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偽記憶症候群:英語版


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偽記憶症候群をめぐる論争とセラピストの役割

記憶の抑圧
FMSF
批判
偽記憶の原因
セラピストの為のガイドライン
結論
参照文献

「偽記憶症候群」をめぐる論争は、1992年にFalse Memory Syndrome Foundation(FMSF:偽記憶症候群財団)の創立以来、マスコミや人々、そして心理職に携わる人たちの注目を浴びる事となった。私達の社会の法律、政治、科学、そして感情までもを巻き込みながら、「偽記憶症候群」という現象は、あらゆる情報が行き交う混乱の中、マスコミの格好な標的を作り出したのだ。そしてその標的とは紛れも無く、セラピストである。このレポートの中で私は偽記憶現象を、両サイド、つまりFMSFと、この協会を批判する側の両方の視点から論じてみる。そしてその後に、偽記憶の原因とされている要素と、セラピストの為のガイドラインが続く。しかしその前に、この論争の中で重要な焦点となる、記憶の抑圧について論じてみたい。


記憶の抑圧

フロイドが、無意識の域とそれと幼児虐待との関係を研究してから、人間の心を研究する人たちの間で「記憶の抑圧」は広く知られるようになった。(12) フロイドは「抑圧」という言葉を、何らかの理由によってあらゆる事柄を意識の上から消し去る形での心的防御法として用いたが、今日では往々にしてその言葉は「解離」と同意義で使われる。(6 9) 解離とは、意識・独自性・記憶・環境の認識の、調和と継続性が崩壊した状態をいう。幾度にもわたる性的虐待にさらされている子供は、度重なる身体的苦痛と、性的虐待による苦しみから精神的に逃れるため、認知的技能として解離を用いる。(6) 実際に、幼児虐待が長期にわたる場合、子供が身につけた解離の経緯は自動的で無意識なものとなり、幼児虐待を生き抜いた人たちが虐待が止まった後でも長い間、解離の症状に苦しむという状態もよく見られる。 (6) 様々な研究結果を見てみると、幼児虐待を経験した人たちは時に、虐待を受けたという記憶をなくし、長い時間の後にその記憶を取り戻す事もあるという。(6 12 7) 中には、後に思い出された虐待の記憶が正確な記憶であると言うことを証明するために、裏づけとなる証拠を提示している研究者もいるくらいだ。


この、記憶の抑圧という概念が精神分析学者の間では広く指示されている一方で、それを批判する人たちも少なくない。批判の中心となっているのは、研究方法論である。記憶の抑圧を研究しているものの殆どは、被験者本人の回顧的な自己申告のみに頼るもので、その内容の真偽性については疑問が残る。(2) 更に、幼児虐待の経験を忘れていたという被験者について、それは実際には忘れていたのではなくて、ただ単にその経験について考える事が無かっただけではないのか、という批判もある。(6 12 7) 辛い思い出を意識的に避けてきた被験者の中には、その意識的回避を、経験そのものの忘却として報告する人もいるのではないか、というものである。この批判を受けてMollon(1996)は、幼児虐待や、その結果もたらされる精神的症状について様々な情報が流れる今日の我々の社会で、幼児虐待を経験した人たちがそれについて長い間考えなかっただけ、というのは考えにくいのではないかと論じている。更にMollonは、被験者は虐待の経験について考えなかったのではなく、実際に忘れていた記憶を取り戻したのだというもう一つの証拠として、被験者のうちの何人かは虐待の記憶が戻り始めてきたことを理由に、精神科やカウンセラーを訪れているということを挙げた。もし虐待の記憶を完全に無くしていたのでなければ、虐待の経験を思い出すに当たって、それほどの苦痛が伴う理由は無いのである。これらの意見をまとめると、記憶の抑圧という概念については様々な批判があるものの、「記憶は時として抑圧され、後に思い出される事がある」、というのは心理職に携わる人たちの間では、大体一致した意見だと言うことが出来そうである。(10)


しかしこれは、一度は失われて、後に回復した記憶の全てが事実に基づく正確なものであるという意味ではない。一つの事柄に関する記憶の、何割が正確で何割が不正確か、ということを推測する事は不可能に近いのだ。実際、外部からの証拠や証言が無い限り、偽記憶を実際の記憶と判別する方法やその基準は存在しないのである。(15 7 10) 偽記憶と記憶の判別が不可能であり、また、ある状況下においては意外と簡単に偽記憶を植え付ける事が出来ることなどへの危惧から、(6 7 10 5) False Memory Syndrome Foundation(FMSF:偽記憶症候群財団)の設立に至ったわけである。


FALSE MEMORY SYNDROME FOUNDATION (偽記憶症候群財団)

False Memory Syndrome Foundation(FMSF)は、幼児虐待の冤罪として自らの子供に訴えられた親を助けるため、1992年にPamela・Peter Freyd夫妻によって設立された。FMSFによると、これらの子供達(殆どの場合はすでに大人になっている)は、幼児虐待の記憶を長年の空白の後に取り戻したと主張するのだが、実際にはこれらの記憶は作られたものであると言う。Freyd夫妻も、自分達の娘から間違って幼児虐待の容疑をかけられた経験があり、夫妻は、自分達のような経験をしている親は子供や親戚からも孤立し、容疑をかけられた結果、理不尽にも汚名の烙印を押される事になり、かなりの精神的苦痛を味わわなけれならないため、FMSFのような組織だった支援が必要なのだという。(14)


現在FMSFには、4000家族以上の似たような立場に立たされた親が参加しているという。彼らの主な目的は5つある。
(1)「偽記憶症候群」の存在と、それに影響されている人たちの数を世間に広く知ってもらう事
(2) この症候群が起こりやすい環境や条件についての情報を広める事
(3)この症候群の犠牲者を支援する事
(4)この症候群の犠牲者に法的支援をする事
(5)この症候群についての科学的研究を進める事 (6)


FMSFのメンバーの中には、「幼児虐待の発生率は過大に報道されている」、あるいは「幼児虐待が個人にもたらす精神的影響はそれほど顕著なものではない」というように極端な意見を述べる者もいるが、(14) 財団の中心となっている主張は幼児虐待の影響と危害を無視する事ではなく、心理職に携わる実践者、特にセラピストの不正治療について強調することなのである。


「偽記憶症候群」とは、実際には起きていない幼児虐待の記憶があると強く信じている状態を言う。(6 15)  FMSFによると、偽記憶は、セラピーの過程、特に、間違った誘導尋問の使用やセラピストによる提案などによって、クライアントの心に「植え付ける」事が可能である。具体的に言うと、セラピーの中で間違った情報を繰り返し聞いていたり、時には催眠療法のような記憶回復の為の特別な療法を使いながら、何かを強く提案されたりした場合に、人の記憶はゆがめられてしまうのだ。(6 7 10) EnnsとMcNeilly(1995)が記憶についての莫大な研究を振り返った結果、セラピーの中で以下の4つの状況下に置かれると、人は暗示にかかりやすくなるのだと結論を出した。
(1) 間違った情報を、セラピストや精神科医のような権威のある人から与えられ、繰り返し聞かされた場合
(2) 間違った情報が、理論的また経験的に、ありそうだと思える内容のものだった場合
(3) 過去に起きた事について思い出そうとしている時と、その事柄が起きたであろうと推測される時の間に、大きな時間差がある場合
(4) セラピストが、自由想起などの間接的な質問より、はい、いいえで答えられるような直接的な質問を使用した場合


EnnsとMcNeilly(1995)が、記憶についての研究の被験者は、過去に起きたと思っていた事柄の主な特徴よりも、細かい点についての偽記憶をもつ傾向にあると発表した反面、実際の性的虐待や他のトラウマの経験は、偽記憶の発生率やその内容に殆ど影響を及ぼさないという報告もある。 (7) 環境と条件さえそろえば、正確な記憶や実際の経験とは関係なく、誰にでも本物と同じくらい、鮮明で詳細で首尾一貫した偽記憶を発達させてしまう可能性があるという事だ。(7) このように本物と判別不可能なくらい完全な偽記憶を発達させるのが可能なのは、記憶というのは単なる過去の出来事の再経験ではなく、むしろそれらの復元だからである。(1 10)


記憶の復元: 人間の記憶というのは、記憶する事柄を符号化する最初の段階から、自分の価値観、希望、期待、感情、認識、そして推測などに影響されている。(1) 符号化された事柄は小さな断片になるまで粉々にされ、その一つ一つの破片にはそれぞれ特有のラベルが貼られ、そして記憶の保管庫にしまわれるのである。思い出すという行為は、符号化された時に付けられたラベルを元にして、粉々の断片を拾い集め、それらをまた一つの絵に復元するという事なのだ。記憶の間違いがよくあるのは、符号化した時に、間違ったラベルを断片に貼ってしまったり、思い出すときに、似た名前のラベルの付いた、違う記憶の断片を拾い集めてしまったりするからだ。このように、幼児虐待やその他どんな出来事についての偽記憶の発達にも、往々に人が想像するような、神秘的で不思議な要素など何もないわけである。それはただ単に、間違った記憶の断片をつなぎ合わせて復元させたため、結果的に、実際には違う時に違う場所で、違う人と体験したいくつもの出来事を元に、幼児虐待という実際には起こらなかった、一つの悲惨な出来事が浮かび上がってしまうだけなのだ。(6) しかし、記憶は間違っている事があるというのは既に周知の事実なので、ここでは偽記憶の存在有無についてではなく、セラピーやセラピストが幼児虐待の偽記憶の発達において、どのような役割を果たしているのかを論じることにする。


催眠療法: 催眠療法とは、セラピストや精神科医、その他の心理職の実践者に使われている心理療法の一種である。催眠状態にある人は暗示にかかりやすく(6)、FMSFによると、催眠療法によってセラピストが偽記憶をクライアントに植え付けるケースも多く見られるという。実際に様々な研究が、催眠療法と、薬物を使用した面談など他の記憶回復法は、クライアントが実際にはもっていない記憶を作り出したり、実際の記憶を湾曲してしまうリスクが高いという結果を出している。(3 10) セラピストが催眠療法と同時に暗示や誘導尋問を使用した場合、催眠状態にあるクライアントが現実とは全く違う記憶を作り上げたり、実際の記憶と信念や感情を混ぜ合わせてしまう事で、記憶を湾曲し、催眠療法によって得た記憶が正しいものだと更に強く信じてしまう事がある。催眠療法は確かに、回復した記憶が正確なものであるというクライアントの確信を強くする事が出来るが、回復した記憶の正確性を高める事は出来ないのだ。(6 3 10) また、心像を用いるなどの他の心理療法でも、催眠療法で得られるのに似た状態を起こさせる事ができ、それらの方法で回復した記憶も湾曲している可能性が高いのである。(6) そのため、催眠療法が正確な記憶を回復させるために使用される場合、偽記憶を発達させたり、FMSFの言葉で言うなら偽記憶を「植え付け」てしまう危険があると言えるだろう。


セラピストの役割: 暗示や誘導尋問、催眠療法、そしてその他の記憶を回復させるための心理療法を使用すると、偽記憶の発達という問題が発生する。偽記憶発達の問題は特に、抑圧された、あるいはただ単に忘れられた記憶の回復に対して、セラピストがクライアントに過剰な熱意を見せたり、あるいは記憶を回復させなければならない、というようにプレッシャーをかけたりした場合に、更に大きいものとなるのだ。セラピストの中には、故意にそうではなくても、記憶を回復させなければならないとクライアントにプレッシャーをかけたり、忘れていた事柄を思い出すことで精神的な苦痛がなくなるのだとクライアントに教える人もいるのである。(15 5) しかし、心的問題を抱えているクライアントが回復するに当たって、記憶を回復する事が必要だという証拠はどこにもないのだ。(10) 例えばSpiegalの研究では、過去の悲惨な経験に焦点を当てたセラピーと、クライアントの現在の状態に焦点を当てるセラピーを比較しているが、クライアントの回復の度合いに違いは見られなかったという結果が出ている。(Spiegal, 1994 cited in 7)


また、セラピストが記憶の回復を繰り返し奨励していくうちに、クライアントはセラピストを喜ばせるために幼児虐待の偽記憶を作り出してしまう事もある。(15) deRivera (2000) は、幼児虐待の記憶を回復して、後にそれらの記憶が間違っていると結論付けた56人のFMSF会員に質問した。その結果、77%の人達が、彼らがセラピストに子供の頃にどの様に虐待を受けたかを説明した時、それ以外のことについて話している時よりも、セラピストはクライアントにより多くの注目を注いだと答えた。セラピストに注目されたり受け入れられる為に、幼児虐待の偽記憶を作り上げてしまうクライアントもいるのである。


クライアントに記憶回復の重要さを過度に強調したり、時にはセラピーの全過程で記憶回復のみに固執してしまうのは、セラピストが、幼児虐待の経験が色々な症状の原因であると信じている為である。FMSFは、フロイドが性的経験の精神病理における影響を研究し始めてから、セラピストはクライアントの様々な精神的問題に関して、性経験の役割を過度に強調していると主張している。(7) 確かに、後に起こる行動的また心理的問題においての幼児虐待の影響を過小評価するべきではないが、精神的な苦痛を体験している全ての人が幼児虐待を受けた過去があると結論してしまうのは、あまりに単純すぎる考え方である。幼児虐待の記憶を「思い出す」ようにクライアントにプレッシャーをかけているセラピストは、ただ単に、自分自身がクライアントの症状の原因をはっきりさせたいが為にそうしている場合もあるのだ。(6) クライアントが苦しんでいる様々な症状が過去の幼児虐待の体験に帰していると信じるあまり、幼児虐待の経験を否定するクライアントにさえ、それは真実を受け入れるのを恐れる為に「否認」の状態にあるからだと、クライアントを説得しようとするセラピストさえいるのだ。(6 15) 更に、他に何の証拠もなくても、幼児虐待を受けた気がする、と、クライアントが感じたり信じる事が、それだけで実際に幼児虐待を経験した証拠として扱われてしまう事も往々にしてあるのだ。


FMSFに対する批判

FMSFの設立と活動によって、セラピストの不正治療に多くの心理職につく人々や一般市民の注目が集まったわけだが、それでも尚、精神的な問題を抱える多くの人達、特に恐怖症、うつ病、不安障害、摂食障害、境界性人格障害、反社会性人格障害、解離性人格障害を抱える多くの人達が、過去に幼児虐待の経験をもつのも紛れもない事実である。(14) 実際に、精神科の入院患者の50〜60%、通院患者の40〜60%、そして精神科救急外来を訪れる70%の患者が、子供の時に身体的及び性的、あるいは両方の虐待を受けたと報告しているのだ。(cited in 14)


政治的な見方をするならば、幼児虐待の及ぼす精神的影響を過少に考えたり無視する行為は、社会の弱者である女性を一段低く見る事に相応する。(6 2) フェミニズム運動の先駆者や彼らに続く人々によると、幼児虐待で訴えられている人達は、その被害者よりもマスコミや世間の注目を受ける事が多く、また、意見を聞かれる場面も多いという。更に、幼児虐待の被害者は、親を訴える事で自分達の抱えている問題や苦痛の責任転嫁をしようとしていると、マスコミで叩かれたり周りの人たちに攻められる事すらあるという。(6 2) また、心理職につく人々からは、マスコミや世間は不正治療を行っている少数のセラピストの例を、セラピスト全体にあてはまる一般論として扱う向きにある、という批判も出ている。(4 3) 幼児虐待を受けたクライアントをもつセラピストは全員、催眠療法などの記憶回復療法を使って不正なセラピーを行っていると見られ、セラピーの過程で幼児虐待の経験を思い出したクライアントは自動的に、偽記憶を作り上げたり植え付けられたのだと決め付けられてしまう。(4) このように、少数の悪い例を過度に一般化するのは現在の心理職を正確に反映しているものではないし、それによって、一般市民の心理職実践者に対する信用や信頼感が失われてしまうという問題も生まれるのだ。


心理職につく人たちの中には、FMSFが催眠療法を目的や内容、その使われ方に関わらず、有害であると見なしている事を問題視する人たちもいる。催眠療法は、専門家によって正しく使われる場合、また、その目的が記憶回復でない場合、とても有効な心理療法になりうるのだ。(10) 幼児虐待の経験を持つクライアントには、催眠療法の使用によって、主観的な幸福感の増加、問題視される行動の制御、自己啓発活動への従事、トラウマによる辛い症状への対処とその減少、ポジティブなアイデンティティの確立、など、様々な効果が見られるのだ。(6)


しかしこれらの批判は、全てのセラピストとセラピーを批判し、幼児虐待の影響を全く無視する極端なFMSF支持者へ向けられているものである。心理職に就く人達の殆どは、虐待の偽記憶を作り出す事は可能であり、特定の状況下では、実際に作り出されているのだ、という意見で一致している。(10) 大多数のセラピストは、クライアントが偽記憶を発達させる可能性があることを認識し、クライアントが回復させた幼児虐待の記憶に対して、懐疑的な姿勢を忘れる事はないのだ。(14 8) Gore-Felton et al. (2000)とTobachnick, Barbara, and Pope (1997)は幼児虐待の記憶に対するセラピストの反応と、決断についての研究を別々にしている。 どちらの研究でも、殆どのセラピストは幼児虐待の有無について、セラピーで得られた情報のみで即座に決断を下す事はなかった。用意された台本に対するセラピストの反応は(二つの研究は異なる台本を使用した)、幼児虐待はあったかもしれないし、なかったかもしれない、というもので、極端な意見を示すものではなかった。また、記憶の中で虐待が起こった時期が年齢が上であればあるほど、セラピストはその記憶は正確で確かなものだと見なす傾向にあった。これらの研究の結果によると、殆どのセラピストは偽記憶の存在を認識しており、偽記憶を信じたり、促進したり、また、植え付けたりしないように慎重になっている。


偽記憶の原因

偽記憶は様々な原因によって発達する。その原因は個人や状況によって異なり、また、一人の人が一つの偽記憶を発達させるのに、複数の要素が貢献している場合もある。全ての記憶を審査して、偽記憶と正確な記憶の区別をつけることは不可能なため、偽記憶発達の原因とされているものの殆どは、単なる理論上のものである。しかしdeRivera (2000)は、56人の、虐待の記憶を回復して後にその記憶は間違いであると判明した被験者を使って、偽記憶発達の原因を探る研究を行った。この研究によって、何故偽記憶が生まれるのか、その原因について偽記憶を発達させた人達がどう考えているのか重要な要素が明らかになったが、この研究の被験者は回復した記憶が正確なものではないと分かった人達であり、全ての偽記憶を発達させた人達を代表するものではない可能性がある。更にもっと重要な事に、この研究の被験者はFMSFを通して集められ、研究が行われた時には全員がFMSFの会員だったのである。その為彼らが、同じ状況にいるがFMSFの会員ではない人達とは異なる、特異な性質を持ち、特異な状況下にいるであろうことは想像に難くない。しかし、これらの限界を念頭に置いた上でも、この研究の結果は考慮に値する。


この研究に参加した被験者の内41%が、セラピー中に自己のコントロールを失った事を偽記憶発達の原因として挙げている。セラピストはセラピーの中で、記憶を回復することが症状を和らげるのに不可欠だと主張し、セラピーで主導を握っている。更にクライアントは、幼児虐待について話した時に特にセラピストから注目を受け、セラピストに受け入れてもらうためにはその事について話さなければならない、と感じている。また、重要な決断を下す上でアドバイスを受ける為に、セラピー間に電話をする、夕食をともにするなどの、セラピストとクライアントの境界の侵食が多く見られ(5)、クライアントのセラピストに対する依存も見られた。


被験者の内18%は、自分の感情や行動について適当な理由付けを欲したあまり、偽記憶を発達させたと答えている。彼らは幼児虐待を受けた事を「思い出した」時、様々な症状がどこから来ているのか、その理由がやっと分かったと思って安心したという。また、セラピー開始以前にも、自分が子供の頃に性的虐待を受けたのではないかという疑いを持っていたという。このように答えた被験者のセラピストは、幼児虐待が起きた可能性について強く主張はしなかったものの、子供の頃の性的虐待についてほのめかしたり、クライアントが記憶を回復した(と思った)時にも、その記憶を支持していた。


被験者の4%は、虐待を生き抜いた人達のグループ(survivor group)に参加した時に特に、意識的にでも無意識的にでも、幼児虐待の被害者としての「役」を演じなければならないとプレッシャーを感じ、その結果、偽記憶が発達したと答えている。その中の多くの人達はセラピー開始以前から幼児虐待を受けたのではないかという疑いをもっていて、偽記憶の発達にセラピストは関係していない。これらの研究結果は、セラピストがどうクライアントに接すれば偽記憶発達のリスクを減らす事が出来るのかを示唆している。それについては次のセクションで述べる。この研究に参加した人達の38%は複数の原因を挙げ、11%は選択肢にない原因を挙げている。


その他の原因として挙げられているのは、オエディプス・コンプレックスや自立に対する願望と恐怖など精神分析学的な理由や、精神的苦痛から開放される事への約束、などであった。(6 14 15) 精神分析学的な説では、女性の父親に対する未解決で長い間抑圧されていた性的願望が父親への怒りとして表れ、その怒りが無意識的に、子供の頃の性的虐待の偽記憶を作り上げてしまうと言う。(6 14) また、親から自立したいと同時に自立に対して罪の意識をもち、また、自立する事に恐怖を覚えるという、内的矛盾が偽記憶を発達させるとも言われている。(6 14) 親、特に母親に精神的に依存する女性は、自分に共感と愛情を示してくれるセラピストを理想的な母親像と見なし、セラピストの支えの中で、実際には起こっていない幼児虐待を訴えることで、親に対しての遅い反抗期を迎えるのという説もある。これらの説は全て強く精神分析学的で、科学的見地からも女性擁護説(フェミニズム)的見地からも、大きく批判の余地を残している。


セラピストの為のガイドライン

偽記憶発達のリスクを減らすためには、セラピストは偽記憶を誘発させてしまう可能性を認識し、常に慎重になっていなければならない。以下は、セラピストの為のガイドラインである。


まず最初に、セラピストは自分の能力内でのみセラピーを行わなければならない。(8) 適切な訓練を受けていない場合は、いかなる心理療法も使ってはいけない。もし特定の療法に自信がない場合、あるいはクライアントの診断や療法プランの作成にあたって更なる知識が必要だと感じた場合は、セラピストは同僚やスーパーバイザーに専門的なアドバイスをもらったり、その療法に長けている専門家を紹介するべきである。(8) また、偽記憶についての論争や、記憶、幼児虐待、療法の効果と使用方法、精神機能全般についての最新の研究や理論についても常に知っておく必要がある。(6 7) これは、心理職に就く人達は常に実践者であると同時に科学者でならなければならないという、「科学者・実践者モデル」の重要さと効果を示すものである。


次に、セラピストはクライアントの過去の記憶を回復する事よりも、現在の症状や生活機能にセラピーの焦点を当てるべきである。(6 11 10 5) 記憶回復の一番の目的は過去に起こった事柄を正確に思い出すことではなく、この先起こるかもしれない問題をよりうまく解決する方法を学ぶ為に、過去に感情的な面で向き合う事なのだということを、常に覚えておかなければならない。記憶の回復はセラピーの目的でもなければ、症状軽減に絶対不可欠なステップでもないのだ。その為、なくなってしまった記憶の一部始終を思い出すように強く主張したり、暗示を使ったりするべきではないのだ。(6 11 15 5) 更に、幼児虐待の有無はどのような症状からも示唆されるべきではない。(6 15 7) 実際にクライアントが幼児虐待を受けていた場合でも、幼児虐待は診断名ではなく、セラピーでは幼児虐待の過去そのものよりも、幼児虐待の事実から派生した現在の症状や問題点に焦点をあてなければならない。また、セラピストはクライアントの記憶のあいまいさに耐えるべきだし、クライアントにもそう出来るように手助けをすべきである。(6 3 10) 現在クライアントが抱えている問題の原因を特定したいという願望やその必要性を感じてしまうと、無意識のうちにクライアントが偽記憶を発達させてしまう可能性があるからだ。


次に、セラピストはクライアントの受けている心理療法について慎重にならなければならない。催眠療法は完全なアセスメントと監督のもとに慎重に行われなければならない。(6 11) 催眠状態のクライアントは暗示にかかりやすく、偽記憶がつくられる確率も高くなるからだ。その為、催眠療法は記憶回復を目的として使用されるべきではなく、セラピーでは、適切な訓練と監督のもとでの実践を積んだ催眠療法の専門家によってのみ使用されるべきである。いくつかの州では、セラピー中に催眠療法を受けた人は法廷で目撃者として発言する権利を剥奪される事があるので(3)、催眠療法使用の前にインフォームドコンセントをもらう事も重要である。


幼児虐待を生き抜いた人達のグループ(survivor group)に参加する事で、幼児虐待の被害者としての「役」を演じなければならないというプレッシャーを感じる人も多い為、幼児虐待が実際に起きたという適切な証拠がない場合は、クライアントにそのグループへの参加を勧めるべきではない。(6 11 5) グループ形式の心理療法の使用とどのグループにクライアントを入れるべきか決定する前に、クライアントの症状回復の度合いを審査する為に、セラピー前の査定が必要になってくる。また、グループのリーダーは、グループの目的、ルール、境界の問題、形式、手順などについて明確に説明しなければならない。偽記憶発達の可能性がより低い心理療法を選択する事も、セラピストの役目なのである。(7 11 10)


その他、幼児虐待の経験があるかどうかは、セラピー開始以前のアセスメントの時期に、クライアント全員に対する常規的手順の一つとして聞くべきである。(6 7) 暗示を使ってしまわないか、その結果として偽記憶を埋め込んでしまわないか、という恐怖によってその質問をしないと、実際に幼児虐待の経験を持つクライアントでさえその事実を口にしない事があり、重要な情報が欠落したままセラピーが進んでしまう可能性があるからだ。


更に、クライアントの自主性を尊重し促進することはとても重要で、セラピーを行うに当たって絶対に必要である。(6 10 5) セラピストは幼児虐待の経験の有無についてクライアントの決断を尊重するべきであり、セラピストの意見はどちらについても述べるべきではない。セラピストとクライアントの関係での境界は厳しく守られなければならず、セラピストはクライアントがセラピストに依存してしまわないように出来る限りの努力をするべきである。


最後に、セラピストは幼児虐待の発生率についてなど、様々な事柄についての自分自身の先入観や個人的な考えなどが、専門的決断に影響を与える可能性があることを常に念頭においておかなければならない。(6 11 5 8) また、客観的に見たセラピストとしての能力やセラピーの効率を知ったり、法的問題が起きた時の為に、アセスメントの過程、診断名、心理療法の経過などは慎重に、そして完全な形で記録されるべきである。(15 8)


結論

偽記憶論争については、FMSFそしてFMSFに対する批判、どちらのサイドも適切な解決法を示唆していないように思える。一定の期間を経て回復した記憶は全て偽記憶である、あるいは正確である、というような極端な意見は、心理の専門家、クライアント、そして一般市民をただ翻弄するだけで理解を深めるものではない。この問題の解決法は、両極に位置する意見の間にあるように思える。そのキーとなるのは、忘れていた事柄を正確に、あるいは不正確に思い出すというのは、程度の問題なのだという事だ。更に重要で生産的な意味ある解決法は、偽記憶を発達させやすいセラピストやクライアントの性質を調べ、心理療法やセラピーが偽記憶発達に貢献してしまう状況についてより深く調査することである。人間の記憶の正確なメカニズムや偽記憶発達の過程について、私達は未だに多くをわかっていない。その為、偽記憶発達を防ぐために、私達は今出来る事をやるしかないのだ。偽記憶の論争について認識し、最新の科学的知識を常に身に付け、そしてクライアントや一般市民に偽記憶発達について教育する事は、セラピストや他の心理専門家の絶対的な義務なのである。



参照文献

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