レースレポート速報版

02年12月

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2002.12.1 奈良大仏マラソン(5キロ&仮装の部)   19分31秒

 直前の走る友達からのメールに、「昨年は仮装して走って、楽しかった。」と書かれていたので、わたしもやってみようと思いついた仮装ラン。ちょうど、手作りのプーさんの装束があったので、12月クリスマスシーズンでもあるので、サンタの赤い帽子をかぶせてみた。

 ウォーミングアップを終えて、更衣テントでプーさんに着替えて、会場を横切ったとたん、奈良新聞社の記者の人が追っかけてこられて取材を受け、ばっちり写真も撮ってもらった。「お歳は?」と聞かれ、「42歳です!!」と元気よすぎる答えをしてしまい、我ながら恥ずかしかった。〜さっそく翌日の朝刊に写真掲載されたようで、奈良在住の友人がメールくれ、さらに本紙を送ってくれた。

 小さい子供も「プーさん頑張って〜。」と応援してくれたり、知らない人も写真をとってくれたり、プーさんのしっぽにタッチされたり、とっても楽しかった。観光客の人も注目してくれたみたい??・・・仮装ランはこれくらいギャラリーの多い大会でするのが正解かな!

 着ぐるみプーさんの装束だったが、軽くて結構走りやすい格好だったので、走りのほうも頑張った。頑張って走りすぎて速すぎて、審査員の目にも留まらなかったのか(?)残念ながら仮装の部入賞は果たせなかった。じつは、仮装の部の優勝商品は、「折りたたみ自転車」!!走りのほうで頑張って走って1等賞になっても、「佃煮3点詰め合わせ」・・・これは来年からもっと頑張らなくちゃ!もちろん仮装の部である。「アイデア」「ユニークさ」「大仏マラソンに関連していること」などが審査のポイントだそうで、「傾向と対策」を怠ることなく、1年がかりで用意周到に準備だ〜〜。

追記:<20年ぶりくらいで同期生夫妻に出会う>
 ギャラリーを楽しませた仮装ランナーに、「特別賞」が贈呈されるというので、気合を入れて、「くまのプーさん」の着ぐるみで走り、さらにアピールしようと会場をうろうろ・・・すると、大きな声で「ロコ!」(=幼稚園時代からのわたしのニックネーム)と呼びとめられ、振り向くとそこには、同期生夫妻が。

 大卒で入社した最初の会社の同期生同士で結婚した夫妻である。その後早い時期にわたしも彼女も会社を辞めてしまったが、ずっと年賀状のやり取りはしていて、二人が結婚後奈良に住んでいることも知っていたし、わたしが走り始めたことも知っていてくれて、ご主人が元陸上部だったので最近ジョギングを始めたことも知らせてくれていた。

 子供さん2人も一緒に来られていて、もう、長女さんは中学生。おとうさんと一緒にファミリージョギングに参加したりするそうである。このように子供が大きくなっていても、同期生二人ともちっとも変わっていなかった。わたし、何が恥ずかしかったといえば、こんなに久々の出会いに、くまの着ぐるみを着ていたこと・・・・「おとうさん、お母さんと同期生なんですよ〜〜〜。」と言うと子供さん2人、ちょっと引いていたような・・・・???

追記:<大仏マラソンその後>
 火曜日から発熱、扁桃腺には細心の注意を払っていたのに、今回の風邪は筋肉痛から来た。大仏マラソン翌日の月曜日、足腰全体に異様な筋肉痛、「おかしいな、昨日は大仏5キロ走っただけなのに??」と思い、夕方いつものようにジョグ。なんだかおなかが空いて夜半までもぐもぐ食べつづけていたら、火曜の未明に胃痛で目覚める。「こりゃ食べ過ぎに違いない。」と「だらにすけ」(=奈良県天川村泥川温泉の胃腸薬)を飲んでみるも収まる気配なし。動くとむかむかするので、仕事も休ませてもらい、お昼に余りの頭痛に熱を測ると7度4分。風邪だと気がついた。

 木曜日、ふらつきながらも12キロジョグ。自分でも本当にふらふらしていてまっすぐに走れないくらいだった。金曜日、元気いっぱい12キロジョグ。行きつく先は忘年会だったから〜

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2002.12.8 大阪女子30キロロード   1時間59分34秒

 この大会は心理的にも大変プレッシャーを感じる大会である。物々しい警戒(?)とも言えそうなくらい、陸協の先生方がたくさん出てくださって、厳しい目で見られているような・・・?気にし過ぎかな?コースも単調な3キロ弱の周回で走りづらいし・・・距離表示は5キロごとだし・・・あくまでも練習と位置付けているので、前日に大阪市民マラソン5キロも走っておいた。風邪あけなのでレースでペースをつかむために走って、19分54秒だったので、ほぼ目標どおり。

 さてその30キロレース、最初は身体が重く動かなかったし、ペースも速くなくて良い(5キロを20分半くらい?)、と思っていたので、後方からぼちぼち行っていたが、中盤から脚が突然動き始め、自分でもこんな走りは始めてなので、ちょっと頑張って行けるだけ行ってみよう、と調子を上げていった。タイムはともかくとして、レース展開に驚いている。

 その後は淀川ランナーズのメンバーと忘年会。何年か前、夜7時に自宅最寄の布施駅まで帰っていたのに、家にたどり着いたのは10時だった、という空白の3時間を輩出したいわく付き(?)の忘年会なので、今年は注意して、飲みすぎないように・・・

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2002.12.15 三田国際マスターズマラソン(ハーフ)  1時間22分31秒

 寒がりのわたしが恐れていたのは、氷点下に近い三田の冷え込み。だけど予想に反して当日は気温九度だった。三田にしては北風がなくて、気候条件は良かっただろう。

 それでも、神経痛もちのわたしはロングタイツ2枚重ねで走った。みんなに「暑くない?」といわれ、ちょっと汗をかきながら走ったけれど、このタイム、総合2位、自分でも疲れの出始めた体調で良く走れたものだと思う。直前の水曜日の練習はなんとかこなしたものの、その後神経痛がひどくて、ほとんど走れなかったのである。女子の総合優勝は地元三田市の方、1時間19分ちょっとのすばらしいタイムだった。まったく付いていける相手ではなかったので、おちついて自分のレースが出来た。

 表彰式も終えて、会場内のコンバースのブースで女子の総合優勝の方と出会ったので、わたしのことだからぺちゃくちゃおしゃべりに花が咲いていた。そうしているうちに、ステージのほうから「小川裕子さん〜〜」とわたしの名前を呼ぶ声が・・・(おしゃべりに夢中になっていても、自分の名前が呼ばれたら、なんとか耳に届くものである)「あれ、もう表彰もしてもらったけど??また、忘れ物でもして呼ばれているのかな?」と思い、あわてて舞台のほうに走っていくと、「おめでとうございます〜〜ホノルルマラソン当選です〜〜〜」本当にびっくりした。三田マラソンでは、部門別優勝者対象の抽選で、ホノルルマラソンが当たることになっているのだが、そんなことをすっかり忘れて、おしゃべりばかりしていたのである。

 それに三田のレースでは、とても元気になる出会いがあった。いつもブラインドランナーの伴走をされている大阪の永田さんという方と、言葉を交わす機会があったのだ。それまでにも何度かお姿にお目にかかり、お元気そうなおじいちゃんだから、おしゃべりしてみたいな〜と常々思っていたのである。

 ハーフのレースを終えたわたしは、もてなしのトン汁で腹ごしらえをした後、クールダウンと後続ランナーの応援を兼ねて、コースを逆走していた。ラスト3キロに近い18キロ地点の関門まで来て、「関門閉鎖まで後3分です、早く通過してください〜〜。」というアナウンス。それが「後2分です〜〜。」になり、「後1分!!」となったとき、永田さんが小刻みだけれども確実なピッチで通過。まわりのどのランナーよりも元気そうに見えた。

 わたしはその場に立ち止まり、関門閉鎖までその地点で後のランナーを応援して、コース上前方を見やると永田さんの姿がはるか前に進んでいた。わたしもなんとか追いついて、
「いつもお元気そうですね、あちこちでお姿拝見しています。」と声をかけた。

 「ハイ、74歳、辰年生まれ、元気に走っています!」としゃきっと伸びた背筋から良い声が。しっかりした足取りで、どんどん前のランナーを追いこしていく。前のランナーというのは、ゴールまでの最後の18キロ関門を通過したことで安心して力尽きたのか、ほとんど歩いている人が多かったのだ。

 「すごいですね、ごぼう抜きですね。」とまた声をかけると、永田さんは、
「わしら、一番後ろから出ているから、まあ、抜いていく一方ですわ〜〜。関門もほとんどぎりぎりで通過しているし。」と言いつつ、抜いていくランナーひとりひとりに「頑張って完走しましょう。」と声をかけておられた。
「こうやって声をかけながら、自分にもハッパをかけてるんですわ〜。」とまた明るい声。

 「先月は福知山走って、これは盲人ランナーの伴走でしたけど、その後那覇マラソン走って、レース続きでちょっとばててます。」とおっしゃるものの、なんの何の、そんなにレース続いていたら、若い者だってばてばてである。
「そんなに走って、おうちの方、心配されませんか?」と失礼ながらたずねてみたら、
「いやあ、もう、あきらめてますわ〜。」とこれはどこの走り好きのご主人の家庭でも同じことのよう。だけど年齢が半端じゃない〜〜〜

 「74歳でいらっしゃって、介護保険も何も、関係ないですね。保険料、払う一方でしょうね。」とわたしの職業柄、つい、こんな質問が・・・・
「いやあ、悪いのは頭ですわ〜、走りきちがい、言われてますから〜〜〜。ゴールでは孫も待っていてくれるんです。」とおじいちゃんらしい嬉しい声。並走するうち、ラスト1キロ地点手前で
「おじいちゃん!」と小学校低学年くらいの男の子が双眼鏡を胸に大声援。遠くから走って帰って来るおじいちゃんの姿を待っていたのであろう。
「やあ、こんなとこまで来てくれたんか〜、走ってゴールするぞ。」との嬉しそうな永田さんの声につられて、孫である男の子も走り始めた。

 「なんだかペース上がっていますよ。」と知らせると、
「ああ、そうですか、そんなつもりないのに、ゴールに近づいて、気持ちが高ぶってきてるんですなあ。」と自然に身体の中から湧きあがる力で走っておられる様子が、とても新鮮であった。男の子といっしょに歩道を走りながら、
「おじいちゃん、すごいね。20キロも走ってきて、もう後最後の1キロだよ。ボクもついて走れるかな?」とかなんとか声をかけていた。最初はにこにこしながら走っていた男の子も、ゴールに近づくとだんだんしんどくなってきたのか、表情も真剣に・・・ともすれば永田さんのほうが先に行き過ぎてしまい、姿を見送る形になってしまう。でもなんとかかんとか、ゴール地点の運動場まで来て、グランドを半周するおじいちゃんを見やって、
「おじいちゃん、今ゴールだ。」とほっとした様子でつぶやくお孫さん。自分もここまで走ってきて、かなりくたびれたようで、それだけにいっそうおじいちゃんのしっかりした走りが心に残っているようだった。

 たくさんの人に出会って、元気でいられること、本当に嬉しく思う一日であった。

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