アオクチブトカメムシ

美しき吸血鬼


 映画、TVドラマでの怪奇物にはヒロインがつきものだ。その役柄が常ならざるものと対峙する存在であっても、あやかしのものであっても、冴え冴えとして時にぎょっとするほど美しくなければならない。だが現実は厳しい。怪奇物は概してB級作品としか扱われない。低予算での制作となる。役者から見ても魅力に乏しい。結果、「スティーヴン・キングの原作ではあンなに魅力的に描写されていたのに・・・」というような事態が頻発する。それはそうだ。小説でいくら美少女の描写に注力したとしても、原稿料に大差はない。時として、素顔で妖怪が演じられるのでは、などと訝られるような女優が登場したりもする。

 安達ヶ原(黒塚)の果てで鎌を研いでいる老婆は醜ければ醜いほど怖いが、雪女が雪男と見まごう様相だったら、物語自身が成立しなくなる。

 古今東西、女性の幽霊、妖怪の大半が妖しいほど美しく描かれてきた。蛇や竜が変化して女性の形を取った神話の妖怪達(作業しているところを見るなと言われて、かえってその禁が仇となり正体が見破られるのは夕鶴の原形)、九尾の狐から殺生石にまでなってしまった玉藻の前、妙なる美声で舟人を水底へ沈めるローレライ、ドラキュラより古く著されていた少女吸血鬼カーミラ・・・。

 昆虫の中にも美しき殺戮者が存在する。ハンミョウがそうだし、セイボウも他の虫を襲う。肉食昆虫は必ずしも雌ばかりが殺戮を為すのではないが、他の昆虫、小動物を補食するのはハタラキバチが雌であり、カは雌しか吸血しないことを考えても、雌の方が産卵を司るのでより多くの犠牲者を必要とするのかもしれない。

 半翅目昆虫は植物を吸汁することが多く、肉食の印象が薄い。逆にウンカ、ヨコバイ、グンバイムシのように作物の大害虫とされている例が多い。だが、サシガメ、トコジラミ(いわゆるナンキンムシ)、タガメ、タイコウチといった水棲の半翅目昆虫など、案外肉食種も存在する。サシガメのような類は、いかにも獰猛そうな外見をしているが、典型的なカメムシの形態で、他の昆虫の補食によって生活を営んでいるものがあるとは考えにくい。ところが、そういう類がいるのだ。しかも、とびきりの美麗種に。

 アオクチブトカメムシは成熟すると20mmを越える大型のカメムシで、メタリックなライト・グリーンで、しかもキラキラ輝く金粉を蒔いたようなゴージャスな質感を伴う身体を持つ立派なカメムシだ。カメムシ・マニアの間でも人気が高い。胸部の上端部が左右とも甲冑の肩章のように突起しており、造形上からも魅力的である。また、翅の合わせ目から覗く大きな三角形の褐色の部分もメタリックで美しい。襟ぐりを大きく開けた花魁のような風情だ。その三角形の端から胴体の終端まで逆に拡がる褐色部分もデザインとしては大変お洒落である。同じく美麗種で同程度の大型種であるツノアオカメムシと似ているが、個体数が少ない分、アオクチブトカメムシの方が珍重されているかもしれない。

 ところがツノアオカメムシとアオクチブトカメムシでは決定的に違う点がある。アオクチブトカメムシを含むクチブトカメムシは肉食性なのだ。獲物は鱗翅目昆虫の幼虫、つまりは毛虫、芋虫の類である。半翅目昆虫の口吻は大概発達しているが、特に発達した口吻で体液を吸汁する。クチブトの名も口太から来ている。美しい見掛けによらぬ生活をしているのだ。しかも、普段の生活はクヌギやハルニレ、ケヤキなどで営む樹上生活者らしい。そしてこれらの樹液も摂取しているらしいのだ。肉食にして草食ということだ。おそらく元来草食だったものが何かの拍子に肉食に転じたけれど、両方で栄養補給が出来る形態を選んだのだろう。ジョウカイボンなどの肉食の甲虫にもそういう傾向は見られる。これも近似種のホタルやカミキリムシが草食であるのに、ジョウカイボンは肉食草食の二段構えという構図である。

 草食に徹するならば、食糧は容易く確保できる。植物は動けないし、抵抗もしない。肉食であるということにはリスクが伴う。食糧となる種を常に捉えることは出来ないし、アリジゴクのようなよく出来たトラップがあったとしても、長い期間動かずに待ち伏せしていなければならないこともある。だが、きっとそれに見合うメリットが肉食にはあるに違いない。草食の鱗翅目の幼虫であるが、植物の養分を摂取して丸々と肥えた身体は滋養に満ちたチューブであるように見える。また、実際に人間が生食も出来るし、焼いて食しても香ばしく美味であると言われるカミキリムシの幼虫もしかりである。多分、肉食昆虫にとってこれらの獲物は美味であると同時に、植物の樹液、葉などより養分の凝縮された格好の栄養源なのであろう。

 美麗であることと肉食であることは直接は結び付いてはいないと思われる。だが、アオクチブトカメムシが美麗なのは、他のカメムシ同様、異臭を放って仲間同士のコミュニケーションを取る性質を外敵に知らしめるための警戒色なのだろう。またそれだけではなく、決して小さくはない毛虫、芋虫を捉える為に鋭く大きな口吻だけではなく、大きな身体も必要であったに違いない。攻撃力の弱い小さな個体は生き残る可能性も少なく、強く大きな身体を持つ遺伝子が数え切れない世代交代のうちに強まったのだろう。その結果、大きさを伴う美しさが今に残ったに違いない。

 さすがにアオクチブトカメムシは平地に普通に見られる訳ではなく、山地でなければ観察することができない。しかも、杜氏が幼い頃を過ごした横浜、横須賀、逗子との境の鷹取山のような百数十メートルしか標高のない山では見られない。杜氏がこの虫を見たのも、大学時代の夏合宿が行われていた富士見高原の合宿所の近くに聳える編笠山(標高2524m)登山の折だったと思う。合宿所の標高が1188mだったから、たかだか四時間足らずで1300m以上を登る鬼も落涙するような「中日のアグレッシヴ・レスト」だった。今計算したら一時間に300m以上も登ることになる。富士登山が五合目の約2,300m程度から1,000m登るに過ぎない。これを一晩掛けるのだから、編笠山登山の方がよほどきつかったことになる。猿か猪しか登らないような鬱蒼とした森の中のけものみちを延々とよじ登った憶えがある。しかも、杜氏の半分しか体重がないような長距離連中と一緒のペースだった。今思うと腹が立つ。

だが、そのけものみちの途中で木洩陽に輝きながらゆっくりと目の前を通り過ぎるアオクチブトカメムシの姿は感動的だった。杜氏が考えているカメムシの概念を大きさの上からも覆すような偉容だった。残念ながらその生きた宝石に見とれている暇はなかった。残忍なチームメイトは前へ上へと運ぶ足を止めてはくれない。全体のペースから遅れて、はぐれたら遭難ということになる。強制的にベルトの回転に合わせて走らなくてはならないトレッドミルのような過酷さだった。確かアオクチブトカメムシの姿を見たのが、森林限界の近く、「山頂まで後×××m」の標識(この標識がまた嘘つきで、全く当てにならない)の前後だったのだろう。標高2500m近辺に棲息していたことになる。ただ、富士山頂付近でも見られるというから、驚くには当たらない。

 虎甲虫であるハンミョウが美しくとも獰猛であるのはイメージし易い。だが、アオクチブトカメムシは典型的なカメムシの形状を持っているだけに、吸血鬼とはどうしてもイメージが直結しない。ローレライはジュゴンかマナティを見誤ったものだったらしいし、幽霊の正体は枯れ尾花と相場が決まっている。雪女も吹雪に霞む視界に映る立木か何かが妄想で増幅されたものだったのだろう。カーミラに至ってはモデルが存在したらしく、里から拐かしてきた夥しい人数の美少女達を鉄の処女(アイアン・メイデン)で手に掛け、その血を浴びて若さを保とうとしていた頭のおかしい鬼婆で、この世のものとは思えない妖艶な美女とはほど遠い、寧ろ黒塚の妖婆のような人だったとか。

 紛れもなく美しい姿で吸血を繰り返すアオクチブトカメムシの方が、よほど人間の妄想を忠実に再現しているのかもしれない。




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