
18.抗MRSA薬
ここに挙げる、抗MRSA薬とは、現在MRSAに使用することのできるいくつかのカテゴリーの抗菌薬を総じて論じています。というのも、バンコマイシンをはじめ、ここに挙げる抗菌薬の多くはMRSAに対する数少ない有効薬であり、耐性化防止のためにも特に厳しくその使用を制限する必要があるため、ここでまとめてお話しすることとしました。
T.MRSAとは
ペニシリンGが実用化されて十年足らず、黄色ブドウ球菌はペニシリンGへの耐性を獲得するようになり、あっという間に世に蔓延しました。原因は前にも述べた、ペニシリナーゼという酵素をブドウ球菌が産生するようになったからです。このため、ペニシリナーゼに安定した半合成ペニシリンであるメチシリンが作られました。これが最初の黄色ブドウ球菌用ペニシリンです。しかし、時を置かずして、メチシリンにも耐性を持つ黄色ブドウ球菌が出現するようになります。これがMRSA(methicillin
resistant S.aureus)の始まり(注59)です。耐性機序としては、βラクタム薬の結合作用部位であるペニシリン結合蛋白(PBP)のうち、結合性の低いPBP2‘という種類のものを産生する遺伝子領域が染色体に挿入されています。このため、メチシリンに限らず、セフェムやカルバペネムを含む全てのβラクタムに耐性を示します。また、染色体に他の抗菌薬への耐性遺伝子を導入しやすい配列を有し、多くのMRSAはマクロライドやアミノグリコシド、テトラサイクリンをはじめ、キノロンなど殆どの抗菌薬に多剤耐性化を示しています。現在、バンコマイシンやテイコプラニンなど、ここでお話する抗菌薬には感受性を示しているものが殆どですが、一部それらにも耐性のブドウ球菌(VRSAと呼ばれる)が見つかるようになり、バンコマイシンをはじめ抗MRSA薬の適正使用が強調されています。
U.グリコペプチド系抗菌薬
自然界の微生物が産生する抗菌物質を精製したものがグリコペプチド系抗菌薬です。分子量が大きく、経口では吸収されない、血中でも不安定などの問題を抱えています。細菌表面のリン脂質に結合し、細胞壁合成を阻害する殺菌性の抗菌薬です。しかし、毒性も強く、腎毒性や聴毒性、骨髄抑制などの副作用が有名です。
よく誤解されていることに「バンコマイシンは最強の抗菌薬」とか、「バンコマイシンは何にでも効く」とかいう神話があります。これを読んでいらっしゃる方の中で、そう思ってた、もしくはそう教育されたという方は是非、この機会にその考えを捨ててください。
まず、グリコペプチド系抗菌薬はグラム陽性菌にしか効きません(重要なグラム陰性桿菌にスペクトラムを有しません)。また、殺菌性という点からも、感受性があればβラクタム薬に劣ります。前述のように副作用も気になります。毒性と有効血中濃度が紙一重なので、血中濃度を定期的にモニターする必要があります。このように、グリコペプチドは他に選択肢の無い場合に「仕方が無く」使う抗菌薬だというイメージを持ってください。
後述するように、バンコマイシンの使用に関しては、CDC(米国疾病管理センター)から適正使用のためのガイドラインが出されています。
@ 塩酸バンコマイシン(VCM)・・・商品:塩酸バンコマイシン(経口・点滴)
1950年代に既に開発・実用化された抗菌薬です。
前述のようにグラム陽性菌、嫌気性菌ではクロストリジウムなどにスペクトラムを有します。
殺菌性で、体内分布は比較的良好なものの胆道系・髄液への移行はあまり良くありません。ですから、MRSA髄膜炎(例えば脳外科領域での)ではより大量のVCMを必要とします。
VCMは腎排泄で腎毒性が有名ですが、VCM単剤で使用する限りは稀です。しかし、VCMはβラクタム薬のように、アミノグリコシドと併用することによって相乗効果が得られるために、重症例ではアミノグリコシドとの併用療法を行うこともありますが、この場合は腎障害がほぼ必発ですので注意して下さい。他に耳毒性がありますが、これもアミノグリコシドとの併用で頻度が増加します。あと、VCMと言えば、血球減少(好中球、血小板等)が時々見られます。
防げる副作用としてレッドマン症候群があります。これは、VCM投与直後から上半身を中心として発疹・紅斑・掻痒・発熱などの症状を起こすものです。一瞬アナフィラキシーかと思い焦りますが、VCMを急速に点滴することにより血管周囲にヒスタミン遊離が生じるために起こるとされ、点滴速度を落とすことで防止できます。抗ヒスタミン薬の前投与も選択のひとつです。
MRSA感染症においては第一選択薬となりますが、ここでは「MRSA感染症かどうか」という評価がとても大切になります。MRSAにさらされる患者の多くは入院日数を長く強いられている、高齢者や重症基礎疾患など、弱っている人々です。これらの患者の殆どは、広域の抗菌薬を長期に投与されている機会が多く、耐性菌だけが選択されて体内に残存しています。培養を行った場合、喀痰や尿、便などあらゆる検体からMRSAが検出されるでしょう。しかし、果たしてこれらのMRSAは悪さをしているのでしょうか?
MRSAは抗菌薬に対する感受性が著しく低いという以外は、通常の黄色ブドウ球菌となんら変わりありません。培養でMRSAを検出して判断に迷った際は、グラム染色を行ってみましょう。殆どの場合、ブドウ球菌は少数で、貪食像も見られない、単なるMRSAの定着状態であることがわかると思います。転院先が「MRSAお断り」なんてことを提示しているものだから、躍起になってMRSAの治療をしているのを見かけますが、MRSAだけを目の敵にするのは実にナンセンスなことです。
さて、青木眞先生はその著書の中で、「MRSA腸炎と言われるものの多くが、そうではないのではないか」と書かれています。つまり、「偽膜性腸炎なのに、クロストリジウム・デフィシル(CD)の検出率が悪いために、CDが検出されず、代わりに培養されやすいMRSAが検出され原因と間違えられている、その証拠にMRSA腸炎と言われているものの多くはメトロニダゾールで治癒しうる」ということです。そもそもわが国では、偽膜性腸炎にメトロニダゾールの適応が無いことも手伝ってか、いきなりVCMを投与することも少なくありません。是非改めるべきことです。偽膜性腸炎においては、VCMはメトロニダゾールの治療で失敗を繰り返すケース、または重症に限って使用するようにしましょう。また、MRSA腸炎が疑われる症例においても、VCMの前にメトロニダゾールの使用を検討してみましょう。前述の通り、経口バンコマイシンは腸管から吸収されないので、全身の感染には使えません。逆に、点滴のVCMは偽膜性腸炎には無効です。
以下に、CDCから出されているバンコマイシンの適正使用のためのガイドラインからの抜粋を示します。
表1.バンコマイシンの使用が適切であり、容認できる状況
@βラクタム剤耐性グラム陽性菌による重症感染症の治療
Aβラクタム剤に重症アレルギーのある患者にグラム陽性球菌感染症の治療を行う場合
B抗菌薬投与に関連した腸炎の治療において、メトロニダゾールに反応しない場合、またはその腸炎が重症で生命の危険がある場合
C心内膜炎の危険性が高い患者に対する予防投与
DMRSAやメチシリン耐性表皮ブドウ球菌による感染率が高い施設で、人工物や装置を移植する心臓血管系の手術や人口骨頭置換術等の外科手術に対する予防投与。(手術の直前にバンコマイシンを1回投与し、手術が6時間以上続く場合は同剤を追加する。予防投与は最高2回以内に止めるべきである。
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表2.バンコマイシンの使用を控えるべき状況
@生命に危険を及ぼすβラクタム剤アレルギー患者以外の患者に対するルーチンの外科的予防投与
AMRSA感染発生率が高くない病院において、グラム陽性菌による感染が疑われる所見がない顆粒球減少発熱患者に対する経験的抗菌薬療法
Bコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が血液培養1本のみから検出され、同時に採血した他の血液培養は陰性である場合(血液培養の汚染が考えられる場合)の治療。
Cβラクタム剤耐性のグラム陽性菌が培養で検出されなかった患者に対する継続的な経験的治療。
D留置中心静脈カテーテルや末梢カテーテル由来の感染、またはコロナイゼーションを予防するための全身あるいは局所(抗菌薬によるロック)投与
E消化管の選択的な除菌
FMRSAのコロナイゼーションを根絶させるために用いる
G抗菌薬関連腸炎の治療において、最初から用いる
H出生時体重が非常に小さい乳児(1500g未満)に対するルーチンの予防投与
Iβラクタム剤感受性グラム陽性菌感染を起こした腎不全患者の治療
Jバンコマイシン溶液を局所や洗浄に用いる
使い方としては点滴では12時間、もしくは8時間ごとの投与が標準です。腎障害の患者では、24時間ごとの投与や1日置きの投与などのオプションもあります。血中濃度は4回目の投与直前に測定します。この濃度を目標濃度になるように投与量を調節します。ピーク値の測定は特に必要が無い限りは行わなくて大丈夫です。
スペクトラム:GPC、Clostridium属、Actinomyces、Peptostreptococcus属
適応:上記の表参照。特に、各種MRSA感染症、βラクタムアレルギー患者の重症グラム陽性菌感染症、感受性不明の肺炎球菌もしくはブドウ球菌による髄膜炎、感受性不明のコアグラーゼ陰性ブドウ球菌による敗血症
※処方例:塩酸バンコマイシン(経口) 500mg 分4 (4270円/500mg)
投与例:塩酸バンコマイシン(点滴) 15mg/kg 12時間ごと トラフ値:5-10μg/ml 4349円/500mg (注60)
A.テイコプラニン(TEIC)・・・商品:タゴシッド(点滴)
次はテイコプラニンのお話です。
バンコマイシン同様、抗MRSA作用をもつポリペプチド系抗菌薬です。VCMに比較してTEICの方が副作用の頻度が少ないとされていますが、臨床的に特徴や注意点などほぼ同一ですので、上記を参考にして下さい。なお、MRSA感染症の治療はVCMが基本ですから、何らかの理由でVCMが使用できない場合にTEICの使用を考慮するようにします。
スペクトラム:VCMとほぼ同じ(Actinomycesに関しては効果データなし)。
適応:VCMが使用できないケース。適応疾患はVCMと同様。
※投与例:タゴシッド 初回投与量として12mg/kgを12時間ごとに3回投与、以後12mg/kgを24時間ごと
わが国では初回400mgを12時間ごとに2回、以後400mgを24時間ごと、と記載がある。
トラフ値:5-10μg/ml(注61)
V.オキサゾリジノン系抗菌薬
@リネゾリド(LZD)・・・商品:ザイボックス(経口・点滴)
オキサゾリジノン系抗菌薬は、VCM耐性菌感染症の治療薬として新たに開発された新しい抗菌薬で、リネゾリドがその第一号です。VCM耐性の腸球菌(VRE)や黄色ブドウ球菌(VRSA)にも効果がある(注62)とされています。細菌のリボソームに結合し、蛋白合成を阻害することで静菌的作用を有します。
腸管からの吸収が良く、経口薬も発売されていますが、外来で簡単に処方して良いものではなく、VCM耐性菌感染症治療が長期に渡り、退院後も服薬治療を有する患者にのみその使用を限定すべきです。
また、体内の各臓器に良好に移行します。
他に特徴として腎障害のある患者にも使用量を変えずに使えます。
副作用としては悪心・嘔吐・下痢が多く、血球減少なども時々起こりますので使用中は血算のモニターも必要です。相互作用としてはモノアミンオキシダーゼ阻害作用を有し、チラミン含有食物(チーズ、赤ワイン、ビールなど)と併用することで重症高血圧の出現の恐れがあります。また、アドレナリン作動薬や、セロトニン作動薬との併用でそれらの効果が増強されてしまうこともあり要注意です。
繰り返しますが、バンコマイシン耐性菌の感染症の治療薬です。絶対に乱用はいけません。
スペクトラム:グラム陽性菌、嫌気性菌
適応:VCM耐性菌でリネゾリド感受性菌による各種感染症
※処方例:合併症のない皮膚感染:リネゾリド 400mg/回 12時間ごと(経口、静注いずれか)
ザイボックス錠(600mg) 2T 分2
投与例:ザイボックス注 600mg 12時間ごと
W.ストレプトグラミン系抗菌薬
@
キヌプリスチン/ダルフォプリスチン(QPR/DPR)・・・商品:シナシッド(点滴)
ストレプトグラミン系抗菌薬もまた、オキサゾリジノン系抗菌薬と同様、VCM耐性菌感染症の治療薬として開発された新しい抗菌薬です。細菌のリボソーム50Sに結合し、蛋白合成を阻害し抗菌作用を発揮します。元来は静菌性ですが、キヌプリスチン:ダルフォプリスチン=3:7の合剤になっており、両方の相乗効果により殺菌性を示します。
肝代謝なので、腎機能低下に対して投与量を調節する必要がありません。
副作用としては静脈炎、筋肉痛、関節痛が一般的です。また、肝のp450を介する薬剤とは相互作用に留意する必要があります。
スペクトラムはリネゾリドとほぼ同様なのですが、腸球菌の一種であるE.faecalisは自然耐性を有するため本薬は効きません。これは大切な点です。しかしまあ、E.faecalisはペニシリン系抗菌薬に感受性を残していることが多いので問題になることは少ないです。
リネゾリド同様、耐性を生まないように適応を厳しく検討して大切に使いましょう。
スペクトラム:E.faecalis以外のグラム陽性菌、淋菌、一部の嫌気性菌
適応:VCM耐性菌でQPR/DPR感受性菌による各種感染症
※投与例:シナシッド 7.5mg/kg 8時間ごと(中心静脈より) 21-72日間
X.その他の抗MRSA薬
前項でお話したST合剤やリファンピシンもMRSAに感受性を残していることが多く、MRSA感染症治療のために併用療法として使用されることがあります。薬剤自体の詳細については当該項をご覧下さい。
<解説>
注59)MRSAに対して、βラクタムに感受性を残しているものはMSSA(正確には感受性試験による規定があるが、臨床的にはこの理解で差し支えない)と呼ばれる。
注60)重症例では初回25mg/kg、500mg/時間とするのが安全というスタディがある。
注61)MRSAによる心内膜炎ではトラフ値20μg/mlは必要である。
注62)ただし、既に米国ではリネゾリド耐性、キヌプリスチン/ダルフォプリスチン耐性の腸球菌やブドウ球菌が報告されている。