私とモーグルとの出会い

(My Background & First Mogul & Evolution of Monkey)

順番

トピック

あったこと

@

常春の地、静岡県清水市に18才まで暮らす。

小(サッカー)中(野球)高(ハンドボール)とスポーツとお勉強に明け暮れる。(雪は降らないのでスキーの経験無し。)

A

大学に入って、21才で始めてスキーをやる。

スキーでいい思い出なし。(←簡単)(2、3回/シーズン)

B

会社に入って、何となくスキーは年に数回行くようになる。

現実逃避のため、滑走日数は増えた。(5〜10日/シーズン)
猿化始まる。

C

いまから8年ほど前の夏、神田の古本屋巡りをしていたら、面白そうなスキーの本を見つけた。
『The Mogul Ski』という本。
(SAJ ナショナルチーム ヘッドコーチ角皆優人著)。
とても薄い本なのに、よく目に留まったものだ。
以来、角皆氏の著書を買いあさる。

<つのかい まさひと>
1978〜1986、全日本フリースタイルスキー選手権総合優勝7回・3種目別(バレエ(現アクロ)・モーグル・エアリアル)優勝通算35回を記録。全日本ナショナルコーチを歴任。現在は白馬47→八ヶ岳ザイラーバレーにて角皆モーグルスクール校長。キャンプ・イベント等を主催し、また著書・解説記事等多数。もともと10代は水泳の選手だったそうです。礼儀正しく人親切な方で、誰でも一度で魅力にハマってしまいます。小柄なのにあの筋肉、身体能力は驚異的。長年のトレーニングの賜物でしょう。

当時、エアはおろかコブの滑り方だけの本なんて無かったと思う。(確かアルベールビルの翌年だったと思う。でも私はモーグルもエドガーグロスピロンも知らなかった。)

一般的にもコブの滑り方は基礎系の雑誌にしかなく、エアに至っては、飛び方の解説なんて誰も書いてない。

角皆氏がフリースタイルのコンバインダーだったからこそ、著述できた内容と思う。
(技術解説を書けて出版できる人は未だに氏しかいない)

以後の氏の著書もほとんど写真は氏がモデルであり、黎明期のモーグル事情がうかがわれる。(今のひとは幸せです。)

「ザ・モーグル・テクニック・バイブル」発売中著者:角皆優人氏
氏は20年間の集大成。とご自分で言っておられます。モーグルスキーヤーは書店へ急げ!!

D

その年の冬、当時お気に入りだった猫魔スキー場に行き、角皆氏のコブ道場に参加。始めて生のモーグルを知る。

猫魔のハウス入り口で、「角皆」の2文字を見たとき「あ」と思った。愛読書『The Mogul Ski』の著者である。

私は一般スキーヤーだったが基礎系の練習はすでに飽きており、氏の本で(ろくに滑れないのに)一気にコブに突入していく事になる。

フリースタイルスキーの情報が圧倒的に少ない中で、苦労して本で勉強していたシーズンなので、生角皆氏との遭遇はスキー的にも、大収穫だった。

氏の名刺の「自由人(Free Styler)」が私の精神的な人生指針となる。

クリスマスイブの日、これも現実逃避のため一人でスキーに
行っていた。スキーの足前は、ド後傾のパラレルターンしか出来ず、ウエーデルンなんかは当然できない。
買った本の著者がたまたまレッスンしてくれるというので無謀にも参加。参加人員は4人位だった。今からは想像出来ない。

イブであることをすっかり忘れ、PM7時にレストハウスに帰って来たら、スタッフの人に「これからパーティーを2階でやるので。」とTV中継の人集め要員として引きずられ、無理やりイブであることを思い出されられる。とほほ。

当時は、年に数回某氏が猫魔でレッスンをしておられ、熱い人柄に惹かれ何回か参加した。

スキー猿になる。

E

猫魔モーグルキャンプに参加。

キャンプといってもモーグルを知らない人、技術的に私と同じ中級(SAJで2〜3級)レベルの方がまだ多かった。
社外の友人が一気に増えた。 以来キャンプのたびに知り合いができ、彼らに遅れないことも日々の練習の駆動力になる。

モーグル猿に進化。

F

草大会、公認大会に参加。

チームに入っていないし、県連の人はフリースタイルを知らないしで、公認大会にエントリーするので膨大なエネルギーを使う。

やっとエントリーしても、大会のレベルが毎年上がるので(草大会・キャンプ・チームも増え、うまい人が増えた)、成績は下降線。

(今の実力は草大会で真ん中あたりを上下。)

G

現在に至る。(途中、ものすごく省略)

 

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