自己紹介
イゾン、昭和二十年八月二十二日生まれ、五十九歳。
関大商学部卒。二、三、四回生の夏のアルバイトで百貨店屋上ビヤガーデン のボーイを経験する。そのときの奔放な生活により人生進路が少し狂う。電算 機、映画、建設、航空写真測量の会社に席を置く。

映画は大映関西支社で事務を執る。二十三歳から二十五歳まで。映画は好きで会社を終えてからよく見に行った(多いときは月に五十本くらい)。業務視察証というのがあって、 定期券みたいなもの。これを提示するとどこの映画館でも入れた。大映はつぶれる少し前の時期で、商売敵、東映の高倉健の義理人情に心酔していた。このころは酒もよく飲んだ。二十五歳の夏にはアルコール依存症だったと思う。でもいちばん充実していた五年間である。

三十五歳で体の不調が気になり始める。音に敏感になったり、イライラしたり 、酒をやめようとすると体が小刻みに震え、心臓がドキドキするなど。そ のときは何か分からなかった。精神的に弱い人間になり下がったと自分を 責めていく。その飲酒最盛期に会社からヨーロッパ視察旅行を命じられる。 酒を片手に死ぬ思いで二週間スイス、ドイツなどを見て回る。

三十八歳でアルコールの禁断症状(やめようとすると居ても立ってもおられない精神の錯乱)のため会社に通えなくなり、サラリーマンをやめる。四十歳までの二年間精神錯乱との闘い。連続飲酒発作などでのたうち回る。この時期まで なぜ自分がこんな症状に苦しめられるのか全く分からなかった。四十歳でやっとアルコールの専門治療と巡り合う。

四十歳からの三年間は自助グループに通い詰める。年間二百回以上。その後仲間とアルコール問題の市民活動を経験する。カウンセリング技法(ロジャース派、人の心は指示や説得では変わらない)を三年間学ぶ。

最近は全く自助グループには関わっていない。会から誘われて記念大会に一、二度出席するくらい。インターネット上に当ホームページを開設。自己開示して薬物アルコールの怖さを伝えようともくろんでいる。仕事は代行サービス業(便利屋)を十七年、高齢社会にともなって一人住まいのお年よりにお客さんが多い。もっぱら話しの聞き役に回っている。

だれが言ったか知らないが、これこそまさにアル中の「二本立て人生」であ る。これからはなるべく時間を割いてホームページを更新し、薬物依存症を社会に問い掛けていきたいと考えている。


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