3月4日
 いよいよバンコクに入った。空港前の駅からバンコクまで5バーツであった。安い。バンコクの町はきれいな所と汚い所がはっきりしている。とにかく暑い。
 安宿を探してマレーシアホテルの近くまできたが、「地球の歩き方」の地図は嘘ばかりだ。地図を見ながら東京ゲストハウスを探したけど見つからない。しょうがないのでフレディーゲストハウスにした。シングルがないので一人でダブルの部屋を借りた。一泊150バーツである。
少し高い気がするがしょうがない。 
 4時くらいまで部屋でボーとしたあとで町に出た。セブンイレブンがあり、AmPmもあった。パッポンへむかったがわからなくなり、途中で戻ってきた。そして、本場のムエタイを見た。300バーツでリングサイドの席を取ったけど、あまりおもしろくはなかった。10時頃部屋についたが暑くて眠れない。扇風機をかけたまま眠ろうとしたけど、なかなか眠れない。そのままうとうととしたままで朝を迎えた。だからあまり眠れていない。体に疲れがたまってしまったようだ。
  車のクラクション 車の排気ガス
 
人々の怒鳴り声 人々の足音
 
ここはバンコク ここは外国
 
日本と全く違う言葉 日本と全く同じ笑顔 
 
〜追憶〜
 空港近くのホテルからバンコク市内に向かった。タクシーやホテルのバスなどを使えば簡単に早く行けるのだろうが、貧乏旅行をしている我々には5バーツという列車が当然の移動手段として選ばれた。駅で切符を買うのも初めて。日本語はおろか英語さえ通じない。窓口に行って「ホアランポーン」と連呼し切符を買った。昔懐かしい厚紙でできた切符であった。列車は大きく迫力があった。プラットホームらしきものはなく、列車の階段に飛びつき上ったような記憶が…。
 ホアランポーン駅までは一時間ほどだったろうか。窓から見えた景色は今でも心に残っている。田んぼや畑が続き、ほっそりとした人々、列車に手を振る子供たち、両肩に天秤をつるし物を売り歩くお母さん。駅に近づくにしたがってスラムらしき町が広がってくる。そのはるか後方には高いビル群。
 宿を探すためホアランポーン駅からマレーシアホテル近くまで移動した。有名な安宿街は「カオサンロード」(下記地図の王宮の近くである)にあるが、なぜだかホアランポーン駅を中心として全くの逆方向にあるマレーシアホテル(下記地図のシーロム通りの一本下の道近く)近くに宿を見つけることにした。確か、カオサンロードには日本人がたくさんいるから、という理由だったような気がするが…。移動手段はトゥクトゥクだった。走ったコースもはっきり覚えている。マレーシアホテルの裏側から入ったはずである。貧乏旅行必携の「地球の歩き方」に東京ゲストハウスが載っており、とりあえずそこに行こうと決めたが、なかなか見つからない。マレーシアホテル近くの安宿街はそんなに広くはない。歩いても端から端まで10分程度である。しかし見つからない。丸山氏とお互いイライラしながら探した思い出がある。しょうがないので別のフレディーゲストハウスにした。その後いくつかのゲストハウスにとまったが、ここが一番きれいであった。夕方にパッボンに行こうと二人で出発したが、途中でわからなくなり、結局近くのルンピニームエタイ競技場(地図ルンピニ公園近く)でムエタイを見ることにした。ムエタイを見る前に簡単な夕食をタイ名物の屋台で、ソーメンのような変なものを食べた。蟻が入っていた記憶がある。ムエタイは正直言っておもしろくなかった。リングサイドは外国人が多かった。地元タイ人はお金を賭けているのかやたらと盛り上がっていた。丸山氏はお金を賭けてみたいといっていた。
 こうしてバンコクの一日目は過ぎていった…。