ホームヘルパー2級講習会


在宅サービス提供現場見学(施設実習)
実施日 8月14日(月)〜15日(火) 8:30〜17:00
施設名 老人デイサービスセンター
◎体験した介護技術等(レクリエーションも含む) 例:シーツ交換・体位変換等

<入浴介助>
 布製のエプロンから濡れてもいいようにビニール製のエプロンに付け替え、入浴介助にはいる。浴場内は広く、階段と手すりつきの浴槽・洗い場が3箇所にそれそれシャワーチェア―が備え付けられ、奥には全介助の人が寝たままで入浴できる浴槽もある。

 女性は8割くらいの人が、自分で洗うことのできる人たちだったので、声かけを行いながら、背中を流してあげる。人に背中を流してもらうのは、気持ちのいいものだ。洗髪を手伝うこともあったが、シャワーで頭を流すとき、利用者の人が自分でちゃんと両方の耳を押さえてくださっていたので、耳に温水がはいるのではないか、という心配をせずに、シャワーをかけてあげることができた。このように利用者の人から教えてもらった私は、次の人からは、「耳に水が入らないように抑えておいていただけますか。」と一言かけて、シャワーをお手伝いさせていただいた。

 浴槽につかるのは気持ち良いが、血圧の変動を考慮して、あまり長くつかりすぎないよう、5分以内を目安に、全員に声かけをする。

<車椅子介助>
 車椅子を押してみて、その個々の性能の違いに驚いた。後輪がやや小ぶりで小回りのきくもの、全体的に軽いもの、使い込んでいるのかぎしぎししてやや動かしにくいものなどさまざまだ。

 自分で購入していたり、補助を受けたり、介護用品として貸与を受けたり、また寄贈を受けたりと、その入手ルートもいろいろだ。それぞれの車椅子を調子よく介助できなくてはならない。

<レクリエーション:14日(月)=ペットボトルボーリング>
 センターオリジナルのペットボトルボーリングとは、1.5Lのペットボトルにカラフルなビニールテープを巻いたもの10本をピンにして、片手でつかめるくらいの大きさのボムボールを転がして行う。今日は食堂の片隅で行ったので、投球の距離はほんの2メートルくらい。ボーリングのルールは無視して、1回の投球で倒れた本数だけを記録する。車椅子の人も麻痺のある人も、職員がお手伝いして、ボールを転がしてもらう。
痴呆の人は、ボールをつかんで放さないこともあったし、投げるのではなく戸棚にしまいこんでしまう人もいた。それでも、職 員が明るく盛り上げて、ペットボトルボーリングは、結構接戦となっている。みんなの顔も生き生きして、ペットボトルを倒すことに一生懸命になっている。簡単なゲームだが、体をつかって行えるのは楽しいようだ。

<レクリエーション:15日(火)=スプーンレース(お玉使用)>
 今日のレクリエーションは、併設の保育園の講堂を使って行われた。お玉の上に小さなボールを乗せて所持し、5メートルくらい離れたところに置かれたコーンを折り返して返ってくる。1対1の対決で、勝ち抜きトーナメントとなった。

 もちろん、歩行障害がある利用者や車椅子の人もいるので、職員が適当なハンディを決め、スタートを数秒遅れで指示する。車椅子の人は職員が押すことになる。利用者の日常動作をよく認識している職員なので、「○○さんは、△△さんより5秒遅れでスタートして。」と、その指示も的確だ。いつもながら職員の盛り上げ方は上手だ。それにのせられてか、普段杖をついてとぼとぼ歩いているおばあちゃんが、予想以上にすたすたと足を動かしてくれて、その残存能力が発見できる。「競争」となると、人は普段以上に力を発揮するものなのだ。体を動かしてゲームをしているときは、ほとんどの人が活気付いて見える。明るい雰囲気作りは、職員のチームワークのよさからも来ているのだろう。

◎全体を通しての感想―施設職員の対応等、気づいたこと、感じたこと。

 ちょうど我が父親(アルツハイマー型痴呆・2000年8月現在要介護2)のお世話になっている老人デイサービスセンターと同じようなプログラムを持つセンターでの実習だったので、大変勉強になった。

 職員や調理員の人たちまでみな若い人ばかりで、笑顔がまぶしい。言語障害と麻痺のある人が、「早くおやつを食べさせろ」と怒り出しても、ちゃんと笑顔で対応している。物を投げつけて怒っていても、子供をあやすように笑顔でなだめている。その様子がほほえましいので、周りの人もうるさがらないでニコニコしている。このような重症の人がいると、嫌がる利用者の人も出てくるかもしれないが、職員さんが明るいので、雰囲気を壊すほどのこともなく、デイ・サークルという感じでうまく流れていっている。

 ただ、13〜14名の利用者の中で、見守りや声かけが頻繁に必要な人(すぐに席を離れてうろうろ歩き回ろうとする人、他には、全介助の人や、痴呆の進んでいる人)以外は、どうしても話し掛ける回数が少なくなってしまう。要支援や要介護1くらいの人の中には、(言い方は悪いが)放っておいても自分のことはほぼ自分でできる人も多いので、入浴や食事など、本人にお任せだ。お元気そうに見える女の人たちは、グループになって、おしゃべりをしている。表情も明るい。

 ところが、男の人はそうは行かない。要介護度が高い人たちなのかもしれないが、なかなか意思の疎通がうまくいかない。すたすた歩き回っていたって元気そうなのだが、痴呆の人では言葉がうまく出てこずに(言語障害というのではない)、口をもごもごされている。何かしゃべりたいのだろうが、何を伝えようとしているのが、私にはわからない。意思の伝達回路が壊れてしまっているのだろうか。そんなふうだから、隣同士でおしゃべりをすることもない。

 ちょうど同じ頃に、父のためにもう1ヶ所医療機関のデイケアセンターを見学することができた。こちらでは、30名ほどの利用者を介護度によって2グループに分けてお世話しているので、「デイ・サークル」という感じでまとまっている。要介護度の高いグループはやや活気にかけるものの、要支援や要介護1・2くらいの利用者の部屋は、明るく元気一杯だ。学習塾の能力別クラス編成ではないが、残存能力別のグループ分けができるくらい、大所帯であれば、スタッフもより適切に見守り・介助ができるように思う。

◎デイサービスのプログラム

1日の流れ:午前 9:20頃より送迎開始(9:30頃より利用者宅にお迎え参上)
           10:00頃より、到着順にお茶&お茶菓子
                健康チェック(血圧・体温・脈拍)、おしゃべり
           11:00前より、3〜4名ずつ入浴、順番待ちの人は、おしゃべり
           12:00昼食
                休憩のち、入浴(午前中に入りきれなかった人)
        午後13:30頃よりレクリエーション
           14:30頃よりおやつの時間
           15:30頃より送迎開始(16:30頃までには利用者帰宅完了)

◎職員の利用者への対応

「限りなくfriendly」と、エプロンに染め抜いてあるように、とっても親しみやすい。
 利用者のお宅に、送迎に行ったときのことだ。男性職員のひとりが、「今週一杯で施設をやめて、くにに帰ります。」と、家族の人に伝えたところ、おばあちゃんは顔をくしゃくしゃにして男性職員に寄りかかるようにして泣き出した。よっぽど頼りにしていたのだろう、これほどまでのつながりがあるのだ。

 聞くところによると、痴呆の夫をひとりで介護しつづけておられるそうだ。お迎えに行ったときも、「昨夜は2時ごろまでうろうろして寝てくれなかった、今朝も不機嫌で、デイに行かん、と言い張っている。」と、介護に疲れている様子。そしてその様子を、男性職員はしっかり聞いてあげて、おばあちゃんを励ましてあげている。自分の息子よりも若いくらいの男性職員を、おばあちゃんは本当に頼りに思っているようで、話をしているうちにおばあちゃんの顔も落ち着いてきた。デイの送り迎えのほんの数分の出来事だったが、毎日の数分が積み重なって、おばあちゃんと男性職員の信頼関係が確立しているのだと思った。

 このおばあちゃんと、利用者であるおじいちゃんは2人暮らしのようで、時々2人で一緒にセンタ―が主催する遠足などに参加されているようだ。写真を拝見させていただいたが、おばあちゃんはいつもおじいちゃんの腕を組んでしっかり支えてあげているところが写っている。おばあちゃんのこうした介護力は、きっとセンター職員のにこやかな笑顔に裏打ちされているのだろう。

◎福祉機器・介護用品の種類と使い方

<車椅子用リフトつきワゴン>
 送迎を行う中で、当然、車椅子の利用者もいる。そこでこのワゴン車が登場だ。ここのデイ・サービスセンターにあるワゴン車は、電動リフトで持ち上げた2台の車椅子が固定できるようになっている。まず、前輪を固定し、後輪に金具を引っ掛けてロックすると、走行中の振動にもびくともしないくらいに固定できる。普通のワゴン車よりも車高が高いので、車椅子に座っていても、頭上に圧迫感がない。安全のため、走行中は電動リフトの電源をおとし、すべての座席の人にシートベルトをしてもらう。便利なワゴン車があるものだ。

<リフトつき特殊浴槽>
 全介助の人が寝たままで湯船につかれるようになった特殊浴槽。車椅子から、浴槽備え付けの寝台に寝かせてあげると、寝台が移動し、湯船につかることができる。湯船はもちろんジェットバスになっていて、気泡がぶくぶくあふれてくる。介助者の身体負担が最小限で、利用者にとっても楽な入浴方法だと思われる。

 私が見学させていただいたおばあちゃんは、本当に足が細くなってしまって、もはや歩けないのだろう、それでもこの浴槽につかって気持ちよさそうにされていた。気丈なおばあちゃんは、孫の手作りだと言うお守り代わりの指輪をされていて、痴呆もなくちゃんと応対してくださる。 ただ、やはり高齢のためか、入浴後はぐったりと疲れるようで、長い間、ベットで休んでおられた。
◎気づいたこと(実技スクーリングとの比較)

 利用者の反応は千差万別。「お世話をおかけしますね、足が弱ってしまってね。」などと自分から挨拶くださる方もいる。にこやかに隣同士でおしゃべりしているグループもあれば、1人で何をするでもなく座っている人もいる。1日のなかでも、午前中はおとなしくても、午後になって歩き回る人などいろいろだ。

紙球を飴玉と思い込んで口に入れようとする男性を、「だめですよ、これは食べられませんよ。」と、制止する。でも、その男性は、怒り出すふうでもなく、何度も同じことを繰り返す。こちらも辛抱強く、何度でも制止する。どうしてこのように壊れてしまっているのだろうとお顔を覗き込むが、いたって温厚そうな表情をされている。私はまだまだ初心者なので、どうしても利用者の反応に一喜一憂してしまう。

 それに、困ったことに、痴呆の男性に接すると、その症状のいかんにかかわらず、我が父親にその姿を重ねてしまうのだ。「お父さんとそっくりの症状だ。」「お父さんもデイサービスセンターで、いろいろ問題行動をしているのかなあ。」「お父さんもこんなふうになるのかなあ。」などなど。

 ただ、多くの人が言われるように、「家族を介護するのは大変」というのを実感している。介護施設を尋ねると、そこにおられる利用者の方々や家族の人たちに常に笑顔で接することができる。ところが我が家で我が父に24時間接しているとそうはいかない。「お父さん、何でこんなこともわからないの!」と、怒りたくなってくる。家庭内介護の道は、前途多難である。

◎実習を終えて

 職員のひとりが、「子供とちがって、状態が悪くなっていって、亡くなることが多いから、それが寂しいですよね。」と言っておられた。全く同感。ターミナルケア、ではないのだが、遠からず亡くなる前の数年間のデイサービス利用なのだと思うと、寂しい限りだ。

 しかし、今のお年よりたちは、これまでの日本の繁栄を支えてきた働き者。大げさな言い回しではなく、本当にそうなのだ。おりしも今日(このレポート作成の日=8月15日)は終戦記念日。テレビで太平洋戦争のさなかに学徒動員で出征していった人たちの思いを、現時点で追跡調査をして放映していた。当時の大学進学率はわずか3%。その優秀な人たちが、学徒動員として戦争に借り出されていったのだ。その人たちは、今、77〜78歳になられている。ここのデイ・サービスセンターの利用者の人にも、それくらいの人も多い。敗戦に耐え、貧困を乗り越えて今日のおじいちゃん・おばあちゃんたちが存在していらっしゃるのだ。この人たちがいなければ、今日の私もいないのだ。

 ひとりのおばあちゃんの手をさすってあげながら、「ほっそりした指ですね。」と話し掛けると、「いえいえ、百姓をやってましたから、しみだらけですよ。」と言われた。この手が、まさに働き者の手なのだと思うと、大事にしてあげたくなる。

 車椅子に触れる機会ができて、街中を行く車椅子がよく目にとまるようになってきた。私の趣味のランニングの世界で、盲人ランナーの人に出会って伴走しながら一緒に走るようになってから街中で見かける白い杖の人に気軽に声をかけることができるようになったように・・・。

 教室内での講義と施設実習を終えて、少しまわりの人にやさしくなれる自分を発見した。
このころの父の様子:

 夜の問題行動はかなり落ち着いてきた。家の外に出たがったり、家の中をうろうろしたり、食品庫のものを片っ端から開封したり、夜中に冷蔵庫のものを食べたがったり、というのは無くなってきた。医師によると、日常生活の場が変わると、混乱して問題行動を起こすことがよくあるらしい。父の場合も入・退院の影響は免れない。

 しかしこの夏、毎晩が熱帯夜のせいもあって寝つきはよくないようで、2〜3回起きてきて、水分補給をしたりしている。少し小腹も空くようで、何か口に入れたいようだ。が、日付が変わる頃までには落ち着いて眠りに入っている。

 ただ、夜中に尿意をもよおして、2回はトイレに起きだす。ところが、なかなか間に合わずに、廊下や今にぽたぽたともらしている。夜のパンツ、と称して、リハビリパンツをはいているのだが、毎日それがずっしりと重たくなっている。トイレの場所がわからなくなったりするのか、あらぬドアを開けてまごまごしているうちにもれてしまうこともある。応接間の扉をあけてトイレをしようとしたのには驚いたが、危機一髪、隣接の庭に誘導して、庭木の肥料としてもらったこともある。失敗せずにもらしもせずに、ちゃんとトイレで済ますこともある。しかし毎晩最低一枚のリハビリパンツは必要だし、パジャマも着替えなくてはならないことが多い。
このころの父の様子:

 夜中の数回以上のトイレ通いなど、とても自分に付き合えるだろうか、などと思案していたのはほんの2ヶ月前。今ではそのとおりになっている。

 夜中の最低2度以上、尿意を催す父は、そのたびに間に合わずに廊下・洋室などにぽたぽたともらしてしまう。パジャマのズボンの中でもらしてしまうこともある。そういえば、日中でも、よく排尿をしくじってスラックスの股下に模様を書いている。仕事をしていた頃はスーツしか着なかったが、デイに通うようになってからはラフなスラックスとカジュアルシャツの組み合わせとなった。スラックスはもちろんウオッシャブルを選び、1日2度の洗濯にも対応できるようにしている。

 退院当初は、尿意がうすれていたせいもあって、布団の上でもらしてしまったり、昼間もズボンのなかでしてしまうこともあった。この頃は、ずっとリハビリパンツをはいていた。が、徐々に尿意は戻ってきて、今では就寝中だけ夜のパンツ(リハビリパンツ)をはいてもらっている。このふかふかした紙おむつをはくのを嫌がらないのが救いだ。

 しかし、夜中に排尿をしくじった父の行動は不安行動そのものだ。ひとりで濡れものを脱ぎ、部屋のすみなどに丸めてしまう。また、スーツなどと並べてハンガーにかけているときもある。そこらあたりにあるものを手当たり次第に着込む。もともと、痴呆が進んでからは着るものがめちゃくちゃになってきていたが、真夏だと言うのに自分のカジュアルシャツ5枚以上を着込んで、汗だくになっているときもある。スラックスの上に新しい下着(白のステテコ)をはいているときもある。私の洗濯物だって、父の目に付くところに整理しておくとえらい目にあう。

サイズが合わないのも気にせずに、着込んでしまうのだ。「お父さん、それ、窮屈でしょ、ゆったりしたのに着替えましょう。」 といって、私のサマーセーターを脱いでもらうのだが、セーターが伸びてしまっていないか心配だ。時には私のオーバーニーのハイソックスをはいていたこともある。(お父さん、なんだか可愛いね。)それらものを着込んで、洋室または食堂でごそごそしていて、寝室に戻ろうとしない。テーブルの上にあるもの・棚の中にあるものをいじくりまわしている。

 私も父の行動パターンがわかってきたので、夜中にトイレに起きて、すぐに寝室に戻らないときは排尿に失敗したときだと判断して、眠たい目をこすりつつおき出して、父に着替えてもらい、雑巾で拭き掃除をする。私は2階の自分の部屋を出て、階下の食堂・洋室に隣接した玄関先の部屋で休むようにしている。この方が、父の夜間の行動がよっぽどわかりやすいからだ。ちゃんと着替えてもらって、「明日はまた、お食事会(我が家ではデイのことをこういって父親に説明している)があって、お迎えにきてくれるから、今日のところは早く休みましょう。」と、気分をそらしてあげると、安心するのか素直に寝室に向かっていく。

 私もこの2ヶ月あまりのヘルパー講習会や施設見学・インターネットによる情報収集によって、痴呆症の人の行動例をいろいろ見聞することができた。父もそのご多分にもれず、自分の存在があいまいな「点」となって記憶の線がつながらず、不安行動に出てしまうのだ。安心させてあげること、存在を認めてあげること、そして期待してあげることが大切なようだ。





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