)

これは、フィリップ・トルシエや西野朗、岡田武史らが、世代間を縦断してコミュニケーションを取れる服部年宏や小島伸幸を継続的に日本代表チームに召集し続けたことと似ている。所属チームだけでなく年代、経験、考え方の違う選手たちをまとめるためには、監督のカリスマや明快な戦術論だけでは不十分なのだ。選手間をまとめるための「かすがい」、スタッフと監督、スタッフと選手の間をつなぐような「かすがい」が必要になってくる。監督と選手の間にたって緩衝役になるのは、アーセナルでもグランパスでも「ピエロ」ボロ・プリモラッツコーチの役割だった。そして選手間の「かすがい」は、グランパスの場合このジェラルド・パシだったようだ。

グランパスの場合のパシ、日本代表の場合の服部年宏・小島伸幸らは、むろん選手としても一定のレベルに達している選手である。それは前提となる。そのうえで彼らは、選手間に広がる世代的・風俗的・経験則的な壁を突破できるパーソナリティを評価されていた。いかに監督がカリスマをもち、明快な戦術論を持っていても、選手間にコミュニケーションの齟齬があったり、スタッフとの間に諍いがあったりすればうまくいかないものである。

これは、チームというものが生き物であり、また監督ひとりの力でなく選手・スタッフ・さらにはサポーターが一体となって初めて「チーム」となることが出来ることを知り尽くしている人物ならではの用兵である。

ベンゲルの心理マネージメントの緻密さは、施設の使い方ひとつにも見出すことが出来る。

>「プロとして人間的にも自立したトップチームの選手であれば、ロッカールームを共用のスペースとして使うことが出来る。リザーブチームはまだそこまで自分自身に責任をもてないから、日本で言えばカギのないコインロッカーのようなものを使う。で、ユースはカギつきのコインロッカーだ。こういった違いをつけることで、ユースチームからリザーブチーム、リザーブチームからトップチームへの昇格へはそれなりの責任が伴うことを選手達に理解させることが出来る。もちろん、ある意味では無防備なトップチームのロッカーには、無防備ゆえのしっかりとした信頼関係があることもわかるはずだ。」(p224〜p225)

見事である。トップチームに対し「大人の扱いをする」こと、ユースチーム・リザーブチームを「子供」として扱うことはどのチームでもやっていることだろうが、こういった「施設の使い方」ひとつに強いメッセージを忍ばせるとは。

選手はトップチームに昇格する段階で、それぞれのカテゴリーにおいての役割行動を習得していく。トップチームにおける「共用スペース」という考え方は、相互の信頼関係に基づいている。これは、トップチームの選手達がベンゲルによって「信頼されている事」だけでなく、「信頼を裏切ってはならない」「大人として振舞わなければならない」という無言の、しかし強いメッセージとなっている。選手は自分の人格を尊重されていることを感じ、同時にベンゲルの信頼を裏切らない事を要求されている事を感じることができる。

重ねて、見事であるというほかないだろう。


項の最後に、ベンゲルが語った印象的な言葉をもう一つ紹介しよう。それは「Respect the game」というものである。

>「・・・プレーヤーが望むことではなく、ゲームが望む事をする。それがRespect the gameの意味なんだ。たとえば、ペナルティエリア付近でアタッカーがパスを受けたとしよう。選択肢は三つあった。自分で突破するか、キープして味方のサポートを待つか、中央で待ち構えるプレーヤーにパスを出すか、だ。客観的に判断して、最善の選択は3つ目だった。ところが、そのアタッカーは強引に自分で突破を図り、ボールを奪われてしまった。これは、ゲームの望む展開ではない。ここで言うゲームとは、自分達のチームであり、相手チームであり、観客をも指す。もしセンタリングを挙げてゴールが生まれたら、スペクタクルを提供することが出来る。相手チームにとっても、失点の危機をなんとかしてしのごうとするギリギリの攻防は楽しいものだろう?それが、たったひとつのセルフィッシュ(自己中心的)なプレーですべてが崩れてしまう。開始20分までは完璧なゲームでも、ひとつのプレーがゲームを破壊してしまうことがあるんだ」(p267)


この言葉の中で、とくに筆者はベンゲルが相手チームに対する「Respect」をこめていることに注目した。なるほど、ゲームというのは相手あってのことである。ゲームにおける成長というのは自分達だけのものでなく、相手チームにとっても同じである、という考え方。相手チームを叩き潰すだけの「敵」ではなく、ともにゲームを「Respect」していく存在として認識していればこその言葉であろう。すばらしい。

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