2001/01/02に、ネパールのアイランドピーク(6189m)に登頂しました。


メンバー:三宅史敏、ラハール・タマン(クライミング・シェルパ)、ナレ・タマン(コック)、ポーター3名


日程
12/23>日本発
12/24>バンコク発
12/25>カトマンズ滞在
12/26>カトマンズ発 → ルクラ → パグディン泊
12/27>ナムチェ泊
12/28>タンボチェ泊
12/29>ディンボチェ泊
12/30>チュクン泊
12/31>チュクン泊(降雪のため、停滞)
01/01>アイランドピークベースキャンプ泊
01/02>アイランドピーク頂上往復、ベースキャンプ泊
01/03>ディンボチェ泊
01/04>ナムチェ泊
01/05>パグディン泊
01/06>ルクラ泊
01/07>ルクラ発 → カトマンズ着
01/08>カトマンズ滞在
01/09>カトマンズ発
01/10>日本着
19日間
ローツェとアイランドピーク(ディンボチェより)
同じ場所からのアイランドピークのアップ

*** 2001/01/02、登頂日の記録 ***
メンバー:三宅史敏、ラハール・タマン(クライミング・シェルパ)
・韓国隊が、メンバー12名、シェルパ2名で、同時行動。

02:00、ベース、5100m発
前々日の雪で、前から3番目ぐらいまでは、ステップ固めが辛い。
私は、前から3番目を歩く羽目になる。
トップは、私のシェルパ。
2番目は、韓国隊のシェルパ。

03:30、5400m、草地の終了・岩場の始まり
岩場は、バンドを使って、縫うように高度を上げる。
剣頂上南壁を直登しないであがるような感じ。
薄くつもった雪の下が、岩に凍り付いていて、すべる。
ストックは使いにくいので、ピッケルに変える。

05:00、5600m、ハイキャンプ地 少し整地してある。
氷が遠いので、水を作るのに苦労しそう。

06:30、5800m、岩場の終了、アイゼン着用。
雪面だが、かなり堅い。
ガイドは、先行している。
ロープを結ばずに登る。
クレバスが、数カ所。
1つ、2mの段になっていた。
頂上直下、固定ロープ4本。
通常は、2本(私が用意したのも、2本)
ガイドが韓国隊のガイドと共同で、設置。

09:30、登頂。風強。
固定ロープにセルフをとって、写真・ビデオを撮る。
最高地点は、もう少し高いが、風が強く危険なのでやめる。

**下山開始、時間不明。
ガイドは、固定ロープ回収のため、まだ上にいる。
単独で下山開始。
荒れたまま凍った雪面に足を取られる。
強風に進行の邪魔をされる。

5800mで、アイゼンをはずす。
浮いた石に足をとられる。
薄く積もった雪に滑らされる。
寒さで、胸が痛い。
ルートは、ケルンが積んであるので判別できる。
雪が積もっていたので、登りの足跡もよくわかる。

5400m、なかなか下につかない。
ヤッケのボタンが2つはずれたが、風が強くて止められない。
下が、遠い。
肺の背中側も痛くなってきた。
肺水腫の危険を感じる。

14:00、ベース着。
チャイを2杯飲み、ビスケットを5枚ほど食べた。
下着だけになって、シュラフに潜り込む。
5800m、アイゼン着用地点からの、雪の斜面
頂上稜線直下の急斜面
ラハール・タマン(クライミング・シェルパ)、頂上にて
三宅史敏、頂上にて

**登頂日、食べた食料
朝食、ラーメン(野菜入り)1杯
行動中、チャイ500ml、ビスケット2枚
(韓国人に、小さい干し柿を1個もらう)


***登頂時の服装(×は、よくなっかったもの)
ヘリテイジ、高所帽
モンベル、クロロの下着、丸首、一番薄いやつ
モンベル、クロロの下着、ハイネック、中間のもの
モンベル、サマーラップジャケット(化繊綿の薄手のダウンジャケット)
モンベル、スーパードリューパーカー
×ユニクロ、フリースグローブ(きつすぎた、2重構造でうまく着脱ができない)
×モンベル、新素材の5本指のオーバーミトン(ミトンとの間に、氷ができた)
モンベル、クロロの下着、ズボン下、一番薄いやつ
ノースフェース、ウールとアクリル混紡スウェットパンツ、裏はパイル地だが、結構薄いやつ。
モンベル、ドロワットオーバーズボン
靴下、ウール一枚。
登山靴、スカルパ、ベガ、黒いやつ


***韓国隊の危ない話
韓国隊は、ほぼ同じ日程で、ルクラから一緒でした。
12名のメンバーと2名のガイドでした。
メンバー8名と2名のガイドが登頂しました。
しかし、下山時、5800mで食事をとり、
そこで1名が眠ってしまって、放置してきています。
4時に、ベースに戻ってきて、「He is die.」と言ったので、
韓国隊のガイドが、回収に行ったそうです。
担いで、6時におろしてきたそうです。 (ガイドは速い!)

標高差1000m、一日往復には罠がいっぱいあります。


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