濾胞性リンパ腫 「S.Kの流れるままに」
Dr.Dr.Scheef
 
”あなたはこの病気では死なない。”
と、Dr.Dr.Scheefは私に言った
2000年1月17日。

B細胞濾胞性(ろほうせい:中細胞型)
低悪性度リンパ腫患者
S.K




以下の日記にに飛んだら、

目的の日付にスクロールして下さい。


2016年6月 ルーツを仮終了まで進める14
 25 パソコンが壊れた
 19 
今も、さわれない
 12 
CTが変わっている
 11 
治療前の不安
 04 
紙上がん電話相談から
 01 65歳年金の受給
  2016年4月4日
血液内科の受診

2016年5月 ルーツを仮終了まで進める13
 28 新薬の価格が下がる期待
 22 
リンパ腫で、薬の効き方が変わる
 22 
濾胞性リンパ腫自家移植と同種移植
 15 
あなたもリンパ腫を治せる
 14 
風邪でリンパ腫の再発を疑う
 08 
一般化しつつある抗体医薬品
 07 
GWに家族が集う
 07 
紙面からオブジーボの可能性
 01
 
2016年のがん告知者数は100万人超
 01 オブジーボが抱える問題
  2016年4月4日
血液内科の受診


2016年4月 ルーツを仮終了まで進める12
 30 リフォームが終わりました
 30 女性医師の出産と仕事
 24 気を抜いたら事故
 22 
夢にも思わなかった65歳
 22 
CHOP治療の副作用

 17 
ワイル博士の「癒す心、治る力」
 16 
初回R-CHOP治療のいろいろ
 10 
ベンダムスチン初回使用の承認申請
 09 
許される薬価の上限
 04 
血液内科の受診
 03 
すい臓がんとリンパ腫
 01
 
濾胞性リンパ腫患者さんのブログ
 2015年10月5日 血液内科の受診


2016年3月 ルーツを仮終了まで進める11
 28 我が家の蟻地獄
 27
 sIL-2Rと私
 27 
ネクサスのリンパ腫説明小冊子
 27 おかげさま
 26 
リンパ腫説明冊子の難しさ
 21 
我が家のリフォーム
 20 
新たな病気
 13 
告知と奏効率と治療効果の説明
 12 
昨日は転院記念日
 10 
今朝、倒れました。
 06 粗にして野だが卑ではない
 05 
告知を受けた後に変わる心模様
 01
 
医師が答えるリンパ腫のQ&A
 2015年10月5日 血液内科の受診


2016年2月 ルーツを仮終了まで進める10
 27 息子2の引越し
 26 
明日は日記を休みます
 21 
濾胞性リンパ腫予後の様々
 20 
リンパ腫医療セミナーと患者会
 14 
リンパ腫診療ガイドライン
 13 
「肩が痛い」と節外性リンパ腫
 07 
冬場のトイレとお風呂
 06 
リンパ腫といってもいろいろ
 01 今日は濾胞性リンパ腫の告知記念日

 2015年10月5日 血液内科の受診


2016年1月 ルーツを仮終了まで進める9
 31 骨髄バンクの創成期
 29 
輸血のリスク
 22 
つばさニュースレター
 17 
治験情報の検索
 16 
血圧降下剤の内服で死者
 12 
血圧の薬でクリニックへ
 11 
薬が効かなかったとき
 10 情報機器の進歩
 09 
ストレス
 03 
初めて受ける治療の不安
 01 新年のご挨拶

 2015年10月5日 血液内科の受診


2015年12月 ルーツを仮終了まで進める8
 31 年末のご挨拶
 28 一連の皮膚科受診終了
 27 大量摂取の危険性
 26 細胞の中
 21 
粉瘤の摘出手術
 20 Dr.コトーのその後
 19 
クリスマスプレゼント
 13 
治療の副作用対策
 12 
無憎悪期間が9年目に
 06 
リンパ腫治療のガイドラインが出揃う
 05 
ボーエン病の経過観察受診
 05 
濾胞性リンパ腫の有名人他
  2015年10月5日 
血液内科の受診


2015年11月 ルーツを仮終了まで進める7
 29 リンパ腫治療の手順書
 28 
国がん、濾胞性リンパ腫を更新
 22 
分子標的薬の特徴
 21 
うつの診断には時間が必要
 15 
再発を防ぐ各種健康法
 14 
歯茎が痛い
 07 
寝返りがすいすい
 06 
医師やベッドの総数は政策
 01 
塩野義から新規抗ウィルス薬
  2015年10月5日 
血液内科の受診


2015年10月 ルーツを仮終了まで進める6
 31 リンパ腫治療の問題点
 25 
活発な監視療法
 24 
治療は,やってみないとわからない
 18 夕陽を見ながらひと休み
 17 
あの薬は効かないわよ
 11 
濾胞性は年単位で進むのか?
 10 
歯茎が痛い
 05 
血液内科の受診
 04 
治療で思うこと
 03 
無再発時の受診間隔
 01 酒がない
  2015年3月9日 
血液内科の受診


2015年9月 ルーツを仮終了まで進める5
 27 主治医を信頼するとは、
 26 
難聴
 21 
リンパ腫の国内患者数
 19 
経過観察中の検査
 15 このページ右列のリンクを修正
 13 
患者と薬局薬剤師との距離
 12 
「奏効率」の多面性
 07 
濾胞性リンパ腫ブログへのリンク集
 06 
濾胞性リンパ腫の治療法
 05 
セカンドオピニオン
 01 一番いいとき
  2015年3月9日 
血液内科の受診


2015年8月 ルーツを仮終了まで進める4
 30 濾胞性リンパ腫予後の延長
 28 
濾胞性リンパ腫の治療開始基準
 23 
つばさフォーラム京都 血液がん
 21 
リンパ腫患者に出来ること
 16 感謝
 15 
遅れて出てくる熱中症
 09 
濾胞性リンパ腫の予後は20年
 08 
そっとしといて
 02 
オブジーボの可能性
 01 工場の椎茸栽培は放射能無害
  2015年6月6日 
京都のリンパ腫セミナ-
  2015年3月9日 血液内科の受診


2015年7月 ルーツを仮終了まで進める3
 30 放射性セシウムの表記
 26 
濾胞性リンパ腫の治癒
 25 
ネットで見る私のカルテ
 20 460Mの動画デジカメファイル
 19 柿と栗の実が大きくなっている
 18 
心が高い波に襲われる
 17 イベントは重なる
 16 台風情報
 15 
慢性熱中症の始まりか
 13 昨日は初セミ記念日
 12 
検索キーワードについての説明
 11 
そろそろ熱中症対策
 05 
私も臨床試験に参加
 04 
腰痛
  2015年6月6日 
京都・大阪のリンパ腫セミナ-
  2015年3月9日 血液内科の受診


2015年6月 ルーツを仮終了まで進める2
 28 2兆年後に宇宙は消滅する
 27 
ゲノムと抗体
 27 
息子2の決断
 24 
日本癌治療学会
 23 
薬の個人輸入
 23 
不幸中の幸い
 21 
孫娘を撮るにもカメラがない
 20 
効く人には効く
 14 いつかその日が来る
 13 
国立がん情報センター
 07 
1億円のリンパ腫特効薬
 06 
京都・大阪のリンパ腫セミナー
  2015年3月9日 血液内科の受診


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2016年6月 ルーツを仮終了まで進める14
お願いします。
「濾胞性リンパ腫の井戸端会議」と「濾胞性リンパ腫患者の治療履歴集」の掲示板を作りました。お入りいただきたいのは、濾胞性リンパ腫の患者さんとご家族です。
私のアドレスは sabcdek-ybb.ne.jp です。-を@に変えてメ-ルをお送り下さい。
その掲示板に入るパスワードをメ-ルの返信でお知らせします。
詳細は2010年の3月11日日記をご覧下さい。
2016年6月23日現在165人+4人にご案内済みです。(最終ご案内日)-
随時更新される100人の治療歴があれば、素晴らしいとお思いになりませんか?
2016年6月25日(土) 15:31 パソコンが壊れた
↑容量が増えて重くなりましたが、だいじょうぶでしょうか?
早く咲いた紫陽花は、もう枯れ始めてきました。



先月の17日に受けた車検で、「タイヤは溝があるから車検は通しますけど、ひびが入っていますからね、変えないと危ないですよ。高速道路はパースとが恐いので走らない方がいいですよ」といわれていたタイヤですが、17日に息子宅にいった時、どうも車の音がおかしくて、アスファルトの道とコンクリートの道を走る時に走行音が変わるのですが、同じアスファルトの道が続いても、何か音がおかしい。回転系から発する異音に聞こえますからタイヤからなのでしょう。今月から増えた1ヵ月分の年金で6月20日にタイヤを4本交換しました。それからはまだ長距離は走っていませんが、走行音がおとなしくなりひと安心です。7年で37000キロ走って、タイヤがもったいないので急発進や急ブレーキは避けていますし、カーブもスピードを落としています。でもねえ、縦向きのひび割れは、走行距離で発生するものではなくて、タイヤの経年劣化なのでしょう。
先ほどふと見たら、右前輪だけ空気が抜けているような・・・。
気持ちいいのは少しだけ。



24日は、パソコンのファイルを探しまくっていました。
美術音痴の私ですが、ふたりのうちのどちらかというと私の方がましというレベルで、以前作ったチラシのファイルを探していたのです。どうしても見つけられなくて疲れ果てた時に、もうひとりの人にそのファイルを添付してメールを送ったかもしれないと思って、送信メールの履歴を見ていくと、あった。添付ファイルに、そのファイルがあった。
やったね。
やったけど、そこまでいくのに疲れた。
なんせ私はDELL窓XPで、未だにオフィス2000だもんね。人様とデータの共有なんてできたもんんじゃない。そのときにもらっていたワードデータが2007で、私の2000で編集できないじゃないのって、更に疲れた。

それで、

 
パソコンが半分壊れました。


壊れたといっても、デスクトップパソコン本体やパソコンのディスプレーが物理的に変形したのではありません。マイクロソフトが提供している、新しいワードのデータをワード2000のデータとして使える用に変換するソフトをインストールしたのです。
そのインストールが終わると、画面上に出ていた各プログラムを起動するための「アイコン」が6割余り消えてしまったのです。画面左端にある「スタートボタン」をクリックして、出てきた「メニュー」にある「プログラム」をクリックしても、たくさんあるはずのプログラムが出てきません。そこに「システムツール」があるのですが、それにマウスカーソルを当てても「Internet Explorer」しかでてきません。スタートボタンをクリックした後でプログラムをクリックしても、出てきたプログラム一覧の中にMSエクセルやMSワードが出てこないのです。画面上に残っていたエクセルやワードのアイコンをクリックするとプログラムは開きますから、プログラムそのものは残っているようです。
落ち込んだ・・・。
XPはねえ、マイクロソフトのサポートが切れて、システム関連のダウンロードができなくなったから、再セットアップが出来ないんですよね。XPなので、「もうアップデートは出来ません」と表示されながらも動いていたグーグルクロメもどこかにあるはずですが出てこないから使えません。
こういうのに出くわすと、何もかもが嫌になってどっと疲れます。
ひとつ方法があるのですが、失敗すると、本当にパソコンが使えなくなってしまうかもしれません。そのときには、このページ右列にある「緊急時代替ブログ」に書き込みます。それならガラ携でも簡単な文章がアップできるのです。
宝石やアルマーニに興味はないけど、ある程度のお金はあったほうがいい。余計なストレスから回避できます。



といってもねえ、自虐ネタ探しじゃないけど、酒を飲む理由が欲しかったのかもしれません。65歳の年金記念にビールが飲みたかったんだけど、息子2宅に行く予定があったから歯を痛められないし飲めなかったんです。それで息子2宅に行ってビールを飲んで、帰りに父の日記念の酒なんぞ持たせてくれて、帰って無事に帰ったぞ記念のビールを飲んで、明くる日から息子が淡路から持ち帰りでくれた焼酎なんぞ飲んで、一杯だけのつもりがなんのその、今じゃ大した外出の予定がないから歯茎が痛むまでは飲めるなんて無茶苦茶ですよお父さん。
でも、久しぶりの酒で、「気持ちが和らぐ」というのを実感、思い出しました。酒って、いいですねえ。「じゃあ、今は何が心配なのよ、まずはストレスの元を書き連ねてみなよ」なんて思って書き出しても、今は近いうちに命をとられるような問題はない。じゃあ、もっと満ち足りた気持ちを持って感謝してもいいんじゃないのといわれても、酒を飲んだ神経の緩みの満足感は得られない。それで思い出した、昔は酒を飲んで、その喜びを誰かにわかって欲しくてこの日記を書いていたんだ。でも、この正月からずっと歯茎痛で飲めないから、それを忘れていました。

 といったって、昨夜も飲みましたけど何か?



役場から、「介護保険料関係書類」が郵送で届いて、その後で別途「介護保険料納付書在中」の封書が郵送されてきました。それと同時に、国民健康保険の封書も郵送されてきたから頭の中がごっちゃになってしまいました。それを読むと、私の場合介護料金は年金からの自動引き落としになるようです。その前に、「介護保険料」は40歳から国民健康保険に含まれているものと思っていましたから、65歳からは新たに発生する支出と知ってびっくりでした。
でもなんか、何もしなくても年金から自動引き落としになるというのはおかしいと思い、役場に電話で問い合わせました。

郵送されてきた書類では、どう考えても年金からの自動引き落としになるという文面だったのですが、それは夫婦共に65歳を超えてからのようで、それでさえ条件があるようです。
介護保険料の支払いに毎月銀行に行くのは(コンビニでも可)大変ですから銀行口座からの自動引き落としが出来ないかと尋ねると、役場に来ていただければ、その処理が出来るといわれます。
それで電話を切ったのですが、役場に行くだけで銀行から引き落とす口座番号も知らずに出来るのか、印鑑も要らないのか疑問が沸きました。
それで印鑑と銀行の通帳、私の身分証明書になる運転免許証を持って役場にいったのですが、役場で銀行引き落としの処理をするには銀行預金のキャッシュカードがいるというのです。「そんなの聞いてないよぉ~」といいたかったのですがこらえました。役場の会計で介護保険料の6月分を現金で払い、翌日に銀行に行って自動引き落としの手続きをしました。

民間の会社でそんな事をしていたら、「仕事の出来ない人」という烙印を押されて、いられなくなるでしょう。会社を辞めさせられるというのではなくて、なんとなく自分の居場所がなくなって辞めるという形です。でもね、「役場」といっても凄い人もいるんです。私が知った人の3倍の事務量をこなす女性。3倍働かないと自分を許せないという女性です。ただ、悲しいかなその人は、人に仕事を教えるのは下手でした。「こんなことは常識だから、教えるものじゃない」というもののが見えみえでした。


大昔にしたはずの、
国民健康保険の銀行自動引き落としなんて、どう処理したのか忘れました。


イギリスは、女王陛下のユーナイテッドキングダムはUKさんでしたか、ブータンの幸福指数やウルグアイはホセム・ヒカさんの幸福論じゃないけれど、「これは女王陛下の矜持だ」なんて、グローバリズムの前に大英帝国を忘れるなといわれたら、そういえば最初アメリカに渡った歴史の重みを捨て切れなかったのかなんて思うけど、アフリカや中東で、勝手に直線の国境線を書いたのはヨーロッパの国々でしたからね。イラクやシリアの問題は昔からの流れがありますから単純ではないでしょう。


ある人と話しをしていて、その人は強く舛添えさんを擁護されました。
一般論ですが、会社や組織でもっと高い位置に上りたいという人は沢山おられます。したいことがあっても、課長とか部長とか、ある程度の立場にならないと自分の裁量で仕事を決める事は出来ないからですね。国会議員になってもひとりではできないのがほとんどで、立場とともに同じ方向を向く仲間さえも必要になります。そんな事を考えていたら、いくら時間があっても足りないでしょう。子供の本や夕食の材料、ネットで美術品を落とす時間はともかく、資金管理団体宛の領収書を書いてもらうことを考える時間がもったいないのです。だから元甘利大臣は、「これくらいのことは秘書がやってくれよ、俺は政治をやるからさあ」ということだったのでしょう。もちろん秘書に恵まれなかったのは、監督者である甘利さんの責任です。「やりたいこと」がある人は、そんな時間がもったいないのです。



写真は、奥に見えるのが「おくどさん」です。
そこで薪を焚いて、ご飯を炊いたりおかずを炊いたりしてきました。
伊勢の豊受大神宮では今も毎日伊勢神宮にお住まいの天照大神に食事を作られているらしいのですが、なんとその煮炊きをされる火は、毎日新たに木を摩擦して起きる自然発火で起こされているらしいのです。マッチもガスライターも使われずにです。
私なんて、おくどさんやバーベキューで、マッチを使って火を起こした事なんて、もう60年近くないんじゃないかと思います。せめて一度くらい木の棒を回しまくって下の木と摩擦させ、火を起こしてみようか。
これはお金を使わずに出来そうなので、なんとかリストに加えてみる。

東京の下町に水道が普及したのはいつだったのでしょうか。
神田川にも裸電球はありました。
皆さんは、「洗濯板」をご存知でしょうか?
私は使っていましたよ。

電気がない。
外の井戸に行かないと水がない。
ガスがない。
耕運機はないけど牛馬はいた。
エンジン式の草刈機もない。
地方では、まだ60年前の話しです。
車は勿論、自転車が広がったのだって、そんなに昔ではありませんよね。

 今、私たちに、
 本当に必要なものは何でしょうか。
 いいえ、私に必要なものです。


ファイルと、印刷したチラシを探していて、
「がん専門相談員のための学習の手引き」が出てきました。
相談にいくったって、その相談員さんは、どの程度の知識を要求されているのか知っておこうと思ったのですが、まだ読んでいません。
ネットで手に入ります。

ネットで手に入りますが、プリントするにはインクも必要です。
ですが、探し物は見つかりませんでした。


「京都府こころの健康推進員養成講座修了証書」です。
がんの患者さんと話す機会があって、患者さんの中には、鬱系の時期を過ごしておられる人もありますからね。
受講して思った事もありますが、人と話す時にこれを思い出す事は少ない。
その講座で得た知識で、ひとつだけ今も覚えている事がありますが、ひとつでもあるなら、いったほうがよかったか。あのストレスは今も尾を引いているけど。



ひょんなことから、骨髄ドナー登録の説明員に誘われた事があって、その時にいただいたのですが、それをされている人が現場に戻ってこられたので、まだビニール袋の封を開けていません。
我が家には、このパソコンを含めてDVDが使える機器がないし、と思っていたらすぐに相談員さんが現場に帰ってこられたのですが、がん患者を長くやっていたら、そういうこともあります。
人は自分で道を尋ねる事もあるし、こういう道はいかがですかと、突然目の前に提示されることもある。

65歳で金もなし、
さて、どうするか、
その前に、
 
 右前のタイヤと、壊れかけたパソコンが気になる。


パソコンは、今も最低限の事は出来るし、問題になるまでは今のまま使うか。
でも、あのプログラムが使えないか。
このページだって、ブログじゃなくてホームページだから、タブレットやスマホでは書けません。

それでも触ってパソコンを壊してしまったら、このページ右列の「緊急時代替ブログ」に書き込みます。

 はい、明日は日記を休みます。



2016年6月19日(日) 14:29 今も、さわれない

 
濾胞性リンパ腫の告知を受けてから、
 私は首回りに出来たしこりを毎日触って確認していました。
 治療が終わって、しこりがみんな消えても毎日触っていました。
 「炎症を起こすから、あんまり触らん方がええで」
 と主治医にいわれましたが、それでも触ってきました。
 1週間に一度は風呂で、
 首筋や脇の下、足の付け根の基本部分をさわってチェックしてきました。
 1ヶ月に一度は、それを徹底的に確認してきました。
 寛解しているときも、再発してしこりが出来ているときもです。

 最後に受けた治療がよく効いて、しこりもなくなりしんどさも消えて、
 突然、それからは触われなくなりました。
 「たまには自分で触って確認してよ」
 と主治医にいわれましたが、それでも触れませんでした。

 今も同じで、触るのが恐いのです。
 それでも、脇の下や足の付け根に違和感を感じる事があって、
 そのときは、清水の舞台から飛び降りるつもりで、
 違和感を感じたところを恐る恐る触っています。
 でも、さわれるのは違和感を感じたところだけで、
 恐くて全身のチェックはしていません。

 さわらなければ再発しないということはないし、
 触ったから再発するということもないし、
 触ろうが触らまいが結果は同じなのです。

 触るのが嫌なら触らなければいい。
 今は、そう思っています。

 血液内科の受診時に、医師が触診して再発を見つける事があります。
 表在しこりがなくて、血液検査や画像検査に異常があって、
 それで検査を進めて再発が見つかる事があります。
 再発がわかる場合の多くは、患者自身が再発のしこりを見つける場合です。
 患者が主治医に体調の悪さを訴えて、
 その後の各種検査で再発が見つかることもあります。

 主治医が経過観察の期間中に再発を見つけられなかったとしても、
 それは主治医の責任ではありません。
 自分の体なのですから、患者が先に気付くのが普通でしょう。






妻が勤め先の同僚に、孫に会いに行くというと、
その同僚がホタルを捕ってきてくれました。


部屋の明かりを消して、撮ろうとするのですがうまく撮れません。
撮れたのは、光っているかどうかさえわからない暗闇状態の写真です。
上の写真は、偶然に光が写っていた数少ない写真です。
このページのトップ写真は、以前私が同じカメラで撮ったものですが、同じ場所に行っても、もう撮れないかもしれません。


17日の金曜日に、妻と大阪の息子2宅に行ってきました。


問題は、このかわいい孫娘なんですけどね。


はい、可愛いです。


息子2宅で夕食を食べてから、外に散歩に出たときの写真です。
およよ、なんじゃこれはのカルト写真?
一瞬、その夜の地震が心配になりました。

何事も起きなくて良かったです。


孫娘がいるのが居間で、写真の上にあるのが隣りの和室です。
私達は、その和室で寝ました。
居間と和室の境にふすまがあるのですが、それを閉めて寝ました。

明くる日の朝、1歳5ヶ月でよちよち歩きが出来る孫娘が両親と居間に来て、このように遊んでいた孫娘が偶然和室との間にあるふすまを開けたのです。
人見知りの激しい孫娘の視線の先、誰もいないはずの和室に私達じじばばが寝ていました。その気配というか、部屋が明るくなったのに私は目覚めたのですが、孫娘が固まっていました。


上の写真の場所に、母親が手をつかんでいるのに、それを振りほどいて走り回る1歳半の男の子がいました。私達の前でこけたのですが、すぐに立ち上がって走ります。お母さんは、心配だけどどうしようもないという感じでした。

我が家の孫娘は固まって歩きません。
母親に抱っこをせがみます。
人見知りで、家から出るのも嫌がるのです。


そんな孫娘を連れて、夏用のお子様プールを買いにイオンに行きました。
アンパンマンのおもちゃ前では楽しそうにしているということでしたが、私達がいるからか、この日は固まったままでした。

私ははじめてリンガーハットのチャンポンを食べましたが、「炊き込んでいない長崎チャンポン」というのはいかがなものか、炊き込まずにチャンポン?、と突っ込みを入れたくなりましたが、これもチャンポンの一種と思えばいいのでしょう。味は、そういう味でした。
昼食が終わりかけたころから、孫娘の顔つきが少し和らいできました。


私達じじばば夫婦が孫娘に出会うと、人見知りの孫娘が慣れるのに24時間かかるんです。「だっこ」といって私が手を差し出すと、泣き顔になるか、出した私の手を払いのけるかのどちらかでした。先日我が家に来てくれたときも、その顔がようやく和らいできたのは明くる日になって、帰る前でした。

私が孫娘の手や足に触れると、すぐに孫娘の口はへの字になって、今から泣くぞうモードに入ります。
息子2宅に行って2日目、帰る前になるとようやく私が孫娘の手や足に触れても、許してやるモードに到達しました。

子供は、眠たくなると体温が上がります。
まだ孫娘は常時高い乳幼児の体温で、抱っこしていると人の体の暖かさを感じさせてくれます。

この孫娘は爆食で、「遊びながら食事をする」ことはありません。親が食べ物を乗せたスプーンを近づけるのをずっと待っており、遊ばずに食べ続けます。黙々と食べ続けますから親は食べさせるのが楽です。食べてる時、試しにばぁ~ばにスプーンを持たせて食べさせたのですが、ひと口も食べる事はありませんでした。最初から横を向きっぱなしでした。
長い人見知りが続いていて、この娘が許せるのは両親と、近くに住む母方のばぁ~ばの3人だけですが、芯は強そうです。

早い時期に、近くに住むママ友さんが出来ますように。
小さな公園なら、近くにたくさんありそうです。


 
上でお見せした「息子宅」の写真が間違っていました。
 上の写真は、息子宅ではなくて公園にあった家屋です。



※ 今日の交通メモ
息子宅に向かい能勢に近い篠山からの登り道国道は能勢街道で、
私は右カーブを終えた左カーブに入るところで向こうからダンプカー、
じゅうぶんに対向車と離合できる国道なのだけど、
対向車がセンターラインを超えて私の車に接近してくる交わせたのは10cmか、
センターラインを超えてくるなんて想像していなかったから、嘘だろう嘘だろうと思う間に一瞬、「当たるかも」という恐怖。
私の車の左側はまだ余裕があったけど、ハンドルを左に切る以前の問題でした。

 対向車があるときは、
 「私は安全運転」に意味はない。



2016年6月12日(日) 16:14 CTが変わっている
昨日の補足です。
補足といっても、「昨日書いた中で、ここがわかりません。」という内容ですが。

最近のCTは、原理構造が変わっているようです。
変わっているのは間違いないようですが、そのように変わったのかはもうひとつわかりません。私の鈍頭でもわかるように書かれた文章がネット上にあるかもしれませんが、今は直接我が身に必要としていないので、それを求めるパワーがありません。

でも、大事なところが変わっているかもしれないので、書いておきます入り。



上の図は、実際の寸法とは異なりますが、昨日も使ったCTのイメージ図です。


上の図は、最初にお見せした図をもう少しわかりやすくしたものです。

赤い矢印がありますが、CTで断層写真が1枚撮られると、機械が1cmとか5mmとか上図で赤い矢印の方向に動いて、次の1枚が撮られます。
それを繰り返す事で、胸部とか、腹部で20枚?前後の写真が撮られ、それをずら~と並べられたものを、私達は主治医と診察室で見て、説明を受けるのです。

上の図でいうと、赤い矢印の部分、先ほど1cmとか5mmと書きましたが、写真と写真の間に位置する部分に小さな腫瘍があると、それは写真から抜け落ちる事になります。CTを細かく動かして、もっと検査の間隔を狭める事が出来るのですが、被爆を増やしますし、0.5mmずつ動かして検査するメリットがない事から、主治医の指示である程度の間隔に決められていると思います。

ここまでは、私が知っているCTです。
つまり、放射線を受ける撮像素子が1列だけなのです。


2011年に発売された東芝のCTに、上記320列のものがあるようです。その320列の素子が一度に働くなら、断層照射ではなくて、面(立体)での照射になるのでしょうか、
輪切り(断層撮影)ではなくて、らせん状に撮影していくヘリカルCTも開発されています。それらを使えば、2枚目の絵でお見せした「見落とし部分」は、もうなくなっているんでしょうね。あとは医師の画像読解力、解析力ということになります。

私のぼけ頭に難しい事は分かりませんが、CT検査で近接した次の画像との間に、撮影漏れになるしこりが今もあるのか、今のCTにはないのか、問題はそれだけです。
おそらく、漏れはなくなったのでしょう。



2016年6月11日(土) 17:05 治療前の不安
一昨日の木曜日は久しぶりに夕立風のどしゃぶりになりました。
「被害が出ない程度」という但し書きが必要ですが、たまには強い雨もいいもんだ。
じゃじゃあ~~と音が聞こえるほどの雨でした。
その雨が上がって、私が「紫陽花の定点観測所」にしている我が家前の無人宅の庭で紫陽花を撮ってきたのですが、写真がぼけてて変。
昨日は雲ひとつない青空が広がったのですが、ここから見える昨日の紫陽花が私を呼んでいるような気がして、カメラを取ると、「手ぶれ補正」のスイッチがOFFになっているのに気がつきました。雨の紫陽花がぼけたのはそれが原因だったのでしょうか。おの前の日にホタルを見に行って、暗闇でカメラを操作した時に操作を間違ったのでしょう。だから、今日のトップ写真は昨年の撮り置きです。


 紫陽花には雨が似合う。



日本国内で、濾胞性リンパ腫の告知を受けられる人は年間で2000人前後でしょう。血液内科のある大きな病院なら土日に盆正月は休みでしょうから、病院の稼働日を250日として、2000÷250=8 毎日、日本のどこかで8人の人が新たに「濾胞性リンパ腫」の告知を受けておられる事になります。
ご家庭でネットに接続したパソコンが使えるのが40%を超えたという話しを以前聞いたことがありますが、もう10年以上前の話でしょう。それからスマホが広がったので詳細は不明ですが、仮にネットで「濾胞性リンパ腫」の検索が出来る環境の人を半数としましょう。8人÷2=4人になります。

初めてこのページに来ていただいた人が、毎日20人前後おられます。
「初めて」ですから、ネットで検索されるか、誰かにお聞きになられたのでしょう。
ご家族が、職場の昼休みに検索してこられるケースもあるでしょう。
職場や各種の団体で、濾胞性リンパ腫の告知を受けられた事を話されて、それを聞かれた他の人が検索してここに来られたのかもしれません。事実、ある日このページに始めてこられた人が単一の都道府県に集中する事があります。
そう考えると、毎日ここに始めてこられる人が20人おられるというのは多いのか少ないのか。スマホで見られて、その人がその夜家でパソコンで見られたら2人になりますし、職場のパソコンでこのページを見られて、その夜家のパソコンで見られても2人カウントされますから、それが新たにここに来られた人数を表すものではありません。


日本で、NECの初代パソコンPC-8001が発売されたのは1979年だったと思います。それからしばらくして、電話回線を通じて、他のパソコンと文章が共有できるBBS(電子掲示板)が始まりました。1995年に、マウスでコンピュータの操作ができるウィンドーズ95が発売されて、画像を含む「ホームページ」なるものがじわじわと広がっていきました。ソフトバンクのパラソル部隊がADSL機器を無料で配り問題になったのが2001年で、それがネットの常時接続時代の幕開けになったのです。

私が「濾胞性リンパ腫の告知を受けたのは1997年で、ヤフーで「濾胞性リンパ腫」をキーワードに検索しても、出て来るのは数件しかなかったと思います。その中に、当時国立がんセンターもありました。勤務時間外に、業務とは別の個人として医師が書かれたものです。

ですから、当時「濾胞性リンパ腫」の情報を欲しいと思えば、専門書を探すしかなかったのです。事実私は、大学病院に出入りされている小さな書店を訪ねて、そこで医学書を購入した事もありました。

今は逆に、ネットの検索で膨大な情報が得られますが、その内容は玉石混合で、一生懸命読んでいたら健康食品を売るためのページだったとか、それでもリンパ腫に関する情報が正しければいいのですが内容が明らかにいい加減で、私はそれを読みながら、これって、濾胞性リンパ腫の告知を受けて間もない人が読まれたら、間違いがわかるだろうかとか考えると、罪作りとしか思えないものもあります。

それと、残念なのは優良な情報のリンク切れですね。
私は医療素人ですから、リンパ腫について直接解説するのは力不足です。ですから、医療素人の患者に対してわかりやすく書かれていると思うもののリンクを多用しています。
でも、そのリンク先が削除されるのです。せめてそのファイルを置いたままにしておかれて、出来るなら、ファイルをアップされた日付を書いておかれたらいいと思うのですが、何故か削除されます。
それでがまんできなくなって、引用元のリンク先を示しつつ、引用文を転記することで直接読んでもらえるようにするケースが増えています。

患者を長くやっていたら、それなりに耳年増になります。
ですが、「濾胞性リンパ腫」の告知を受けしばらくは大変です。患者はみんな「リンパ腫、ええっ、リンパ腫って何よ?」というところから始まりますからね。

「わからないこと」のひとつに、「化学療法(抗がん剤治療)」の副作用があります。「抗がん剤治療」を受けるのは大変な苦しみで、髪の毛は抜けるし吐き通しで死んでいく人もいるらしい。という、吐き気止めの薬さえなかった時代の話が頭のどこかに残っていますからね。例えば、濾胞性リンパ腫の初回治療に今も一番多く使われている治療法は、5つの薬を使う多剤併用療法のR-CHOP(アール・チョップ)ですが、私が最初に受けた治療は、まだリツキサン(R)が認可されていなかったのでCHOPでした。
CHOPの投薬はプレドニンが5日間に渡るものの、それを除けば1日で終わります。投薬を終えて3日も経つと、「そうか、これが化学療法で、CHOPの副作用はこういうものだったのか」と思って安心しました。「不安」の最大要素は、「この先どうなるかわからない」ということです。ある程度想像できても、経験していないことは実感できませんから不安なのです。それが3日で、ほぼわかった(体験した)と私は思ったのでしょう。だから大きな不安のひとつが解決しました。
ただし、CHOPで、ほとんどの人の頭髪がほぼ全脱毛しますが、それが急激に始まるのは投薬後15日~20日経ってからなので、投薬から3日後の私はまだ脱毛していませんでした。骨髄抑制(白血球などが減る事)も、CHOPでは投薬後15日前後でボトムを打ちますから、投薬から3日後ではほぼ変化はありませんでした。CHOPは、1クール目よりも2クール目、2クール目よりも3クール目と、治療を重ねるほど副作用が強くなるのが一般的です。R-CHOPの奏効率は90%を超えるという優れものですが、残念ながら100%ではありません。100人の患者さんがR-CHOPの初回治療を受けられたら、ひとりかふたりは、「効果が確認できないので、治療法(薬)を変える」ことになる患者さんがおられます。吐き気も同様です。普通は薬の投与を始める前に吐き気止めの薬を使います。それがほとんどの人に効果があるものの、おそらくは100人の中でひとりかふたり、強い嘔吐が続き他の吐き気止めに変えても同じで、残念ですが2クール目を断念されて、他の薬に変えられる人がおられます。リツキサン(R)でも副作用が生じます。投薬を始めてから蕁麻疹が出たり微熱が出る人がおられますが、投薬スピードを遅くしたり、一時的に停止して様子を見る事で、ほとんどの患者さんが最後まで投薬できるのですが、おそらくは、100人の内でひとりかふたり、副作用が強すぎるために最後まで投薬する事を断念される人がおられます。それらの強い副作用についてですが、事前の検査で知る方法はありません。同様に、効果の大小も投薬前に知る方法はありません。上記標準量の投薬で強い副作用が出たり、狙った効果が得られなくても医療者の責任ではありません。残念ですが、100人の患者さん全員に耐えられる副作用で最大の効果が得られる100%の治療法はないのが現実なのです。
治療による副作用や得られる効果の大小を、治療を行う前に心配してもどうにもなりません。結果はどうあれ、治療を開始し、それによる副作用が起きると思われる最低限の時間を経過すれば、「経験した事がない」事から生じていた大半の「不安」は解消されるでしょう。ですが、それを終えるまでは不安を解消する方法はないでしょう。


今回私は、これまでで最長の無憎悪無再発期間を過ごしていますが、それが長ければ長いほど、再発したときの苦悩は深まるでしょう。そのように、不安の種は探せばいくらでも見つかります。このあとで交通事故に合うかもしれませんし、心臓や脳疾患に襲われるかもしれないのです。
まずは今日、元気に過ごせた事を感謝します。
それに、事故にでも巻き込まれない限り、明日も生きているでしょう。もしも明日、再発のしこりを見つけたとしても、1ヶ月以内にさよならをする可能性はほとんどありません。

リンパ腫の病気は、忘れようとして忘れられるものではありません。
そもそも、「忘れる」ということは自分でコントロールできないのです。
出来るとすれば、それよりももっと興味の持てる対象が出てくることでしょう。そういうことがあれば、リンパ腫について思う時間が相対的に減るでしょう。
新聞やネット、テレビを見ていて、それが何らかのきっかけになって「したいこと」が明確になってくればいいのですが、私のように、この窓からぽけぇ~と空を見上げているだけでは不安のネタ探しを助長するだけになるかもしれません。
ある程度は、日々の暮らしに変化とか、自分から人に助けを求めてみる事が役立つかもしれません。「人に助けを求める」といっても、その人に「助けてください」とお願いするのではなくて、「ねえ、富士山の中腹の駐車場まで行きたいんだけど、一緒に行ってくれない?」とかです。


65歳か、
そろそろ「僕の宝物」を処分する時期かもしれません。




話しが変わって、CTについて。

CTは、「体を輪切りにした画像」というように理解していますが、細かく見ると違うようです。

上の画像を見ると、左はレモンを切った写真です。
CT画像は、切ったレモンの断面のような画像と思いがちですが、細かくいうと違います。上の写真の右側、レモンを薄切りにして、透かして見ている画像に近いもののようです。


実際のCT検査でいうと、上の図のように、厚みのない断面ではなくて、厚みのある断層で切ったものなのです。
上の画像の中に、「1.25mmや2.5mm等」と私が書いていますが、すべてのCTがそうなのかは知りませんが、機器によって若干は変わると思います。
上の画像の引用元は、ここをクリックです。



CTで胸腹部の画像を見ても、何のことやらさっぱりわかりません。
それで、いつか勉強できたらとお気に入りに入れているのが上のページです。
上の画像の右上を赤丸で囲んでありますが、登録から30日だけ、CT断面の勉強が出来るというページです。30日限定ですから一度登録すれば2度目は出来ないでしょう。ですから、私はいつかと思いながら一度も登録をしていないのです。胸腹部のCT画像に強い興味を持たれている人なら、一度挑戦されてはいかがでしょうか。
上のページは、ここをクリックです。


上の画像に似たような書類を見られた事はありますか?
あなたのカルテにはさんであると思います。

生検した細胞を試料にして、CD20等が発現しているかどうかが検査されたものです。
それについて説明されたページを見つけましたので紹介させていただきますが、私にはちんぷんかんぷんです。
そのページは、ここをクリックです。
「はじめに」と書かれているので、最初のページですかねえ、それは、ここをクリックです。
血液内科の医師だと書かれていますが、すごいですね。



sIL-2Rについて、わりと詳しく書いてあるのは、ここをクリックです。
こういうのは、そのまま転記引用させていただきたいのですが、そのページはコピペ禁止をされています。その意思を尊重して、リンクに止めます。


過去に起きた大地震の震源地マップは、ここをクリックです。
北海道と岡山の一部を除いたら、日本中どこでも大地震の危険性があります。
今度の熊本大震災は衝撃でした。
何が衝撃だというと、震度6の地震が来て、それに木造の建築物が耐えても、同程度の地震が再度24時間以内に来ると、その時は耐えられるに倒壊するというものです。少々の耐震補強をしても、木造の建築物は耐えられないということになります。
それなら、2m×2m程度の家庭内シェルターを各階ごとに1ケ置くのが一番安上がりではないでしょうか。家が倒壊しても命を守るのです。鉄と木で1台10万円以下で出来そうだけど。私は実験したいけど、嫁さんがだめだといいます。でも、安い。



昨日、上の封書が「日本年金機構から届きました。
私が65歳から受給できる年金額について書かれているのですがさすが官公庁さん、わからへん。なにが書いてあるのか脳タリンの私にはわからないのです。
「配偶者および子がいる場合の加算額を年金額に加算しました」
と書かれていますから、私が65歳になってから、妻が65歳になるまでの間貰える分の事務処理が行われたようで、それがあれば、あとは文句のつけようがないので、書かれた内容がわからなくても問題ないでしょう。
専門家集団である「日本年金機構」の人達が分かる文章と、その文章が、その郵送物を受け取る私にわかるかどうかは別の問題なのですが、優秀な人たちにはそれがわからないんでしょうね。



【産経新聞】 平成28年6月7日記事
「がん電話相談から」
右肺がん手術後に左肺がん出現、治療法は?

 Q 72歳の男性です。2年前、中分化型肺腺がん、ステージⅢAと診断され、胸腔鏡補助下手術で右下葉の切除とリンパ郭清術を行いました。術後化学療法で「シスプラチン十アリムタ」を4クール施行。1年半後、.CT(コンピューター断層撮影)検査で左肺下葉に小さい影が1個出現し、4ヵ月後のCT再検査で周りのすりガラース状の影も含めて7ミリの大きさになりました。画像診断では新たな高分化腺がんの可能性が高いと説明され、左下葉の区域切除、または部分切除を勧められています。転移か原発かで治療法は違うのでしょうか。

 A 今回見つかった左肺のがんは、右肺からの転移か、新たに発生した原発がんか、いずれの可能性もあります。原発ならば手術による局所治療で済みます。転移ですと、今後出現するがんの最初の1個かもしれず、今手術しても後から同様の影が出てきたら、その時点で転移だったと判明するわけです。切除した組織を見ても、同じ腺がんの場合、転移か原発か確定できないこともあります。
 まずは、転移か原発かどちらの可能性が高いのか、部分切除が簡単にできるのか、主治医に所見を確認してください。部分切除と区域切除では手術の程度が違います。簡単に部分切除できるなら、転移、原発いずれの場合でも、診断を兼ねて切除するメリットはあると思います。周囲がすりガラス状ということなら、原発の腺がんである可能性は高いと思います。

 Q 手術は不安です。手術以外の方法はありますか。また、手術した場合は、術後化学療法は必要ですか。

 A 放射線治療の選択肢があるかどうか、放射線治療医に聞かれることをお勤めいたします。手術をした場合は、原発性肺がんであれば、基本的に術後化学療法は不要です。



AI(人工知能)がどんどん進んで、病名の確定や最適な治療法の低減まで進むといわれています。

 あなたがリンパ腫の告知を受けられてから、
 医師と話す何気ないあなたの言葉に、

  突然医師の顔色が変わった事がありませんか?

裁判で大きいのが「事実認定」です。
北関東連続幼女誘拐殺人事件で最大の課題になったのが初期のDNA鑑定で、千分の一の確率で犯人は菅谷さんのDNAと同一であるというものでした。そこには大きな闇が隠れているように思うのですが、それ以上メディアが追求する事はありませんでした。冤罪です。

上に書いたのは「電話相談」をまとめられた記事です。
医師はアドバイスをするのですから、最低限の情報を得ようと相談者に電話で聞いたはずです。私は電話相談の内容を知りませんが、「それを主治医に聞いて、**月**日にもう一度電話を下さい」というようなことがあるかもしれません。
コンピュータが病名を診断するといっても、コンピュータに入力するデータが間違っていたらどうにもなりません。患者が前の日に机の角で太ももを強打して、軽い脳梗塞を疑っている医師が患者に、「他に痛みや痒み、体の不自由などはありませんか?」といったときに、「言葉がもつれたり、いおうとしていた言葉が突然消えてしまう事があるんです。それに、太ももを中心に右足が重いように感じるし、」というのは嘘ではありませんが、最も重要な「昨日机の角にぶつけて」という事実を話すのが抜けています。

ですから、上の電話相談を書く事で、皆さんに「事実の認定」が以下に重要かがわかっていただけたらと思いながら書いています。
私は医療素人ですからわかりませんが、「発熱」でも、**の病気なら体温は**度までしか上がらないのに、この患者さんは**度まで上がっているから**の病気じゃないとか、何度まで上がるかとか、一日24時間ほぼその体温が変わらないのか、朝起きたときは**度まで下がっているとか、その高熱が何日間続いているなどが、病名を診断する助けになるのです。

医療者は神様ではありませんから、血液検査や画像検査、そのほか検査に患者の話しを加えて、総合的に分析して、患者に起きている症状を特定し、治す方法を考えていきます。
「これぐらいは話さなくても、医師ならわかるだろう」というのは誤りです。診療に必要かどうかを決めるのは医師です。あなたが話される事実が、今後の治療に必要な材料になるかどうかを決めるのは医師です。あなたではありません。


定点観測している紫陽花です。


咲き誇るよりも、蕾がいい。
初々しい蕾がいい。



雨が降ったときに、この葉を撮りたい。


なんとなく、いい感じ。


上を見たら、いつのまにか可愛い柿の実が。
柿を見たのは今年初めてです。



 明日は日曜日ですが休みます。
 ただ今、週一日記に挑戦中。



2016年6月4日(土) 17:28 紙上がん電話相談から
一昨日、京都府北部を中心に発行されている地方紙に、ホタルが飛び始めたという記事が出ていました。それで、その日の20時半過ぎに家を出て、記事に書かれた場所に行ってみました。事前にグーグル地図で地方紙の記事に書かれていた橋を調べたのですが、それが正式名称ではなくて地元の人がそう呼んでいるだけなのか載っていません。その近くまで行って小川を見つければ何とかなるでしょう。

と思ったのですが甘かった。その付近に小川が見つかりません。昼間なら見つけられたでしょうが、水平方向を照らす車のヘッドライトだけでは難しいようです。
それでもその当たりをうろついていると、点滅している光をふたつ見つけて車を止めました。でも、車を止める場所を探しているうちに、そのホタルがいなくなったのか、光らなくなっていますし、それらしき小川もありません。でも、私が見た今年最初のホタルです。

それにしても、天の川を含めた星空が綺麗です。
さて、夜空を撮るのはどうしたらいいんだっけとおろおろしていると、「もう帰ろうか」と嫁さんがいいます。こうなるのはわかっていたんですよねえ、ひとりで来ればよかった。
そこから10分家から離れる方向に走ればホタルが飛んでいる場所があるのですが、家方向にあるあの場所なら飛んでいるかもしれないと思って、綺麗な夜空写真を途中で諦めて車を出しました。

それで、ひょっとしたらと思った場所を通ったのですが、そこには残念ながらホタルはいませんでした。
しかたがない、また今度ひとりで来るかと思って、片側一車線の道の少し路側が膨らんでいる所でユーターンをすると、あわわわわ、


残念ですが、ホタルではありません。
ここは動物園か、すごい数です。
といっても、上の写真ではわかりませんね。


これならどうですかといったって、マンガじゃないんだから。
でも、無加工の実写写真です。
鹿の目が光っているんです。

車をユーターンさせる中で、車が道路に直角になって、道路わきの畑を照らしたんです。なんと、その中に、10数頭の鹿がいたんです。
でも、カメラは後部座席だし、車は道を塞いでいるし、とりあえず通行の邪魔にならないように車を動かして路側に停めてカメラを持って外に出て、撮ったのが上の写真です。光っているのは鹿の目です。遠すぎてカメラのストロボが届きません。

あわてて、再度車を動かして鹿がいる畑を照らしてみました。
でも、鹿はみんなどこかに行ってしまっていました。

若い人が助手席にいたら、最初に鹿の集団を照らした時に、ワンツースリーの条件反射でパシャとスマホで撮れたかもしれませんね。

その日の収穫は、三脚の損傷ひとつでした。
30年使ってきたカメラ用の三脚です。台所用品のプラスチックと同じように、経年劣化でプラスチックの質が劣化して弱くなるんですね。
その日の教訓。
カメラ外出はひとりで行くもんだ。
時間をせかされたら、ろくなことはない。



ここの窓から見える無人宅の紫陽花です。
私のカメラでそんな望遠は効きませんなら、外に出て撮ってきました。


これは、我が家から100mほど離れたところにある集合住宅の庭に咲いている紫陽花です。フェンスの金網の隙間から撮ったものです。
1週間に一度の日記アップですと、写真は時期外れになりますね。
日本は南北に長いからいいか。





久しぶりに、新聞紙上に載せられた「がん電話相談」を参考に、濾胞性リンパ腫の場合について考えてみましょう。

【産経新聞】 平成28年5月31日記事から
「がん電話相談から」
肺がん脳転移が消失、抗がん剤治療中止は可能?

 Q 60歳の女性です。1年半前、非小細胞肺がんの扁平上皮がん、リンパ節転移がありステージⅢと診断されました。上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異が陽性でした。放射線治療30回と抗がん剤(シスプラチン十ビノレルビン)治療4クールを実施し、CT(コンピューター断層撮影)検査の結果、肺腫瘍が半分に縮小。7ヵ月後に脳転移で再発し、タルセバの内服を開始したところ、現在は脳腫瘍が消失しました。タルセバは続行するように言われましたが、副作用の皮膚障害が強いので、服用を中止、あるいは減量できませんか。最近、話題のオプジーボ(非小細胞肺がん治療に承認された免疫療法薬)はどうですか。また、免疫力を上げるため漢方薬の併用はできますか。

 A 中止すると再燃する可能性もありますし、量を減らせば効果が落ちる可能性もあります。副作用がきつく、どうしても続けられない場合は休薬することもありますが、頑張って継続するのが一般的です。オプジーボは非常によく効く方もいますが、あなたのようにEGFR遺伝子変異が陽性の方には効果が弱いともいわれています。現在効果が出ている薬を続ける方が確実です。また、漢方薬も薬なので肝臓に負担かかる、問質性肺炎を引き起こすなど副作用が出る可能性があります。

 Q 入院中同室だった肺腺がんの方が、抗がん剤も放射線治療も私と全く同じでした。もしかしたら、私も腺がんなのでは?

 A EGFR遺伝子変異陽性のタイプは多くの場合、腺がんです。腺がんか扁平上皮がんかは、生検で採取した細胞の形状を顕微鏡で見て、組織型を決めています。しかし、生検組織で見るのは一部の細胞であり、他の部分には腺がんが含まれていることがあります。組織型にはあまりこだわらず、遺伝子変異の有無、タルセバの効果があることを重要視するほうがよいと思います。

回答には、がん研有明病院の西尾誠人呼吸器内科部長があたりました。
カウンセラーによる「がん電話相談」(協力:がん研究会、アフラック=アメリカンファミリー生命保険会社、産経新聞社)は℡03・5531・0110、月~木曜日(祝日は除く)午前11時~午後3時、相談が本欄に掲載されることがあります。


タルセバ:

エルロチニブ(分子標的薬)商品名(製造・販売会社)
•タルセバ(中外製薬)
がん細胞の分裂や増殖を促進する成長因子は、がん細胞の表面にある受容体(EGFR=チロシンキナーゼというタンパク質)と結合することによって、そのはたらきを発揮します。タルセバはこのチロシンキナーゼのはたらきを阻害して、がん細胞の増殖を抑えるシグナル伝達阻害剤です。
上記が記述されているタルセバは、ここをクリック
タルセバの添付文書は、ここをクリックです。


 A 中止すると再燃する可能性もありますし、量を減らせば効果が落ちる可能性もあります。副作用がきつく、どうしても続けられない場合は休薬することもありますが、頑張って継続するのが一般的です。
抗がん剤の副作用は、生命の継続に支障を生じる重厚な副作用から便秘まで様々です。この患者さんは「皮膚障害の副作用が強い」といわれていますが、紙上では「強い」としか書かれていませんので判断が難しいでしょう。
薬の副作用が強い場合、「1.そのまま継続する、2.減量する、3.各投薬間の休止期間を延ばす、5.中止、又は一時休薬する」等があります。
その疾患に対する薬の重要性によっても変わりますし、個々の患者さんによって異なる副作用の内容によっても変わるでしょう。少数ですがリツキサンでも、投薬時の強い副作用で、予定薬量を最後まで投薬できない患者さんがおられます。
手術や放射線の適用にならず、その疾患にはその薬しかない場合には、投薬と投薬の間の休止時間を長くするというのと、投薬する薬量を減らすというのがありますが、その薬の特性や副作用の状態、主治医によっても変わると思います。化学療法で骨髄抑制が深く出すぎる場合は、投薬間の期間を延ばすことで対応できるなら、減量するよりもいい場合があるかもしれませんが、総合的に判断すべきなので主治医が一番よくご存知でしょう。。


オプジーボ:
オブジーボ(ニボルマブ)の添付文書は、ここをクリックです。
非小細胞肺がんに対するオブジーボの奏効率は15%から30%といわれており、「よく効く人」と「ほとんど効かない人」にはっきりと分かれる事が特徴的とされていますが、投薬後しばらく(しばらくの期間はまだ不明)経たないと、効いているか効いていないかわからないのが問題とされています。まだ承認されていませんが、濾胞性リンパ腫での奏効率はもう少し上がると思われます(現状で濾胞性リンパ腫に使われている他の薬よりも低い)が、寛解率や奏効率について公式にアナウンスされたものは現時点ではないと思います。他の薬剤との多剤併用で効果がより高まる可能性が隠れているのではないかという考え方もあるようです。

漢方薬も薬なので肝臓に負担かかる、問質性肺炎を引き起こすなど副作用が出る可能性があります。:
他のがんも同様ですが、リンパ腫で投薬治療を受けているときは、漢方を含む健康食品の摂取は止めたほうがいいでしょう。まれに投薬の副作用を助長する事がありますし、投薬の効果を減じる可能性もあります。どうしても病院での投薬治療と平行して摂取したい場合は必ず事前に主治医に相談しましょう。


生検で採取した細胞の形状を顕微鏡で見て、組織型を決めています。しかし、生検組織で見るのは一部の細胞であり、他の部分には腺がんが含まれていることがあります。:
各種の検査を行った結果リンパ腫である疑いが濃厚だけれども確定できずに、3度も生検をされた患者さんがおられます。3度目の生検でようやく「濾胞性リンパ腫」と確定されたのです。こういう場合の多くは検査ミスや検査技能が未熟というのではなくて確定できるだけの材料が得られなかったというべきでしょう。
上記の問題を解決するために、「手術で傷めることなく取り出された長径3cm以上の細胞」が欲しいと病理医はいわれています。私が指先の病名を確定すべく生検を受けたときは、病変部に直径3ミリの針を刺して、それを吸引して細胞を得る穿刺吸引細胞診でしたが、乳がんも同様の細胞が行われる事があり、前立腺がんはほとんどが何本かの針を刺して行うそれです。リンパ腫の確定診断をするには、それで得られる細胞では不足と聞いています。
リンパ腫も、首回りに出来たしこりと、足の付け根に出来たしこりの両方を生検したら、片一方がホジキン病で、もう一方は濾胞性リンパ腫である可能性はほとんどありませんが、同じ濾胞性リンパ腫でもグレードが違うかもしれませんし、ごく稀には、どちらかが濾胞性で、もう一方がびまん性になる可能性だってあります。基本的には濾胞性リンパ腫とびまん性リンパ腫の治療法は同じですし(治療の目的は変わります)、すべてのしこりを摘出手術して取り出すことのメリットがないとされていますから、現実に生検される手術は1ヶ所とされるのがほとんどです。



昨日と今日は気温が下がりましたが、
30度を超えると、ここにいてもしんどい。

5月の連休でしたか、胸から喉にかけて悪心がして、鼻汁が出てしんどいと書きましたが、まだ続いているものの、鼻汁と痰は少量になってきて、もう治まるかというところまできました。過去の流れもあって心配でしたが、鼻汁が黄色くならなかったのでだいじょう。


明日はこの日記を休みます。
それならもうひとつ。

【産経新聞】 平成28年5月19日記事から

 小児がんの長期生存率向上
 小児がんは過去数十年にわたる治療法の進歩で5年生存率が大きく上がった。米チームが米国内の約3万4千人の小児がん患者を追跡したところ、さらに長期にわたる生存率も向上していることが明らかになった。研究対象は1970年代以降に治療を受け、診断後5年の時点で生存していた白血病などの患者。最長で38年追跡した。その結果、15年以内に何らかの原因で死亡する確率は、70年代前半に治療を受けた患者は12%だったが、90年代に治療を受けた患者では6%に半減していた。がんの特徴によって治療法を変えるなどの工夫が影響したとみられている。



長期生存率が向上したのは、もちろん新薬などの効果もあるでしょうが、感染症管理が進んだ事も大きいでしょう。「治療手順書」があれば、血液内科医じゃなくてもR-CHOPやR-Bの投薬は出来ますが、それと同じように重要なのが副作用管理です。肺がんの新たな分子標的薬であるイレッサが登場して1000人前後の人が、間質性肺炎などで残念な結果になられましたが、それと同じ戦いが日々行われているのが血液内科です。投薬の技術とと同じように、感染症を中心にした副作用管理がリンパ腫の治療には重要なのです。



この10年、「やりたいこと」を順次捨ててきました。
私の背中にある本棚の本も、それに合わせて減っています。

捨てた事を書き連ねても意味がありません。
久しぶりに、そんな中でも出来る事を列記してみよう。
「できること」と、最初から枠に嵌めるよりも、まずは「やりたいこと」が先か。
そんな事を考えると、もうひとつブログが欲しくなるけど、そこまでのパワーはありませんから、メモ帳に書いて、それなりに更新しています。

それをもう少し広げるキーはあれにあるんだけど、
踏み出さないんだよなあ・・・。



2016年6月1日(水) 20:03 65歳年金の受給
6月に入りました
梅雨と紫陽花、ホタルの季節です。



今日は偶数月の月初で銀行に行きましたが、年金の増額はありませんでした。
ガクッ。




5月だったと思いますが4月だかもしれません。
役所から、上の「介護保険被保険者証」を送ってきました。
65歳になるまでに要介護になったら、介護保険の適用にならないのでしょうか?
私は何も知りません。


そういえば5月に車検を受けたとき、軽自動車の代車を借りたのですが、ギヤチェンジのレバーがハンドルについていて、一瞬H型のマニュアル車かと思って、側にいた整備工場の人に聞こうと思ったのですが、「マニュアル車」や「オートマ」という言葉が出てこなくて聞きようがなくパニクリました。
その後、自動車の運転操作が一瞬出来なかったというよりも、認知症じゃないかと落ち込んだ次第です。


65歳からは老齢基礎年金が支給されます。
それと、私の年金口座に、妻が65歳になるまで「加給年金」も支給されます。
私は4月生まれですから本年5月分から支給されるはずですが、事務処理で遅れるのでしょう。私は転職をしましたし、最後は無職で国民年金に加入していましたから3ヶ所から年金の支給を受けます。少額の年金は年に2回の支給ですから、満額の受給は今年の12月からになります。
J*Lさんは年金の月額支給が40万円を超えるとかで問題になりましたが、そこまではいかなくても大企業の高額年金が会社の負担になっているようです。そういう会社に比べると、私は最後の国民年金の時代があった事もあってかなり少ない部類でしょう。




ここでしょっと気分転換です。
シャツの首周りがどうしても黒ずんできますが、そこに酵素入りの洗濯石鹸を軽く刷り込んで、60度前後のお湯に1時間ほど浸けこんでから洗うと落ちやすいとここに書いた事がありますが、もうひとつ。
シャツの首周りは台所の食器洗剤をスポンジに含ませて、それでシャツの首回りで叩くように洗剤を沁み込ませて、その上を軽く歯ブラシでこすってしばらく放置。その後で普通に洗えばよく落ちるそうです。シャツの首周りが黄色くなるのは人の体から出る油分ですから、食器を洗う洗剤には油分を落とすのが仕事なので相性がいいらしいです。



半年余り前に、「私はずっとがんのデパートですわ、わっはっは」といって、私の前で笑われていた80歳を超えた男性が、脳梗塞で旅立たれました。

人は、50歳になると残された人生の方が短いのが普通ですが、それを実感する事はあまりありません。昔なら「人生50年」と謳われた年齢です。ですが、60歳になると様子が変わって、ふとそう感じる事があります。今の私は65歳ですから前期高齢者の仲間入りをしたのですが、それから2ヶ月経って、そうなんだろうなと思うようになってきました。実年齢とは別に「健康寿命」というものがあって、80歳でも90歳でも、身の回りの事は勿論、日々の3食を自分で作られている人もおられますから、高齢でもぴんぴんで人様に迷惑をかけずに生きておられる人がたくさんおられます。でも、65歳を超えると、ふと先が短い事を実感するようになります。

2000年を過ぎて、私が濾胞性リンパ腫の告知を受けてから5年前後経ち、再発を繰り返していた頃、あと2年持てばいいほうか、いいや半年という事もあるかもしれないと思った時があって、だからといってどうすることもなく、それでもりんごの木を植えたいけど苗を買うお金もないのかと自嘲した事を覚えていますが、その時にふと、年金を貰いたいなあと思いました。
もらえなければしかたがないけど、日本人の男性平均寿命は80歳ですから、せめて60歳、あわよくば年金が満額もらえる65歳まで生きたかったなあという気持ちでした。

それでもなんとか60歳の誕生日を過ぎて、年金の一部受給を始めて受けたのが6月1日でしたが、その時は最後に受けた治療から3年半でした。日々、どうせ明日は再発と思っていた時です。それが、最後に受けた治療から4年半ほど過ぎた頃、少し気持ちに変化が起きている事を感じました。背負っていた荷物が軽くなっているのに気が付いたのです。再発の恐さは同じですが、人は都合よく出来ていて、無憎悪無再発の期間がある程度を超えると、再発に怯える気持ちが薄れるんですね。
いくら「あなたはリンパ腫では死なない」といわれても、外に出れば交通事故がありますし、家にいても心臓疾患や脳疾患もありますから、明日の命は何も保障されていません。これは、私だけじゃなくて皆さんも同じでしょう。

12月になれば年金の満額受給を受けられますし、最後の治療を受けてから9年を終えて、10年目に入ります。来年の2月には、濾胞性リンパ腫の告知を受けてから20年を終えます。

 それにしても、よく生きてこられたもんだ。

 何で生かされたのかと神様仏様にお聞きしても答えてはいただけません。
 生かされなかった人こそが、来世に急な使命があったのかもしれません。
 下界にある私達がそれを考えるのは、神様に対する越権行為かもしれません。


私は今日生きていますし、明日も生きているでしょう。少なくとも、今の私がこの病気で急変する事はありません。おそらく、1ヶ月や2ヶ月先にリンパ腫でこの世を去ることはないと思います。「リンパ腫のために生きている」という勘違いから抜け出せる時期、チャンスかもしれません。





先日少し書きましたが、若くて体力があって、憎悪が深くない血液疾患の人に絞って同種移植をしたらどの程度の数字が得られるか。それを実践された病院では断トツの5年生存率だったようです。
それで、ふと思ったのですが、
あまり大きなしこりがない人にリツキサン単剤の投薬をして、それで明らかな腫瘍縮小の効果が確認できた人に絞って微量のTBIを含む自家移植を含む大量化学療法を行ったらどうか。これは相当高い成績を残せるはずです。しかし、その場合は特殊な条件で対象患者を絞り込んだケースですから、「濾胞性リンパ腫に自家移植を含む大量化学療法は良好な成績だった」とはいえないはずです。

だから、ある機関から「良好な治療方法」が発表されたら、それを行った組織と利害関係のない別の組織が条件を絞らずに募った患者集団に同様の治療法を施術し、同等以上の効果を得る追試が重要に成るのです。それが行われるまでは、証拠力が低いと考えた方がいいかもしれません。


先日ここに、「年間で新たにがんの告知を受ける人が100万人」と書きました。恐ろしいほどの数字ですが、それを「がん患者がそれほど増えている」と考えるのは早いようです。各種の検診や早期受診で画像検査を受ける人が増えたので、早期発見される人が増えたと考えた方がいいでしょう。同じ事だといわれるかもしれませんが、その中には、「がんかどうか判断できない」灰色がん患者も相当数含まれているだろうという医師もおられます。だから、がん患者の治癒率は驚くほど上がっているといえますし、それなのに何故がんによる死者数に大きな変化がないのかという疑問の声も上がっています。新聞の訃報欄を見ていると、「肺炎」とか「敗血症」、「呼吸不全」などが出てきますが、その人が末期のがん患者で、死亡原因が「がん」になっていない可能性もありますから、「統計的な数字」の根拠から疑ってみる事も必要です。これほど医療が発達し、がんの早期発見も出来るようになってきたのに、がんによる死亡者数が減っていないという医師もおられます。



体力と思考力が低下していますが、
さて、これからの10年で何をしましょうか。

でも、私の場合は本気にならないほうがいい。
本気でやり始めると、いつもその直後に再発してきたのです。



まずは、12月まで交通事故を起こさないように。
ここまできたら、せめて一度は年金の満額受給を受けてみたい。



以下について、私にわかる範囲で別のページに書いています。
このページの右列(→)にも同様のリンクを記していますので、
興味があればご一読下さい。
もう少し手を加えたいのですが、力不足もあります。

          過去日記
          私の治療歴
          語録
          濾胞性リンパ腫患者さんのブログ
            ■患者さんブログMAC用リンク
          〃ご家族のブログ
          S.Kの検査画像(PET・CT)
          血液疾患患者会
          血液疾患医療セミナー
          濾胞性と告知された人に

15年01月21日 リンパ腫は,がんと闘いなさい
14年05月14日 私にできた各種のしこり
15年09月14日 リンパ腫の鑑別診断と病理
15年09月21日 濾胞性リンパ腫の国内患者数
15年01月28日 濾胞性リンパ腫生存率と余命
15年08月29日 濾胞性リンパ種診療ガイドライン
15年09月14日 濾胞性リンパ腫の予後は20年
15年08月29日 予後因子と治療開始基準
15年10月03日 無再発時の受診間隔
15年10月11日 濾胞性は年単位で進むのか
14年05月11日 濾胞性リンパ腫進行と治療
14年09月14日 濾胞性と生きる(資料)
15年03月08日 私が受けたCHOPの骨髄抑制
14年04月19日 濾胞性の転化と瀰漫性
15年10月04日 治療で思うこといろいろ
15年01月16日 これって、私だけかなあ
14年12月21日 治験の現状
14年12月21日 治験の現状と新薬動向
15年06年27日 ゲノムと抗体
15年08月02日 オブジーボの可能性
14年05月02日 濾胞性患者のネット検索キーワード
15年09月27日 主治医を信頼するとは、
15年06月27日 全国の病院(2010現在)
15年01月22日 京都府の病院(2010現在)


以下は、濾胞性リンパ腫の人がネットで検索されたキーワードの上位など、強い興味をお持ちの事柄です。

濾胞性リンパ腫 原因
濾胞性リンパ腫 症状・痛み、しこりの形(場所)
濾胞性リンパ腫 Bcl-2,病理、転化
濾胞性リンパ腫 sIL-2R,LDH,CRP
濾胞性リンパ腫 grade・グレード
濾胞性リンパ腫 ガイドライン
濾胞性リンパ腫 治療・最新治療、新薬
濾胞性リンパ腫 CHOP時の飲食・ベンダムスチン、ジェムザール
濾胞性リンパ腫 予後・生存率、余命
濾胞性リンパ腫 再発、再発までの期間、経過観察
濾胞性リンパ腫 完治
濾胞性リンパ腫 闘病記
濾胞性リンパ腫 掲示板



2016年6月日記に使ったリンク集
以下は私のための色見本です。
家族
体調
ニュース

引用


2016年6月 6月の体調
この1ヶ月に感じた主な体調変化を書いておきます。

30日 (4月)右腕の内側の近接した2ヶ所と左手の甲に1cm径の赤斑ができた
    6月1日現在、どこだかわからなくなりました。
01日 (4月)家財道具の上げ下ろしが続いたので腰が痛い
    6月1日現在、リフォーム前の状態まで戻りました。
--------------------------------
10日 (5月)鼻汁と痰、胸の悪心は今日がピークか
05日 (6月)鼻汁と痰はまだ続いているものの微量になって、
    もう悪心は治まっています。


                              
        
    今が底だから、

                                
              明日はきっといい日になる        
         

                          


                                         






2016年4月4日(月) 21:02 血液内科の受診
3月の25日に採血だけ受けにいって、
今日は血液内科の受診を受けてきました。

我が家を出てから下道で2時間あまり、国道沿いの桜はほぼ満開でした。
でも、「帰りにここで車を止めて写真を」と思うような場所はありませんでした。
曇り空だったからかもしれません。
やはり桜の淡いピンクは青い空のバックに映えます。
まあ、心の中は桜や受診どころではなかったけど。



3月25日に採血した検査結果は以下の通りです。
これで体の変調がなければ、また半年間の執行猶予です。

2013年 2014年 2015年 2016
          8月26日 2月24日 9月1日 3月2日 9月28日 3月25日
最高血圧 160 ? ? 142 129
最低血圧 88 ? ? 75 72
脈拍 ? ? 60 60
01抹消血液一般検査
02白血球数    7330 8460 5780 7380 7160 6640
 リンパ球数    1701 1049
 好中球数 4471 5060
03赤血球数    446 471 452 462 442 466
04血色素量(Hb) 14.3 15.0 14.6 14.7 14.2 14.4
05ヘマトクリット 42.4 44.8 43.4 43.9 44.5 43.9
06MCV     95.1 95.1 96.0 95.0 93.9 94.2
07MCH     32.1 31.8 32.3 31.8 32.1 30.9
08MCHC    33.7 33.5 33.6 33.5 34.2 32.8
09RDW-CV     14.2H 14.0 14.3H 13.8 14.1H 13.7
10血小板数 12.6L 14.6L 12.2L 13.8L 13.6L 15.2
11網状赤血球数
12抹消血液像
13骨髄芽球
14前骨髄球
15骨髄球
16後骨髄球
17好中球    61.0 76.2H
18桿状核球  
19分葉核球    77.0H 71.0H 69.0H 70.0H
20好酸球     8.3H 4.0 3.0 1.0 3.0 1.2
21好塩基球    0.3 1.0 0.9
22単球      7.2 5.0 9.0 8.0 8.0 5.9
23リンパ球    23.2 14.0L 16.0L 22.0L 19.0L 15.8L
24異型リンパ球
カウント
25未熟リンパ球
26未熟単球
27その外の細胞
28赤芽球  
29総蛋白    
30アルブミン 4.4 4.4 4.3 4.1 4.1
31A/G比
32総ビリルビン 0.4 0.4 0.3 0.4
33直接ビリルビン
34間接ビリルビン
35ALP     192 195 199 184 208 189
ALT     23 25 11 19 23 11
36GOT
37GPT
38LDH 214 179 159 163 161 157
39コリンエステラーゼ
40LAP   
40LAT   
41γ-GTP
42血清アミラーゼ 48 56 62 54 49
43尿素窒素
44クレアチニン 0.8 0.8 0.7 0.7 0.82 0.73
45尿酸 5.1 5.8 6.2 5.0
46ナトリウム 145 143 141
47カリウム 4.2 4.1 4.5 4.7 4.2 4.0
48クロール 107 107 104
カルシウム 9.2 9.6 9.5
eGFR >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0
CK 70 53L 53L 60 52L 45L
血糖(血清) 89 87 86 94 119H 109
49総コレステロール 226H 207 214
50中性脂肪 202H 187H
 HDLコレストロール
 LDLコレステロール
 LDL/HDL比
51CRP 0.1 0.1 0.3 <0.1 0.03 0.09
52乳び
53溶血
54黄疸
 CEA
55可溶性IL2レセプター 342 216 311 241 210 348
 PSA 0.28 0.37 0.39
56網状赤血球色素等量
57幼弱血小板比率
37尿定性
38外観 麦藁色
39混濁 透明
40比重 1.016
41PH .5.5
42蛋白(定性) (-)
43蛋白(半定量) 0
44糖(定性) (-)
45糖分(半定量) 0
46ウロビリノーゲン(定性) Normal
47ウロビリノーゲン(半定量) 0.2
48ビリルビン(定性) (-)
49ビリルビン(半定量) 0.0
50ケトン体定性 (-)
51潜血(定性) (-)
52潜血(半定量) 0.06
53尿沈渣(機械値) ---
54赤血球 1-4/HPF
55赤血球(ME) 15.8
56白血球 <1/HPF
57白血球(ME) 3.5
58上皮細胞 <1/HPF
52潜血(半定量) 0.06
59上皮(ME) 1.9
60硝子円柱 (-)
61硝子(ME) 0.00
63細菌 (-)
63細菌(ME) 6.8
64赤血球形態 ---
65異常円柱 (-)
66小型上皮 (-)
67酵母用真菌 (-)
68結晶 (-)
69精子 (-)

血小板が、150000を超えたのは、ここ10年で始めてかもしれません。
低位で安定しかけていたsIL-2Rが少し上がりました。
sIL-2R= 342 → 216 → 311 → 241 → 210 → 348
もちろん、この程度の単発的な上昇は許容範囲内です。


2014年2月24日に受けたCTで以下を指摘されています。
私は主治医の異動を受けて、2011年3月18日に今の病院へ転院したのです。今の病院に画像データを持っていかなかったので、今の病院に私の画像データは一切ありませんでした。だからCTを撮ったもので、何かを疑うような所見があったからCTを撮ったものではありません。
 CT検査の所見
  両頸部に7mm前後のリンパ節肥大を認める
(場所が不明で瘢痕として無視)
  他にリンパ節肥大は認められない
  肺気腫が疑われる
(←タバコをやめなさい)
  肝嚢胞腎嚢胞が見られる
  前立腺肥大が認められる
(←このCT以降、PSA検査を追加しました)
  頚椎の後継靭帯骨化症が疑われる
(←腰の痛みはこれからで慢性化?)

過去の血液検査データは、ここをクリックです。
そのページは2段の構成になっていて、上段に、私が受けた主要な治療について書いており、下段に血液検査の時系列的な値や症状などを書いています。



体の現状ですが、

左顔面の痙攣は少し軽減したものの、今も続いています。
2013年の12月4月7月に腰痛を起こし、今は治まっていますが仰向けになって上半身を起こす腹筋が、腰が痛くて1回も出来ません。ビニールボール2個をビニールテープで括って、それを寝る時に腰の後ろの平らな部分に横向けにして2分間敷いています。2015年の8月から初めました。それで効果が出ているのでしょうか、腰の痛みが酷くならずに落ち着いています。ビニールボール当て治療は、偶然見ていたテレビで、整形の医師がいわれたものです。磯の時に医師が推奨したのは硬式のテニスボールのようです。
今も正座をするとすぐに足先が攣りますし、畳の上に寝ていると、1時間ほどで足先が攣ります。
順次抜歯して、今は上の歯は1本残っているだけで下は8本残っています。その中には2本、自然脱落予備軍があります。上下入れ歯です。歯肉炎を繰り返しています。数日前まで続いた歯肉炎はロキソニン3錠の内服で治まりつつありますが、酒を飲まずに痛んだのは今回が初めてです。
足裏の魚の目と水虫、背中2ヶ所の粉瘤は2015年の12月に摘出手術を受けて、1ヶ所は綺麗になりつつありますが、もう1ヶ所は炎症気味です。
5年ほど前だったでしょうか、ボーエン病の術後に
右下腹部に2ヶ所と、左足付け根の裏側と左脇の下後ろ、腰の背骨部に1ヶ所、合計5ヶ所に大きなイボ(皮膚科医確認済)が順次できたのですが、その後は増えずに落ちついています。
左手薬指に発症したボーエン病の予後は今も良好です。
2015年12月で4年半になるので、それが最後の術後経過観察受診になって、それ以後は問題が起きた時に受診することになりました。
昨年の梅雨前から、便秘と下痢が交代で続いています。ちょっと恐い。
2013年のクリニック受診で身長を測ったら166.5cm、168.5cmあった身長が縮んで老化です。
頭上の脱毛は順調に進んでいます。右側頭部に白髪の密集地が出来ています。
(↑初回治療を受けた後にヅラを買ったので、そろそろそれを付けようか?)
白髪は、局部はもちろん髭や手の産毛、眉毛、顎鬚にも進んでいます。
血圧が高くなったので、2013年4月から近くのクリニックで降圧剤をもらって飲んでします。(↑朝アムロジピン2.5mg、2日に一度、ビソブロロール2.5mgを内服しています)
老化現象のひとつでしょうか、大小の排せつ処理を待ちにくい事が増えています。遠出した場合は、コンビニがあるので助かります。

検査数値は、変化の流れ、上か下か変わらずかの方向性を見るものだと思います。それと、変化がいち方向に向かっているときには、その絶対値ですね。原因は不明ですが、どんな検査でも単発的に上がったり下がったりする事があるので、複数回の検査で、その変化の方向性を見る事が重要です。単発的に大きく上がった場合は、次回の検査を早めて結果を見る事も考えた方がいいでしょう。
sIL-2Rは、リンパ腫患者によって高値安定とか、リンパ腫の病気が進んでも変化しない人とかおられますが、私の場合はしこりの増大するのと同じか、それよりも早くsIL-2r数値の上昇が見られます。良し悪しは別にして、再発を繰り返せば、経験的に再発とsIL-2Rの関係をつかみやすいでしょうが、再発を繰り返す事は余りお勧めできません。



上記検査結果と、以下の記述は、あくまでもS.K個人の場合です。
検査結果の内容は、治療で効果が出ているときと、長く治療をせずにいて、再発の方向にあるときでも変化の方向や数値が違いますし、数値とリンパ腫の相関関係が変わることもあります。しこりの出る場所も、再発によって変わることがあります(最初に出るのが首周りからだったのに、再発では足の付け根が最初だった等です)、リンパ腫の進行とLDHやsIL-2Rの変化、比例性は人様々です。
あなたと私が、お互いにこの病気になっていなかった健康なときでも、あなたと私の血液検査結果は個人差がありますから違います。健康に問題がなかっても、個人差の範囲内で標準範囲から若干逸脱することもあるでしょうが、それでも問題がないときもあります。濾胞性リンパ腫の病気になってからでも検査数値の絶対値や変化には個人差があります。

同じ濾胞性のリンパ腫でも、私が受けて良好な結果が得られた治療方法が、あなたにも良好な効果が得られる保障はありません。その逆の場合もあるから各種治療法の選択は難しいのです。

濾胞性リンパ腫の初回治療はR-CHOPが一番多いでしょうし、最初の再発ではR-Bの治療を受けられる人が多いでしょうが、最再発以降や、R-CHOPやR-Bが効かなかった時の治療法は千差万別だと思います。


 
私が受けたそれぞれの治療には
 二次発がんの危険性や骨髄抑制の深さなど、
 致命的な副作用の恐さがありますので、
 参考にされる場合は主治医とよく相談される必要があります。


sIL-2Rひとつとっても、濾胞性のリンパ腫が相当進行しているときでさえ200前後で、さほど上昇しない人がおられますし、長く寛解にあるときでも500を下がらない人もおられます。私の場合ですが、一定期間寛解が続いたあとで再発方向にあるときはsIL-2Rがほぼ上昇してきます。しかし、治療を始めた後のsIL-2Rの値は、病状の変化を反映したものとはいえない変化をすることが幾度かありました。リンパ腫がその時の治療でコントロールできていないのに、siL-2Rが下がる等です。
どうかあなたも、あなたご自身の検査数値変化の特性、方向性を知られますように。

ホジキン病や瀰漫性リンパ腫の人は治癒を目的に治療が進められますから、検査数値の結果に対する治療行動や考え方が濾胞性リンパ腫とは異なると思います。濾胞性では今も「経過観察」という治療法がありますが、ホジキンや瀰漫
性には基本的に「経過観察」という治療法はありません。同じリンパ腫でも違うのです。

 毎年再発してきた濾胞性リンパ腫の人の寛解が長く続いた場合、
 主治医は、まずは5年だといいました。
 治癒に繋がる可能性についてです。
 (それでも、「濾胞性リンパ腫に治癒はありません」と言い張る医師もいますが)

 ここでそれ以上書くと次の検査で裏切られそうに思うので書きません。
 それでも書きたいことがあって、うずうずしますが・・・、

 
 前回の受診で今の主治医は、
 濾胞性リンパ腫は、
 「長く再発しない人でも6年目や7年目の再発が多い」といわれました。
 「10年を超えて再発する人は少なくなるが、
 それ以後の再発では再度の生検をしっかりしないと、
 10年後の再発か、濾胞性リンパ腫の新たな発症かの見分けは難しい」
 といいながら、
 「まあ再発か、新たに出来たリンパ腫かは調べたらわかりますけどね」
 とも。

どうなんでしょうね。
変わっても瀰漫性で、濾胞性リンパ腫の人がバーキットやホジキンで再発することは、ほぼないから同じことだと思います。
濾胞性と瀰漫性では、治療法で大きく変わることはありません。
治療の目的は変わりますけどね。


医師でも記憶に強弱がありますからね。主治医としてこれまでに診てきた患者に、印象の強い患者と弱い患者があるでしょう。だから、機械的に統計データとして捉えないと、主観的な感覚の世間話になるので、意味がないかもしれません。



私の場合、
1988年~1992年 そのころ、首にしこりが出来ているのに気付きました。
1992年~1994年 会社の健康診断で医師に、首に出来ているしこりのことを話しました。
1997年02月01日 1月24日に首の左側にあるしこりを摘出手術し、
            2月1日に濾胞性リンパ腫と告知を受けました。
            
この時からの日記をこのホームページに書いています。
1997年04月22日 濾胞性リンパ腫で入院して、初めての治療を受けました。
           治療をCHOPで初めて、自家移植を含む大量化学療法まで。
2002年05月22日 このホームページをスタートしました。
           1997年1月からの日記をここに転記しました。
2007年12月14日 ラステットの内服治療を終えました。(最後の治療です)
2010年07月26日 皮膚の前駆がんであるボーエン病の手術を受けました。

初回治療以後、4度の再発で治療を繰り返してきましたが、2007年12月以後は2016年4月4日現在治療を受けていません。(8年と4ヶ月)


2016年4月4日現在で私は、
首に出来たリンパ腫のしこりに気付いてから23年から25年、
告知を受けてから4度の再発と治療を受ける中で19年2ヶ月あまりが経ち、
最後に受けた治療から8年4ケ月近くになります。


次回の受診予定は、
2016年の9月に血液内科の採血で、その1週間後に受診です。
2011年の9月から、2ヶ月に一度クリニックで血圧管理を受けています。
2015年4月に歯科の治療を受けました。
 歯肉炎の治療を受けて上の歯を2本抜歯して、入れ歯を新しくしました。
 その後も歯肉炎で苦しんだりしていますが、内科の薬で凌いできました。

ボーエン病は、2015年12月で術後4年半経過したので、医師指定の経過観察受診は終了しました。今後は、何かあれば私から予約外で受診を希望する事になります。




今日の受診時に主治医が、
「もう、これからは・・・、」
といいかけて、
「やっぱ、次回の受診も半年後にしますか、」
と言い換えられました。
確認しても意味がないので敢えて確認しませんでしたが、
「何かあった時に来る事にしますか?」
といいかけられたのかもしれません。


恐かった、
「7年や8年で・・・」
という期間が過ぎました。
逃れられたのなら幸いです。
再発じゃないですよ、他にも恐い事があります。


あと10ヶ月で、告知から20年です。
ネタ切れの中、私はその日までこの日記を続けられるでしょうか。



この10年における、濾胞性リンパ腫に使える新薬の承認は以下です。
2015年10月5日現在

ジェムザール注射用200mg/ジェムザール注射用1g
代謝拮抗性抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の悪性リンパ腫
GDP療法に使われる薬のひとつです。
2013年2月

トレアキシン
ベンダムスチン塩酸塩
再発又は難治性の下記疾患
低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2010年12月

ゼヴァリン イットリウム
CD20陽性の再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2008年6月

フルダラ静注用50mg
抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月+α(錠剤に遅れて追加承認)

フルダラ錠
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月

ロイスタチン注8mg
クラドリビン注射液
再発・再燃又は治療抵抗性の低悪性度又はろ胞性B細胞性非ホジキンリンパ腫、マントル細胞リンパ腫
2002年12月

リツキサン
CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫
2001年9月


あと数年経たずして、濾胞性リンパ腫で、
 新薬のブレークスルーが起きそうな気がするのですが、

 どうでしょうか。

残念ですが、その段階でも濾胞性リンパ腫患者の全員が治癒するというのは難しいでしょうが、複数種類の新たな分子標的薬が認可されるという意味です。新しい薬で「効く人には素晴らしく良く効く」という薬は見え隠れしていますが、「そのメリットが得られるのは一部の人」というのもまた分子標的薬の特徴のようです。その新薬と既存の化学療法の併用で治療効果が上がるという道もあるでしょう。その当たりは、リツキサンの特徴と同じかもしれません。





Only one day (1日だけ、履歴に残さない当日日記)
この日記では記述に色分けをしています。
通常の日記は紺色で書いています。

持病で私の事を書くときは紫色で書いています。(20070701から)
持病で一般的なことを書くときはの色で書いています。
まれにですが、最重要個所では赤字を使っています。
8月9日からしばらく、母の病気や家族への伝言はこの色で書いていきます。
株式のNET売買について書くと
きはこの色です。

※ 注意
これから私のメイルアドレスを以下とします。

sabcdek-ybb.ne.jp
上の-(ハイフォン)を@(アットマークに変えてください)。
それが今後は、この持病関連で使う私のメイルアドレスです。
詳細な理由は、このホームページのアドレス変更と共に3月28日の日記に書いています

このホームページの正規のアドレスは以下です。

http://www.geocities.jp/nagalelumamani/
それ以外のアドレスだと正常に動作しない部分もあります。

ここに私が書いていることで、治療に関することは、あくまでもリンパ腫の患者である私個人の場合です。ホジキン病や、非ホジキンでも濾胞性や瀰漫性の違いだけでなく個々の患者さんによる違いが大きなものだと聞いています。読んでいただいて思われることがありましたら、主治医の先生に相談されることをお勧めします



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15年01月21日
 リンパ腫は,がんと闘いなさい
14年05月14日
 私にできた各種のしこり
15年09月14日
 リンパ腫の鑑別診断と病理
15年09月21日
 濾胞性リンパ腫の国内患者数
15年01月28日
 濾胞性リンパ腫生存率と余命
15年08月29日
 濾胞性リンパ種診療ガイドライン
15年09月14日
 濾胞性リンパ腫の予後は20年
15年08月29日
 予後因子と治療開始基準
15年10月03日
 無再発時の受診間隔
15年10月11日
 濾胞性は年単位で進むのか
14年05月11日
 濾胞性リンパ腫進行と治療
14年09月14日
 濾胞性と生きる(資料)
15年03月08日
 私が受けたCHOPの骨髄抑制
14年04月19日
 濾胞性の転化と瀰漫性
15年10月04日
 治療で思うこといろいろ
15年01月16日
 これって、私だけかなあ
14年12月21日
 治験の現状
14年12月21日
 治験の現状と新薬動向
15年06年27日
 ゲノムと抗体
15年08月02日
 オブジーボの可能性
14年05月02日
 濾胞性患者のネット検索キーワード
15年09月27日
 主治医を信頼するとは、
15年06月27日
 全国の病院(2010現在)
15年01月22日
 京都府の病院(2010現在)

プレゼント
”走り出したらゴールを目指す。”
by runner

ありがとう、いつからかいなくなった看護婦さん。
おかげで何もかも捨てかけたゲロゲロ生活から、もう一度の思いが生まれました。
私の苦手な看護婦さんでした。

1997年9月20日リンパ腫を治療する自家末梢血幹細胞移植、大量抗癌剤療法の薬がひどかった。
私、どこに行くんだろう。と、最悪のゲロゲロ生活、その夜生理食塩水のハルトマンが何か汚れている。
恐くなってそっとみてみると、
”走り出したらゴールを目指す。”
とマジックで書いてあった。
涙が止まらなかった。

日々の記憶メモ

2013/03/21桜が咲いた
2012/04/08桜が咲いた
2015/04/27 30度
2012/04/28 30度
2010/06/11 31度
2013/06/13 33度
2011/06/27 35度
2015/07/11 エアコン記念日
2015/08/26 秋一番
2010/09/05 38.3度
2015/09/15 コオロギ音撮り
2006/11/20-11/25紅葉
2008/11/20 起きると雪化粧
2016/01/19 この冬の初雪
2016/01/25 07:11 -6.1度


CHOPは多剤併用療法ですから、その内訳は、
Cyclophosphamide - シクロフォスファミド。商品名:エンドキサン®
750 mg/m2, day 1
Hydroxydaunorubicin - ドキソルビシン、アドリアマイシンの別名。商品名:アドリアシン®
50 mg/m2, day 1
Oncovin®(商品名:オンコビン) - vincristine、ビンクリスチン
1.4 mg/m2, day 1
Prednisone または Prednisolone. - ステロイド(プレドニゾロンなど)
100 mg/body, day 1-5(プレドニゾン、プレドニゾロンの場合の用量)
原則的には21日で1サイクルである。

CHOP療法の実際[編集]CYはシクロホスファミド(エンドキサン®)、DXRはドキソルビシン(アドリアシン®)、VCRはビンクリスチン(オンコビン®)、PSLはプレドニゾロンである。化学療法では骨髄抑制、嘔気、脱毛は必発なのだが、特にCHOPで重要な副作用としてはCY(エンドキサン)の出血性膀胱炎やSIADH、VCR(オンコビン)の便秘、腸閉塞、末梢神経障害、DXR(アドリアシン®)の心筋障害である。DXR投与中は100mg/m2ごとに心電図、200mg/m2ごとに心エコーを実施し心毒性をチェックする。投与方法としては、CY(エンドキサン®)は生理食塩水500mlに溶解し2~3時間かけて点滴静注する。DXR(アドリアシン®)は生理食塩水100mlに溶解し約30分で点滴静注する。VCRは生理食塩水20mlに溶解し、側管からゆっくりと静注する。 点滴とプランとしては以下に一例を示す。

1.カイトリルバック 100ml 30min
2.オンコビンXmg 生理食塩水20ml iv
3.アドリアシン Xmg 生理食塩水100ml 30min
4.エンドキサン Xmg 生理食塩水 500ml 2hour
5.ソルデム3A 500ml メイロン 20ml プリンペラン 1A 2.5hour
6.ソルデム3A 500ml メイロン 20ml プリンペラン 1A 2.5hour
7.体重増加でラシックス10mg 生理食塩水50ml 15min
腫瘍融解症候群予防で食事可能でも5,6,7は翌日、翌々日も輸液、利尿を継続することもある。ただし、CHOP療法も、後述するR-CHOP療法も外来での治療が可能な化学療法である。翌日の輸液はなどは外来治療では行うことはできない。必要性がある場合は入院にて治療ということになる。