3月14日
 今日はいよいよインドに出発の日。朝、7時起床。多少下痢気味だが、もうそんなことは言ってられない。そうだ、今日は丸山君の誕生日ではないか。おめでとう、24歳。
 19:20発の飛行機だが、少し早めに行く。
 インドはとんでもない国だ。インド人全てがインチキ野郎に見えてくる。オートリキシャの男には85ルピーも払った。ツーリスト野郎にはかなりたくさん払った。インチキ野郎。早くバンコクに帰りたい。バンコクの人々は良い人だ。インド人はだめ。バラナシでリコンファームをしっかりやらねば。
 
〜追憶〜
 インドに着いたのは夜であった。バンコクから飛行機で2〜3時間ほどだったろうか。よく覚えていない。 
 空港に着き、暗闇の中に一歩踏み出すと、そこには暗闇の中に目だけぎらぎら光るインド人がいた。彼らはオートリキシャのドライバーである。英語かヒンズー語で「どこまで行くんだ、日本人。俺のマシーンに乗ってけよ。安くしとくぜ。」とでも言っているのであろう。タイでトゥクトゥの交渉になれていたせいか、簡単にはこちらものらない。少し離れたところにいる、少し気の弱そうなドライバーと交渉し、ニューデリー駅まで行ってもらうことにした。オートリキシャから間近に見たインドの街は、暗かった。ぼんやりとした街灯が所々にオレンジ色で灯っている程度であり、本当に暗い。
 ニューデリー駅で降ろしてもらい、駅前のツーリストに行った。駅前のツーリストだけが、誘蛾灯のように明るく、寂しい旅人を誘っているかのようだった。ここのツーリストでは今晩の宿と、アーグラーツアーを申し込んだ。アーグラといえば、インドを代表する建物、タージマハルがあるところです。
 紹介された宿屋までオートリキシャで行ったが、最後にオートリキシャともめた思い出がある。具体的な内容は忘れたが。
 宿屋に行って一番驚いたこと。宿屋の廊下で人が寝ていたことである。管理人なのかガードマンなのかよくわからないが、人が寝ているのである。通された部屋はダブルベットが一つの部屋であった。博くんとベットで寝ることを想像し、床で寝たことを思い出す。こうして、インドの1日目が終わった。