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★インターナショナル・ヘビー級選手権★

                1953年6月、第38代NWA世界ヘビー級王者だったルー・テーズのヨーロッパ、ドイツ、
               イタリア、東南アジアの各国での多大な功績と、東部地区でチャンピオンを自称していたア
               ントニオ・ロッカを破った実力に対してNWA本部からNWA世界ヘビー級選手権とは別に新
               たにインターナショナル・ヘビー級選手権のベルトを贈呈される。

CHAMPION GALLERY

NO CHAMPION DATE LOCATION
ルー・テーズ
   防衛回数=不明
1953年6月 −−−−−
力道山
   防@=ドン・レオ・ジョナサン(1958.10.2)
   防A=ドン・レオ・ジョナサン(1958.10.30)
   防B=エンリキ・トーレス(1959.7.21)
   防C=ミスター・アトミック(1959.8.7)
   防D=ジム・ライト(1960.1.15)
   防E=ジム・ライト(1960.1.30)
   防F=サニー・マイヤース(1960.5.16)
   防G=サニー・マイヤース(1960.7.9)
   防H=プリンス・イヤウケア(1960.11.16)
   防I=グレート・アントニオ(1961.6.2)
   防J=ミスターX(1961.7.21)
   防K=ゼブラ・キッド(1961.11.19)
   防L=ムース・ショーラック(1962.11.9)
   防M=ジェス・オルテガ(1963.2.4)
   防N=ヘイスタック・カルホーン(1963.4.17)
   防O=パット・オコーナー(1963.4.24)
   防P=バディ・オースチン(1963.11.2)
   防Q=ザ・デストロイヤー(1963.12.2)
   防R=ザ・デストロイヤー(1963.12.4)
※1963.12.15、力道山のため、日本プロレス関係者とNWA本部が
 協議の結果「ベルトは力道山一代のものとし「日本プロレス協会が
 永久管理する。」ということが決定。
1958年8月27日 カリフォルニア州ロサンゼルス
オリンピック・オーデトリアム
ジャイアント馬場
※1965.6.4、ザ・デストロイヤー戦を皮切りにザ・ブッチャー、アルバ
 −ト・トーレス、アサシンAと闘い、4勝2分の成績を残した馬場が
 王座決定戦に出場。
   争覇戦@=ザ・デストロイヤー▲(1965.6.4)
   争覇戦A=ザ・デストロイヤー●(1965.7.16)
   争覇戦B=ザ・ブッチャー■(1965.10.22)
   争覇戦C=ザ・ブッチャー▲(1965.10.25)
   争覇戦D=アルバート・トレス●(1965.11.2)
   争覇戦E=ジ・アサシンズA●(1965.11.3)
   王座決定戦=ディック・ザ・ブルーザー
   防@=ディック・ザ・ブルーザー(1965.11.27)
   防A=ルー・テーズ(1966.2.28)
   防B=キラー・カール・コックス(1966.7.5)
   防C=ゴリラ・モンスーン(1966.10.20)
   防D=ゴリラ・モンスーン(1966.10.28)
   防E=フリッツ・フォン・エリック(1966.11.28)
   防F=フリッツ・フォン・エリック(1966.12.3)
   防G=バディ・オースチン(1967.2.7)
   防H=ブルーノ・サンマルチノ(1967.3.2)
   防I=ブルーノ・サンマルチノ(1967.3.7)
   防J=ザ・デストロイヤー(1967.4.16)
   防K=フリッツ・フォン・エリック(1967.5.27)
   防L=ジン・キニスキー(1967.8.10)
   防M=ジン・キニスキー(1967.8.14)
   防N=アート・ネルソン(1967.9.30)
   防O=ターザン・タイラー(1967.11.1)
   防P=クラッシャー・リソワスキー(1967.12.6)
   防Q=クラッシャー・リソワスキー(1968.1.3)
   防R=プリンス・イヤウケア(1968.1.7)
   防S=ディック・ザ・ブルーザー(1968.2.28)
   防21=ジェス・オルテガ(1968.4.13)
1965年11月24日 大阪府立体育会館
ボボ・ブラジル 1968年6月25日 愛知県体育館
ジャイアント馬場(2度目)
   防@=ブルーノ・サンマルチノ(1968.8.7)
   防A=キラー・カール・コックス(1968.9.28)
   防B=キラー・カール・コックス(1968.11.2)
   防C=ジン・キニスキー(1968.12.1)
   防D=ジン・キニスキー(1968.12.6)
   防E=ウイルバー・スナイダー(1969.1.11)
   防F=ザ・デストロイヤー(1969.3.5)
   防G=ザ・デストロイヤー(1969.7.3)
   防H=アブドーラ・ザ・ブッチャー(1969.8.10)
   防I=ディック・ザ・ブルーザー(1969.8.12)
   防J=ザ・シーク(1969.9.12)
   防K=ザ・デストロイヤー(1969.10.27)
   防L=フリッツ・フォン・エリック(1969.12.19)
   防M=ボボ・ブラジル(1970.2.2)
   防N=フリッツ・フォン・エリック(1970.3.3)
   防O=キラー・カール・コックス(1970.7.2)
   防P=ドリー・ファンク・ジュニア(1970.7.30)
   防Q=アブドーラ・ザ・ブッチャー(1970.9.17)
1968年6月27日 蔵前国技館
ジン・キニスキー 1970年12月3日 大阪府立体育会館
ジャイアント馬場(3度目)
   防@=ザ・ストンパー(1971.2.2)
   防A=スパイロス・アリオン(1971.3.4)
   防B=イワン・コロフ(1971.6.29)
   防C=クリス・マルコフ(1971.8.1)
   防D=フリッツ・フォン・エリック(1971.9.4)
   防E=ブルーノ・サンマルチノ(1971.11.25)
   防F=テリー・ファンク(1971.12.12)
   防G=ボボ・ブラジル(1972.1.6)
   防H=ブルドッグ・ブラワー(1972.2.29)
   防I=ジョニー・バレンタイン(1972.6.1)
※1972.9.2、独立を宣言していた馬場が日本プロレス本社を訪れて
 ベルトを返還、王座は空位となる。
1970年12月19日 カリフォルニア州ロサンゼルス
オリンピック・オーデトリアム
ボボ・ブラジル(2度目)
   王座決定戦=大木金太郎
1972年12月1日 横浜文化体育館
大木金太郎
   防@=ビリー・レッド・ライオン(1973.1.12)
   防A=フリッツ・フォン・エリック(1973.4.13)
※日本プロレス崩壊により、以後は故郷・韓国で防衛を行なう。
   防B=アントニオ猪木(1974.3.27)
   防C=スーパー・デストロイヤー(1974.5.23)
   防D=マリオ・ミラノ(1975.10.18)
   防E=マリオ・ミラノ(1975.12)
   防F=ザ・デストロイヤー(1975.3.26)
   防G=ザ・バラクーダ(1975.5.18)
   防H=サムソン・クツワダ(1975.5.19)
   防I=タイガーマスク(サムソン・クツワダ)(1976.6.20)
   防J=サンダー杉山(1976.9.8)
   防K=サンダー杉山(1976.9.8)
   防L=アブドーラ・ザ・ブッチャー(1976.11.1)
   防M=スーパーX(高千穂明久)(1977.5.22)
   防N=ドン・レオ・ジョナサン(1978.4.12)
   防O=稲妻二郎((1978.8.2)
   防P=キラー・トーア・カマタ(1978.11.3)
   防Q=キラー・トーア・カマタ(1978.11.11)
   防R=カーチス・イヤウケア
   防S=ブル・ラモス
   防21=フレッド・ブラッシー
   防22=J・ロンドス
   防23=C・F・ヒル(1979.12.15)
※1980.2.18、大木は国際プロレスに入団。以後、日本においては
 同団体で防衛を行なう。
   防24=ジョー・ルダック(1980.5.15)
   防25=ジョー・ルダック(1980.5.24)
   防26=ジプシー・ジョー(1980.7.1)
   防27=ビル・ドロモ(1980.9.20)
   防28=上田馬之助(1980.10.4)
   防29=B・ブラウン(1981.3.4)
※大木はこのほか韓国でキラー・トーア・カマタ、F・ヒルらを相手に、
 防衛戦を行うが、1981.4.13、NWA本部からの勧告により王座返
 上。全日本プロレスにて第9回チャンピオン・カーニバルの上位7
 選手とザ・ファンクスを加えた9選手により王座決定トーナメントを
 開催。
1972年12月4日 広島県立体育館
10 ドリー・ファンク・ジュニア
※決勝の対戦相手ブルーザー・ブロディが負傷棄権のため不戦勝
 で第10代王者となる。
   防@=テリー・ファンク(1981.4.30)
1981年4月30日 松戸市運動公園体育館
11 ブルーザー・ブロディ 1981年10月9日 蔵前国技館
12 ドリー・ファンク・ジュニア(2度目)
   防@=ハクソー・リード(1982.2.20)
   防A=ビル・ロビンソン(1982.3.7)
   防B=ハーリー・レイス(1982.4.2)
   防C=テッド・デビアス(1982.4.17)
1981年11月1日 後楽園ホール
13 ブルーザー・ブロディ(2度目)
   防@=ジャンボ鶴田(1982.6.17)
   防A=ジャンボ鶴田(1982.10.7)
   防B=天龍源一郎(1982,10.20)
   防C=ドリー・ファンク・ジュニア(1982.10.26)
   防D=天龍源一郎(1983.4.16)
   防E=テリー・ファンク(1983.4.23)
   防F=ドリー・ファンク・ジュニア(1983.4.25)
   防G=ジャンボ鶴田(1983.4.27)
   防H=ジャンボ鶴田(1983.5.26)
   防I=ジャンボ鶴田(1983.6.13)
1982年4月21日 大阪府立体育会館
14 ジャンボ鶴田
   防@=ブルーザー・ブロディ(1983.10.14)
   防A=スティーブ・オルソノスキー(1984.1.10)
   防B=ニック・ボックウィンクル(1984.2.23)
※AWA世界ヘビー級王者ニック・ボックウインクルとのダブル・タイ
 トルマッチで勝利し、AWA世界ヘビー級王座獲得。
   防C=ニック・ボックウィンクル(1984.2.26)
※AWA世界ヘビー級王座も同時に防衛。
   防D=ブルーザー・ブロディ(1984.4.14)
   防E=ビル・ロビンソン(1984.6.7)
   防F=ビル・ロビンソン(1984.6.13)
   防G=リック・マーテル(1984.7.25)
   防H=ブルーザー・ブロディ(1984.9.6)
   防I=テリー・ゴディ(1984.10.29)
   防J=ディック・スレーター(1985.4.17)
   防K=テリー・ゴディ(1985.6.4)
   防L=ハーリー・レイス(1985.9.19)
   防M=テリー・ゴディ(1986.3.10)
   防N=スタン・ハンセン(1986.3.29)
※AWA世界、PWF両ヘビー級王者スタン・ハンセンとの3冠戦、両
 者リングアウトにより、王座の移動はなし。
   防O=スタン・ハンセン(1986.4.19)
※AWA世界ヘビー級王者スタン・ハンセンとのダブル・タイトルマッ
 チ、両者リングアウトにより、王座の移動はなし。
   防P=ハーリー・レイス(1986.5.24)
1983年8月31日 蔵前国技館
15 スタン・ハンセン
   防@=ジャンボ鶴田(1986.9.3)
   防A=長州力(1986.9.9)
※PWFヘビー級王者、長州力とのダブル・タイトルマッチ。両者リン
 グアウトにより、王座の移動はなし。
1986年7月31日 両国国技館
16 ジャンボ鶴田(2度目)
   防@=トミー・リッチ(1987.4.2)
   防A=谷津嘉章(1987.4.24)
   防B=スタン・ハンセン(1987.7.22)
   防C=ニック・ボックウィンクル(1987.9.12)
   防D=アブドーラ・ザ・ブッチャー(1988.1.13)
1986年10月21日 両国国技館
17 ブルーザー・ブロディ(3度目)
   防@=谷津嘉章(1988.4.4)
   防A=天龍源一郎(1988.4.15)
※PWF、UN両ヘビー級王者、天龍源一郎との3冠戦、両者リング
 アウトにより、王座の移動はなし。
1988年3月27日 日本武道館
18 ジャンボ鶴田(3度目)
   防@=アブドーラ・ザ・ブッチャー(1988.9.9)
   防A=スタン・ハンセン(1988.10.17)
※PWF、UN両ヘビー級王者、スタン・ハンセンとの3冠戦、両者リ
 ングアウトにより、王座の移動はなし。
   防B=スタン・ハンセン(1989.4.16)
※PWF、UN両ヘビー級王者、スタン・ハンセンとの3冠戦、無効試
 合により、王座の移動はなし。
   防C=スタン・ハンセン(1989.4.18)
※インターナショナル・ヘビー級王座4度目の防衛と同時に第15代
 PWFヘビー級、第28代UNヘビー級王者となり三冠を統一。
 三冠統一ヘビー級選手権初代王者となる。
1988年4月19日 宮城県スポーツセンター

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