JOSE CONTRERAS
2002年の成績

W-L

Sv

ERA

13-4

0

1.76


ボストンとの争奪戦
ボストンとの争奪戦
ボストンとの争奪戦
ボストンとの争奪戦
ボストンとの争奪戦

ジョージ・スタインブレナーはホセ・コントレラスをブロンクスに連れて来て、昨日ヤンキースファンに早めのクリスマス・プレゼントをした。

「これは世界中のヤンキースファンにとってのクリスマスプレゼントになった。そして、これはチーム組織による努力の賜物である」と、GMブライアン・キャッシュマンは言った。

今回の件が、ライバルのレッドソックスを犠牲にしているので、そのニュースはヤンキースにとってはよりグッドなニュースになった。

10月にキューバから亡命した31歳の右腕投手は、ニカラグアのマナグアでの懸命な交渉のすえ、昨日の午前3時(現地時間午前2時)に、4年で3200万ドルでヤンキースとの契約に合意した。

「ニューヨークのファンは彼に恋をするだろうと思う」と、ジェイミー・トーレス(コントレラスの代理人)は言った。

ヤンキースは、現在293勝を挙げ、ピンストライプで300勝を狙うクレメンスと契約合意に達すると思われているために、コントレラスにとっては、安定力のある先発陣にさらに新たな仲間が加わることになる。

「コントレラスの契約は、私たちの交渉に影響があるべきではない」と昨日、ヤンキースと2度話したクレメンスの代理人、ランディー・ヘンドリックスは言った。

レッドソックスはコントレラスの決定について知って怒りを示した。情報筋によれば、 コントレラスを獲得しようとマナグアへ行った神童GMテオ・エプスタインは、窓とドアを壊したそうだ。もっともチーム・スポークスマン、ケヴィン・シェイは昨夜それを否定した。

レポートによれば、日曜日に29歳になるエプスタインは、今月初めにエドガード・アルフォンゾの獲得に失敗した後に、ウィンターミティング中に椅子を壊したそうだ。ボストンは、さらにこのシーズンオフ、ジェフ・ケントにも振られた。

レッドソックスもまた4年の条件を申し出ていて、情報筋によれば、ヤンキースよりも「著しく高額な」契約を進んでしようとしていた。しかし断られてしまった。しかし、シェイは、昨夜ボストンはヤンキースを越える提示はしなかったと言った。

「決定はヤンキースとボストンに絞り込まれた。そして、その決定は最後の交渉で下された。このように言ってみよう:『ボストンはコントレラスにかなりの評価をしてくれた』 」と、トーレスは言った。

ヤンキースのGMブライアン・キャッシュマンは、国際スカウト活動の副代表=ゴードン・ブレイカリーと、ラテンアメリカでのスカウティング・コーディナーター=カルロス・リオスとへの賞賛を贈った。二人は 、マナグアでのヤンキース代表であり、エプスタインやシアトルのGMパット・ギリックやドジャーズの代表とともに正面から向かっていった。マリナーズも4年3000万ドルの契約を提示した。

「古きそして良き方法でのスカウト活動と情報網」と、キャッシュマンは、ヤンキースの努力を評価した。「お金を払うことができるだけでなくね」

コントレラスは初年度に600万ドルを受け取る。サラリーの400万ドルと契約のボーナスとしての200万ドルである。もっともフィジカルチェックをパスしなければならないのだが。

「私にとって、ヤンキースでプレーすることは名誉だ」と、コントレラスはニカラグアで言った。「ヤンキースでプレーするために実際にある程度のお金を放棄した。しかし、私にとってはヤンキースこそが入団したいチームなんだ」

トーレスは言った。「彼(コントレラス)は、常にヤンキースに興味を持っていた。キューバでは多くのヤンキースファンがいるし、ラテンアメリカでも多くのヤンキースファンがいる。以上」

アマチュア時代の活躍
アマチュア時代の活躍
アマチュア時代の活躍
アマチュア時代の活躍
アマチュア時代の活躍

コントレラスはキューバ・リーグでプレーし、117-50、2.82ERAの通算成績を残した。また3度の国際的なトーナメント(1999年パン・アメリカン・ゲーム、2000年オリンピックと2001年ワールドカップ)で各国のプロ選手に対して、合計66イニング投げわずか36安打を許しただけで、7-0、0.59ERAという成績も残している。さらに、1999年3月にハバナでオリオールズに対して、10三振を奪い、2安打を許したのみで、8イニングを無失点に抑えた。

「コントレラスは良いピッチャーであるためのすべての要素を備えていると思う。彼はキューバ野球で長年それを示してきた」と、元レッドソックスのエース、ルイス・ティアントは言った。そのティアントは、マイアミで一緒に夕食を食べながらコントレラスの獲得をしようとしていた。

キャッシュマンは言った。 「私たちのスカウトは、コントレラスの平均以上の速球とすさまじいカーブに興奮している。彼は、スプリットフィンガーを左打者に投げて制圧することができるし、スライダーも持っている」

国際スカウト活動の副代表、ゴードン・ブレイカリーが、ホゼ・コントレラスについて集めたデータベースを分類すると、ヤンキースがその右投手をずっと注目していたことが分かる。事実、ヤンキーススカウトは早くも1996年にコントレラスに関する報告書を提出していたのだが、それは彼がハバナでオリオールズに対するオープン戦で8イニングを無得点に抑える3年前のことだった。

「国内とか海外とかにかかわらず、我々がある選手についての重要さを調べるときにはいつだって、その選手のプレーを継続的に注目することを基本にしている」と、ニカラグアでヤンキース代表としてし交渉していたブレイカリーは言った。

「コントレラスは、ヤンキースで本当にプレーしたいということを私たちに示してくれた」と、ブレイカリーはフロリダの自宅に帰った後の電話で答えた。「コントレラスは、優勝するチャンスのある人のためにプレーしたかった。彼は、優勝するチャンスのないような場所には行きたくなかったと私に伝えた」

ブレイカリーは、レッドソックスやマリナーズの提示については知らなかったが、ヤンキースの提示に近いものだと感じでいると言った。「私たちが提示について話していると、コントレラスにはシアトルとレッドソックスからの電話があった」と、ブレイカリーは言った。「一旦私たちが合意に達してから、代理人はレッドソックスに伝えるために席を外した。ボストンのゼネラルマネジャーは、それより多くのお金を出すことができるとことを示した。しかし、私たちは既に決定していた」

10月2日にメキシコに亡命したコントレラスは、12月24日(火曜日)、ヤンキースと4年3200万ドルの契約に合意した。ブレイカリーは、コントレラスの獲得にヤンキースは興奮したと言った。「私たちは、過去5〜6年にわたって4〜5人のスカウトが彼を見てきた。彼にはチャンピオンチームにおいて最前線のピッチャーになるチャンスがある。最後に彼がメキシコで登板したとき、94〜98マイルは出ていた」

31歳、コントレラスは、ラス・マルティナスという小さな町の出身で、その武器となる球種は速球、スプリッター、スライダーで、その体格(6フィート4インチ、230ポンド)はロジャー・クレメンスとよく似ていて比較される。彼は2歳と10歳になる娘の父親でもあり、妻と娘たちを後にしてアメリカでの生活しようとしている。今は電話でのやり取りだけだ。

「願わくば、できるだけ早く家族が一緒になって欲しい」と、トーレスは言った。「しかし、それは困難だ。単に妻と2人の子供だけではなく、母親、父親、兄弟や姉妹もいるからだ。彼には、実際にアメリカで近い親類がいないし、どんな血族もいないと思う」

コントレラスの父親、フロレンティーノは、今は80歳だが、かつては製糖工場がスポンサーとなっていたリーグで地元ラス・マルティナスのアマチュアチームで野球をやっていた。9人か10人いる兄弟(トーレスによれば確かではない)の中で一番末っ子のコントレラスは、マイアミで亡命して初めて、自分の父親が野球をやっている写真を見た。ラス・マルティナス出身の他のキューバー人移民がその写真を渡したのだった。

ブレイカリーは、クレメンスへとのどんな直接的な比較も、「それは私たちの口から出たのではないと」言いながら、それでも、「コントレラスは『パワータイプに似ているし、ロジャーはパワータイプだ。ロジャーはハードに投げるし、攻撃的だ。ロジャーは真っ向勝負をしてくる」と言った。

「チーム事情によって、彼はナンバーワンにもナンバーファイブにもなる」と、1996年以来4度コントレラスの投球を見た、あるスカウトは言った。「30チームのどのチームでもメジャーリーグーのスターターだ。しかし、キューバからやってきたばかりのような選手が、いきなり大活躍するかどうか分からない。アジャストメントを上手くやっていくと思われる」

そのスカウトは、2000年オリンピック中にコントレラスの胸板の分厚い体格に驚嘆した。「彼が投げて、次にダッグアウトに入り、シャツを脱いだ」と、言った。「そして、『スッゲー』」(と、思った。)

期待と不安それぞれ
期待と不安それぞれ
期待と不安それぞれ
期待と不安それぞれ
期待と不安それぞれ

しかし、キューバはスポーツ選手を大事にしない。したがって、コントレラスの肩は年齢より古くなっている可能性がある。1999年パンアメリカン大会の中で、コントレラスは、8イニングを投げ13三振を奪って、5-1でアメリカに勝ち、金メダルを取った。

「コントレラスはキューバ最高のピッチャーだ」と、米国監督バディー・ベルはその試合の後に言った。「彼は馬のようにタフだけど、しかし、キューバでは健康面は配慮されない。恥ずべきだね」

あるチームのゼネラルマネジャーは、コントレラスは過去2、3年、国際試合で非常によく投げていたと言った。そのゼネラルマネジャーによれば、コントレスは、94-95マイルを出して、その速球のコントロールも良いし、インサイドにもよく投げるそうだ。

「原石のような能力はある」と、そのGMは続けた。「問題は、その能力が世界一の選手たちに対して安定したパフォーマンスをすることができるかどうかだ」

また別のゼネラルマネジャーは、コントレラスはコロンのようなタイプだと言った。「コントレラスは、コロンのようだ。いやらしいスライダーがある。コロンの方が速球は良いだろうけど、コントレラスには巧妙さはないけど、力強さとパワフルさがある。スタミナもあるから投球回数については心配ないだろう」

コントレラスは年齢に関する疑いがある。エル・デューケに見られるようにキューバの選手は、亡命するときに年齢を若くしていることで悪名高い。しかし、それに関しては、トーレスは彼が31歳より年を取っているという疑いに怒りを示した。

「私は、彼のキューバのパスポートのコピーだけでなく、キューバからのIDカードおよび彼のニカラグアのドキュメントも持っている」と、トーレスは言った。「さらに、私は1995年以前にさかのぼったコピーも持っている。それは、彼がキューバから亡命することを考えたりする以前のもので、1971年12月6日という生年月日を示している」

「ホセ・コントレラスは、世界で有数のアマチュアのピッチャーであることは明らかで、アマチュアで最高のピッチャーかもしれない」と、ブレイカリーは言った。「彼には例外的な速球と変化球があり、大リーグレベルでも大成功をすることを期待する」