濾胞性リンパ腫 「S.Kの流れるままに」
Dr.Dr.Scheef
 
”あなたはこの病気では死なない。”
と、Dr.Dr.Scheefは私に言った
2000年1月17日。

B細胞濾胞性(ろほうせい:中細胞型)
低悪性度リンパ腫患者
S.K




以下の日記に飛ばれたら、

目的の日付にスクロールして下さい。


2017年1月 ルーツを仮終了まで進める21
 21 健康食品と健康法は効くのか
 15 投げられない雪
 14 
濾胞性リンパ腫10年の呪い
 07 
リンパ腫治療の変遷
 06 
子供達の帰省
 01 新年のご挨拶
  2016年10月7日
血液内科の受診

2016年12月 ルーツを仮終了まで進める20
 30 年末のご挨拶
 18 日記更新頻度の変更
 17 
顎下に新たなしこり
 11 
昨日の続き
 10 
リンパ腫の種類も治療も遺伝し次第
 01 
病院を探す
  2016年10月7日
血液内科の受診


2016年11月 ルーツを仮終了まで進める19
 26 がんの最新治療
 19 
私の血圧変動
 15 
ホジキン病にオプジーボが適応拡大
 06 
健康診断の一般論
 03 
週刊誌の新聞広告
 01 老いと青春
  2016年10月7日
血液内科の受診


2016年10月 ルーツを仮終了まで進める18
 30 トレアキシン
 30 
小椋先生の濾胞性リンパ腫治療戦略
 30 
重い病気の転院
 29 
瀬戸内訪問
 21 
濾胞性リンパ腫の概要説明
 16 雲海の竹田城跡
 15 
濾胞性リンパ腫の確定
 10 
昨日の孫娘
 07 
血液内科の受診2
 03 
血液内科の受診1
 01 
無事に夏を乗り切った
  2016年4月4日
血液内科の受診


2016年9月 ルーツを仮終了まで進める17
 29 オプジーボ
 26 
血液内科の採血
 24 
医療者に聞きたい事
 19 
孫娘の人見知り
 17 
がん検診は健康な人が対象
 10 
濾胞性リンパ腫治療の現状
 03 
PETとCTと生検
 01 コオロギの鳴き声を効いた
  2016年4月4日
血液内科の受診


2016年8月 ルーツを仮終了まで進める16
 27 粉瘤の悪化
 26 
しこりが消えた
 21 
オリンピックの時に何してた
 20 近隣ドライブ 大江山
 13 
「経過観察」は有効か
 11 
オプジーボの多面性
 08 
墓でアイスクリームを食べる
 06 
血圧に関する考え方
 03 
お願い
 01 
血液疾患を学ぼう
  2016年4月4日
血液内科の受診


2016年7月 ルーツを仮終了まで進める15
 30 薬の指定投与量
 22 
京都のリンパ腫セミナー
 18 
C型B型肝炎ウィルス
 16 
濾胞性リンパ腫の標準治療
 09 
リツキサンの単剤治療
 09 
蓄積型慢性熱中症にご注意
 03 
がん予防にコーヒー
  2016年4月4日
血液内科の受診


2016年6月 ルーツを仮終了まで進める14
 25 パソコンが壊れた
 19 
今も、さわれない
 12 
CTが変わっている
 11 
治療前の不安
 04 
紙上がん電話相談から
 01 65歳年金の受給
  2016年4月4日
血液内科の受診


2016年5月 ルーツを仮終了まで進める13
 28 新薬の価格が下がる期待
 22 
リンパ腫で、薬の効き方が変わる
 22 
濾胞性リンパ腫自家移植と同種移植
 15 
あなたもリンパ腫を治せる
 14 
風邪でリンパ腫の再発を疑う
 08 
一般化しつつある抗体医薬品
 07 
GWに家族が集う
 07 
紙面からオプジーボの可能性
 01
 
2016年のがん告知者数は100万人超
 01 オプジーボが抱える問題
  2016年4月4日
血液内科の受診


2016年4月 ルーツを仮終了まで進める12
 30 リフォームが終わりました
 30 女性医師の出産と仕事
 24 気を抜いたら事故
 22 
夢にも思わなかった65歳
 22 
CHOP治療の副作用

 17 
ワイル博士の「癒す心、治る力」
 16 
初回R-CHOP治療のいろいろ
 10 
ベンダムスチン初回使用の承認申請
 09 
許される薬価の上限
 04 
血液内科の受診
 03 
すい臓がんとリンパ腫
 01
 
濾胞性リンパ腫患者さんのブログ
 2015年10月5日 血液内科の受診


2016年3月 ルーツを仮終了まで進める11
 28 我が家の蟻地獄
 27
 sIL-2Rと私
 27 
ネクサスのリンパ腫説明小冊子
 27 おかげさま
 26 
リンパ腫説明冊子の難しさ
 21 
我が家のリフォーム
 20 
新たな病気
 13 
告知と奏効率と治療効果の説明
 12 
昨日は転院記念日
 10 
今朝、倒れました。
 06 粗にして野だが卑ではない
 05 
告知を受けた後に変わる心模様
 01
 
医師が答えるリンパ腫のQ&A
 2015年10月5日 血液内科の受診


2016年2月 ルーツを仮終了まで進める10
 27 息子2の引越し
 26 
明日は日記を休みます
 21 
濾胞性リンパ腫予後の様々
 20 
リンパ腫医療セミナーと患者会
 14 
リンパ腫診療ガイドライン
 13 
「肩が痛い」と節外性リンパ腫
 07 
冬場のトイレとお風呂
 06 
リンパ腫といってもいろいろ
 01 今日は濾胞性リンパ腫の告知記念日

 2015年10月5日 血液内科の受診


2016年1月 ルーツを仮終了まで進める9
 31 骨髄バンクの創成期
 29 
輸血のリスク
 22 
つばさニュースレター
 17 
治験情報の検索
 16 
血圧降下剤の内服で死者
 12 
血圧の薬でクリニックへ
 11 
薬が効かなかったとき
 10 情報機器の進歩
 09 
ストレス
 03 
初めて受ける治療の不安
 01 新年のご挨拶

 2015年10月5日 血液内科の受診


1年以上古い日記


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カウンター
2014/06/08 サービスが終了しました
以下は、私の個人的な覚えです。
というよりも、キーワードの埋め込みです。
ということは、
グーグル検索対策で、内容に意味はありません。

悪性リンパ腫(濾胞性リンパ腫を含む)は、血液のがんです。リンパ腫になる原因は不明ですが固形がんと同じようにしこり(腫瘍)ができます。初期では症状が出ないことが多いので、検査をして告知を受けるときは、3期や4期が多いです。リンパ腫は、基本的にリンパ腫細胞がリンパ系を通って全身に回りやすい全身病です。リンパ腫によるなんらかの症状が出始めてから病院で受診し、診察を受けてからや、他の病気の疑いがあって検査を受けたり、人間ドックで要精検の判定を受けて病院で検査を進め、しこりを手術で摘出して、病理検査でリンパ腫と診断され、患者はリンパ腫の宣告(告知)を受ける事になります。病理検査では、多種あるリンパ腫の中でどの種類なのかが特定されますが、濾胞性リンパ腫の場合はグレード(grade)も調べられます。リンパ腫と確定されれば、診療科は血液内科で、そこを受診し治療を受ける事になります。

治療は、1期や2期の一部で放射線療法が用いられる事もありますが、多くは複数の薬剤を使った多剤併用による化学療法(抗がん剤)治療です。

濾胞性リンパ腫の初回治療では、リツキサンを含むR-CHOP療法が長く使われてきましたが、2016年の12月に、ベンダムスチンが初回治療で使えるようになりました。ベンダムスチンは東ドイツで長く使われてきた薬で新薬ではないのですが、R-CHOPとほぼ同等の効果がありながら脱毛などの副作用が少ないために、今後は初回治療の第一選択肢になっていくでしょう。リツキサンの登場以降は生存率が延長したといわれていますが、生存率を確定するためには長期間の追跡調査が必要なために、信頼できる論文はまだ発表されていないようです。治療予後は、無憎悪期間と生存率が比例するとは断定できないために確定するのが難しいのです。治療で寛解に進んでも、残念ですが再発する事が多い病気です。新たに、胸腹部内や手で触って確認できる表在しこりができて再発が確認されても、すぐに治療が開始されず、しばらく様子を見る経過観察も選択肢のひとつになります。最初に告知を受けて、経過観察をしている間に、腫瘍が縮小する事や、一部のしこりが完全に消えてしまう事もあります。しかし、残念ですが、そのほとんどは自然治癒や完治ではありません。濾胞性リンパ腫は、年単位で進行する低悪性といわれるものですが、いつまでも年単位で進行するものではありません。しこりがより活動的になれば、シーズン単位はおろか、月単位で進行することもありますから注意が必要です。
血液疾患は、専門的な知識を必要とするために、大学病院の血液内科と同レベルにある総合病院の血液内科での治療が必要になります。治療を進めたり、再発したりした時にはセカンドオピニオンが有効な場合も出てきます。東京の国立がんセンターでもセカンドオピニオンを受け付けていますし、できれば主治医と異なる大学系の医師にセカンドオピニオンを受けた方がいいでしょう。

リンパ腫は、免疫系の細胞ががん化したものです。「免疫力を高める」という事を求めすぎて、免疫系細胞であるリンパ腫細胞を育てたのではどうしようもありません。健康食品で用いられる事が多い「免疫」という単語は誤解を生みやすいので注意が必要です。オブジーボやペプチドのワクチンが、医学でいわれる本来の免疫です。

リンパ腫になる原因はほとんどわかっていません。生活習慣を見直す大幅な生活改善や食事改善が有効という可能性も捨て切れません。同じ病気で、同じような悩みを持っておられる患者の体験談や闘病記が、私達に新たな知識や無用な不安を取り除いてくれることもあります。

                         私の治療暦は、ここをクリックです。
       濾胞性リンパ腫の人のブログへのリンク集は、ここをクリックです。
2017年1月 ルーツを仮終了まで進める21
お願いします。
「濾胞性リンパ腫の井戸端会議」と「濾胞性リンパ腫患者の治療履歴集」の掲示板を作りました。お入りいただきたいのは、濾胞性リンパ腫の患者さんとご家族です。
私のアドレスは sabcdek-ybb.ne.jp です。-を@に変えてメ-ルをお送り下さい。
その掲示板に入るパスワードをメ-ルの返信でお知らせします。
詳細は2010年の3月11日日記をご覧下さい。
2017年1月9日現在180人+4人にご案内済みです
随時更新される100人の治療歴があれば、素晴らしいとお思いになりませんか?
2017年1月21日(土) 15:50 健康食品や各種健康法は効くのか
我が家に入る路地の雪は溶けました。
路地にお住まいの人みんなが除雪に参加されて、2日続いた大雪の後は降っていないので、雪はもう屋根の上に少し残るだけになりました。

私の車ですが、17日に一瞬パニクリました。
昼前に、いつもお世話になっている人が我が家に来られて、19日のイベントに所用で出られないから、私ひとりでやって欲しいといわれたのです。私がやるのはイベントの進行と司会で、使用する会議室の準備などは手伝ってくださる人がおられます。いつもはその人の車に乗せてもらってイベント会場に行くのです。19日はそれができませんから、私の車で行く事になります。

17日の午後に妻が仕事から帰ってきて、嫌な予感がした私は車のエンジンをかけました。案の定かかりません。バッテリーが弱いようです。バッテリーは数年でだめになる消耗品ですが1年半前に交換していますから経年劣化は起きていないと思います。寒冷地仕様のドデカバッテリーじゃないので、最近ほとんど走っていないのが原因だと思っていますが、漏電など他に原因があるんじゃないかと不安です。

妻の車からバッテリーを繋いで始動すると、一発でかかりました。
充電をするために、少し走ってきます。
路地から出る所で、何か車に違和感を感じました。
嘘でしょう、ナビの画面が真っ黒けです。
なのに、FMだと思いますがラジオがなっています。
真っ黒画面のナビで音量を変えようとするのですが、何も変わりません。
20分あまり走って、ユーターンして帰り掛け、暗くなりかけたのでライトをつけると、画面は真っ黒ですが、ナビの両端にあるスイッチが薄っすらと光っています。ナビに電源は入っているようです。
ナビは車の走行性能に関係ないのですが、真っ暗になっているだけで車のすべてが故障したような錯覚に陥ります。今にもエンジンが止まるんじゃないか。嫌だなあ。

明くる日、イベントのある19日の朝、妻が仕事に出る前にエンジンをかけるとかかりました。皆さんの助けで、イベントも無事に終わりました。イベント会場までの行き帰り、車のエンジンは問題なく始動しましたが、ナビは相変わらず真っ黒けで、FMの音楽がなっています。

その活動も3月で終わりにしようと、会長と話しています。


 ふぅう、
 つかれたぁ~・・・、

ほっとしたのか、19日の夜から風邪気味です。
疲れが出たんでしょうか体がだるい、それに19日の夕食の途中から突然右上歯茎が痛くなって、ご飯が食べられなくなってきました。
1週間前に歯茎が膨れた感覚があってから酒は飲んでいません。
2月の1日の記念日には、昼間からここでゆっくり酒でも飲みたいなと思い体調を整え初めているのですが、なんと、2月の1日に京都行きの予定が入ってしまいました。昼から16時前後まで御所に車を止めて、イベントに参加してきます。もうすぐですから、たまには車のエンジンをかけて、バッテリーがあがらないようにしておかないと。
スケジュール帳が真っ白の私なのに、なんでダブルブッキング?
これも疲れた。





■患者にも努力と責任が要求される

 一方で、患者の側にも、それなりの努力と責任が要求されます。自分の病気について理解し、療養生活や治療についても十分の知識を備え、自ら決定することが要求されるのです。アドヒアランスを重視する医療は、患者がより主体的・能動的になることが要求され、患者側にも責任が生じます。同時に医療者の側も、情報提供などやるべき仕事が増え、それに対する責任も生じるのです。

アドヒアランスを高める医療が欧米諸国で普及する中で生まれてきた概念がコンコーダンスです。コンコーダンスは、一般的には一致や調和と訳されます。1996年に、英国の保健省と薬学会でつくられた薬剤パートナーグループ(Medicines Partnership Group)は、コンコーダンスを「病気について十分な知識をもつ患者が病気の管理にパートナーとして参加し、医師と患者が合意に至った治療を協働作業として行うプロセスである」と定義しています。
(中略)
患者側が変えた「治療ガイドライン」
 コンコーダンス医療では、医療者と患者が対等の協働する関係性にあります。医療者が処方を一方的に決定し、それに患者を説得して従わせるのではなく、患者も自分の状況や希望を医療者に説明し、医療者はそれに基づき、いくつかの案を提案するなど、対話と合意が大切にされます。

 はたして、このようなコンコーダンス医療がわが国で可能となるでしょうか。私は楽天的に考えています。青山学院大学の駅伝チームも、原監督の業界の常識を疑うチーム作り、選手の自主性と対話の重視により優勝に導かれました。わが国の医療においても、業界の常識の先にあるのがコンコーダンス医療であり、遠からず(今後10年以内? )徐々に普及し始め、20年後にはそれが当たり前になるだろうと信じています。
(以下、略)
---------------------------------

コンコーダンスの医療という単語は知りませんでしたが、この記事の内容はある意味当たり前のことを書いています。

患者さんが「自分の考え・希望」を伝え、それに対して医療従事者が「治療法」を提示し、治療のメリット・デメリットを理解していただいてから、医師と患者が協力して治療にあたっていく。

なんて・・・当たり前のことを・・・

ただ、その当たり前が難しいから記事になるのでしょう・・・。



上記の引用元は、ここをクリックです。




【産経新聞】
前立腺がん
監視療法中、根治治療すべきか

Q 71歳の男性です。3年前、PSA値7・4で、前立腺生検13本中2本にがんがみつかりました。
監視療法を続けてきましたが、2カ月前の生検で10本中5本が陽性でした。グリーソンスコア6、MRI、骨シンチグラフィーに異常はありません。PSA値は7~10の間で変動しており、一度、12・9がありました。主治医から手術もしくは放射線治療を勧められています。すぐに治療した方がいいのでしょうか。

A 監視療法は、なかなか転移や進行しない低リスクの前立腺がんの患者さんに、PSA、MRI、再生検で
監視を続け、根治の機会を逸することなく不必要な治療を避けることを目的に始まりました。グリーソンスコア6以下、病期T1、PSA値10未満、生検陽性本数2本以下の超低リスクがんでは、若年者でも監視療法が検討されます。あなたの場合、監視療法中に、がんの本数が増えたことで手術や放射線などの根治治療を勧められたのだと思います。厳密な監視療法の候補からは外れますが、グリーソンスコアが6なので、もう少し様子を見ても根治の機会を逸する可能性は低いと思います。PSAは前立腺への物理的な刺激によって数値が上がることもあり、途中で12に上がったのはがんが悪化したわけではないでしょう。

上記文書はネットからの引用です。
引用元は、ここをクリックです。

上記で知りましたが、前立腺がんが確定しても、すぐに治療に入らない「経過観察 =監視療法」があるようです。
それは、手術や放射線治療をすると、どうしてもQOLが下がるからでしょう。



濾胞性リンパ腫の患者に、できる事は限られます。
でも、直接生命の継続に関係する大きな選択を求められる事があります。
それが、「濾胞性リンパ腫の患者にできる事」ともいえます。
それは、
1.いつから治療を始めるか
2.どんな治療を始めるか(薬量や投薬の間隔、治験を含む)
3.何クールの治療を行うか
5.予想した効果が得られない場合、途中で治療方法を変えるかどうか

おそらく、重要なのはそんなところでしょう。
その選択のために、ある程度「濾胞性リンパ腫の概要」を知っておいたほうがいいと思います。知っていないと、上記について何の事かわからない状態になるし、患者の意思を医師に伝えるどころか、伝える希望もない事になってしまいます。
医師とよく話せば、ある程度は患者の意見を尊重していただけます。
アメリカでは重い疾患にかかった患者がその病気の事を何もしたないと、医師にまともな話しさえしてもらえないという現状もあるようです。そりゃあそうですね。医師も話しのしようがなくなります。



濾胞性リンパ腫の治療はほとんどが化学療法です。化学療法では白血球や赤血球、血小板が低下する骨髄抑制を生じますから手洗いの励行、骨髄抑制が深まれば生ものを食べるのは禁止など、患者自身が注意すべき事もあります。
昔は、重い病気を患っている患者は風呂は勿論シャワーも制限されました。しかし、今は自分で体が動かせる状態なら、毎日のシャワーが推奨されています。だからといって、公衆浴場や温泉での入浴は、治療中はすべきでないでしょう。パチンコや映画など、密閉空間で人が集まる場所も感染症を予防するために厳禁です。





それらとは別に、がんを治すための各種健康法や健康食品はどうでしょうか。
私は、それらをこれまでの日記で否定したことはなかったと思います。
否定はしていませんが、推奨もしていません。

頭に10円ハゲができることがあります。
通常の仕事で大きな問題が起きてそうなる事は少ないです。親族の問題や近隣の人を含む環境の問題など、思いもしなかったことで、すぐに解決できない大きな問題が生じた時に10円ハゲができる事が多いようです。
それをみても、心と体がつがっている事がわかります。
ストレスから離れる方法があるのなら、徹底的な住環境の変更も含めて、できるだけ離れた方がいいでしょう。

R(リツキサン)やCHOP(チョップ)は、それぞれを100人濾胞性リンパ腫患者に投与したら、何人が奏効し、何人が寛解したというデータが得られています。しかし、「私はハチミツで濾胞性リンパ腫が治りました」という体験談があっても、統計的なデータは得られていないのです。効果があると装られた健康食品はみんな体験談で統計的なデータが公開されたものは皆無なのです。

 「私は、ハチミツで濾胞性リンパ腫が7年間抑えられています。」

はあ、私はハチミツを飲まないで9年余り再発が抑えられていますが、何か?



 私、気功を受けた事があります。

2000年?に京都の御所前のホテルに泊まった夜、21時から22時半にかけて、同時に3人の人から気功を受けました。

 気功を受けている中で、
 顎の下にあるしこりの形が明らかに変わったのです。

 酢豚のようなしこりが顎の下に埋まっているとしたら、
 片栗粉がなくなって、だらだらとしていたしこりの手触りが、
 ごつごつとした鋭角的な手触りに変わって小さくなったのです。

 もちろん、気功師の人達は、私の体に一切触られていません。
 でも残念、完全にはなくなりませんでした。


その後、偶然の連続で京都は祇園の中にある東洋医療の館(?)にいくことがあり、そこの気功師さんと話す機会がありました。その気功師さんは「気功の効果は間違いなくあります。気功で重い病気が治る事もあります。私は何度かその場に立ち会いました。しかし、残念ですが気功をしても、何の変化も起きない患者さんもおられるんです」といわれました。上は、その気功師さんに「気を入れてもらった」紙です。「気功が効果のある人に、この紙は3ヶ月は有効です」といわれていただきました。もう20年経つけど、今も捨てる理由もないので持ち歩いています。これをいただいてからも、リンパ腫で最後の瞬間に近い位置まで進んだ事もありますから、お守りともいえないけど。

その気功師さんの言葉は正しいと思います。
違う言葉でいうと、「気功(各種の健康食品や健康法)は再現性がないのです」同じ事を同じようにやっても、効く人と効かない人がいる。それは重い病気になった人(がん患者)への化学療法と同じです。でも、医薬品の場合は何%の人に効果があるというデータが得られているのです。健康食品や健康法の場合はそのデータが公開されていないというか、ないのです。あるのは「治ったさん」の体験談だけなのです。医薬品の場合、ときにはブラセボ効果を見るために、医薬品と小麦粉の錠剤を比較試験に使われる事がありますが、健康食品では、そのような試験は行われていません。

その館に、鍼灸医さんがいました。
私の背中に何本かの針を打ちます。
その針師さんが私の背中を見つめながら首をかしげています。
聞くと、その針師さんが打った針は、治療をするためではなくて、私の体に状態を聞くための針だといいます。体の状態によって、背中に赤くなる場所が表れて、その場所によって治療する針を打つ場所が決まっているのだそうです。私のリンパ腫は背中に針を打っても赤くなりませんでしたから、その針師さんが治療する方法がないのです。

ネットで北海道の漢方薬剤師さんが「漢方の、**と***の組み合わせはリンパ腫に聞きます。実際私は***」と書いておられるのを見つけたことがありますが、治療の最中か何かだったので、今はそのホームページアドレスを見つける事ができません。

そんなこんなで、人にいただいた健康食品はそのほとんどを使いました。2000年前後だったと思います。
ふと、

 私は、健康食品の34種類目で、リンパ腫が治りそうな気がする。

とぼんやり思いました。
広義ではコーヒーや緑茶もがん対策の健康食品かもしれませんが、今はお金を出して続けている健康食品はありません。
そして、ぼんやりと私の記憶にあるのは32種類、いいえ、ひょっとしたら丁度34種類を終えた時期かもしれないのです。

もうひとつ健康食品で問題になるのは「量」ですね。飲用量です。例えば、蜂の巣から採取したプロポリスという健康食品がありますが、それを毎日1本飲用し続ける事を想像してください。消化器系が強い炎症を起こすであろうと想像できますが、健康食品についてくる説明書には過大摂取の危険性が書いてありません。

 
気になる健康食品があれば、まずはここでチェックです。

それは、「健康食品」の安全性・有効性情報で
ここをクリックです。
そこには、ほとんどの健康食品が網羅されていますから、気になるときはそこで事前にチェックされますように。


あとは、
という本ですね。

この本は各種健康法のバイブルともいえる古典です。書名がわかっているならアマゾンですね。私はお金がないから本なんて買わないけど、この本は、ある人に差し上げて、今は私の手元にありません。また読んでみたいけど、

その本には健康食品やサブリメントを含めて、各種の健康法がほぼ網羅されているのと、腰椎椎間板を損傷した人でバスケットを楽しんでおられる人の記事等も書かれていたと思います。特定の健康法を推奨されているのではありませんから、「病気」と「健康」の全体像をつかむのにお勧めです。趣旨は同じで、ほとんど改定された新しい本も出ているようです。あなたがサブリメントや健康食品を考えておられるなら、まずはこの本を読まれる事をお勧めします。同じ著者がその後書かれた別の本で、記述を少し変更されているようですが、大きな問題はないでしょう。



 ただし、
 治療中や、治療が終わっていても骨髄抑制が続いている間は
 健康食品は停止されますように。
 (医師が勧める副作用を和らげる漢方薬等は別)

 逆に副作用が強くなったり、思わぬ症状が起きる事もあります。



2017年1月15日(日) 20:51 投げられない雪投げ
大雪警報が解除されて、大雪注意報に変わりました。
でも、ここもじゅうぶん雪国だわ。


この風景を見ると、意味もなく

 マッチ売りの少女

を思い出します。





俳優・滝田栄 母の死を機に仏像を彫る

〈初めて仏像を彫ったのは43歳のとき。その2年前の平成4年に亡くなった母の政(まさ)さんを供養するため、観音菩薩を彫ったのがきっかけだった〉

 母は生まれつき心臓が弱かったのに一生懸命働いて僕たち兄弟を育ててくれて、話すことも本当にしっかりと筋が通っていて、人間の手本のような生き方をした。その母が亡くなったときに、どうすれば感謝の気持ちを伝えることができるのかと思ったんです。「ありがとうございました」と言ってみても、まだ足りない。いろいろ考えているうちに、母が毎朝、仏壇の前で手を合わせていたことを思い出したんです。だから今度は僕の番だと。「母はちょっとわがままですが、とてもいい人ですから、あの世でどうか安らかでいられるように面倒を見てやってください」という気持ちで彫ってみたんですね。

 彫りたいと思っても難しそうだなというブレーキがあったんです。ちょうど「レ・ミゼラブル」の大阪公演のときに知人にプロの仏師を紹介されて、お会いしてみると「鉛筆をナイフで削れれば誰でも彫れます」と教えてくれたんです。それならば僕もできるかなと思って、その場で彫ることを決めると彫刻刀を2、3本貸してくれたんですよ。高さ15センチから20センチくらいの小さな観音菩薩もお借りして、それを見ながら同じ大きさの木を削っていった。公演後にホテルに飛んで帰って机に向かって、寝るのも忘れて4日くらい彫ったらできちゃったんですね。

 彫ったというより、向こうから姿を現してくれたような感じだったんです。すごくうれしかった。家に持って帰って、仏壇に置いて「母をよろしくお願いします」と祈ったら、「分かった」と言ってくれた感じがしたんですよ。本当に、心に聞こえたのね。それで、「ああ、これでいいのかな」と。


上記の引用元は、ここをクリックです。


夜間もう少し降って、今日の朝には40cm前後積もっていたでしょう。

北海道では、ご家庭の除雪を「雪投げ」というのでしょうか、私は力がないので、プラスティックのスコップに少し多めに雪を入れると運ぶのが精一杯で投げられません。力がないのを思い知らされて落ち込む。落ち込んでいても先に進まないので、力がないままに除雪作業を繰り返す。
そのうちに息が切れてしんどくなる。近所の目があるので、スコップに載せる雪の量を減らして、動作もゆっくりにして息を整える。まだ運動量は少なかったのに。心臓というよりも、肺の働きが低下しているんでしょうね。

我が家の前と路地の除雪をして、明日妻が車で仕事に出られるようにしました。
大雪警報が解けたのですが、まだ大雪注意報が出ており、今も積もるか積もらないか微妙な雪が降り続いています。
天気予報だと、明後日を除いてみんな雪マーク。

これで治まればいいけど・・・、

というのは甘いか、
でもとりあえず、今年最初の雪かきを終えました。


北陸や東北、北海道の豪雪地帯の人達は、これが毎日ですからね。
体力が低下している人達は、体を壊すか、雪が降るに任せてほっとくか、
ぎりぎりの暮らしでしょう。

家の中の掃除はしなくても生きられますが、
あまりにも大量の雪だと、除雪をしないと家が潰れます。
うまく、凌がれますように。

何事も過ぎたるは及ばずで、適量がいい。



2017年1月14日(土) 17:48 濾胞性リンパ腫10年の呪い
天気予報の通り、雪になりました。

昨夜、24時過ぎにトイレに行くと、雪が降っているのが見えて、車の上に薄っすら積もっていました。

下は、今日の昼前に撮った写真です。


外に出ていませんが、おそらく15cmあまりでしょう。


昼食を食べてここに戻ると、雪の量が明らかに増えていました。
ここから見ると、30cmはありそうです。
上の写真ではわかりにくいのですが、


同じようにここから別の方向を撮ったのが上の写真で、多いのがわかっていただけるでしょう。これではここも「雪国」です。

 私、雪は好きです。

なんていえば、北陸や東北、北海道から石が飛んできそうですが、京都府や兵庫県の人が住んでいる所で、道路が根雪になる事はほとんどありません。3日もあれば、ほとんどは溶けます。だから雪が好きなんていえるのです。
今夜も降れば、近年での積雪期録を更新しそうですが、そう思うほど降ると、そこをピークにして降るのが弱まるのがいつものパターンです。さて、今回はどうでしょうか。
過ぎたるはなんとかで、適度に降るのがいい。

でも、この上に今夜その倍くらい降れば、冗談じゃないっすよ、安普請の我が家はこけてしまいます。オヨヨ、ふうぅ~。
今もしっかり降っています。





ある人が診察室で医師に、
「濾胞性リンパ腫になったら、何年くらい生きられるのでしょうか?」
と聞かれました。
すると医師は、
「う~ん、10年くらいでしょうかねえ」
と答えられました。
最近の話しです。


私が濾胞性リンパ腫の告知を受けたのは1997年でした。
それから2010年近くまで、一般的に「濾胞性リンパ腫の余命は10年」といわれてきたのです。それで私は、事あるごとに「それはおかしい、『濾胞性リンパ腫患者のの生存は10年』というのは都市伝説で、『濾胞性リンパ腫10年の呪い』ともいうべき誤ったものだ」といい続けてきました。

その後、2010年前になって、ようやく「濾胞性リンパ腫の余命は7年から12年」という記述が増えてきました。その後、「リツキサンの出現で余命は12年」という言葉が見られ、それが最近では「14年」になり、「20年以上生きられる人も多い」という言葉も見受けられるようになって来ました。
でも、「20年以上生きられる人も多い」のに、「余命が14年」というのはおかしいでしょう。

「余命」というのは、「告知を受けられてからの平均生存期間」です。
100人の濾胞性リンパ腫患者さんがおられたとして、告知を受けられた初年度に半数の50人が亡くなられて、残り50人が告知を受けられた20年後に全員亡くなられても、余命は10年ということになります。
一般的にがん患者の余命10年というと、6年目か7年目で亡くなられる人が増え始めて、亡くなられる人が10年でピークになり、生きておられる人が減っていくのもあって、その後は徐々に亡くなられる人の数が減っていく。という形を想像されるでしょう。
しかし、現実は「毎年5人の人が亡くなられて、それが20年続いていく」という方が現実の形に近いのです。実数には異論がある目安です。

私が公表されている生存曲線を元に吟味した仮説は以下です。
1年目から20年目までに、毎年2人が亡くなられる:合計40人
3年目から15年目までに毎年2人が余計に亡くなられる:合計24人
5年目から10年目までに毎年2人が余計になくなられる:合計10人
20年を超えておられる患者さんが26人。
(生存曲線だけを考えると、告知から5年以内の死亡者がもっと多い)

もしも上記が正しいとすれば、医師が患者に「平均余命は10年です」とか、「平均余命は14年です」というのは正しいのでしょうか?
新しい薬で一番濾胞性リンパ腫患者の延命に寄与したとされるのはリツキサンです。日本で濾胞性リンパ腫にリツキサンが使われ始めたのは2001年の秋です。まだ15年余りしか経っていないのです。つまり、2001年にR-CHOPの初回治療を受けられた患者さんの中で、今も生存を続けておられる人が生き続けておられる限り、今も平均生存期間は延び続けているのです。


ある白血病の患者さんが、度重なる治療(化学療法:抗がん剤治療)で白血球が1000を超えなくなりました。再発の兆候はなく臓器も安定していますからできる治療はありません。できる治療がなければ入院を続ける意味はありませんから退院されました。
退院してしばらくは自宅で静養されていました。
体が動かせるのでじっとしていられず、大好きだった釣りに行かれるようになりました。
釣り場を選べば、人と接する事もほとんどありません。
そうしていた後で、がまんできずに大好きだったパチンコに行かれたのです。
1週間続けて行かれた時、風邪をひいたと思い病院に行かれました。
レントゲンを撮った所、肺炎だといわれ、そのまま入院されました。
そして、3日後に亡くなられました。

一番免疫に貢献しているのは白血球の中にある好中球だといわれます。
今の私は白血球が7000前後で、その70%前後が好中球です。
しかし、白血球が2000を切ると、急激に好中球比率が低下するのです。
白血球が1000を切ると、私の場合好中球比率が10%あまりまで低下した事もあります。
ほぼ安心して清潔な生ものを食べられるのに白血球が2500は欲しい所です。
2000前後まで下がっているときは、野菜も湯通しをした方が安心できるでしょう。

しかし、上記白血病の患者さんの死は、白血病の統計にどのように使われるのでしょうか。関連死として処理されるのか、データから省かれるのか、濾胞性リンパ腫で繰り返し治療を受けてこられた患者さんが穏やかな状態を維持されてきて告知から20年を過ぎて、生存率の延長に寄与されてきた中で交通事故で亡くなられたら、統計上どういう扱いを受けられるのでしょうか。その積み重ねで数字は上がったり下がったりしますから、統計上の数値は、「大まかな流れをつかむもの」という意味でしかないのでしょう。

もっと研究が進めば、予後推移の指標に新たな遺伝子変異が入ってくると思いますが、現状では1割おられるとされるBCL-2遺伝子の転移がない人、1割おられるとされるCD20が発現していない人の予後も明らかにされていません。
研究の基本は基礎データの収集からです。
データがなければ、研究なんて進むはずがない。


 
それに関係する事をもう少し、井戸端の掲示板に投稿しました。



2017年1月7日(土) 18:07 リンパ腫治療の変遷
作詞:吉田拓郎
作曲:吉田拓郎
唄 :かまやつひろし


下駄をならして奴がくる 腰に手ぬぐいぶらさげて
学生服にしみこんだ男の臭いがやってくる
アー夢よ よき友よ おまえ今頃どの空の下で
俺とおんなじあの星みつめて何想う

可愛いあの娘に声かけられて 頬をそめてたうぶな奴
語り明かせば下宿屋の おぱさん酒持ってやってくる
アー恋よ よき友よ 俺は今でもこの町に住んで
女房、子供に手を焼きながらも生きている

男らしさと人が言う おまえの顔が目に浮かぶ
力ずくだと言いながら 女郎屋通いを自慢する
アー夢よ よき友よ 時の流れをうらむじゃないぞ
男らしいはやさしいことだと言ってくれ

家庭教師のガラじゃない 金のためだと言いながら
子供相手に人の道 人生などを説く男
アー夢よ よき友よ 便りしたため探してみたけど
暑中見舞が返ってきたのは秋だった

古き時代と人が言う 今も昔と俺は言う
バンカラなどと□走る 古き言葉を悔みつつ
アー友と よき酒を 時を憂いて飲みあかしたい
今も昔もこの酒つげぱ心地よし

学生達が通りゆく あいつ程ではないにしろ
まじめなのさと言いたげに 肩で風切って飛んでゆく
アー友よ よき奴よ 今の暮らしにあきたら二人で
夢をかかえて旅でもしないかあの頃へ



 「俺とおんなじあの星みつめて何想う」

ふと空を見上げて、
「そうか、今あの人もこの空を見上げているかもしれないなあ」
と思うことが1年に2度か3度ありますね。
といっても、私が年に2度か3度ですから、その人が同じように年に2度か3度空を見上げていたって、それが同じときの割合は非常に低いのですが、いいや、確率が低くても世の中の摩訶不思議なんてそんなものでしょう。


 共感

といってもねえ、例えばここに来て下さる人のほとんどが濾胞性リンパ腫の患者さんかそのご家族で、私との接点は同じ濾胞性リンパ腫の患者というだけです。性格も違えば仕事も違うし、経済的に裕福な人もいれば厳しい人もおられる。万人万葉です。同じ病気ですから、話しが合うといえば合いますが、それ以外に共通点は何もありません。強いていうなら、このピラミッド社会の中で数少ない上下を気にしなくてもいい関係でしょうか。どんながん種でも同じですが、患者会は参加者が上下のない同じ線上の人達でしょうね。同じ線上にいる人達の集まりでも、お茶会でいつ、どこで集まるとか決めて広報する人がいないと集会は成立しませんから、やはり世話人さんでしょう。それ以上でも以下でもない世話人さんたちです。そこで学校の部活や会社組織、自治会のように役職が出てくるとおかしなことになってしまいます。先ほどの「共感」から外れてしまうのでしょう。





私が濾胞性リンパ腫の告知を受けたときは46歳で、息子1が14歳、息子2が12歳でした。
いつの日か息子達が結婚して子供が出来、その子供達が大きくなったときに「おじいさんはどんな人だったの?」と子供達に聞く日が来るかもしれません。おそらくその日に私はいないでしょうから、このホームページは、そんな家族に何か残しておきたいと始めたものです。
始めたときは、これほど長くなるとは思っていなかったのです。ですから、長くなるにつれて書く内容が変わってきました。家族にとって、リンパ腫の細かな内容はどうでもいい事ですからね。もうすでに孫もできましたし、「家族に何か残しておきたい」という初期の目的は、家族も私も望んでいません。その後は、目的がはっきりしないのにだらだらと書き続けてきたのが現状です。今も家族の多くはここのアドレスを知りませんが、ここを開設した当初は家族以外に読んでいただく人を必要としていなかったのです。
それがいつか濾胞性リンパ腫について自分のための防備録になり、皆さんにお伝えしたい内容に変わって行ったのです。





私が濾胞性リンパ腫の初回治療を受けたのは1997年でした。1990年代の後半、血液内科の医師の中で「ひょっとしたら、濾胞性リンパ腫は自家移植で完治できるかもしれない」という情報に色めきたった頃です。しかし、2001年に、「濾胞性リンパ腫で初回治療に自家移植を含む大量化学療法を行っても、それが延命に寄与するとの明確な結果は得られていない」という論文が発表されたのです。CHOPを上回る強い治療も模索されてきましたが、やはり明確な生存率の延長は得られず、再度CHOPが初回治療の標準的な治療法として見直されてきたのです。それから20年近く経って、ようやく濾胞性リンパ腫の初回治療がR-B(ベンダムスチン)に変わるのでしょう。
基本的にリンパ腫は全身病ですが、最初の検査で大きな腫瘍がある人や、原発部位が明確な人は、2000年過ぎまでは化学療法の後の仕上げとしてその部位に放射線治療が多く処方されたこともありました。


リツキサンという分子標的薬が、1997年に初めてアメリカで使われ始めました。日本で承認されたのは2001年の秋からです。
これはすごいのです。少数の患者さんですが、リツキサンの単剤だけで寛解する人もおられます。単剤での奏効率が60%前後で、他に「化学療法の効果を強める」という効果も指摘されています。今も、「リツキサンが治療効果のベースを引き上げてきた」といわれる医師がおられますが、リツキサンが効果を発揮するためには最低でもCD20というタンパク質がリンパ腫細胞であるB細胞に発現していることが必要です。しかし、それが発現しているのは濾胞性リンパ腫患者の90%といわれます。まだ理由はわかっていませんが、CD20が発現していてもリツキサンがほとんど効かない人もおられます。わたしもその内のひとりで、過去にCHOPからキードラッグであるアドリアシンを抜いたCOP治療と、その後リツキサンが認可されたのでR-COPの2種の治療を受けたのですが、効果がほぼ同じで限定的だったことから、私にはリツキサンは効かないことを知ったのです。つまり、リツキサンで始まった分子標的薬は、効く人には多大な効果が得られることがあるが、効かない人にはほとんど効かないという特徴を持っているのです。今後の焦点は、何らかの検査で投薬前に効果が予測できるようになるかどうかでしょう。CHOPやベンダムスチンなど、従来型の薬は、多くの濾胞性リンパ腫患者さんに、ある程度の効果が得られることがわかっています。

2002年に、非小細胞肺癌を対象にイレッサという分子標的薬が承認されました。夢の新薬といわれ期待されたのですが効果は限定的で、日本国内だけで1000人前後の人が間質性肺炎などの副作用で亡くなられたといわれます。そのこともあって欧州ではそれ以降しばらく承認が取り消されました。その後、腫瘍細胞のEGFR遺伝子が特殊な型の変異を伴っている場合にイレッサが腫瘍縮小効果を示すことがわかり、その対象者に限定して使用されるようになっています。
「濾胞性リンパ腫でCD20が発現していてもリツキサンが効かない人」も、まだ解明できていないなんらかの理由があるのでしょう。

濾胞性リンパ腫に使える新たな分子標的薬が、それほど遠くない時期に認可され始めるでしょうが、残念ながら万人の患者に効く特効薬とはいえず、「効く人には非常によく効くが、ほとんど効かない人もいる。それは実際に使ってみなければわからない」という状態がしばらくは続くと思われます。よって、濾胞性リンパ腫についての基本的な治療法は今の状態が数年は続くと思われます。多くの濾胞性リンパ腫患者に役立つと思われる新薬で、承認が待たれるのは改良型のリツキサン、新たなCD20抗体でしょう。他の新薬は効くか効かないか丁半博打の状態なので、事前に効果が検査出来る方法が確立されるまで多くは望めないかもしれません。それが、濾胞性リンパ腫治療に当面は大きな変化が起きないであろうという理由です。
しかし、遺伝子解析技術が劇的に進み低価格化が顕著です。コンピュータのAI化が進んでいます。リツキサンが効くとか効かないとかもまだ明らかになっていない遺伝子変異が原因だと思われますので、それらが寄与して近い将来ブレークスルーする可能性が高いと思われます。





私にとって、昨年最大のイベントは65歳になった事で年金の受給を受け始めた事でした。濾胞性リンパ腫の告知を受けて、その病気を調べたり再発したりする中で、

 私は、たぶん年金はもらえないんだろうな。

と思ってきたからです。
年金が受給できる年齢(65歳)まで生きるのは難しいだろうなと思ってきたのです。
60歳で初めて年金の一部受給を受けたときは、こみ上げて来るものがあって、家でひとりここにいた時に涙しました。一日一日の延長ですが、まさかの出来事でしたからね。
それが、昨年は65歳を迎えたのです。





私はヒッキーで、人込みが苦手ですから、今日になってようやく氏神様に新年のご挨拶と感謝の報告に行ってきました。
人付き合いの少ない私ですが、家族がいますし、私の病気を心配してくれている人もいます。直接私に知らせずに、神社仏閣に行って私の事を祈って下さった人がおられるかもしれません。
ある人に聞いたのですが、

 神様は、
 人に感謝されたり、
 願い事で来た人が、
 その後の経過報告や、お礼に来るのが一番嬉しいらしいのです。
 それは神様には、ご自分のお姿が見えないからです。

「何でもお見通しだあ」と叫んだのは仲間由紀恵さんでしたか、
「お願い(感謝)と結果報告」はペアです。
「頼むだけ頼んで、後は知らん顔」というのは、人同士でも嫌われるのに、神様相手なら尚更でしょう。お礼の中に私の住所と名前を織り込んで、実際に神前で小さな声を出してです。
はい、そんなことをする人もいるという話しです。





 ある血液内科のA医師が、
 「私は、濾胞性リンパ腫で10年生きた人を見たことがありません」
 といわれました。

 ある血液内科のB医師は、
 「濾胞性リンパ腫の告知を受けた人で、
  10年を超えて経過観察を続けている人がいます。
  その人は、今の状態があと10年続くかもしれません。
  濾胞性リンパ腫の告知を受けた人で、
  経過観察のまま一生憎悪することなく過ごされた人もおられます」
といわれました。(実話です)

 
私は告知を受けてから20年近く経ちますから、A医師の話しをすでに乗り越えています。でも、本当にA医師は、10年を超える濾胞性リンパ腫患者を見たことがないのかもしれません。その医師が朝家を出る前に家族と喧嘩されて、受診時にそれを思い出してむしゃくしゃして、その鬱憤をはらされただけかもしれません。医師も生身の人です。
A医師が「10年を超える濾胞性リンパ腫患者を見たことがない」というのが事実なら、考えられることがあります。長いこと同じ病院に勤務されていて、濾胞性リンパ腫の患者が非常に少なかった可能性です。


濾胞性リンパ腫患者の危機は、医師の副作用管理の技術力にも影響を受けます。
大きな病院は内科外科ではなくて、血液内科など、もっと細分化された診療科になっています。
その診療科にはそれぞれの学会があって、専門医の資格制度をとっています。学会が一定のスキルがある医師に研修などを課して血液内科の専門医として認定しているのです。その上には、その専門医を指導する指導医がいます。専門医も指導医も、血液内科で患者を診ています。
大学病院がひとつしかない県もあって、地方では病院を選択することが難かしいなどもあるのですが、せめて専門医がふたり以上いる病院を選びたいものです。国は、全国どこの病院でも同じ治療が受けられる、がん医療の均てん化を目指していますが、声を大にしてそれを叫ぶということは、逆にいうと血液内科の治療程度に病院間格差が存在しているということです。それに、当たり前の事ですが、患者は病院の先生を主治医として指名することはできません。外科の医師でも、どんな化学療法でも薬量などを調べて投薬は出来ます。しかし、副作用管理や、治療法の提示が病院や医師によって変わるのです。重大な副作用になると、園医師がこれまでに経験した副作用かどうかで患者の生命の継続が左右される事もあります。入院時には、巡回している看護師さんが患者の変化を読み取れるかどうかも関係します。主治医への報告が必要かどうかの切り分けです。入院患者の変化に一番遭遇しやすいのは看護師さんですから、病棟のレベルも問題になります。

医師も看護師さんも、
患者の病気を治したいから医療者になられたのです。
患者(患者の病気)に寄り添いたいから医療者になられたのです。
でも、長い人生医療者だって思う通りに仕事が出来ないなどいろいろあるでしょう。



2017年1月6日(金) 23:33 子供達の帰省
↑ 雪が降らないと雪景色を見てみたくなる。
降ったら降ったで、外に出るのが不便だし車は滑ったり走れなかったりでいい事は何もないのです。
来週は、週末にかけて雪マークが4日続いています。
少し積もるかもしれません。



 
正月に孫が帰ってきたのですが、写真は無しです。

生まれた日からカメラ目線で、私がカメラを構えると、シャッターを切るまでカメラ目線を続けてくれた息子1娘(私の孫娘)なのですが、昨年の9月、2歳半で我が家に来てくれたた時にカメラを向けると、速攻で下を向いて動かなくなりました。初めての出来事です。よって、今回は一度も写真を撮りませんでした。

息子1家族3人は、1日の15時過ぎに途中で神社1件初詣に行ってそのまま我が家に来て、一泊した明くる日15時過ぎに帰りました。孫娘はずっとハイテンションで気分よく過ごしてくれました。まだ100均風船が外れなしの鉄板遊び道具でした。中に大きな風船があって、それを飛ばしてはパパに「もういっぺん」を繰り返し、パパは堪能していました。
孫娘は我が家に来ると、慣れるまでの10分から30分は固まりきっていたのですが、今回初めて固まることなく最初から素の自分でいました。

息子2家族3人は、1日の昼前に来て、夜には帰ったのですが、孫娘の人見知りが激しくて、パパかママのどちらかが抱いていないと辛抱できない状態でちょっと心配です。家族3人だけで自分の家にいるときは問題なく遊びながら動き回っているとのことです。人に慣れさせようと、ママが親子教室や公園に連れて行っているのですが、うまくいかないようです。

細かい事いうたらいろいろあるけど、
とりあえず、みんな元気でなんとかかんとか、よかったよかった。




しかしねえ、卵形のふたつに割れるプラスチックケース、
中に2cm弱身長の人形が入っているんですが、その人形の名前をママがいえないのに、2歳10ヶ月の孫娘がいえるんです。
私なんか、覚える前から忘れていくのに、何なんでしょうね。
このもの覚えも、頭の良さのひとつだと思うけど、私なんか、その現実に出会うたびに、自己が崩壊していく感じ。

 あの人やんあの人。

これももう飽きました。



2017年1月1日(木) 00:12 新年のご挨拶

 平成29年、2017年、
 新しい年を迎えました。

 皆様に
 今年は、穏やかな年でありますように。





昨年末の30日に、氏神様にお礼と感謝の報告に行ってきました。
人付き合いの少ない私ですが、家族がいますし、私の病気を心配してくれている人もいます。直接私に知らせずに、神社仏閣に行って私の事を祈って下さった人がおられるかもしれません。
ある人に聞いたのですが、

 神様は、
 人に感謝されたり、
 願い事で来た人が、
 その後の経過報告や、お礼に来るのが一番嬉しいらしいのです。
 神様には、ご自分のお姿が見えない事に関係しています。

「何でもお見通しだあ」と叫んだのは仲間由紀恵さんでしたか、
「お願い(感謝)と結果報告」はペアです。
「頼むだけ頼んで、後は知らん顔」というのは、人同士でも嫌われますから、神様相手なら尚更でしょう。私はヒッキーなので人ごみの初詣はしばらくお許しいただいて、参拝者が少なくなってから、ご挨拶(感謝)に行くつもりです。ご挨拶の中に、私の住所と名前を織り込んで、神前で声を出してです。
はい、そんなことをする人もいるという話しです。



神道では、只今、只今を大切にして、楽天的で発展的な生き方というものを重視する。それが自分の魂を輝かせるからだ。そんな時には守護霊、守護神も強く守護する。

たとえばお金でだまされても、たとえば嫁さんが逃げていっても、あるいは離婚しても、事業が失敗しても、会社はつぶれても魂は痛めないんだ、と悠然として頑張る人間には、必ず神様がほほえんでくれる。ところが、一つ失敗すると「だめなんじゃないか」と自信を喪失し、深刻に反省するものだ。これはよくない。反省の「省」は少な目と書くが、神の道からいうと、絶えず少な目に省みて(反省はほどほどにして)、只今、只今を前向きに明るく生きて行こうというのが惟神(かんながら)の道である。

                  『悪霊退散』 深見東州 2000年 たちばな出版





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お役に立てるかどうかは妖しいものですが、私の覚書です。

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          血液疾患医療セミナー
          濾胞性と告知された人に

15年01月21日 リンパ腫は,がんと闘いなさい
14年05月14日 私にできた各種のしこり
15年09月14日 リンパ腫の鑑別診断と病理
15年09月21日 濾胞性リンパ腫の国内患者数
15年01月28日 濾胞性リンパ腫生存率と余命
15年08月29日 濾胞性リンパ種診療ガイドライン
15年09月14日 濾胞性リンパ腫の予後は20年
15年08月29日 予後因子と治療開始基準
15年10月03日 無再発時の受診間隔
15年10月11日 濾胞性は年単位で進むのか
14年05月11日 濾胞性リンパ腫進行と治療
14年09月14日 濾胞性と生きる(資料)
15年03月08日 私が受けたCHOPの骨髄抑制
14年04月19日 濾胞性の転化と瀰漫性
15年10月04日 治療で思うこといろいろ
15年01月16日 これって、私だけかなあ
14年12月21日 治験の現状
14年12月21日 治験の現状と新薬動向
15年06年27日 ゲノムと抗体
15年08月02日 オプジーボの可能性
14年05月02日 濾胞性患者のネット検索キーワード
15年09月27日 主治医を信頼するとは、
15年06月27日 全国の病院(2010現在)
15年01月22日 京都府の病院(2010現在)


以下は、濾胞性リンパ腫の人がネットで検索されたキーワードの上位など、強い興味をお持ちの事柄です。

濾胞性リンパ腫 原因
濾胞性リンパ腫 症状・痛み、しこりの形(場所)
濾胞性リンパ腫 Bcl-2,病理、転化
濾胞性リンパ腫 sIL-2R,LDH,CRP
濾胞性リンパ腫 grade・グレード
濾胞性リンパ腫 ガイドライン
濾胞性リンパ腫 治療・最新治療、新薬
濾胞性リンパ腫 CHOP時の飲食・ベンダムスチン、ジェムザール
濾胞性リンパ腫 予後・生存率、余命
濾胞性リンパ腫 再発、再発までの期間、経過観察
濾胞性リンパ腫 完治
濾胞性リンパ腫 闘病記
濾胞性リンパ腫 掲示板



2017年1月日記に使ったリンク集
以下は私のための色見本です。
家族
体調
ニュース

引用


2017年1月 1月の体調
この1月に感じた主な体調変化を書いておきます。

01日 15年末に2ヶ所手術した背中粉瘤のひとつが再燃しています。
01日 メコバラミンの内服で和らいだものの、左顔面の痙攣が激しくなっています。
    それで、10月27日から、メコバラミンを飲んでいます。
    メコバラミンで顔面痙攣が減り一定の効果が得られたと思うのですが、
    長くなるので、11月29日で内服をやめました。
01日 夏場から徐々に血圧が上がっているので、11月11日からは、
    1日目 アムロピジン2.5mg朝、アムロピジン2.5mg夜
    2日目 アムロピジン2.5mg朝、ビソプロロール2.5mg
    に増量して内服を続けています。
01日 左顎下に膨らみを見つけました。顎下線の詰まりでしょう。




                              
        
    今が底だから、

                                
              明日はきっといい日になる        
         

                          


                                         






2016年10月7日(金) 21:15 血液内科の受診2
9月の26日に採血を受けに病院に行って、
10月の3日に、採血の結果が出ている血液内科の診察を受けてきました。

自宅から病院に行くまでの時間を計ってみようと思って、家を出る時にその時間をメモしました。でも、病院に着くとその事を忘れていて、血液内科の待合でふと思い出しました。ぼけぼけです。今ならまだ「ボケ始め老人の発症経過」が書けますが、それももうすぐ本当にぼけて書けなくなるかもしれません。涙。


 採血の結果は、ほぼ満足の出来るものでした。

先に、血液検査の結果をお見せしましょう。


2014年 2015年 2016年
          2月24日 9月1日 3月2日 9月28日 3月25日 9月26日
最高血圧 ? ? 142 129 177
最低血圧 ? ? 75 72 120
脈拍 ? ? 60 60 97
01抹消血液一般検査
02白血球数    8460 5780 7380 7160 6640 8270
 リンパ球数    1049 1737
 好中球数 5060 5863
03赤血球数    471 452 462 442 466 462
04血色素量(Hb) 15.0 14.6 14.7 14.2 14.4 14.9
05ヘマトクリット 44.8 43.4 43.9 44.5 43.9 44.8
06MCV     95.1 96.0 95.0 93.9 94.2 97.0
07MCH     31.8 32.3 31.8 32.1 30.9 32.3
08MCHC    33.5 33.6 33.5 34.2 32.8 333.3
09RDW-CV     14.0 14.3H 13.8 14.1H 13.7 14.9H
10血小板数 14.6L 12.2L 13.8L 13.6L 15.2 14.7L
11網状赤血球数
12抹消血液像
13骨髄芽球
14前骨髄球
15骨髄球
16後骨髄球
17好中球    76.2H 70.9
18桿状核球  
19分葉核球    77.0H 71.0H 69.0H 70.0H
20好酸球     4.0 3.0 1.0 3.0 1.2 2.7
21好塩基球    1.0 0.9 0.1L
22単球      5.0 9.0 8.0 8.0 5.9 5.3
23リンパ球    14.0L 16.0L 22.0L 19.0L 15.8L 21.0
24異型リンパ球
カウント
25未熟リンパ球
26未熟単球
27その外の細胞
28赤芽球  
29総蛋白    
30アルブミン 4.4 4.3 4.1 4.1
31A/G比
32総ビリルビン 0.4 0.4 0.3 0.4
33直接ビリルビン
34間接ビリルビン
35ALP     195 199 184 208 189 217
ALT     25 11 19 23 11 24
36GOT
37GPT
38LDH 179 159 163 161 157 181
39コリンエステラーゼ
40LAP   
40LAT   
41γ-GTP
42血清アミラーゼ 56 62 54 49 52
43尿素窒素
44クレアチニン 0.8 0.7 0.7 0.82 0.73 0.81
45尿酸 5.1 5.8 6.2 5.0 6.2
46ナトリウム 145 143 141 147
47カリウム 4.1 4.5 4.7 4.2 4.0 4.4
48クロール 107 107 104 108
カルシウム 9.6 9.5 9.8
eGFR >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0
CK 53L 53L 60 52L 45L 57
血糖(血清) 87 86 94 119H 109 111H
49総コレステロール 226H 207 214 230H
50中性脂肪 202H 187H 365H
 HDLコレストロール
 LDLコレステロール
 LDL/HDL比
51CRP 0.1 0.3 <0.1 0.03 0.09 0.08
52乳び
53溶血
54黄疸
 CEA
55可溶性IL2レセプター 216 311 241 210 348 350
 PSA 0.28 0.37 0.39 0.38
56網状赤血球色素等量
57幼弱血小板比率
37尿定性
38外観 麦藁色
39混濁 透明
40比重 1.016
41PH .5.5
42蛋白(定性) (-)
43蛋白(半定量) 0
44糖(定性) (-)
45糖分(半定量) 0
46ウロビリノーゲン(定性) Normal
47ウロビリノーゲン(半定量) 0.2
48ビリルビン(定性) (-)
49ビリルビン(半定量) 0.0
50ケトン体定性 (-)
51潜血(定性) (-)
52潜血(半定量) 0.06
53尿沈渣(機械値) ---
54赤血球 1-4/HPF
55赤血球(ME) 15.8
56白血球 <1/HPF
57白血球(ME) 3.5
58上皮細胞 <1/HPF
52潜血(半定量) 0.06
59上皮(ME) 1.9
60硝子円柱 (-)
61硝子(ME) 0.00
63細菌 (-)
63細菌(ME) 6.8
64赤血球形態 ---
65異常円柱 (-)
66小型上皮 (-)
67酵母用真菌 (-)
68結晶 (-)
69精子 (-)
主治医がプリントしてくれたものをそのまま書いていますが、読んでいるのは薄い赤色バックの項目だけです。「赤血球」を読まずに「ヘモグロビン」を読んでいるのは輸血の関係です。今もそうかは知りませんが、私がお世話になっていた病院で輸血が、血小板は、通院時に15000以下、入院時に20000以下で血小板の成分輸血、ヘモグロビンが、6.0以下で赤血球の成分輸血でした。赤血球の輸血は、赤血球が基準じゃなくてヘモグロビンだったのです。それは他の病院でも同じだと思います。だからずっとヘモグロビンを見てきました。
他の項目で「H」がついているのがありますが、この日も主治医が「コレステロールや中性脂肪が高いですね。まぁ、これくらいならいいか」といったので、それだけでスルーです。最近は、「H」が付いた項目も、ほとんどその意味を調べたりしていません。

受診した3日、朝起きて30分ほど経った時に自宅で測った血圧は139-80 66(最高血圧 最低血圧 脈拍)でした。受診した明くる日にの4日朝に測った血圧は138-84 67でした。8月9月は、何故かそれまでよりも10前後高くなっています。

血液内科の診察室で、先生と話しながら測った血圧は、

 177-120 97

ショエェ~~
久しぶりの170超えです。血圧をコントロールする薬を飲みだしてから、
この6年で一番高い血圧かもしれません。
主治医が「話しながらでしたからね、もう一度測ってみましょう」といいながら測ると、158-108 80と、少し下がっていましたがまだ高い。先生が困っていたので、ひょっとしたら見せることがあるかもと思って持っていた、ここ3ヶ月間自宅で測っていた朝の血圧数値を見せたら少し安心されました。平均すると上が130~140で、下が70~80、脈拍は60~75です。 

 血圧が高かったのは、たぶん、先生と話した話しの内容でしょう。
 私は軟弱で気が弱いからパニックにも弱いのです。
 それで血圧が跳ね上がったのでしょう。
 血圧の高さで一気に緊張して、お腹から頭まで汗でジュクジュクです。

 これでは脳出血防止の血圧コントロールに意味無いじゃん。
 いいえ、例えば血圧が220まで跳ね上がって脳出血したとします。
 でも、血圧を下げる薬を飲んでいれば、跳ね上がっても薬の効果で200に
 押さえられて、脳出血が回避できるかもしれません。そんな効果はあるでしょう。

 じゃあ、脳梗塞はどうなのか。
 高血圧が脳梗塞の原因になる事は少ないです。動脈硬化で脳動脈が詰まりか
 けたり、心臓の頻脈で流れ出た血だまりが細い血管を塞ぐ事が多いようです。
 血圧が高くなると頻脈が出やすくなりますから、薬の効果はあるか。

脳梗塞を初期に発見するには、自覚症状の把握が有効です。その前兆症状としては、見えにくい。ぼやけて見える、目が回る、
ろれつが回らない言葉が浮かびにくい、吐き気などがあります。書いていて自分でもドキッとしますね。ここで自覚症状を書くと、また文霊になってしまう恐さです。だから個別の心配事は書きません。それでも(リンパ腫に関係する事は書きます)


受診を終えた帰りに、血圧のコントロールでお世話になっている近隣のクリニックに行って薬をもらってきました。
そこの診察室で血圧を測ったら、

 148-96 78

と、まだ高くて、

 「薬飲んどるんか !! 」と、主治医に叱られました。

昔なら、血圧は「年齢+90」といわれた時代があって、それで行くと私は65+90なら155ですから、148ならそれほど高くはないし、むしろ、「血圧が低すぎるとがんになりやすい」という考え方もあります。年を重ねると、どうしても動脈硬化を生じますからね。それでも同じ血液量を流そうとすると、ある程度血圧が高くなるのは自然です。60歳や70歳になって「血圧は130以内」なんて、今でもそれはおかしいでしょう。


でもねえ、「緊張すると、すぐにここまで血圧が上がります」。というのは、心と体が密接不離の関係である事の証明です。血圧がこれだけ変動するのですから、過度のストレスや緊張が各種病気の原因になっても、何の不思議も無いでしょう。

病院に行く車の中でなんとなくラジオを聴いていたら出演者が、「健康を保つために、幅広く栄養を取って、適度な運動を心がけましょう。」というと、もうひとりが、「それって、がんを育てているようなものですね。」といらんことを話していました。ドキッ。ましてリンパ腫は免疫細胞ががん化したものですからね。がん化した免疫細胞を育てずに、がん化していない免疫細胞だけを育てるって、どうせぇっちゅうんや!という話しです。免疫細胞を増やすということ≒リンパ腫細胞を増やす?、私は逆に、リンパ腫の再発予防として「免疫抑制剤」(免疫を下げる)を継続して飲めば効果があるのではないかと主治医に聞いたほどです。
どちらにしても、たぶん、「過ぎたるは及ばず」。
自己と非自己の認識力を高める。
昨今の免疫療法系医学の進展を見ていると、おぼろげですが「一瞬でがんが消えてもおかしくない」。とさえ思えます。




過去の血液検査データは、ここをクリックです。
そのページは2段の構成になっていて、上段に、私が受けた主要な治療について書いており、下段に血液検査の時系列的な値や症状などを書いています。

リンパ腫の治療には、致死的な副作用の危険性もあります。それを承知で薬効と副作用の危険性を天秤に掛けて薬を使うのです。副作用は個人差も大きいので、主治医の先生と良く相談されますように。また、効果が得られる確率は非常に低いのに、「私にはよく効いた」という可能性もあります。



体の現状ですが、
リンパ腫とは関係がないと思われる事で気になる弱い症状が起きているのですが、先ほど書いたように「文霊(書く事による言霊(ことだま))」が恐いので、その症状を具体的には書きません。進行すると命に関わる病気です。今はまだ、その病気の可能性がゼロではないという程度です。


9月に突然足首から先が象さん足(特に右足)になりました。少しずつ治まってきましたが、原因は不明です。今回の受診時に、それも主治医に話したのですが、他の事も話したので、それを実際に見て確認されることはありませんでしたし、私も敢えて見せませんでした。
左顔面の痙攣は少し軽減したものの、今も続いています。
2013年の12月、続けて翌年の4月7月に腰痛を起こし、ひどいときは自転車に乗っていて、少し段差があるだけでビリビリっと腰に強烈な痛みが出たのですが、その症状は今は治まっています。仰向けになって上半身を起こす腹筋が、腰が痛くて1回も出来ません。2015年の8月からは、ビニールボール2個をビニールテープで括って、それを寝る時に腰の後ろの平らな部分に横向けにして2分間敷いています。その効果が出ているのでしょうか、腰の痛みが酷くならずにやわらぎ落ち着いています。ビニールボール2個を使った腰当て療法は、偶然見ていたテレビで、整形の医師がいわれたものです。その時に医師が推奨されたのは硬式のテニスボールのようです。
今も正座をするとすぐに足先が攣りますし、畳の上に寝ていると、1時間ほどで足先が攣ります。布団のうえで寝ると、そこまでひどくはありません。
自然脱落も含めて歯肉炎で順次抜歯して、上の歯は1本残っているだけで下は8本残っています。下の歯の中には2本、すでに自然脱落予備軍のぐらぐら歯があります。上下入れ歯で、歯肉炎を繰り返しています。今回は久しぶりに、9月始めから少量の酒を毎日飲み続けたのですが、歯肉炎を起こさずに済んでいます。それまでは、レギュラーサイズの缶ビールを1本飲んだだけで2日か3日後には歯肉炎が始まるような状態が2年ほど続いていました。
足裏の魚の目と水虫、背中2ヶ所の粉瘤は2015年の12月に摘出手術を受けて、1ヶ所は綺麗になりつつありますが、もう1ヶ所は炎症気味です。
5年ほど前だったでしょうか、ボーエン病の術後に
右下腹部に2ヶ所と、左足付け根の裏側と左脇の下後ろ、腰の背骨部に1ヶ所、合計5ヶ所に大きなイボ(皮膚科医確認済)が順次できたのですが、その後は増えずに落ちついています。
左手薬指に発症したボーエン病の予後は今も良好で、経過観察の受診はなくなりました。

消化器系が弱くて、便秘と下痢が交代で続いています。
2013年のクリニック受診で身長を測ったら166.5cm、168.5cmあった身長が縮んで老化です。
難聴気味になっています。特に右耳で、コオロギの鳴き声を聞くのに体を回転させると、ある方向でほとんど聞こえなくなります。
頭上の脱毛は順調に進んでいます。右側頭部に白髪の密集地が出来ています。
(↑初回治療を受けた後にヅラを買ったので、そろそろそれを付けようか?)
白髪は、局部はもちろん髭や手の産毛、眉毛、顎鬚にも進んでいます。
血圧が高くなったので、2013年4月から近くのクリニックで降圧剤をもらって飲んでします。(↑朝アムロジピン2.5mg、2日に一度、ビソブロロール2.5mgを内服しています)
老化現象のひとつでしょうか、大小の排せつ処理を待ちにくい事が増えています。遠出した場合は、コンビニがあるので助かります。

検査数値は、変化の流れ、上か下か変わらずかの方向性を見るものだと思います。それと、変化がいち方向に向かっているときには、その絶対値ですね。原因は不明ですが、腫瘍マーカー他、どんな検査でも単発的に上がったり下がったりする事があるので、複数回の検査で、その変化の方向性を見る事が重要です。単発的に大きく上がった場合は、次回の検査を早めて結果を見る事も考えた方がいいでしょう。
sIL-2Rは、リンパ腫患者によって高値安定とか、リンパ腫の病気が進んでもほとんど変化しない人とかおられますが、私の場合はしこりが増大するのと同じか、それよりも早くsIL-2r数値の上昇が見られます。良し悪しは別にして、再発を繰り返せば、経験的に再発とsIL-2Rの関係をつかみやすいでしょうが、再発を繰り返す事はお勧めできません。私の場合ですが、リンパ腫が進むと確実にsIL-2Rが上昇していきます。そこで治療を受けると急激にsIL-2Rが低下するのですが、その低下は必ずしも治療効果を反映しているものではないようで、治療効果が低くてもsIL-2Rが急激に低下する事もありました。寛解して、半年あまり過ぎてからでないと、治療を開始してから寛解までの間のsIL-2R値は役に立ちません。



上記検査結果と、以下の記述は個人差がありますから、あくまでもS.K個人の場合についての話しです。
検査結果の内容は、治療で効果が出ているときと、長く治療をせずにいて、再発の方向にあるときでも変化の方向や数値が違いますし、数値とリンパ腫の相関関係が変わることもあります。しこりの出る場所も、再発によって変わることがあります(最初に出るのが首周りからだったのに、再発では足の付け根が最初だった等です)、リンパ腫の進行とLDHやsIL-2Rの変化、比例性や絶対値は人様々です。
あなたと私が、お互いにこの病気になっていなかった健康なときでも、あなたと私の血液検査結果は個人差がありますから違います。健康に問題がなかっても、個人差の範囲内で標準範囲から若干逸脱することもあるでしょうが、それでも体に問題がないときもあります。濾胞性リンパ腫の病気になってからでも検査数値の絶対値や変化には個人差があります。

同じ濾胞性のリンパ腫でも、私が受けて良好な結果が得られた治療方法が、あなたにも良好な効果が得られる保障はありません。その逆の場合もあるように個人差が大きいから各種治療法の選択は難しいのです。副作用の出方も個人差が大きいです。それでも薬の奏効率は考慮すべきでしょう。

濾胞性リンパ腫の初回治療は現在R-CHOPが一番多いでしょうし、最初の再発ではR-Bの治療を受けられる人が多いでしょうが、再再発以降や、R-CHOPやR-Bが効かなかった時の治療法は千差万別で、今も標準治療は決まっていないと思います。


 
私が受けたそれぞれの治療には
 二次発がんの危険性や骨髄抑制の深さなど、
 致命的な副作用の恐さがありますので、
 参考にされる場合は主治医とよく相談される必要があります。


ホジキン病や瀰漫性リンパ腫の人は治癒を目的に治療が進められますから、検査数値の結果に対する治療行動や考え方が濾胞性リンパ腫とは異なると思います。濾胞性では今も「経過観察」という治療法がありますが、ホジキンや瀰漫
性には基本的に治癒を目指した治療を行いますから「経過観察」という治療法(考え方・概念)はありません。同じリンパ腫でも違うのです。

 毎年再発してきた濾胞性リンパ腫の人の寛解が長く続いた場合、
 主治医は、まずは5年だといいました。
 治癒に繋がる可能性についてです。
 (それでも、「濾胞性リンパ腫に治癒はありません」と言い張る医師もいますが)

 ここでそれ以上書くと次の検査で私が裏切られそうに思うので書きません。
 それでも私の今後など、書きたいことがあって、うずうずしていますが・・・、

 
 前回の受診で今の主治医は、
 濾胞性リンパ腫は、
 「長く再発しない人でも6年目や7年目の再発は多い」といわれました。
 「10年を超えて再発する人は少なくなるが、」ともいわれました。
 それ以後の再発では再度の生検をしないと、
 10年後の再発か、濾胞性リンパ腫の新たな発症かの見分けは難しい」
 といいながら、
 「まあ再発か、新たに出来たリンパ腫かは調べたらわかりますけどね」
 ともいわれました。

どうなんでしょうね。
変わっても瀰漫性で、濾胞性リンパ腫の人がバーキットやホジキンで再発することは、ほぼないから同じことだと思います。
濾胞性と瀰漫性では、治療法で大きく変わることはありません。
治療の目的は変わりますけどね。
瀰漫性への転化でも、その場合はまだ濾胞性リンパ腫細胞も残っていると考えるのが論理的だと思うのですが、そこに言及された医師の記述は見た事がありません。


医師でも記憶に強弱がありますからね。主治医としてこれまでに診てきた患者に、印象の強い患者と弱い患者があるでしょう。偶然うまくいかなかった患者が続いた治療法とか、偶然長期寛解が続いた治療法の後とかです。だから、機械的に統計データとして捉えないと、主観的な感覚の世間話になる危険性があるでしょう。



私の場合、
1988年~1992年 そのころ、首にしこりが出来ているのに気付きました。
1992年~1994年 会社の健康診断で医師に、首に出来ているしこりのことを話しました。
1997年02月01日 1月24日に首の左側にあるしこりを摘出手術し、
            2月1日に濾胞性リンパ腫と告知を受けました。
            
この時からの日記をこのホームページに書いています。
1997年04月22日 濾胞性リンパ腫で入院して、初めての治療を受けました。
           治療をCHOPで初めて、自家移植を含む大量化学療法まで。
2002年05月22日 このホームページをスタートしました。
           1997年1月からの日記をここに転記しました。
2007年12月14日 ラステットの内服治療を終えました。
           (再々々再発で、私が最後に受けた治療です)
2010年07月26日 皮膚の前駆がんであるボーエン病の手術を受けました。

初回治療以後、4度の再発で治療を繰り返してきましたが、2007年12月以後は2016年10月7日現在治療を受けていません。(8年と10ヶ月間無治療)


2016年12月1日現在で私は、
首に出来たリンパ腫のしこりに気付いてから23年から25年、
告知を受けてから4度の再発と治療を受ける中で19年10ヶ月が経ち、
最後に受けた治療から9年0ケ月近くになります。
現在、QOLはほぼ良好で、1日に300キロは車の運転も出来るでしょう。
(激しい運動はできない程度に体力は低下しています。)


次回の受診予定は、
2017年の3月に血液内科の採血で、その1週間後に受診です。(半年後)
2011年の9月から、2ヶ月に一度クリニックで血圧管理を受けています。
2015年4月に歯科の治療を受けました。
 歯肉炎の治療を受けて上の歯を2本抜歯して、入れ歯を新しくしました。
 その後も歯肉炎で苦しんだりしていますが、内科の薬で凌いできました。

ボーエン病は、経過観察の期間を終えたので、今後は何かあれば私から予約外で受診を希望する事になります。




あと4ヶ月で、告知から20年です。
ネタ切れの中、私はその日までこの日記を続けられるでしょうか。



この10年における、濾胞性リンパ腫に使える新薬の承認は以下です。
2015年10月5日現在

ジェムザール注射用200mg/ジェムザール注射用1g
代謝拮抗性抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の悪性リンパ腫
GDP療法に使われる薬のひとつです。
2013年2月

トレアキシン
ベンダムスチン塩酸塩
再発又は難治性の下記疾患
低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2010年12月

ゼヴァリン イットリウム
CD20陽性の再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2008年6月

フルダラ静注用50mg
抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月+α(錠剤に遅れて追加承認)

フルダラ錠
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月

ロイスタチン注8mg
クラドリビン注射液
再発・再燃又は治療抵抗性の低悪性度又はろ胞性B細胞性非ホジキンリンパ腫、マントル細胞リンパ腫
2002年12月

リツキサン
CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫
2001年9月


2012年3月の改定で、イフォスファミド(イホマイド)が悪性リンパ腫に適応になっています。単剤でも内服で使える薬なのですが、リンパ腫への適応拡大はDevic限定の承認かもしれません。





あと数年経たずして、濾胞性リンパ腫で、
 新薬のブレークスルーが起きそうな気がするのですが、

 どうでしょうか。

大隅先生のノーベル賞対象となった細胞の自食作用である「オートファジー」は、欧米でオートファジー阻害剤としてすでにがんへの治験が始まっています。

残念ですが、その段階でも濾胞性リンパ腫患者の全員が治癒するというのは難しいでしょう。「ブレークスルー」というのは、複数種類の新たな分子標的薬が濾胞性リンパ腫に対して認可されるという意味です。新しい薬で「効く人には素晴らしく良く効く」という薬は見え隠れしていますが、「そのメリットが得られるのは一部の人」というのもまた分子標的薬の特徴のようです。その新薬と既存の化学療法の併用で治療効果が上がるという道もあるでしょう。その当たりは、リツキサンの特徴と同じかもしれません。巨大腫瘤に対しては効果が低いのなら、先に一般的な化学療法をして腫瘍量を減らしておいてから、新しい分子標的薬を使うなど、使用技術の向上もあるでしょう。





Only one day (1日だけ、履歴に残さない当日日記)
この日記では記述に色分けをしています。
通常の日記は紺色で書いています。

持病で私の事を書くときは紫色で書いています。(20070701から)
持病で一般的なことを書くときはの色で書いています。
まれにですが、最重要個所では赤字を使っています。
8月9日からしばらく、母の病気や家族への伝言はこの色で書いていきます。
株式のNET売買について書くと
きはこの色です。

※ 注意
これから私のメイルアドレスを以下とします。

sabcdek-ybb.ne.jp
上の-(ハイフォン)を@(アットマークに変えてください)。
それが今後は、この持病関連で使う私のメイルアドレスです。
詳細な理由は、このホームページのアドレス変更と共に3月28日の日記に書いています

このホームページの正規のアドレスは以下です。

http://www.geocities.jp/nagalelumamani/
それ以外のアドレスだと正常に動作しない部分もあります。

ここに私が書いていることで、治療に関することは、あくまでもリンパ腫の患者である私個人の場合です。ホジキン病や、非ホジキンでも濾胞性や瀰漫性の違いだけでなく個々の患者さんによる違いが大きなものだと聞いています。読んでいただいて思われることがありましたら、主治医の先生に相談されることをお勧めします



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14年05月14日
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15年09月21日
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15年08月29日
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15年10月11日
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14年09月14日
 濾胞性と生きる(資料)
15年03月08日
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14年04月19日
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15年10月04日
 治療で思うこといろいろ
15年01月16日
 これって、私だけかなあ
14年12月21日
 治験の現状
14年12月21日
 治験の現状と新薬動向
15年06年27日
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15年08月02日
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14年05月02日
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15年06月27日
 全国の病院(2010現在)
15年01月22日
 京都府の病院(2010現在)

プレゼント
”走り出したらゴールを目指す。”
by runner

ありがとう、いつからかいなくなった看護婦さん。
おかげで何もかも捨てかけたゲロゲロ生活から、もう一度の思いが生まれました。
私の苦手な看護婦さんでした。

1997年9月20日リンパ腫を治療する自家末梢血幹細胞移植、大量抗癌剤療法の薬がひどかった。
私、どこに行くんだろう。と、最悪のゲロゲロ生活、その夜生理食塩水のハルトマンが何か汚れている。
恐くなってそっとみてみると、
”走り出したらゴールを目指す。”
とマジックで書いてあった。
涙が止まらなかった。

日々の記憶メモ

2013/03/21桜が咲いた
2012/04/08桜が咲いた
2012/04/28 30度
2013/06/13 33度
2011/06/27 35度
2015/07/11 エアコン記念日
2015/08/26 秋一番
2010/09/05 38.3度
2015/09/15 コオロギ音撮り
2016/10/28 コタツ記念日
2006/11/20-11/25紅葉
2008/11/20 起きると雪化粧
2016/01/19 この冬の初雪
2016/01/25 07:11 -6.1度


CHOPは多剤併用療法ですから、その内訳は、
Cyclophosphamide - シクロフォスファミド。商品名:エンドキサン®
750 mg/m2, day 1
Hydroxydaunorubicin - ドキソルビシン、アドリアマイシンの別名。商品名:アドリアシン®
50 mg/m2, day 1
Oncovin®(商品名:オンコビン) - vincristine、ビンクリスチン
1.4 mg/m2, day 1
Prednisone または Prednisolone. - ステロイド(プレドニゾロンなど)
100 mg/body, day 1-5(プレドニゾン、プレドニゾロンの場合の用量)
原則的には21日で1サイクルである。

CHOP療法の実際[編集]CYはシクロホスファミド(エンドキサン®)、DXRはドキソルビシン(アドリアシン®)、VCRはビンクリスチン(オンコビン®)、PSLはプレドニゾロンである。化学療法では骨髄抑制、嘔気、脱毛は必発なのだが、特にCHOPで重要な副作用としてはCY(エンドキサン)の出血性膀胱炎やSIADH、VCR(オンコビン)の便秘、腸閉塞、末梢神経障害、DXR(アドリアシン®)の心筋障害である。DXR投与中は100mg/m2ごとに心電図、200mg/m2ごとに心エコーを実施し心毒性をチェックする。投与方法としては、CY(エンドキサン®)は生理食塩水500mlに溶解し2~3時間かけて点滴静注する。DXR(アドリアシン®)は生理食塩水100mlに溶解し約30分で点滴静注する。VCRは生理食塩水20mlに溶解し、側管からゆっくりと静注する。 点滴とプランとしては以下に一例を示す。

1.カイトリルバック 100ml 30min
2.オンコビンXmg 生理食塩水20ml iv
3.アドリアシン Xmg 生理食塩水100ml 30min
4.エンドキサン Xmg 生理食塩水 500ml 2hour
5.ソルデム3A 500ml メイロン 20ml プリンペラン 1A 2.5hour
6.ソルデム3A 500ml メイロン 20ml プリンペラン 1A 2.5hour
7.体重増加でラシックス10mg 生理食塩水50ml 15min
腫瘍融解症候群予防で食事可能でも5,6,7は翌日、翌々日も輸液、利尿を継続することもある。ただし、CHOP療法も、後述するR-CHOP療法も外来での治療が可能な化学療法である。翌日の輸液はなどは外来治療では行うことはできない。必要性がある場合は入院にて治療ということになる。