第12回ワールドグランプリIN韓国遠征日記 by VSUメンバー


もうすぐアテネオリンピックが始まります。「アテネは仕事の都合で行かれないけどチェジュ(韓国)なら何とかなる」というメンバーが言いだしっぺで韓国遠征計画を立てました。集まったのは、木曜からが1人、金曜からが1人、土曜からが2人の4人。僕は土曜日からだったのですが4人での応援は楽しかったです。金曜・土曜と韓国遠征したメンバーはアテネへ応援に行くそうです。羨ましい〜。

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2004年7月24日(土)
JR在来線、新幹線と地下鉄を乗り継ぎ朝10:00に福岡空港へ。福岡経由で遠征する関東のメンバーと合流した。12時に福岡空港を飛び立ち13時にチェジュ空港に到着。福岡空港で預けた荷物受け取り入国しようとするが係員に止められた。「この棒は何だ?」と聞かれ「日の丸を振る時に使うポールだ」と答える。「このトランペットは何に使うのだ?、演奏会でもあるのか?」と聞かれ「バレー日本チームの応援に使う。」と答えた。係員は首を傾げながら入国を許可してくれた。こんなの聞かれたの初めてだよ(笑)。空港出口を出ると現地のガイドさんが待っていた。「ホテルにチェックインしてからバレー会場に向かいます」と言われたが1秒でも早く会場に行きたい、日本の試合は第2試合で15時からだが「すぐに会場に連れてって」とお願いし会場に直行してもらった。5分後会場に到着。写真をパシャリ。13時から始まっている第1試合ブラジル対キューバ戦が第3セット終盤だった。チェジュに先乗りしていたメンバーと会い、昨日・一昨日の応援状況を聞いた。観客が余りに少なすぎて、何とフジテレビのスタッフもテレビに映る側のスタンド席に移動して一緒に日本を応援していたらしいです。さすがに今日は日韓戦だから観客が一杯になるだろうと思っていましたが今日もガラガラでした。今日僕の面倒をみてくれているガイドさんもバレーの大会がある事を全然知らなかったそうです(笑)。第1試合が終わり応援活動場所を決め移動した。スタンド席を見渡すとフジテレビの放送席があり中田久美さん、大林素子さんを発見。近くに行ってパシャリ。席に戻りメンバーで日の丸をスタンド席に広げ、日本のサポーターに応援する場所をアピールする。今日はゲーフラも持って行ったので「攻めろ」「ガンガンいこうぜ」「もう1本」を掲げていた。するとフジテレビ放送席に座っていた長坂アナウンサーが気づいてくれて手を振ってくれた。ゲーフラを左右に振って応えると、さっき大林素子さんが持っていた日の丸の扇子を大林素子さんが長坂アナに渡し長坂アナが左右に振って応え返してくれました(笑)。
15時が近づき両チーム選手が登場し国歌演奏が始まった。韓国国歌が終わり君が代が始まるまでの間にパシャリ
日本韓国両チームの選手が練習を始めました。日本で行われる大会では公式練習の最後は両チームが同時にサーブ練習をしてスタメン発表となるのですが、日本の公式練習が全部終わってから韓国が公式練習を始めていました。だから韓国がサーブ練習を始めた頃には日本はベンチ前に集合してミーティングしていました。
両チームのスタメン発表がありましたが、この試合には吉原トモ選手が体調不良という事でベンチ入りしていませんでした。この試合はテレビ中継がありましたので放送されなかった第3セットを主に書きます。第1、第2セットを取り第3セットも5−1とリード、韓国が作戦タイムを取ろうとしたが韓国チームのブザーが遅れ主審がタイムを認めず、その直後のプレーでも日本のポイントで6−1とリードが広がりました。しかしここで韓国が作戦タイムを取ってから流れが変わりました。直後のプレーで日本がサーブミスをして6−2、ここからあっ!という間に連続失点で6−7と一気に逆転されました。中盤まではシーソーゲームだったのですがセカンドテクニカルタイム以降は日本にミスが続き点差は開く一方で第3セットを失いました。6−1で勝っていたのに・・・。このセットを失った原因は韓国が最初の作戦タイムの後、サーブを日本コートの真ん中より前、アタックラインあたりに山なりに打ち始め日本(特に成田イク)のサーブカットを乱れさせた事と、日本のブロード攻撃のトスを竹下選手がアンテナ近くまで延ばさずCクイックを打つ位置あたりからの攻撃ばかりにしてセンター攻撃が封じられた事だと思います。終盤カットが乱れツータッチ目の繋ぎのプレーでもスパイクトスが上げられなかったりしてレフト単独の攻撃が増え栗原選手のミスや佐々木選手の消極的なスパイクも目立ちました。ブロード攻撃の竹下選手のトスが連続して短かったのは、カットが返らず不十分な体勢からから上げたからなのか、作戦なのかはチーム関係者しか分からない事ですが・・・。第4セットも序盤から大量リード、中盤にミス(特にサーブミスが多すぎ)の連続失点で追い上げられましたが何とかセットカウント3−1で勝利しました。日本はワールドグランプリ・チェジュ大会1勝2敗で3位となり、最終日の今日は表彰式が行われました。表彰式が始まったのでパシャリ。表彰式が終わり、応援道具を速攻で片付けて全日本選手の出待ちをしました。今回も遠征日記を書くと決めていたので、選手の表情を1人でも多くの人に見てもらいたいなと思いデジカメを持って行きました。試合後の選手に写真撮影をお願いしました。
最初、バスの近くに行くとこの大会に帯同していた筒井ミホ、横山ユミカ組を発見したので僕とのスリーショットをお願いしてパシャリ。選手が会場から出てきました。最初に辻チエ選手にお願いしてパシャリ。竹下テン選手にお願いしてパシャリ。木村サオリ選手にお願いしてパシャリ。杉山スギ選手にお願いしてパシャリ。栗原コウ選手にお願いしてパシャリ。本当は全選手にお願いしたかったです。でも、選手4人が同時にバスに向かっていると写真をお願い出来るのは1人だけで後の3人にはお願い出来ないし・・・(涙)。でも7選手に撮らせてもらって嬉しかったです。選手のみなさんありがとうございました。選手に手を振りバスを見送り僕らもホテルへ向かいました。
4人とも同じホテルに泊まっていたので一緒に車に乗ってホテルへ向かいました。ホテルに着くと17時半過ぎでした。各自部屋に戻り18時半にフロント前に集合して少しバレーの話をしていました。そして祝勝会「勝利の後はやっぱり焼肉大会」をしに徒歩10分弱の所にある焼肉屋へ行きました。先乗りしていたメンバーが店を調べて予約していてくれました。19時前に店に着きました。まずはビールで乾杯。ここの店の名物は黒豚、写真をパシャリ。メニューをパシャリ。メチャクチャ美味しくてリバース寸前まで行きました(笑)。21時前になったので店を出ました。ホテルへの帰り道、コンビニへ寄ってミネラルウォーターやお菓子を買いました。チェジュのコンビニはファミリーマートばっかりでした(笑)。ホテルに着き21時半から1人のメンバーの部屋に集まって4人でNHK−BS(韓国でも見られます)でやっていたサッカーアジアカップ「日本対タイ」を見ました。試合が終わり23時半になりメンバーみんな睡魔が襲ってきたのでお開きとなり各自部屋へ散って行きました。


2004年7月25日(日)
朝7時起床。シャワーを浴び支度した。ホテルの窓からチェジュの朝をパシャリ。8時20分、フロント前でガイドのお姉さんがお迎え。僕ともう1人のメンバーが車に乗せてもらい空港まで。チェジュ滞在時間は約21時間でした。結構弾丸ツアーだよね(笑)。10時の飛行機に乗り福岡には11時に到着しました。残りのメンバーは1人が関空行き、1人が成田行きでした。僕は福岡空港から地下鉄、新幹線とJR在来線に乗り継ぎ帰宅しました。福岡でメンバーと「家に着くまでワールドグランプリです」とお約束のセリフを言いながら解散しました。それを言うなら「家に着くまで遠足です」だろ(笑)!。


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