アルツハイマー発病の経緯


本人ではなく、まわりの家族が気づくものです

1995年(H.7年)8月30日:最初の診断=脳の萎縮あり
<父68歳>
身の回りにおいて、毎日使っている手帳や小銭入れなどを、置き忘れるようになり、あちこち探し回る。これらのものを異常に持ち歩き、執着している。
日々のスケジュールを書き込んでいる手帳を、何度も何度も見返している。
それでも父のスケジュール管理は家族の細心の仕事。
こんな様子から、「お父さん、ちょっとボケてきたんじゃないの?まさか痴呆のなりはじめじゃないでしょうね、一度検査でもうけたら?」
MRI検査の結果、脳の萎縮あり、との診断を受ける。

1996年(H.8年)7月:心配になった家族が、「アルツハイマー相談会」へ
<父69歳>
脳の萎縮が、年齢よりも5歳くらい早いとの診断を受ける。
特に萎縮しているのが側頭葉。
軽度の痴呆症とのこと。
仕事は、補助なくしてはできなくなっている。というよりもむしろ、ほとんど補助者が仕上げて、父は最後の確認印を押すだけ

1998年(H.10年)3月:親戚の結婚式の会場にたどり着けず
<父71歳>
自宅から、電車を一度だけ乗り換えて、市内のホテルでの結婚式にお呼ばれ。
両親は、服装を整え家から一緒に出かけるも、乗り換えの際に駅のホームの人並みにのまれ、父だけがホームに取り残されてしまう。
何度もいったことのあるホテルだし、母の実家の後継ぎ坊ちゃんの結婚式。
ところが、父の頭の中には、「なんというホテルで」「誰の結婚式に出席するのか」という記憶が刻まれていなかった。
父はあてどもなく電車を乗り継ぎ、母はやきもきしながら結婚披露宴に出席。
一日も終わり、結局、二人が出会えたのは、我が家だった。
(父は一人で数時間かけて帰宅、母も引き出物をいただいて一人で帰宅)

1998年(H.10年)夏:老人性痴呆の専門医受診
<父71歳>
仕事も完全にリタイア。(しかし本人は仕事を続けている、と思っている。激務で忙しい、を連発している。)
この夏の受診は、本人だけで受診したため、診断内容不明。
MRIなども撮っているようだが、コメント不明。

1999年(H.11年)6月:アルツハイマー性痴呆との診断
<父72歳>
老人性痴呆の専門医再診。
前回の受診が父単独であったことから、なんの情報も家族に得られなかったため、今回は母が付き添って再診。
「アルツハイマー性痴呆」との診断を受ける。

1999年(H.11年)夏:バスツアー間違い??
<父72歳>
地元の親しくしていただいている皆さんとの納涼バスツアーに参加。
ところが、バスの同一発着所にとまっていた、異なるツアーのバスに乗って出発してしまう。
バスに乗っていらっしゃるメンバーの顔を見ればわかりそうなものなのに・・・?
バスの添乗員さんはどうしてチェックできなかったの・・・?
仕事をバリバリこなしていたころの名残で、父はスーツの着こなしも決まっていてかなりの紳士に見える・・・ため、堂々としていて、どこへいっても怪しまれることなく、むしろVIP待遇を受ける事が多かった。

1999年(H.11年)9月:「H子は選挙権、あったんかなあ?」
<父72歳>
この秋に控えている地元での選挙。各家庭に届けられる選挙公報を熱心に眺めている父。
おもむろに顔を上げて、食卓の向かいに座っているわたしに向かって、「H子(=娘のわたしの名前)は選挙権、あったんかなあ?」
お父さん、やだよ、わたしはもう、その倍の年に近いんだよ。
わたしは会社員でもOLでもないので、昼間に家にいることも多く、学生のようにぶらぶらしているように見えるのかな?それにしても、どうしちゃったんだろう???
わたしの帰宅が遅いときはいつも、「H子はまだか?」と気にしていた父。今でも、家族全員が家に帰ってきているにもかかわらず、「もうみんな帰っているか?」
この年の秋、わたしが旅行で家を空けているとき、なんども何度も「H子は今日は帰ってくるのか?」と母に尋ねていたそうだ。そのたびに母は、「旅行に行っていますから、明日になったら帰ってきます。」といっても、また、しばらくして同じことを尋ねてくれるという。いつまでも心配ばかりかけている。

2000年(H.12年)3月:アルツハイマー中期との診断
<父73歳>
いよいよ一日中することがなくなって、ただぶらぶら、散歩などをしていたころ。
市の福祉事務所の信頼のおいている方に相談したところ、「ご近所に感じのいい施設があるから、一度いって見られたら?お父様に合う、合わないもあるだろうし。」とのアドバイスを受け、介護保険導入を前に、デイサービス施設を探していたころ。
プライドの高い父だったので、高齢者ばかりのデイの施設になじむかどうか、かなり心配していたが、案外、機嫌よく通所。
むしろ「お食事会」と称しているデイ・サービスへの出席を楽しみにしている様子。

2000年(H.12年)5月:まさかの交通事故
<父73歳>
この事故をきっかけに、父のアルツハイマーの病状が一気に進行したのはいうまでもない。
このあとの記載は、「パパの介護記」、そして「パパの不思議world」をご覧ください。





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