LAZIOワッペン

ぼんぼくらー!イタリア (イタリア滞在日記)


= 1999 August =

8月31日(火)
携帯電話買ったはいいんだけどさ、イタリア語なので訳分からん。 (まだパトワの方が分かるよ) だけどこれで友達と連絡が取れる。こんなにありがたい物はないね。
今日の練習ではなぜかCKを蹴らされた。 誰も真中まで届かない。しかもすごい誉められよう。 訳分からん練習で毎回笑っちゃいます。

8月30日(月)
今日は契約できるはずだったのに、のんびりしてるので準備をされてなかった。そして肝心の試合スーパーカップには登録が間に合わない。 その為に準備もろくにせずあわてて来たのにさ。
プライベートな時間がない事と、周りに何もないこと、言葉の問題、環境の違い(寒いのに夏の練習着以外は私服も含め合宿所に持ってきてなかった)などで海外に来て初めてホームシックになった。これがインターネット出来る環境だったらまた違うんだろうけど。

8月29日(日)
練習が休みだった。知らなかったから、同室のフランチェスカを起こした。 でもなかなか起きてくれないから、9時にまた起こしたら今日は休みだって。 先に言えってーの!
ここはいろんなスポーツの合宿やってて、&よく分からない家族連れや、 何やってるのか不明な人達がいっぱいいる。 どうやら合宿所という名前の安い宿ってかんじた。

8月28日(土)
今朝起きたら全然洗濯物が乾いてない&汚い。どうすりゃいいんだ?
午前の練習は9時から。8時じゃなくってほっとした。 でもなかなか集まらない。どうやら車やバイクで通ってる人もいるみた い。なんと通い合宿だった。みんながうらやましい。
午後は14歳の男子と練習試合。日本と同じシステムでも全然違う。上手い人同士だと言葉は要らないって言うけど、ここでは通用しない。JAMAICAのストリートサッカーとは違いすぎる。

8月27日(金)
合宿所の部屋 朝8時から練習なんだって!びっくり仰天だよ。お子様と同じじゃん。 体が動くわけない...。9時からでも文句言ってたのにさ。 でも昨日遅かったので午前中は休んだ。
合宿所についたらみんな寄ってくる。そしてベットしかない3人部屋だった。 私を質問攻めしないで!が、しかし英語が通じない...。 とりあえず急いで荷物をつめたから、荷物整理したいのに回りがうるさくて 出来ない。嫌でも一緒にいるんだから待てって! 今はみんな昼寝してるからやっと1人の時間。ん、裸で寝るなー! そしてなんで他の部屋の人までここで寝るんだ? 狭いベットに3人で寝てるよ。変なの、これも文化の違い?? あー早く自分の部屋(落ち着いた生活・プライベートな時間)が欲しいよ。 ところで練習は5時から走りだって。助けてー。 しかもずっと日本で走ってたんでしょって言ってるし。怖いよー。 それにしても午前と午後の間があき過ぎだと思わない? 周りには何もないし、絶対にする事なくて気が狂うでしょう。 練習はコーチが気を使ってくれて別でした。 なぜか敷地の外を(道路)3人で走らされた。 グランドに戻るといきなり合流。なんの練習か分からない練習だった。 みんなより結局たくさんやってるじゃん。 なんと洗濯は手洗いです。最悪!干す所もないし。

8月26日(木)
朝5時起きで、やっと到着したと思ったら23時過ぎ。 代理人が迎えに来てくれたもののご飯を食べ、気付いたらなんと1時過ぎてた。 その頃の私は眠くて何がなんだか分からなかった。 それから合宿所に行ったら、入れない。当たり前だって! 2時過ぎだよ。1人部屋じゃないんだし。 それにしてもこんな眠いのは拷問だね。

今回の留学のいきさつ
イタリアのチームの移籍を考えたのは3月末。ご存知の人もいるかもしれませんが、今までの所属チームが廃部になる為、プラス思考で昔からの夢を実現するためのチャンスと考え、海外のチームを1月から本格的に探し始めた。
大好きなオランダに行こうと思い、いろいろ調べ2月に10日間の下見。しかし男子と女子のあまりの違いにがっかりして帰国。その後たくさんの人の協力で ドイツ、スウェーデン、ノルウェー、イギリス、スコットランド、アイスランド、スペイン、フランス、アメリカ、ジャマイカ?を調べた。そして海外で女子がサッカーをする事の難しさ&男子と違い情報がない事を痛感した。また日本の女子サッカーの恵まれた環境は他にはないと思った。そしてイタリアの話を紹介された。しかしお願いしますと言ったもののなかなか返事が来ない。 もちろんどの国の調査も8月中旬まで続いた。当然いつ呼ばれても良いように自主TRは行っていた。おかげで結局、毎日暇なわりには仕事も出来ず、旅行にも行けない日々が5ヶ月も続いてしまった。こんな状態ではまずいと思い、とりあえず6月末から気分転換もかねてアメリカ&ジャマイカに行った。そしてジャマイカで良いVIBESを吸収し、NYのチームの練習に参加した。アメリカはシーズンが5月〜8月なので移籍してもすぐ終わってしまう。そんな時たぶん大丈夫だろうという返事がイタリアからやっと来た。この時すでに4ヶ月は経っていて、それからもまた長かった。イタリアに限らず、どの国も時間通りに事が進まない。ジャマイカもそうだが、こっちは好きな国だしやさしい分ありがたい。イタリアに限っては時間を守らないくせにめんどくさがられる。なんて国なんだ!これが正直な感想だ。そしてチームに参加できるという事だけが決まり、とりあえずの出発だった。それも8月23日に急に言われ、ろくに準備もせず、当然どういうサッカーをするのか組織や環境、イタリアという国自体も何も知らずに26日に出発した。

= SPECIAL THANKS =
MY FAMILY, JAPANESE FRIENDS, NORWEGIAN FRIENDS, HOLLAND FRIENDS,
JAMAICAN FRIENDS, 私をサポートしてくれた全ての人


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