ホームヘルパー2級講習会


基本的学習(日々の学習・基本的技術)
第1日(6月13日)
午前:共感的理解と基本的態度

 今日から始まる講習会。ホームヘルパーの仕事も「人対人」。スキー教師の研修で習った、「技術は銀、人柄が金」が当てはまるようだ。

 2人がけの机に座った人と互いに自己紹介、そして、知りえた相手のことをみんなに紹介する、という形で始まった。5分ほどの短い時間で、初めてしゃべった隣り合わせの人との会話、それをまた、自分の言葉で教室内の全員に伝えなくてはならない。

 私の場合、おしゃべりなので、つい自分ばかりしゃべりすぎてしまう。確か、隣の人にも受講動機を尋ねたはずだったのに、ちゃんとつかみきれなかったのは残念。ほかの人たちも、うまくお隣の人のことを紹介している人もいれば、いつのまにか自己紹介をはじめてしまう人もいる。24名でスタートした火曜日クラスだが、年齢も職業もまちまち。学生さんから、ヘルパーの経験者までいて、男性も2名いる。これからの実技講習の中で、仲良くやっていけそうだ。

 今日の講習3本柱は、受容・共感・傾聴。相手(利用者)の訴えることを否定せず、目線をあわせて合図ちを打ちながらよく聞くこと。ただ聞くだけでなく、相手の心を聴き取ろうとする積極的な姿勢により、相手の内面にはいり、相手を理解していくことができるのである。そして、相手の感情や態度をあたかも自分が体験しているように感じることが共感である。
午後:ビデオ学習

 痴呆老人・障害者施設、そして保育所までいっしょになった、手作りの施設のビデオをみんなで鑑賞した。子供たちとお年寄りが手をとりあって歌を歌ったりしている。知恵遅れの子供に向かって、「しっかり働きなさいよ。」とお説教するやや痴呆気味の女性。動作も不自由だが、赤ちゃんをあやしているお年より。また、夕食後の食器片付けもふきんで拭いたりするのは入居者。ここでは各自が自分のできることを分担して、生き生きと暮らしている。一昔以上前の、人付き合いの豊かな村の大所帯のようだ。とおりいっぺんの介護やデイケアとは全く違った形の施設があるのだ。

 そのビデオの中では、やはり私の父と同じくらいのお年寄りが、痴呆ゆえの問題行動を起こしている。自分の黒い手提げかばんを大事に持ち歩いていて、散歩に行くときも抱えているし、寝るときも枕の下に敷いたりしているというものだ。映像の中で見ると、ゆったりとした動作がなんだかユーモラスにも感じられて、私たちの教室の中からもくすくすという笑い声さえ聞こえてきた。私も最初は、「なんだかかわいらしいおじいちゃんだなあ。」などと思ってみていたが、ふと父の姿を重ね合わせてみると、とんでもない!これが自分の家庭の中で、日々起こる問題なのだ。夜中の数回以上のトイレ通いなど、とても自分に付き合えるだろうか。

痴呆老人の問題は、私が思っている以上に深刻であるようだ。
このころの父の様子

 父の病状は私の知識を待ってくれない。
5月5日にまさかの交通事故。ゴールデンウイークの午前中、近所まで散歩に出かけた父は、ここらあたりの幹線道路にいきなり飛び出して、車にはねられる。いったんは中央分離帯部分で止まったものの、間髪をおかず、飛び出したらしい。らしい、というのは、事故のショックからか、被害者側の父の事故の記憶が全くなく、加害者の証言のみに頼っているからだ。ゴールデンウイークの午前中、ということで、目撃者もいないようだ。

 外傷性くも膜下出血・左鎖骨の脱臼を負い、2週間あまりの入院ですんだのは、奇跡的といえるだろう。打ち処が悪かったら、頭蓋骨骨折などになって、即死!・・・と言うことだって考えられたのだ。さいわい、脳内出血はうまく吸収され、手術もせずに退院となった。

 ただ、左肩がうまく動かなくなるだろうことは言われた。きちんと装具をつけて固定しておかなければならないのだが、窮屈なため、父はすぐはずしてしまう。「治療のため、我慢しなければならない。」ことや、「なぜ、ベット上で安静にしておかなければ鳴らないのか。」が、わかっていないのだ。悲しいかな、これがアルツハイマー病なのだ。逆にいえば、事故のことなどすっかり忘れてしまっているので、本人の気持ちの負担にはなっていないのだろうが。




葉ホームヘルパー講習会
葉パパの介護記
葉娘のヘルパー日記
葉介護について思うこと

娘はマラソンランナー

メール アイコン
メール
トップ アイコン
トップ