
我が愛しのエルコンドルパサー |
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’98年ジャパンカップのパドックで見せた勇姿(AIRGROOVEさん提供) |
国内制圧 トウカイテイオーの引退後、私の心にぽっかり空いていた穴を埋めたのがエルコンドルパサー。 父キングマンボ、母サドラーズギャル。母の父サドラーズウェルズは欧州のチャンピオンサイヤーなの で既知であるが、キングマンボって・・・? 最初、彼に対する印象はこの程度であった。彼がもの凄い インブリードを持つ馬であることを知ったのは、数ヶ月後だった。それは1頭の牝馬“ソング”の5×5×4 のインブリード。キングマンボとサドラーズギャルの配合はそれを狙ってなされたものだったのだ。 彼のデビューはダート戦。私はこの目で見ていないのだが、最後方から4コーナーでひと捲くり。2着 とは7馬身差の圧勝だった(2着マンダリンスター、後に京成杯(GV)優勝)。2戦目もダート戦。これ また2着に9馬身差の圧勝。3戦目の共同通信杯(GV)で初の芝レースに参戦と思いきや、大雪の ためレースはダート戦に変更された(GIIIの格も外された)。芝での性能を見たかったのに残念。結果 はやっぱり楽勝。 いよいよ芝の重賞、ニュージーランドT4歳Sに出走。重馬場だった。レース前、競馬評論家の井崎氏 が「初芝が不安点だったけど、重馬場になってラッキー。これで勝つ可能性がさらに高くなった。」と、 言う内容の発言をしていた。今考えると笑止、である。もちろんここも楽勝。 NHKマイルC・・・・外国産馬のダービーと言われる。エルコンドルパサーはここでも完勝する。全く隙 のない、その勝ちっぷりを見ても、その後の大活躍までは予測できなかった・・・.。数週間後、同じ府中 の晴れ舞台、東京優駿で同期生スペシャルウィークが大楽勝する。半年後、両馬はこれまた同じ舞台 で対決することになる。 NHKマイルCで無傷のまま頂点に立った彼は、今は亡きサイレンススズカ、同期の外国産馬、怪物 グラスワンダーと毎日王冠で激突した。そこでサイレンススズカに敗れ、初黒星。サイレンススズカは 当時、中距離なら世界最強(多分)だったと思うので、致し方ない。なお、エルコンドルパサーと3着馬 との差は5馬身。初の古馬との対戦、休み明けと言うことを考えると、彼が類稀な能力の持ち主である と再確認出来た。私はその時の彼の走りを見て、彼は単なる天才型ランナーではなく、兎に角一生 懸命走る馬なんだと感じ、彼を一気に好きになって行った。 エルコンドルパサー国内最後のレースとなった’98ジャパンカップ。昨年度のJC2着馬で年度代表 馬のエアグルーヴ、同期内国産の雄スペシャルウィークを相手に楽勝するエルコンドルパサー。 2400mという距離初経験にして、先行抜け出しという横綱相撲をしてしまう。底知れない強さだ。日本 馬として4歳でジャパンカップを制したのは初の快挙であり、2着エアグルーブにつけた着差2・1/2馬身 は、1着と2着間のジャパンカップ歴代最大着差であった。
舞台はフランスへ 日本に敵なし。エルコンドルパサーはフランスに長期滞在し、世界に挑戦することになった。フランス での緒戦はイスパーン賞(GI)。休み明けにやや弱い彼はここでクロコルージュの強襲に遭い、敗れて しまう。海外にはやはり強豪がひしめいているなと実感。 2戦目はサンクルー大賞(GI)。昨年の凱旋門賞馬サガミックス、昨年のドイツの年度代表馬タイガー ヒルなど、なかなかの好メンバーが揃った。ここで、エルコンドルパサーは本来の姿を見せた。直線を 向いて先頭に立ったタイガーヒルを馬なりで交わし、後は引き離すのみ。海外でもやっぱりものが 違う! 完勝だった。 3戦目はフォア賞(GII)。このレースは数年前、サクラローレルが挑戦し、故障したレースとして印象 深い。ドイツ最強牝馬ボルジア、緒戦で苦杯を舐めさせられたクロコルージュが相手だ。このレースで 初めて、エルコンドルパサーは逃げを打った。直線ではボルジアとデットヒートを繰り広げ、なんとか 彼女を競り落とす。辛勝とは言え、本番を前に勝てたことは大きい。 いよいよ大舞台、凱旋門賞。このレースの勝ち馬には奇跡の馬と呼ばれ、現在日本で繋養されて いるラムタラ、80年代欧州最強馬で数年前、日本で他界したダンシングブレーブなど、そうそうたる メンバーが並ぶ。ここを勝てば世界No1だ。99年の出走メンバーは豪華だった。まずは、モンジュー。 彼は仏愛ダービーを勝った欧州最強の4歳馬だ。そして、デイラミ。こちらはキングジョージVI& クイーンエリザベスDSを圧勝した6歳馬だ。どちらも手強そう・・・ 凱旋門賞史上最悪と言われた不良馬場。力と力の勝負になることが予想された。エルコンドル パサーは好スタートと共に果敢に逃げる。そして直線を向くと一気にスパートし、後続を引き離しに かかる。しかし、重巧者のモンジューが豪脚を唸らせ迫る。逃げろ!粘れ! 願いも虚しくモンジュー に差されてしまった・・・。凱旋門賞は4歳と古馬の斤量差が3.5kgあり、4歳馬に有利な条件となって いる。負けはしたが“負けて強し”と言って良いだろう。ちなみに、エルコンドルパサーと3着クロコ ルージュとの差は6馬身。つまり、2頭が抜けて強かった訳だ。なおモンジューはその年、パントレ セレブルと並び、90年代の欧州最強レベルの馬だと言う評価を受けた。
1999年の年度代表馬に選出される 様々な物議を醸した’99年の年度代表馬選考。結局、エルコンドルパサーが選ばれた。国内でその 年に一走もしていない馬が年度代表馬になったのは、もちろん初。しかし、世界No2と言う実績は、 掛け値なしの価値があった。 引退式は2つのGIを制したホームグラウンド、府中競馬場で行われた。なお、式は宿敵モンジューも 出走していた’99ジャパンカップ当日に行われたため、エルコンドルパサーもレースで走りたかったの ではなかろうか? そして、レースは昨年破った同期生スペシャルウィークが完勝。モンジューは4着に 敗れたが、当時の彼はベスト体重より20kg程度ガレていたのであった。 エルコンドルパサー、スペシャルウィークそしてグラスワンダー。この世代は近年最強世代であろう。 |