そろそろ高校3年生の4月なので、受験勉強を頑張らなければならない、と宮坂さん(当時)に誓った。
プリンのCMにダンサーとして出演。ステキに歌って踊った。ダンサーなのに歌った。
大量のせんまい漬けをプラスチック容器に入れて、ふたを閉めずにふらふらしている若い女を発見、その女は僕の家にこっそり入り、音量を小さくしてプレステをやり続けた。
犬と結婚させられた。
コンビニで会った中島史絵(シェイプアップガールズ)の気を引こうと、桃井かおりのまねをする内村(ウッチャンナンチャン)のまねをしたが、ものすごく似てなくて恥ずかしかった。
2月12日(金)
ロシアと上田の国境のロシア側に細々と暮らす僕は、キムチ鍋の材料を買い出しに、国境の壁に梯子をかけて、壁の隙間から上田側に潜入した。すると澤田は僕が来るのを見越してネギを二束買っておいてくれたので、それを持ってまた壁の隙間からロシアに戻ろうとした。すると中国軍の騎兵隊が「非国民は帰れ!」と叫びながらライフルを乱射してきたので、僕は銃弾をかわすために梯子を使わず壁から飛び降り、ネギを盾にして走った。攻撃されたのはネギに原因があると考えた僕は、そのネギを質屋に持っていくのだが、なんとそのネギは100万円で売れた。そのことを澤田に伝えたいのだが、また国境で攻撃されると、今度は盾になるネギがなくて困るので、中国軍の騎兵隊長に話をつけて一緒に澤田に会いに行くと、澤田は「上田のネギはすごいからな。」と自慢げだった。
10月1日(木)
高校の頃の友達に「おまえの兄ちゃん結婚すんの?だっせー」といじめられたので 大吉2号店(上田ステイ地下5階)にスーツを着て行った。 エレベーターは患者専用という事だったので階段を下りて行ったのさ。 階段は綺麗な煉瓦で作られているが非常に急で狭く、 その薄明るい場所を僕は腰をかがめて降りていったさ。 ただし、ここに来るまで4時間もかかってしまい、 大吉2号店はもう閉店していて、 マスターは新メニュー「トマトの天ぷら」の試作で忙しそうだった。 だから仕方が無く僕は隣のクッキーやさんでクッキーを3つ 買おうとしたのだ。でも、スーツに着替えたせいで財布を 忘れてしまった。非常に残念がっていると、 その店のオーナーのイギリス紳士(背はちょっと低め)が 1500円貸してくれたのでクッキーを買うことができた。 帰り道、非常に大規模なビル爆破作業 (30個のビルを次々爆破してゆく)があり、 それに出くわしてしまった僕は、クッキーを胸元に大事に抱え、 その倒れてくるビルを必死によけながら走るのであった。
9月28日(月)
友人が「インド行きのチケット余ってるけどいらない?」というので、
2000円で譲ってもらった。でも、実際に空港に行ってみると、
そのチケットは船便のもので、カウンターのお姉さんに海賊船長を
紹介された。「ガッツのありそうな若者だ。」ということで、
僕は海賊船への乗船を許され、インドに向かった。インドへは
3時間で到着した。船長に聞くと、「中国とアルプスを通って近道した。
」との事だった。
到着したのはインド南部の小さな町で、しかも不法入国なので
両替が出来なかった。僕は「とりあえず休もう」と思ってホテルを
探した。でもなかなか見つからない。だからすれ違ったおばあちゃんに
「この辺にホテルありますか?」と聞いたら、「郵便局ならある。」
と言われてしまいました。僕は仕方なく郵便局に行ったのですが、
そこの郵便局は宿泊できる、ということでした。僕はカウンターで
宿帳を書きました。するとカウンターの胡散臭いインド人が
「あんた受験生でしょ、じゃあこれも記入して。」と受講カード
をくれました。だから僕は「ユージン先生の必勝漢文」
「佐藤の超速微分積分」どれに「ドクターキャッポー・
睡眠学習枕セット」に丸をつけて提出した。料金は受講後・
商品到着後でいいらしい。僕は部屋で休むことにした。
しばらく休んでいると、見知らぬ女性(矢田亜希子似)が来て、
「講義は何時からかわかりますか?」と言うので、僕は親切にも聞きに
行くのであった。でも僕はうっかりカウンターを通り過ぎ、外に出て
しまったのだ。外では戦争が行われていて、ライフルの弾が飛び
交っている。僕はしばらく走って逃げたのだが、大きな池の中島で
追いつめられてしまった。後ろを振り返るとインド軍が僕にライフル
を向けているので、意を決して僕は池に飛び込んだのだ。すると、
ぽんぽんと水面を跳ねながら人喰い鯉が僕に迫ってくる。
僕はその鯉をヘッドロックで倒そうとするが、人喰い鯉のポジション
取りが非常にうまく(僕は右腕でロックしたいのだが、左に回るように
攻撃してくる)、ヘッドロック出来ない。インド軍はそんな僕に
「がんばれ!」という意味を込めて、ラマに遠吠えをさせながら、
ライフルを空に向かって乱射した。
5月31日(水)
12月17日(水)
久しぶりに兄貴に会おうと思ったのですが、お互いに敵同士だったので、縄張り争いを している激戦地にわざと赴き、捕虜になることで兄貴と会いました。元気そうだったので 安心しましたが、最近のスパイ業界は景気が悪く大変だそうです。 いつまでも捕虜になっているわけにはいかないので、捕まっている場所で行われた 中間発表の最中にトイレに行くふりをして逃げ出しましたが、出たところにいた人に 「事務室に行ってコピー機を取ってきて。」と言われました。仕方がないので 取りに行きましたが、ものすごくコピー機は大きくて動かなかったので、定規をもっていって 我慢してもらいました。その研究所では吸うとパンになるタバコが開発されていました。
12月15日(月)
白樺湖畔の高い電線にたくさんの人がぶら下がっていました。僕は彼らを助けるために、 カメラ屋のおじさんに梯子を借りるのですが、その梯子は3段くらいしかない ものすごく低い梯子で、電線にぶら下がっている人々を助けることは出来そうにもないのですが、 せっかく貸してくれたカメラ屋のおじさんを落ち込ませるのも悪いので、その 梯子を使って柿をとりました。
12月12日(金)
市川くん(*1)と斑尾高原にスキーに行くことになりました。僕が運転 して、快調に走っていると、道ばたで老夫婦が手をふっていました。車 を止めて話しをしてみると、斑尾に行きたいということでした。でも道 がわからないそうです。だから教えたのですが、理解できないらしいの で、「僕の車についてきてください。」というのですが、「このボルボ は3分に一度停止しなければならないのでついてゆけない。」とおっし ゃるのです。で、当たり前のように僕の車の後部座席に老夫婦は乗り込 みました。車を再び走らせました。市川君は安全運転です(*2)。老夫婦 と旅行の話しをしました。老夫婦は去年行ったギリシャの話しをしてく れたので、僕は先月行ったトルコ(*3)の話しをしました。車は順調に走 り続けました。やっとギリシャ(*4)に着いたのですが、ちょっと道がわ からないので、古いレンガ作りのホテルに行ってちょっと尋ねたりしま した。で、待望の海水浴場(*5)に到着したんですが、海岸がちょっとせ まいんです。景色が良くないんです。だから移動しようとしたのですが 、いま、車で砂浜に降りてきた道はものすごく急で、上れそうにありま せん。しかも、今は暑いですが、夜になると冷え込んで、しかも虎が襲 ってくるので、身を潜める場所が必要です。で、隠れることが出来そう な場所を探していると、さっきのホテルの娘の佐藤たまお(*6)が来て、 「是非うちに泊まってください。御礼がしたいんです(*7)。」というの です。「助かった。」と思って市川と梅宮辰夫夫妻を捜したのですが、 彼らは海に入ってビーチボールで遊んでいたので、僕ひとりで行くこ とにしました。で、ホテルに着くと、螺旋階段をぐるぐると登らされ、 5階くらいまで登ったのですが、もう疲れて、階段に座って休んでいる と、たまおが隣りに座って歌を歌いました。
*1〜研究室で、僕の隣の隣の隣りに座っています。
*2〜どこかで市川くんに運転を代わったようです。
*3〜もちろんトルコなんて行ったことありません。嘘ついてます。
*4〜「やっと」もなにも、ギリシャなんて目指してません。
*5〜「待望」もなにも、スキーにいくはずだったんです。
*6〜「おねがいリストランテ」の格好をしています。
*7〜「御礼」もなにも、道を聞いたのは僕たちです。
12月10日(水)
実家から来た食料関係の小包の中のラム肉の袋の中に、お手紙が入って
いて、「忘年会があるので山梨に集合。」という事でした。で、仕方がな
いので車で山梨に行くことにしました、随分迷って、しかも急な坂を車が
上れなくて、自分で車を後ろから押したりしながら(*1)、山梨へ向かいま
した。でも、ついてみると、それは知らない人々の集まった忘年会であり
ました。抽選で選ばれた人々(*2)が集ったそうですが、忘年会と言っても
農家の家の子供部屋で人生ゲームをするという非常に地味な忘年会でした
。「面倒だし、面白くないからもう帰ろうかなぁ。」と思っていたのです
が、そのとき大津波(*3)がおこって椰子の木や菩提樹(*4)がものすごい勢
いで流れてきます。僕は逃げるために、急ながけのある山を登らなければ
ならなかったのですが、農家のうちの子供が「面倒だ。」といって登ろう
としないので僕がおんぶして行くことになりました。快調に登り続けてい
たのですが、いざ、下を見てみると、僕の車を中学生達(*5)が盗もうとし
ているじゃないですか。僕は子供を背負ったまま山から飛び降り、中学生
達の教科書を取り上げ、車と交換することを告げるのでした。
(*1)〜これで坂をのぼりきれるので驚きです。
(*2)〜でも農家のおいちゃんばかり。
(*3)〜山梨です。
(*4)〜もちろん山梨です。
(*5)〜学生帽をかぶった昔風の学生たち。
友人の結婚式(*1)があるのをわすれていて、気づいてすぐに急いで車
で出発する。今日の午後までには札幌に(*2)つかなければならない。早
朝の道を車で飛ばしました。しかしですね、お腹が空いて運転どころじゃ
無くなってきたので、コンビニ(*3)で止まって買い物をしました。じゃ
がいもと人参(*4)とライターを買いました。で、店を出てみると、なん
と至る所で車が事故りまくっているじゃありませんか。おいおいどうした
んだ!と、思っていると、僕の車がありません。サイドブレーキが壊れて
いたらしく、坂道をどんどんとバックで下っていってしまっているのです。
それでたくさんの車が事故ってたらしいのですが、僕には結婚式に参加す
るという大義名分があるので、速攻逃げました。なんとか札幌について、
ホテル(*5)に着いたのですが、悪天候のため(*6)、結婚式は遅れてい
る、ということでした。なので、待ち時間があったので、久しぶりに病院
にでも行って検査してこようと、その建物の地下に行きました。するとで
すね、看護婦さんに「小児科に行って下さい。」といわれ、こんな年にな
って恥ずかしいなあ、なんて思いながらも、血液検査をしなければならな
いと警察から言われていたので、いきました。でも、子供は2人しかいな
くて、あとはみんな結婚式にでる友達ばかりだったのです。久しぶりの再
会に涙を流したいのですが、みんな採血をしたあとで、右手を押さえてい
て、滑稽な姿に微笑まずにはいられませんでした。そのホテルの地下の小
児科の隣には、共栄小学校(*7)の職員室もあるということなので、先生
に挨拶にいったのですが、井手先生(*8)しかいなかったのでおみあげ
(*9)を渡して帰ってきました。
そろそろ時間になったので、結婚式会場である、ホテルの6回のレスト
ランに行くと、お通しに1500円もとられるということなので、何をそ
んなに払わなければならないのかと、テーブルを見てみると、お茶とオレ
ンジジュースと味噌おでんとあんみつでした。僕はあんみつがいらなかっ
たので500円にしてもらいました。
しかし、あることに気づいたのですが、もう友達は結婚していて、誰が
結婚するのだろうと疑問に思っていると、結婚した友達の両親の結婚式で
した。どうして30年もまえに結婚したのに結婚式をするのか友達に尋ねる
と、結婚60周年のお祝いだそうです。
*1〜登山幸子さんの結婚式。実際はもう結婚しています。
*2〜長野から
*3〜北海道限定の「セイコーマート」です。
*4〜空腹の時にどのように食するのかは不明。
*5〜20階建てくらいのでかいホテル。
*6〜結婚式はもちろん屋内で行われます。
*7〜4年生からの母校です。
*8〜4年生までいた本室蘭小学校の先生です。
*9〜温泉紅白饅頭
*1〜高原の砂漠地帯にある田舎町あたり
*2〜研究室の同期。隣の隣りに座っている。
*3〜ローソン。結構広めの駐車場だった。
*4〜40度くらい。
*5〜黒の制服を着ている。兄貴が通っていた北光幼稚園の制服とだぶる。
*6〜なぜ、教会から英会話教室になったかは不明。
*7〜なぜ、食堂から喫茶店になったかは不明。
*1〜4年来の友達。でもカス野郎。
*2〜「達人たち」のページ参照。
*3〜とても赤くてほどほどに大きいのです。