「結局、あいつがこのクラブを乗っ取りたいだけなんだ!」

 前株主の名前を声高に叫ぶ前理事。その言葉にうなづく支持者、YFSC役員。

 2001年9月17日。横浜国際競技場内にある医科学センター内ロビー。知り合いの理事に頼まれてソシオの記者会見の受付を手伝った私は、彼らの姿を見て、その憎悪が私の想像を遥かに越えていることを知った。そしてYFSCとソシオの問題が、当事者間で解決することはありえないと悟った。

 2001年9月19日。クラブメンバーが発表されてはじめてのゲーム。平塚競技場で心有るゴール裏サポーターが「きちんと抗議の声を出そう」「おかしいことは、おかしいと言おう」と訴える。しかしそれを拒否する、殆どの観客。その時私は、一連の問題が横浜FCを応援する人たちの力で解決することはできないと悟った。

 2000年7月13日に開設した本サイトだが、1年半の間、あまりにも不毛な問題に関わってきた私の愚痴を記したこの文章の掲載を最後に、更新を終了する。

 何も生み出さない文章だ。
 何の価値もない文章だ。
 ただ、組織が崩壊していく過程の断片が、ちりばめられているだけである。

 なお、これ以降の文章は、横浜FCに関わるすべての方にとって、不快になる表現が満遍なくちりばめられている。これに耐えられる方のみ、続きをご覧下さい。


 不快な表現があっても耐えられますか?

 YES or NO