ホームヘルパー2級講習会


基本的学習(日々の学習・基本的技術)
第7日(7月25日)
午前:排泄介助・失禁への対応

 先週から大きな宿題が出されていた。それは、紙おむつをつけて、一晩休んで、次の朝の排泄をオムツで行うというもの。ただでさえ暑苦しい夏の夜に一晩中オムツをつけてごわごわ感と蒸れ蒸れ感を実体験。そしてその中で放尿。

 もれたりしないかという恐怖感が先に立って、どうもいつものように行かない。ちょろちょろとしかでないのだ。おしっこはいきたいのに、うまく出てくれない。残尿感が不快感につながる。思わずトイレに駆け込んで、思いっきりおしっこしたらやっとすっとした。

 この私の体験した残尿感が思わぬ病気に発展することがあるのだ。つまり、毎回おしっこを全部出し切らないで残っていってしまうと、そこから古いおしっこがたまったままになって、尿路感染症になるそうだ。おしっこ自体は無菌だそうだが、その中の老廃物が曲者なのだ。

 大人になって分別のある状態で、おしっこや便を失敗することは誰にもいえない秘密だ。誰もが一人ひとりのやり方で、「人知れず」自然な形で済ますことを望んでいる。しかし何らかの理由で、排泄が自分ひとりではできなくなったとき、他者(介護者)の手を煩わせなければならなくなってしまったことへの「情けなさ」は大きいだろう。「しもの世話」をしてもらいたくない、というプライドは誰だって持っている。

 こうした考え方ゆえに、しもの世話をしてもらわなければならなくなったとき、介護者に対する「遠慮」や「気兼ね」から、水分の摂取を控えたり、便意があっても我慢できるところまで我慢したり、また、尿意があってもオムツをしたりする例もあるようだ。

 最後のほうで、受講生のひとりから、「しもの世話」ができるかどうか不安だ(抵抗がある)、という意見が出された。これは私にとっては問題外。ヘルパーたるや、「しもの世話」ができるのは当然だと思うからだ。決して相手の人(利用者)を物体とみなしているわけではない。その人を尊重していないわけでもない。利用者だって、本当は他者の手を借りたくないに違いないのだが、何らかの理由でこんな形になってしまっているのだ。相手の人が「手を貸してください。」といっているとき、私には拒む理由はない。ただし、相手の人が、「あんたにはしもの世話にはならん。」といって拒否されてしまったとしたら、私の出る幕をうまく考えないといけない。

 しかしこれが肉親や身内となると話は別だろう。現に今だってそうだ。父親の病気をなかなか受け入れることができない。「立派だったお父さん」が、もやは自分ひとりでは何もできなくなってしまっているのだ。今は入浴の介助・トイレの介助・下着の着替えなどは母がやってくれている。私は父の裸を見るのは抵抗がある。

 母も数年前に入院していた。くも膜下出血・C型肝炎を連発し、その後は骨粗しょう症である。骨粗しょう症でふとしたはずみで圧迫骨折がおこり、数日間寝たきりが続くこともある。オムツを当てなければならないこともある。さすがにこれは私の担当だ。でも、母のオムツを変えるにはまだまだ抵抗がある、私がここから産まれてきた、なんて思ったりするからだ。

午後:バイタルサインの測定、じょくそうのケア・

 バイタルサインとは生きている印。体温(T)・脈拍(P)・呼吸(R)・血圧(BP)をいう。そうなのだ、これらのうち、どれが止まってしまっても、生きていけるはずがない。人間は生身の体なのだ。

 じょくそう(床ずれ)の、さまざまな程度の写真を見せてもらった。赤くただれるところから、どんどん皮膚は犯されていって、本当に骨まで達している。そういえば、3年前、八戸ノ里病院に入院しているときに、同室のおばあちゃんが寝たきりだった。あたまははっきりしているので、毎日、車椅子に乗って、リハビリに出かけておられた。脚も曲がったままで伸びない・軽いけれど床ずれというものを初めて見た。背中やお尻の皮膚は、本当にやわらかくって、犯されやすいのだ。体位変換の重要性はここにもあった。

 さいごに救急法の練習があった。ホームペルパーとして在宅介護者のお宅を訪問しているとき、利用者が倒れて意識不明、救急車を依頼しなければならなくなったとしよう。救急隊員の指示に従って、救急隊員の到着までにしなくてはならないことが指示される。今日は、人工呼吸と心臓マッサージを習ったが、いざとなったら、意識不明で倒れている人に対して、力いっぱい心臓マッサージなどできるだろうか。

このころの父の様子:

 相変わらず、昼夜逆転続く。今年の夏の暑さも手伝って、介助している母も私もイライラが爆発している。家の中にひとりでも病人がいると、家庭内の雰囲気は悪くなってくるものだ。掃除や片付けが行き届かなくなってきた。

 ケアマネージャーさんにお願いして、8月からデイサービスを増やしてもらうことにした。今まで週3回だったのを、週5回。月曜から金曜まで毎日だ。

 父はこのデイサービスをことのほか楽しみにしているようで、お迎えがくる日は、朝も早くから起き出し、母を起こし、さっさと朝食を済ませ、いそいそしている。服の着替えは相変わらずめちゃくちゃ。パジャマの上にステテコをはき、その上からパンツをはいていることも。この暑いのに、4〜5枚も半そでばかりを着込んでいることもある。

 1時間も前から、「もうすぐくるから。」といって、家の前で立って待っている。「まだ1時間もありますよ。」といって、家の中につれて帰っても、5分後にはまた、家の前で立ちんぼう。しばらくそのままにしておくと、今度は「何台も車が行ってしもた。」といって帰ってくる。お迎えの車を覚えきれず、「早く乗っていきたい。」という自分の思いが強いから、どの車も自分のお迎えのように思ってしまうのだろう。

 ある日など、デイサービスから帰ってきて、お茶を飲んで一息ついたと思ったら、また、家の前で立ちんぼう。「今日は迎えに来てくれる日ではなかったかなあ。思い違いかなあ。」などといって帰ってくる。

 そういえば、2〜3年前から、会合や人との約束の日時・場所を覚えきれずに、とんちんかんな日に出かけていっては、「今日の会合は変更になっていたのかなあ。」「待ち合わせしていたのに、来なかった。」などといって、帰ってきたりしていた。逆に、「先生(父はかつてはこのように呼ばれていた)、まだお見えになっていないのですが、いつごろお家を出発していただけましたか?」などと電話が入ったりもしていた。本人、全く忘れていて、昼食会合の時間帯に、自宅でのんびりお昼ご飯を食べていたりするのだ。仕事をこなしているように見えて、その実アルツハイマーは忍び寄っていた。





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