
2003年2月19日 ローズ選手
一昨日より帰京していたローズ選手がロッテを退団し、家族と一緒にアメリカへ帰国しました。
2003年2月17日 ローズ選手
鹿児島でロッテのキャンプに参加していたローズ選手が体調不良により、帰京しました。
2003年1月22日 ローズ選手
この日、ローズ選手が家族と一緒に来日しました。アメリカでの生活で野球に関することでは、高校の野球部でコーチをしていたそうです。
2002年12月8日 ローズ選手
ロッテマリーンズが、山本監督がアメリカに渡りローズ選手本人にも会い1年契約推定年俸8000万円で契約したと7日に球団代表が明らかにしたことが報道されました。2003年1月中旬に来日予定です。
2002年11月25日 ローズ選手
ロッテマリーンズは、基本合意に達しているローズ選手について打順も背番号も四番を用意していると報道されました。
2002年11月16日 ローズ選手
ローズ選手について水面下で交渉中であったロッテマリーンズが15日に、一年契約推定年俸8000万円で基本合意に達したと報道されました。
2002年11月3日 ローズ選手
ローズ選手を読売ジャイアンツが、球団は明言をさけてはいるが補強リストに載せていると報道されました。
2002年10月9日 ローズ選手
ローズ選手について。来季の復帰を検討していたYBが獲得を断念したと、球団の笹川運営部長のコメントにより報道がありました。
2002年10月4日 ローズ選手
この日、ローズ選手の獲得に阪神タイガースも検討しているとの報道がなされました。
2002年8月8日 ローズ選手
この日、ローズ選手が日本プロ野球界に復帰の意思があることもあり、YBが来季の復帰に向けて球団より、古河氏が渡米すると報道されました。コロラド州に住み、高校のコーチをしていたこともあるが実践からは離れているとのことです。
2002年1月26日 横浜ベイスターズ
この日、東京都千代田区内のホテルでプロ野球オーナー会議が開かれて、球団の筆頭株主を
マルハからTBSへ変更することを正式に承認しました。
2002年1月22日 横浜ベイスターズ
プロ野球実行委員会は、球団の筆頭株主マルハの所有する全株式70万株を、
TBSとTBS関連会社(ビーエス・アイ)に売却することを承認しました。
26日に開かれる予定のオーナー会議で承認されると正式に決定となります。
2001年11月29日 横浜ベイスターズ
プロ野球実行委員会は、15日に発表された球団の筆頭株主がニッポン放送に代わることに
ついて野球協約に抵触する為として白紙撤回しました。
2001年11月15日 横浜ベイスターズ
球団の筆頭株主がマルハからニッポン放送へと代わることがプロ野球実行委員会の
承認も得て発表されました。
2001年9月7日 ローズ選手
この日、一部の新聞にてローズ選手が日本のプロ野球界に復帰を望んでいると報道がありました。
2001年1月9日 ローズ選手
この日、ローズ選手の代理人へ国際電話でローズ選手を自由契約選手にすると伝えました。
交渉決裂は年俸面とみられています。他球団へのトレードもありませんでした。
明日10日より契約保留手当(選手の前季の年俸を1/365にした25%を1日分と計算して
日割りで支払うもの)が発生するので9日に、最終結論を出した模様です。
2001年1月5日 ローズ選手
この日、YB球団はローズ選手代理人へ国際電話で連絡をし9日に最終的な結論を出す旨を伝えました。また、トレードの申し込みもこの時点で無く、そしてYBの残留の可能性も低いと見られています。
2000年12月30日 ローズ選手
この日、来季の契約交渉を続けているローズ選手の名前が、球団発行の2001年選手名簿には
記載されていないことが分かりました。
2000年12月27日 ローズ選手
この日、越年交渉となることを球団が決め、年内の交渉は打ち切られました。
YB球団は、1月10日以降に必要となる契約保留手当の準備もしている報じられています。
2000年12月15日 ローズ選手
この日に、球団の大堀社長はローズ選手へ契約保留手当を支払い長期戦覚悟で
契約交渉を続けていくとの発言をしました。
2000年12月14日 ローズ選手
この日、球団はローズ選手代理人へ契約交渉の打ち切りを国際電話で伝えました。
球団は自由契約かトレードの道を探っています。
2000年12月12日 ローズ選手
この日、YB球団はローズ選手と年俸の条件面での合意が難しいため、再契約を断念する
意向であると報道されました。
2000年12月6日 ローズ選手
国際電話で三度目の交渉が、おこなわれました。球団提示の条件である合流時期は合意に
至りましたが、金銭面での差は縮まらなかった模様です。次回の交渉は来週になる見込みです。
2000年12月5日 ローズ選手
翌日の交渉を控えた本日、YB球団の笹川運営部長はローズ選手が条件をのめない時は、
トレードの可能性もあるという内容の発言をしました。
2000年12月1日 ローズ選手
この日も交渉がおこなわれ、球団よりローズ選手へ単年契約、2月1日よりチームへの合流を
要求しました。次回の交渉は6日を予定しています。
2000年11月29日 ローズ選手
昨日に引き続き、ローズ選手代理人とYB球団の間で、国際電話にて交渉がおこなわれました。
2000年11月28日 ローズ選手
この日より、契約の交渉が国際電話にてローズ選手の代理人と再開されましたが、
契約年数や年俸など条件面での合意は難しい模様と報道されました。
球団は契約保留手当を支払う長期戦覚悟でいるようです。
2000年11月27日 ローズ選手
この日、ローズ選手の自由契約選手ではなく保有権維持の手続きを取ることを最終確認しました。
リーグへの全保留選手名簿を提出する必要があるためです。28日午後が最終期限となってます。
10月9日以来の交渉は28日より電話で再開します。希望する契約年数の違いにより交渉は
難しいと報じられています。
2000年11月23日 ローズ選手
この日は、横浜スタジアムでファン感謝デーが行われました。その中で、各選手よりローズ選手の
復帰を歓迎するとの声が聞かれました。一方では戸惑う声も聞かれました。
西武ライオンズは、ローズ選手の獲得から撤退することにしました。
そして、YBは残留へ向けて再契約の意志を表して27日より交渉を再開する予定です。
2000年11月22日 ローズ選手
この日、ローズ選手の代理人ダン氏より日本球界からの引退を撤回すると球団に連絡がありました。
西武ライオンズがトレードにより獲得に動くとの報道もありました。
2000年11月21日 ローズ選手
この日、YBの野口編成担当取締役はローズ選手を自由契約にする方針を撤回し、
日本球界復帰を望むのであれば、保有権を維持したままパ・リーグへトレードする方向で
考えていることが分かりました。
2000年11月20日 ローズ選手
ここにきて、ローズ選手の獲得に他球団が動き、YBとしても対抗の措置をとることに
なったと報じられています。
2000年10月30日 ローズ選手
この日、各賞の発表がありまして、ローズ選手が6回目の受賞となるベストナイン(二塁手)に
選ばれました。YBでは、石井琢選手がベストナイン(遊撃手)、金城選手が新人王を受賞しました。
2000年10月14日 ローズ選手
この日、ローズ選手が大リーグのエンゼルスに復帰する来季の契約をしたと一部新聞で
報じられています。アメリカの「Roto
News
Direct」の報道が元ですが、真偽のほどは
確かではありません。
2000年10月10日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
この日、ローズ選手は最終戦に出場することなく成田空港より日本航空機にてアメリカの
カリフォルニアへと帰国しました。
今季のローズ選手の最終成績は、135試合、打率.332、506打数168安打、21本塁打、
97打点、1盗塁、四球73、死球6、三振59、長打率.537、出塁率.419でした。
最終戦を終了した横浜ベイスターズは、単独3位という結果に終わりました。
69勝66敗1引き分け、勝率.511でした。4年連続Aクラスです。
試合後に球場ではローズ選手のビデオメッセージが流されました。
横浜ベイスターズからの個人タイトルはローズ選手の最多安打や、首位打者に金城選手、
盗塁王に石井琢選手、最多勝利打点に鈴木尚選手が輝いています。
2000年10月9日 ローズ選手
この日に、三度目の交渉が行われましたが、来季の契約について決裂し、ローズ選手の
退団帰国が決定しました。球団側のダウン提示もあり合意に達することができませんでした。
ローズ選手は、来季について日本のプロ野球や米国で野球をするつもりはないと話しているそうです。
日本での思い出は、長男コーディー君と出場しMVPを獲得した99年のオールスター第2戦だそうです。
退団が決定し、夜には権藤監督夫妻、谷繁選手、三浦投手、鈴木尚選手などの親しい選手約10人が
集まってくれて、ローズ選手のお別れパーティーを深夜まで行ってくれたそうです。
この日の試合に出場したローズ選手は二安打を記録し、この時点で最多安打の記録の
1位になりました。結果的に、最後の試合となっています。
2000年10月7日 ローズ選手
この日、ローズ選手と球団は球団事務所で二度目の契約交渉を行うことになり、
金銭面以外の問題はないと思われていました。ローズ選手の代理人も国際電話で参加し、
約一時間の話し合いがもたれました。しかし、二度目の契約交渉で合意はせず、
九日に三度目の交渉をおこなう予定です。
2000年10月1日 ローズ選手
この日は、中日戦で延長11回にローズ選手がレフトオーバーのヒットを放ちサヨナラ勝ちしました。
2000年9月30日 ローズ選手
この日の練習中に、ローズ選手が来季の契約について、退団の方向より再契約へ向けて
態度を軟化させたと報道されました。
2000年9月22日 ローズ選手
この日に、二日連続のHRを放ったローズ選手は、球団外国人選手の最多本塁打新記録を
達成しました。これで、通算167本塁打です。
2000年9月21日 ローズ選手
この日の中日戦で、通算800打点を達成しました。3回に、20号2ランHRを放ちました。
当日の成績は、3打数3安打3打点1HRの活躍を見せています。また、球団外国人選手の
最多本塁打記録166本に並びました。これまでの記録は、シピン選手の166本でした。
2000年9月10日 ローズ選手
この日、YB球団幹部(大堀球団社長、野口編成取締役など)が横浜スタジアム内でローズ選手の
代理人と来季の契約について午後4時より、初の話し合いをし残留の方向で基本的には合意に
達したものの、金銭面などの条件交渉で難航する可能性があると報道されました。
そして、来季の年俸は推定総額5億円になるのではと報じられています。
2000年9月8日 ローズ選手
この日、ローズ選手の来季に関する両極端の報道がなされました。「現役を続行しYB残留を前提に
球団と交渉」と「今季限りでの現役引退」の二つです。代理人ダン・ハーウィッツ氏が来日中です。
2000年8月17日 ローズ選手
この日の広島戦で、歴代363人目の通算1000試合出場を記録しました。
初出場は1993年4月10日の巨人戦です。
2000年7月28日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
後半戦スタートとなる試合が、神宮球場にてヤクルトと行われました。試合には横浜ベイスターズが
5−2で勝利し、順位は3位へと浮上しました。勝利投手は三浦投手、そして横山投手にセーブが
ついています。ローズ選手は5打数1安打でした。
2000年7月26日 ローズ選手
この日、長崎県営野球場でオールスターゲーム第3戦が行われ全セが9−3で勝利しました。
ローズ選手は二塁スタメン3番打者での出場、3打数1安打1打点でした。
2000年7月23日 ローズ選手
この日、グリーンスタジアム神戸でオールスターゲーム第2戦が行われましたが、
ローズ選手の出場はありませんでした。試合は12−4で全セの勝利です。
2000年7月22日 ローズ選手
この日、東京ドームにて行われたオールスターゲーム第1戦にローズ選手は二塁スタメン3番打者で
出場し、2打数1安打2打点、1HR(逆転2ランHR)を放ち優秀選手に選ばれています。
試合は全セ5−4全パで全セ勝利となりました。
2000年7月20日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
横浜スタジアムで広島戦がおこなわれ、前半戦を終了しました。試合には11−0で勝利、
細見投手がプロ入り初勝利をあげています。前半戦終了時点でチーム成績は、5位、
37勝41敗1引き分け、勝率.474です。ローズ選手の成績は、打撃成績1位、打率.343、
291打数100安打、16HR、55打点、1盗塁、出塁率.440です。
2000年7月12日 ローズ選手
オールスターゲーム全出場予定選手の発表がおこなわれました。ローズ選手が監督推薦で
4度目の出場となりました。他に横浜ベイスターズからは、権藤監督、小宮山投手、谷繁捕手、
石井琢選手が出場予定です。
2000年5月21日 ローズ選手
この日の阪神戦で、ローズ選手は寝違えてしまい痛みを感じるとのことで途中退場しました。
また、同試合で矢野選手、波留選手も故障により退場しています。ローズ選手は、次の試合より
通常通りに復帰いたしました。
2000年4月6日 ローズ選手
この日の広島戦、五点差で負けていた六回に満塁で回ってきたローズ選手が、満塁本塁打を
放ち通算150号HRを記録しました。プロ111人目の記録となります。この日の試合には
7−5で横浜ベイスターズが逆転勝ちしました。
2000年3月31日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
この日よりプロ野球セ・リーグ公式戦は開幕しました。ローズ選手は開幕戦で、バットからは
先制打、またサヨナラのランナーとして勝利のホームを踏むことができています。
2000年3月26日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
この日、川崎球場で行われたロッテ戦で、横浜ベイスターズはオープン戦の全日程を終了しました。
オープン戦の成績は全12球団中5位、9勝8敗、勝率.529でした。セ・パ交流試合サントリーカップも
オープン戦の期間に行われましたが、優勝はできませんでした。オープン戦のローズ選手の成績は、
あまり振るいませんでした。
2000年2月27日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
この日のヤクルトとのオープン戦で、沖縄でのキャンプ、そしてオープン戦の全日程を終了しました。
今季2試合目のオープン戦となるヤクルト戦で、ローズ選手は2打数2安打の活躍をみせています。
そして試合終了後に那覇空港より沖縄をはなれ、29日からは横浜スタジアムで練習を再開する予定です。
2000年2月25日 横浜ベイスターズ
この日、約一ヶ月に及ぶ沖縄でのキャンプを終了しました。
2000年2月15日 ローズ選手
今年もシーズン終了後にバットもボールにも触れずにキャンプに合流したローズ選手は、
宜野湾市営球場で30数回程度のスイングで4連続サク越えなども含めて4、5本を
サク越えさせる好調なスタートです。
2000年2月14日 ローズ選手
この日、2月6日には来日していたローズ選手が、那覇空港より沖縄入りしました。
年末年始にはハワイでウエートトレーニングをし、体を更に鍛えての来日でした。
2000年1月28日 ローズ選手
2月1日から行われる春季沖縄キャンプのメンバー発表がありました。
ローズ選手は2月6日来日、14日沖縄入り、15日キャンプ合流の予定です。
1999年10月30日 ローズ選手
ベストナインに選出された選手の発表があり、二塁手でローズ選手が選ばれました。
有効投票数197の内、193票がローズ選手に入っています。これで5度目のベストナイン受賞と
なりました。横浜ベイスターズからは、遊撃手の石井琢選手も三度目の受賞です。
1999年10月20日 ローズ選手
IBMプレーヤー・オブ・ザ・イヤー(プロ野球公式データベースIBM・BISに基づき、今季最も活躍した
選手が投手部門、打者部門で選出され表彰)に、セ・リーグ打者部門でローズ選手が選ばれました。
賞金300万円などが贈られることになっています。
1999年10月19日 ローズ選手
JCB・MEP賞(セ・リーグの各公式戦で「そのゲームを最も沸かせた選手(Most
Exciting Player)」を
公式記録員が選出し発表しているものに基づいてシーズン終了後に表彰)の発表があり、
会長特別表彰選手にローズ選手が選ばれました。
1999年10月16日 ローズ選手
この日、飛行機にてアメリカに帰国しました。2000年のキャンプへは2月20日頃に来日して
合流するということで権藤監督の了承を得ているそうです。
1999年10月15日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
この日の横浜ベイスターズ対ヤクルトスワローズ戦を最後に、プロ野球のペナントレースは全日程を
終了しました。横浜ベイスターズの最終成績は135試合、71勝64敗の勝率.525、順位は
単独3位となりました。今季、過去最高チーム打率.294の記録を作りました。
ローズ選手がシーズン最多安打リーグ記録を七回のレフト前ヒット(192安打目)を放ち、更新しました。
プロ野球記録はイチロー選手の記録です。ローズ選手は右打者のシーズン最高打率も更新しています。
今までの記録は落合選手(ロッテ・1985年)の.367でした。
ローズ選手の今季の最終成績は、134試合出場、打率.369、521打数192安打、
153打点、37本塁打、盗塁3、四球63、死球7、三振81、長打率.654、出塁率.438でした。
そして首位打者(初)、打点王(2度目)、最多安打(初)のタイトルを獲得しています。
また、横浜ベイスターズからは石井琢選手が盗塁王になっています。
1999年10月14日 ローズ選手
この日のヤクルト戦で七回に、リーグのシーズン最多安打記録タイの191安打目を放ちました。
1999年10月10日 ローズ選手
この日の巨人戦で3安打を放ち190安打とし、球団シーズン最多安打記録を更新しました。
今までの記録は大沢清選手(大洋・1950年)の189安打でした。
リーグ記録でも歴代単独2位の
記録となりました。リーグの最多安打記録は藤村富美男選手(阪神・1950年)の191安打です。
1999年10月5日 ローズ選手
この日の広島戦で37号HRを放ち、シーズン本塁打の球団新記録となりました。
しかし、試合には負けてしまいました。
1999年10月4日 ローズ選手
ローズ選手が来季も残留することが正式に決定しました。球団事務所で話し合い、来季の年俸は
推定3億4000万円(1億円増)で合意に達しました。引退宣言を撤回した理由は話せないものの
家族は現役を続ける事を支持してくれているそうです。ローズ選手は6月8日に引退を表明して
いました。また、代理人のダン・ホルビッツ氏によると、7月の段階で引退から現役を続けるという
気持ちに戻っていたそうです。
1999年10月2日 ローズ選手
この日の中日戦で3打点を記録して148打点となったローズ選手はシーズン打点記録の
歴代単独2位となりました。これまでは、藤村選手(阪神・1950年)、落合選手(ロッテ・1985年)が
2位でした。1位は小鶴選手(松竹)の161打点です。
1999年9月30日 ローズ選手
この日の巨人戦でローズ選手は35号、36号本塁打を記録しました。この36号本塁打で、
本塁打の球団記録タイとなりました。今までの球団記録はクレス選手(1964年:昭和39年)、
田代選手(1980年:昭和55年)の36号本塁打でした。この日の試合には2−1で勝っています。
1999年9月12日 ローズ選手
この日の広島戦で四回裏二死二塁からセンター前ヒットを放ち1打点、これが135打点目を
記録し、外国人シーズン最多打点記録を更新しました。
1999年9月11日 ローズ選手
この日の広島戦で五回裏二死二塁からレフト前ヒットを放ち134打点目を記録しました。
これで1985年にバース選手(阪神タイガース)が記録した、外国人シーズン最多打点タイとなりました。
1999年9月1日 ローズ選手
この日のヤクルト戦での3打点で125打点となり、球団シーズン最多打点記録を更新しました。
1999年8月29日 ローズ選手
この日の中日戦での1打点で122打点となり、球団シーズン最多打点記録タイとなりました。
今までの球団シーズン最多打点記録は、昭和25年の藤井勇選手の記録でした。
1999年7月27日 ローズ選手
倉敷マスカットスタジアムで開催されたオールスターゲームでのローズ選手は指名打者、
四番スタメン出場で成績は3打数0安打でした。試合には、セ・リーグが2−1でパ・リーグに
勝っています。優秀選手には、鈴木尚選手が今年二度目の受賞です。
1999年7月25日 ローズ選手
甲子園球場で開催されたオールスターゲームでのローズ選手の成績は3打数3安打6打点1得点、
1本塁打でした。この日のヒットは過去の出場も含めてオールスター戦、初ヒットです。
五番打者、二塁スタメン出場でした。試合には、セ・リーグが9−5でパ・リーグに勝っています。
この活躍で最優秀選手(MVP)には、ローズ選手が選ばれています。
1999年7月24日 ローズ選手
西武ドームで開催されたオールスターゲームでのローズ選手の成績は4打数0安打でした。
五番打者、二塁スタメン出場です。試合は、セ・リーグが8−4でパ・リーグに勝っています。
優秀選手には、鈴木尚選手が選ばれています。
1999年7月22日 ローズ選手
この日のヤクルト戦で、ローズ選手がリーグタイ記録となる1試合10打点を挙げました。
試合には22−11で横浜ベイスターズが勝っています。1985年のレオン選手の記録に並ぶものです。
1999年7月14日 ローズ選手
サンヨーオールスターゲームの監督選抜選手にローズ選手が選ばれました。
これで3度目の出場ということになります。横浜ベイスターズからは権藤監督をはじめ、
監督推薦で斎藤隆投手、川村投手、佐々木投手、島田投手、谷繁選手、石井琢選手、
鈴木尚選手も選ばれています。24日、25日、27日に開催予定となっています。
1999年7月6日 ローズ選手
6月のセ・リーグ月間最優秀選手(MVP)に打者部門で選ばれました。受賞月の成績は
打率.452、安打38、打点26、本塁打7と活躍しています。昨年9月のMVP以来、3度目の
受賞です。投手部門では横浜ベイスターズの川村丈夫投手が選ばれています。
1999年6月30日 ローズ選手
富山市民球場アルペンスタジアムで開催された広島戦で、ローズ選手自身三度目の
サイクルヒット(二回に二塁打、五回に単打と三塁打、六回に本塁打)を達成しました。
リーグ25度目、史上54度目のサイクルヒットで、一人の選手が三回のサイクルヒットというのは、
プロ野球史上初です。試合には25安打の横浜ベイスターズが20−4で勝っています。
1999年6月19日 ローズ選手
函館で開催されたヤクルト戦、第一打席に石井一久投手からライト前ヒットを放ち、
通算1000本安打記録を達成しました。史上195人目です。
1999年6月8日 ローズ選手
この日の試合前に、ローズ選手が今季限りでの引退を宣言したと報道されました。
理由は、家族と過ごす時間を作りたいから等です。
1999年5月27日 ローズ選手
駒田選手が試合途中でベンチへ下がったため、ローズ選手が初めて一塁の守備につきました。
この日のヤクルト戦、試合には負けてしまいました。
1999年5月20日 ローズ選手
予定より早く試合に出場できることになり一日の雨天中止をはさんで、この日の中日戦から
復帰しました。この日のローズ選手の成績は3打数2安打ですが、試合には負けてしまいました。
1999年5月18日 ローズ選手
練習中に背筋を痛め、この日の試合を欠場しています。完治までは5日ほどかかると見られています。
1999年4月2日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
セ・リーグ開幕戦のこの日、ヤクルトスワローズと対戦したのですが10−5で負けてしまいました。
ローズ選手の成績は4打数1安打1得点です。
1999年3月29日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
セ・パ両リーグ12球団のオープン戦がすべて終了しました。
横浜ベイスターズの成績は7勝11敗で10位、打率.275、防御率5.79でした。
オープン戦の期間中に、おこなわれたサントリーカップの成績は12位、得点が12球団中1位、
失点が同12位です。
ローズ選手のオープン戦の成績は、打率.286、2本塁打、11打点でした。
1999年2月26日 横浜ベイスターズ
宜野湾キャンプの最終日でした。順調にキャンプが終了したようでしたが、五十嵐投手が
右肘痛のため帰京しています。
1999年2月16日 ローズ選手
ローズ選手は、予定通り15日には沖縄入りし16日にはキャンプに合流しました。
「日本シリーズ後は、バットもボールも握っていない」とのことでしたが、フリーバッティングでは
37スイング中、7本をサク越えといいスタートをきっています。
1999年2月1日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
沖縄県宜野湾市にて横浜ベイスターズの今シーズンキャンプが始まりました。
ローズ選手については11日に家族6人で来日、15日沖縄入り、16日にキャンプ合流予定です。
1998年11月9日 ローズ選手
今年度のゴールデングラブ賞の発表があり、二塁手部門でローズ選手が初受賞しました。
横浜ベイスターズからは、谷繁選手(捕手)、駒田選手(一塁手)、ローズ選手(二塁手)、
進藤選手(三塁手)、石井琢朗選手(遊撃手)の計五人が受賞しています。
表彰式は12月9日に行われる予定です。
1998年10月28日 ローズ選手
今年度のベストナインの発表がありました。ベストナイン(二塁手)にローズ選手が選ばれました。
ローズ選手自身、4度目の受賞となります。
横浜ベイスターズからは、佐々木投手、谷繁捕手、駒田選手、石井琢朗選手、鈴木尚典選手も
選ばれています。
1998年10月26日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
横浜スタジアムで行われた日本シリーズ第6戦のローズ選手の成績は3打数0安打でした。
横浜ベイスターズが西武ライオンズに2−1で勝ち、日本シリーズの対戦成績を4勝2敗とし
日本一になりました。勝利投手は阿波野投手、セーブが佐々木投手についています。
日本シリーズ最優秀選手(MVP)には、鈴木尚典選手が選ばれています。
1998年10月24日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
西武ドームで行われた日本シリーズ第5戦のローズ選手の成績は4打数2安打3打点でした。
二塁打で1打点、本塁打で2打点を記録しています。横浜ベイスターズが西武ライオンズに
17−5で勝ち、3勝2敗と日本一に王手をかけました。勝利投手は斉藤隆投手です。
1998年10月23日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
西武ドームで行われた日本シリーズ第4戦のローズ選手の成績は3打数0安打でした。
西武ライオンズが横浜ベイスターズに4−2で勝ちました。この時点での対戦成績は2勝2敗です。
1998年10月22日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
21日の日本シリーズ第3戦が順延になり、本日試合が西武ドームにて、行われました。
ローズ選手の成績は4打数0安打でした。西武ライオンズが横浜ベイスターズに7−2で勝ちました。
1998年10月19日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
横浜スタジアムで行われた日本シリーズ第2戦のローズ選手の成績は、3打数1安打1打点でした。
昨日と同じく、2ベースヒットで1打点をあげています。
横浜ベイスターズが西武ライオンズに4−0で勝ち、勝利投手は完封勝利の斉藤隆投手です。
1998年10月18日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
17日に横浜スタジアムで開幕予定だった日本シリーズが1日順延となり、本日開幕しました。
ローズ選手の成績は、4打数1安打1打点でした。2ベースヒットで1打点をあげています。
横浜ベイスターズが西武ライオンズに9−4で勝ち、勝利投手は野村投手です。
1998年10月17日 ローズ選手
新聞報道によると、ローズ選手が契約更改をしたことが17日に明らかになったそうです。
契約期間は1年で、推定年俸は4000万円増の2億4000万円です。
1998年10月12日 ローズ選手&横浜ベイスターズ
セ・パ両リーグともに、ペナントレースの全日程を終了しました。
ローズ選手の今季の最終成績は124試合に出場し、468打数、152安打、19本塁打、
96打点、打率.324、出塁率.412でした。打点と出塁率はリーグ2位の好成績です。
横浜ベイスターズの最終成績は136試合、79勝56敗1引き分けでした。
勝率は.585で、2位中日とのゲーム差は4でした。
1998年10月8日 横浜ベイスターズ
阪神戦、マジック1で迎えたこの試合、4−3で勝利を収めリーグ優勝を決めました。
この試合の勝利投手は斉藤隆投手、そしてセーブが佐々木投手についています。
逆転のヒットは、進藤選手のバットから生まれました。
マジックが点灯後、一時消滅などということもありましたが再点灯させて見事にリーグ優勝となりました。
1998年10月6日 ローズ選手
9月のセ・リーグ月間最優秀選手(MVP)に打者部門で選ばれました。
受賞月の成績は打率.369、安打31と活躍しています。これで3年ぶり2度目の受賞です。
投手部門では横浜ベイスターズの佐々木主浩投手が選ばれています。
1998年9月24日 横浜ベイスターズ
中日戦、野村投手は7−1での完投勝利をおさめ、チームは優勝へのマジックナンバー9を
点灯させました。2位中日とのゲーム差は6になり、マジックナンバーは今年初点灯です。
ローズ選手は、この試合で先制点となるタイムリーヒットを放ち、この時点でセ・リーグ
打点ランキングの単独トップに立ちました。
1998年8月6日 ローズ選手
阪神戦、6回表にタイムリーエラーをしてしまい、結果としてその後延長戦にまで
なりましたが、14回裏にリベラ投手からの13号サヨナラHRで取り返しました。
最終的には12−9での勝利でした。
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