第14回アジア大会IN韓国遠征日記 by VSUメンバー


今回のアジア大会会場は韓国、しかも釜山で日本(僕の住んでいるところ)から近かった。チャンスだ!(ここだ、ここで決めるんだ(笑))。
「どうしても全日本バレーチームの応援で海外遠征をしたいっ!」と以前から思っていたので、月曜日に有給を取り3連休にして行ってきました。とてもハードなスケジュールで心も体もヘトヘト、帰りのビートル(水上高速船)では途中から爆睡でした。
今回の遠征にはもちろんVSUメンバーも誘ったのですが休みが取れなかったり色々で、結局一人での応援となりました。


2002年10月5日(土)
朝8:30出発のビートル101号だったので博多港国際ターミナル1階に7:30集合。
少しでも長い間寝ていたかったので(笑)、前日に仕事を終え福岡へ新幹線で移動していた。博多駅近くのホテルに泊まり就寝、そして朝6時半起床した。博多港には予定通り7時半に到着した。海外へ出るのは初めてで出国手続きなどに興味があったのですがアッという間に終わりました。出発時間が近づいてきて船に乗り込もうとしたのですが船までの距離が長く、遠征道具が重かった僕にとってはしんどかった。荷物は太鼓、横断幕、旗、ポール、トランペット、チアホーン等を遠征用のキャリーにくくりつけて一つにしてましたが階段があると、とてもとても・・・(笑)。なんとかビートルに乗り込んで出港。
10:30頃韓国釜山港に着きました。「魚臭せえ〜。」と思いました。とても「う〜ん、潮の香り」とはなりませんでした(笑)。
港から宿泊予定ホテルが見えたので歩いてホテルを目指しましたが道が入り組んでいてたどり着けず結局20分後タクりました。ホテルに到着、チェックインして部屋に入った。しばらくして僕は着替えだけ置いてバレー試合会場に向かいました。ホテル前にいたタクシーに乗りアジア大会のパンフレット見せながら「キジャン(体育館)、バレーボール」というと通じました。何とかなるもんです(笑)。高速道路みたいな所を飛ばし30分弱ぐらいで会場へ着いた。日本円で2000円ちょっとぐらい。あらかじめ旅行会社に観戦チケットは手続きしてもらっていたので予約のコピーを見せるとチケットが貰えた。チケットを手に入場口へ。チケットの半券を切る韓国のオバちゃんが「日本人ですか〜?、コンニチワ〜」と変なイントネーションで挨拶をしてきた。「イエ〜ス、日本人」と僕は何故か英語を交えて挨拶(笑)。この日、全日本女子の試合は10:00からで午前中に終了していた、14:00からの全日本男子チームの応援です。

体育館内に入ると全日本男子チームがサーブ練習をしていた(もちろん対戦相手のパキスタンチームも)。ヤバイ、サーブ練習をしているという事はもう試合が始まってしまう。イケイケワッショイ横断幕を貼る時間が無い。とりあえず日の丸をポールに取り付けた。太鼓を用意した。VSUシャツに着替えた。試合開始には何とか間に合った。
全日本チームが得点をし僕が応援を始めると、ウィリアムテルの様な姿(笑)をした韓国人のお兄さんが片言の日本語で話しかけてきた。「日本人ですか?、我々と一緒に応援しましょう。」。彼はボランティア応援団リーダーでチアガール2人との3人組で日本チーム担当のようだった。当然パキスタンチーム側の応援団員にも同じ姿をした3人組がいました(笑)。パキスタンチーム側の応援は韓国でお馴染み(ワールドカップサッカー)の「テ〜ハミング」コールを真似した「パ〜キスタン」コールをしていた。日本チーム側は僕がニッポンチャチャチャを始めたのでニッポンチャチャチャになりました(笑)。僕がいないときはどんな応援をしていたのだろうか。気になる〜(笑)。第1セット終了後、スタンド席最前列の手摺にイケイケワッショイ幕を貼りました。貼っているとスーツ着てIDカードぶらさげたお兄さんが「VSUって何ですか?」と聞いてきた。第1セットのタイムアウトの時に日の丸を振っていた時も同じ質問をされた。どうやら会場内にこの大会のスポンサー以外の企業名が出ると困るらしくそのチェックをしていたようです。「私設応援団の名前なので企業名ではないですよ。」と言うと「それならいいですよ。」と返事が返ってきました。試合は全日本が3−0で勝ちました。試合終了後、応援道具を片付けていると全日本男子選手がクールダウンを終え控え室に消えようとしていました。その通路が、片付けをしていた僕の近くにありましたので選手一人一人に声をかけることが出来ました。日本人が珍しかったからか全員反応してくれました。中でもこの日一番応えてくれたのが宇佐美選手(ブルロケ)。「大ちゃ〜ん、お疲れ様〜。明日も頑張ってね!」と言うと、「頑張りますっ!」と両手を大きく振りながらノリノリでした。

会場を出てタクシー乗り場を捜そうと道路を見るがそんな雰囲気の場所は無い。う〜ん、どうしようかな、と思っていると「日本を応援していた方ですよね?」と日本人3人組(オジさん1人、オバさん2人)の中のオバさんに声をかけられた。「はい、そうですけど」と僕が答えると「タクシーを捜してるんですか?、私達もタクシーを捜しているので帰る方向が釜山港の方なら一緒に乗って帰りませんか?」と言ってきた。帰る方向は同じだが、この人達は誰だ?と思っていた。すると話しかけてきたオバさんが「私は全日本女子チームのリベロの母です」と言ってきました(笑)。僕がホントに全日本チームが好きかどうか試されている気がしたので(笑)、1秒たたないうちに速攻で「佐野選手のお母さんですかあ」と答えました。後の2人は全日本女子チームのセッター小玉選手の両親でした。しばらくしてタクシーをつかまえ乗り込んだ。太鼓や横断幕等はトランクに入ったが旗ポールだけは入らなかったので後部座席に持ち込んだ。後部座席には僕・佐野母・小玉母が座り、ポールが二人に当たらないように到着まで30分以上強く握り締めていたため指がつりました(笑)。色んな話を聞かせてもらった上にタクシー代まで出して貰いました。僕は「タクシー代、出しますよ。もし僕一人でタクシー乗ってたら、タクシー代を払っているんですから」と当たり前の事を言ったのですが、佐野母に「それなら同じよ。私達だけでタクシーに乗ってても同じ金額のタクシー代を払うんだから。」と言われました。いい人だ〜、とてもい〜い人だ〜。この日、僕の贔屓バレー選手の中に佐野選手と小玉選手が入りました(笑)。
釜山港に到着しタクシーを降りました。佐野母に「もう少ししたらマホ(宝来選手)のお母さんが到着するから私達は迎えに行きます。明日は全日本女子の応援もお願いします」と言われ別れました。

この後僕はホテルに帰って、野球場へ行きました。もちろん野球も全日本チームの応援です。野球は野球で超楽しかった。
帰り道、本場の味を探して、焼肉屋を見つけて入りました。英語とボディーランゲージ(笑)を交えながら色々注文をしたのですがなかなか通じず少しイライラしましたが(笑)、焼肉は美味しかったです。


2002年10月6日(日)
朝起きる。喉が少し痛い。上腕二等筋も少し痛い(風が強かった野球場で日の丸を振ったからだろうか)。風呂に入り筋肉マッサージ(笑)。昨日の日記で書き忘れましたが、バレー会場でも野球場でも応援席にいた人には大会関係者からミネラルウォーターとパン(パサパサであまり美味しくない)が大量に配られました。とても飲みきれず食べきれずホテルに持ち帰っていました。テレビを見ながらそのパンを食べ支度をしました。そして今日もタクシーでバレー会場へ。まずはこの日12:00から行われる第2試合目の男子の応援。昨日と同じく、僕と韓国のウィリアムテル軍団達との日韓合同の全日本チーム応援団です(笑)。
今日の対戦相手は、日本の寺廻監督(元全日本男子監督)が率いるチャイニーズタイペイ(台湾)。台湾には強烈なスパイクを放つエースが一人いて彼に試合の最後まで苦しめられました。3−2で何とか試合は勝ちましたがホントに辛勝で、男子バレーには二段トスを打ち切れるエースが一人いれば、チームが全く変わる事を改めて知らされました。この日も試合終了後、全日本男子選手に声をかけました。前日に引き続きみんな愛想が良かった。特に宮下選手(サンダーズ)に「宮下君、お疲れ様。明日からも頑張ってね、優勝目指して頑張ってね。」と声をかけた時、「頑張ります」と答えてくれて一度は控え室の方に消えたのにわざわざ戻ってきてくれて「頑張ります。今は弱っちいけど、頑張ります!。」ともう一度答えてくれました(感激)。その横で鈴木選手(スパーキッズ)は韓国の女子高生数人にセッセとサインを書いてました。昨日今日と鈴木人気は凄かったです。何故韓国で?(笑)。
この時点で僕の体は疲れがピークでした。全日本女子の試合は第4試合16:00から始まるので少し時間がありましたのでとにかく少しでも疲れを取ろうと思い、イスに座って寝ました。数分は寝たでしょうか。目が覚め立ち上がり、周りを見るがイケイケワッショイ幕が無くなっている。貼ってあった場所は何も無くなっていて中国人が中国の横断幕を貼ろうとしている。パクられたか?と思い30mダッシュ、近くに行くと手摺の上に折りたたんで置いてあった(爆)。日本では横断幕が貼ってある場所に横断幕を貼る時は重ねて貼るのが常識のようですが、中国では重ねて貼らずに元々あった横断幕を外して何もない状態にしてから貼るのでしょうかね?。風習の違いとはいえ勝手に外されたので頭にきて中国の横断幕の上に重ねて貼ってやろうかと思いましたが大人気ないので・・・(笑)。この日の第3試合の「中国対タイ」が終わりいよいよ戦闘開始・・・の前に。イケイケワッショイ幕と宝来幕を何も貼ってない場所まで移動して貼っていた。すると一人のオバさんが寄ってきて一緒に貼ってくれた。「宝来の母です。」と声をかけられました。3月に秋田であったV・V1リーグ入替戦の会場で宝来幕を貼っていた時にも声をかけてもらったので顔を見た瞬間「マホママだ」とわかってましたけど(笑)。この日も僕は男子の応援時に日の丸旗を使ったのですが女子にも使おうと通路に置いていました(もちろん踏まれないように出来るだけ隅に寄せて)。それを韓国の警備員が通路を通るときに(明らかにワザと)踏んで行きました。「あのヤロー、食らわせちゃろうか!」と思うも「外国で死んだら負け」なので(笑)、旗を別の場所に移動させようと僕は立ち上がりましたが、その僕より速く宝来母が立ち上がって日の丸旗を移動させてくれました。宝来マホ選手は僕の贔屓選手でしたがこの日、僕の贔屓選手ランキングの上位にランクアップしました(笑)。この頃、日本から遠征してきた女の子達に声をかけられました。その内の一人は、去年のグラチャンやVカップ等で一緒にバレーを見た知り合いでした。4人で来ていて近くで応援する事になったので作戦タイム時には(僕は旗を振るので)太鼓を叩いてもらえる事になりました。とても助かりました。

そして試合開始、戦闘開始だったのですが・・・。対戦相手は韓国で結果を先に書くと0−3と完敗でした。試合開始前は静かでしたのでちょっと韓国人を煽ってみました。太鼓叩いてニッポンチャチャチャを始めると、韓国人は予想通りお約束の「テ〜ハミング」コールを被せてきて会場に響き渡り超アウェイ状態となりました(笑)。でもこの日「テ〜ハミング」コール大合唱はこの時と第3セット日本に追い上げられた時の2回だけで全然超アウェイとは思わなかった。でもきっと来月発売のバレー雑誌には「超アウェイの雰囲気の中、負けた」とか本当の事を書かずに適当なことを書くんだろうなと思いました。超アウェイで負けたんじゃなく、悔しいけど現時点では完全に力負けです・・・。

試合が終わりガラガラになったスタンド席で応援道具を片付けていると○○さん(○○選手・赤ロケ)がコート横で取材を受けていました。取材が終わり○○さんが歩き出したので「○○さん!、明日は頑張れ〜!」と声をかけました。1度振り返ってくれたのですが、知らない野郎だったからでしょうかシカト・・・でした。僕一人ならシカトでも慣れっこなのですが、この時は僕の周りにいた日本人十数人でこの光景を見ることになったので(○○選手も目に入ったはず)、負けた後とはいえシカトだと周りにいた人が○○選手の印象を悪く思ってしまう・・・。

ホテルへ帰り、この日も野球場(野球もこの日は日韓戦)へ移動しようと思いましたがもう体力の限界でした(笑)。ホテル近くで夕食を食べておとなしくホテルへ帰りました。部屋でテレビを見ていると女子バレーの「日本対韓国」を放送してました。チャンネルはNHK衛星放送(韓国でも見られました)。同じ映像を日本でも見ているんだろうなと思いながら見ていましたが衝撃の映像ばかり。タイムアウトの度に僕が映った。トランペットを吹いている姿、日の丸を振っている姿、太鼓を叩いている姿。他に映すものは無いんかい!。この後、男子の試合もダイジェストであったのですが、そこでも・・・。あそこまで映るんなら「VSU」をアピールしたかったな。


2002年10月7日(月)
アジア大会での全日本チームの戦いはこの後もまだまだ続いていくのに僕は日本に帰ってきました。帰りのビートルの中で女子バレー中継「日本対中国」(BS−i)をやってました。タイムアウトの時に、昨日一緒に応援した女の子4人組が応援頑張っている姿が映り、今日も応援出来る彼女達を羨ましく思いました。僕は何でサラリーマンなんだろう(笑)。


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