8月12日 カジュラホ バスの長い旅
 

 「ホテル・サンセットビュー」は、小さなカジュラホ村のはずれにある、シンプルなホテルでした。「地球の歩き方」に「なかなか良いですよ」と書いてあるホテルは、往々にして「別にそれほど良いというわけでもない」の法則にきちんとのっとり、シャワーはお湯がでなくて、便座のふたはなくて、ベッドにあるのはマットレスだけ、という、今まで通りのシンプルさでした。ただ、今までのホテルと違うところは、広いのです。部屋が無意味に広いのです。広い空間に、ベッドが2つ。あと、「これだけでかいのはなにか意味があるのか?」と疑問に思う程に巨大な扇風機が1つあるだけなのです。さすが田舎町。土地の無駄遣い。いつもなら余裕で、あらぬ方向を指さし、何もない空間に向かってツッコミまくるところですが、もうものすごく疲れているのです。カジュラホ遠すぎ。僕らは「あーもうなんでもいいやー」と適当にチェックインをぶちかまし、ベッドに横たわるのでした。

 長旅の疲れも手伝って、僕らはいつのまにかウトウトと・・・なんてなるはずがありません。もうとにかく空腹なのです。昨晩からまともなものをほとんど食べていないのです。このまま横になっていたら、確実にひからびます。と、いうことで、「本当に動けなくなってしまうかもしれないから、死ぬ前に飯を食いに行こう」と、僕らはガシガシ動き出すのでした。

 まずはシャワーに。順番はもちろん、じゃんけんで決めます。先に入るのは、もちろん負けた方!負け犬の使命は、「浴室の水はどれくらい冷たいのか」「床は無意味にざらついていないか」「見たこともない虫が我が物顔で闊歩していないか」などを報告することなのです。

 じゃんけんにはかろうじて僕が勝利しました。力強くガッツポーズをかまし、僕はベッドに倒れ込むのでした。ただし、「先に入ろうが後にはいろうが、たいしたことはないなあ」なんて、妙に現実的なことを考えながら、「地球の歩き方」を熟読。カジュラホ情報をガシガシと頭にたたき込んでいくのでした。事前の予習を怠り、地球の歩き方を読みながら外を闊歩などしていたら、本日カジュラホ到着の僕らの存在が村中にばれてしまい、たちまちあやしい笑顔の村民たちに囲まれてしまうに決まっているのです。そして、なんだか黒くて小柄なヒゲ人間かなにかが、「オー!トモダチネ!ワタシガイドスルネ!」なんて勝手な決断をぶちかまし、僕らが歩く前を勝手に歩き回り、後から高額のガイド料を請求されるに決まっているのです。おれ、偉い。予習万歳。まあどうせ、忘れるけど平気。

 そんなふうに、僕がまじめにカジュラホについて勉強していると、市川君がシャワーからあがりました。なので僕はいつもどおり、質問を繰り出しました。

ぬ:「水冷たかった?」
市:「まあな」
ぬ:「床は?」
市:「いつもどおりだ」
ぬ:「ざらざらってこと?」
市:「まあな」
ぬ:「変な虫は」
市:「虫はいなかったけど、トカゲがいた」
ぬ:「ふーん」
市川:「・・・」
ぬ:「え?とかげ?」
市川:「あ、ヤモリだったかも」
ぬ:「いや、どっちでもいいんだけどさぁ」
市川:「お、いいのか」
ぬ:「いや、良くないんだけどさあ!」
市:「大変だな」

 なぜに浴室にとかげが?僕は睡眠不足と空腹でへろへろになっている脳を、できる限りフル回転させて考えてみたのですが、いくらフル回転させたところで、その回転速度はいつもの半分。結局、「まあ、とかげがいようがいまいが、シャワーには入るのだし」と曖昧に結論づけて、とかげのいるシャワーに入るのでした。

 壁に張り付いているとかげをながめつつ、シャワーに入る僕の脳みそを駆けめぐるのは、なんといっても昼ご飯の事。「あー、もう正直言ってなんでもいいんだけど、なんでもいい、とか言っているときってなかなか決まらないし!なんでもいい、とか言いながら、なんとなくヤダ、とか平気で言うし!」ということで、考えるのがめんどくさくなった僕は「もう一番近い店。これ決定事項。これ疑いようのない事実。」と力強く決断し、ガシガシと頭を洗うのでした。


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