平成14年馬年

パパの不思議world
(パパの介護記)

<2002年の10〜12月期>
秋に電動の起き上がりベットを介護保険でレンタル開始。
穏やかな朝の目覚めを父に提供するため・・・
 少しずつ進行していく父の症状を、ありのままに受け止め、
家族で華化していきます。

<目次>
10月9日 @電動起き上がりベット、導入(介護保険でレンタル開始)
初秋の頃 A父の生活ペース
秋半ば B犬でもできる「おすわり!」
初冬 C異食、はじまる
12月中旬 D錠剤をすりつぶして蜂蜜あえに
ご自慢 E手作りの薬分別ケースを作成
12月中旬 F父の失便も嗅覚の無い母は発見遅れる
つづきまして、ただいま記録中です。



10月9日〜電動起き上がりベット、導入(介護保険でレンタル開始)
 この秋から背もたれが自動でおきあがってくる電動ベットをレンタルで利用することにした。でも、自力で起き上がるのが困難だからではない。身体が不自由であるわけではないのだ。自分で起きあがろうと思えば、父は簡単に起きあがること出来る。

 なのになぜ、電動ベッドが必要なのか???それは、父が朝、なかなか起床できないからなのだ。父には、「朝が来たから起き上がろう。」という意志が働かない。意思によって身体は動かすものだが、父にはその意識がうまく働かないようで、父が自発的に目覚めるのはたいてい午前11時からお昼頃・・・これではデイサービスも何もあったものではない、お迎えの時刻(午前10時前後)に到底間に合わないではないか。

 今までは、何度も何度も声かけをして、おねしょの後始末(父はもはや、夜間尿意を感じることが出来ないため、リハビリパンツ着用、それでも横漏れなどがおこる))をしながら、全身清拭などを試みつつ、父を目覚めさせていたのだが、それでもなかなか起きあがろうとしない父・・・・。

 和式布団で寝ているので、その上半身部分を布団ごと持ち上げて、「手動起きあがり布団だ〜〜〜」などと背中を垂直に起こしてみたことも何度もあった。でもこれでは、布団を持ち上げる係りのわたしも体力任せでたまったものではないし、布団ごとゆっさゆっさ揺さぶられるような状態になる父も、朝から安眠を妨げられ、不機嫌そのもの・・・・。

 だったら、緩やかに起きあがってくるものは、と考えてみると、電動起きあがりベットを思いついた。今は介護保険の適用で1割負担のレンタルも出来るので、とりあえず借りてみて、うまくいくようだったら採用だ。

 「身体がどこも不自由ではないのに、起きあがれない人のためのベットを借りるなんて???」
・・・母はかなり迷っていたようだが、ボタンひとつで緩やかに起きあがってくるベットを使ってみると、「これは楽ちん。」と大歓迎の様子。「こんなに楽に起きあがってくるなんて、もっと早くに借りていればよかったね。」と言い出す始末。楽に起きあがってくるのが当たり前、それが電動ベットと言うものだもの。

 でも、朝、気持ちよく寝ているにもかかわらず、起きあがりベットで無理やり起こすなんて・・・・アルツハイマーの人の生活リズムに合わせるように、と戒められることが多いのだが、起床時間が正午前の父のリズムをそのまま継承していくと、これは「昼夜逆転」に陥ってしまうのである。要するに、昼間寝て、夜ごそごそ起き出す、という、アルツハイマー型痴呆の一症例。やはりこれは家族のものが改善していかなくてはならないとおもわれる。

秋の頃〜父の生活ペース
 前述の電動ベットのおかげで、父の生活ペースは安定してきた。
 朝は、電動ベットで緩やかに起床。更衣とおねしょの始末は介護者任せ。着替えをしなければいけないことや、更衣の順序は父の頭からは抜け落ちてしまっている。何をどう着ていいのかも判らない。シャツの前後がわからないどころか、こちらがきちんと誘導しないと、シャツを脚にはこうとする。ボタンをかけたりはずしたりを繰り返す。脱がそうとしたものをまた着ようとする。いま着たものを、また脱ごうとする。そんな具合だから、更衣にはかなり時間がかかる。やっとのことで着替えたら、眠気の去らないおぼつかない足取りで洗面所へ誘導である。

 歯を磨くのは大嫌いで、よっぽど気が向いたときしか、磨かない。部分入れ歯を使用していたのだが、「アルツハイマーの人は誤って飲み込むことがある。」と言われたので、ずっとはずしたままである。それでも自分の歯はわずかながら残っているので、きちんと手入れをしなければならないのだが、父にはそんな気も無い。せめて口をゆすぐだけでも、と思いコップに水を入れて手渡しても、そのままコップを洗面台に戻すこともある。なかなかうまく口をゆすげずに、飲みこんでしまったり、また逆に、ガラガラガラとうがいをし始めることもある。

 そして次に誘導するのは食卓につくこと。どうしても眠たさが手伝って、食欲は出ない。じっと食卓の椅子に座ったままの父の口元に、スプーンでお味噌汁やおかずを運ぶと、おもむろに口に含んでくれる。お箸を持って自分で食べ始めることもあるが、おちょぼ口そのものの食べ方である。ご飯など、一粒ずつつまもうとすることもある。手先が器用で、お箸を使うのは上手なのだが、なにも一粒ずつ口に運ばなくても…そんなふうだから、朝食は1時間以上かかるのが常である。

 そうこうしているうちに、「ピンポ〜ン」、玄関のチャイムが鳴って、デイサービスのお迎えが来てくれる。朝食半ばのこともあるが、「さあ、お迎えが来てくれましたよ、お出かけしましょう。」と促すと、嫌がることなく、出かけてくれるので、家族にとっては本当に助かる。社交家で、会食が好きであった父。その性格が残っているので、お出かけは苦にならないようだ。

 わたしが仕事やマラソンに出かけることができるのも、母が家事や趣味の謡曲サークル活動を出来るのも、父がデイサービスに行っているからである。父が家にいるときには、必ず徹底マークしなければならないので、わたしか母が、張り付いている。張りつき、は大げさとしても、必ず視界の中に入れて見守っていないと、不測の事態が起こるのである。
秋半ば〜犬でもできる「おすわり!」
 毎日(日曜のぞく)のデイサービスから父が帰ってくるのは、夕方3時すぎ〜4時半頃。「ピンポ〜ン」、玄関のチャイムが鳴って、「ただいまです〜。」の元気なお見送りのスタッフの方とともに、父が帰ってくる。連絡帳を手渡してもらい、その日の様子を手短にお尋ねする。「では、失礼します。」と我が家を去ろうとするスタッフの方を、父はいつも丁寧に見送り、時としてまた、付いて行こうとすることもある。

 帰宅時に必ず、トイレを促すことにしている。今年の夏前くらいまでは、デイサービスから帰宅してすぐに尿意を催し、家の中のトイレまで足を運ぶのに間に合わず、たびたび庭先で放尿していた。おそらくデイサービス中は緊張して、なかなかトイレを言い出すことも出来なかったのかもしれない。もちろん、施設の職員さんはすすめじょうずなので、たびたびトイレ誘導も試みてくださっているのだが、おそらくは父の緊張感のほうが勝っていると思われる。

 しかし、この夏からだんだん日中でも尿意を感じること少なくなり、24時間リハビリパンツ着用だ。いつものように帰宅時にトイレを促しても、「無い。」と言い張って、パンツを下ろそうともしない。仕方ないので無理強いは止めておく。が、こういうときに限って、もうすでにリハビリパンツの中はびしょぬれなのである・・・

 家に帰ってきたら、おやつの時間だ。デイサービス解散前にもおやつを食べているはずなので、ほんのささやかなものをお茶と一緒に供する。お茶は必ず飲んでもらうことにしている。体内の水分量が減ってきていることを自分で感じ取ることが出来なくなっているだろうから、水分補給は重要である。たとえ、その水分がリハビリパンツをびしょぬれにし、ズボンをもぬらし、夜間のおねしょにつながるとしても、水分補給は怠ってはならない。

 次に登場するのは、NHK教育テレビの子供番組。音楽もにぎやかで、画面の色も華やか。歌に合わせて手拍子を打ったり、画面に近づいていって手で画面を触ってみたり。手拍子はそのうち調子っぱずれになるし、画面の女の子が可愛らしくて頭をなでてみようとしても、画面はすっと別のシーンに移ってしまうのであるが・・・
 
 しかし教育番組とはたいしたもので、夕方4時台から5時へと時間が経過するにつれ、内容が少しずつ難しくなっていく。カラフルなアニメ中心で、楽しい歌が次々出てくるときには、父もなんとかテレビを眺めているのだが、子供の料理コーナーになったり、英語であそぼう、というくだりになると、もう父には付いて行けないらしく、興味を示すことは無くなっていく。それは、無理も無いことである、日本語すら通じないことも多くなってきた父の脳細胞に、英語などが入りこむ余地は無く、学習能力が無くなっていくのがまた、アルツハイマーの症状の一つであるからである。

 そして、そろそろおなかを空かせてきた父は、台所あたりをうろ・・・調理台の上に並んでいる食材をつまみ食いするのである。出来あがったものを配膳台からつまみ食いするのならまだ許せるのだが、未調理の生のものでもなんでも、自分の目にとまったものを口に運ぼうとする。生肉、にんじんの乱切り、硬いままのしいたけ・・・

 「お父さん、お願いだから、じっと座っていて。おすわり、といえば、犬でもじっとしているのになあ・・・・お父さんにはおすわり、といっても、まったく通じないよお。」

初冬〜異食、はじまる
 「お父さん、なんだか、口の中、もぐもぐしているよ!?!?」
 「もぐもぐ、ふぐふぐふぐ。」

 「いま、洗面所から来たのになにか食べているのかな・・・?」
 「もにょもにょもにょ。」

 「口の中でなんだかゴツゴツ音がしているよ???!!」
 「ごつごつごつ。」

 「お父さん、ちょっと口の中のもの、出してみて・・・?」
 「ふんグ。」

 父が取り出してくれたのは、最大わたり4センチくらいはある楕円形のつるつるした石。洗面所の飾りにそのあたりにのっけているものだった。なんとこんなものを口の中で転がしているなんて??キャンデーにしては大きすぎるし、第一、味がしないのに??
 
  おそらくこれは、アルツハイマーの一症状である「異食」であろう。食べられないものを、口に入れて食べようとする、または食べてしまう。父の場合、のどまで通さなかったから良かったものの、こんな大きな石を食べてしまうと、どうなるのか想像もつかない。最後は、うんちに混じって、コロンとそのまま出てくるのかな???おなかの弱い父はきっと、下痢便だろうな???

 (そんな尾篭なことを考えている場合ではない!)
 
12月上旬〜錠剤をすりつぶして蜂蜜あえに
  この秋頃からの懸案事項に、父の服薬があった。父の服薬数といえばかなりの量で、朝は錠剤とカプセルだけで九個も飲まなくてはならない。それに粉薬もある。内容は、アルツハイマーの薬(アリセプト、という初期症状ならば効果があるかもしれない進行を遅らせる薬を飲んでいる、父はもう中期以降にさしかかっているので、さて効能あるのだかどうか?)、胃腸が弱いので消化剤、下痢止め、泌尿器科の薬などなど。

 「さあ、元気になるお薬ですよ、飲みましょうね。」と促しても、丸い塊をぷっと吐き出してしまうことが多い。アルツハイマーであるがゆえに、薬を飲まなくてはならない、ということが判らずに、口に入って美味しくないものは吐き出してしまうのである。だったらなぜ「異食」があるのかな??摩訶不思議??

 薬をそのまま飲んでもらおうとしても、すぐに吐き出してしまうので、おかずの中に埋め込んで食べてもらう方法を試した。スプーンでそのまま口に運び、なんとか飲みこんでもらう。歳をとると飲みこみも悪くなるというが、幸いまだ父には嚥下困難の様子は見られない。口の中で上手におかずと薬を分別して、ご丁寧に錠剤を噛み砕いて飲みこんでいる。ものすごく苦いはずなのに??しかしカプセル錠のカプセルなどは口の中に残るらしく、よく吐き出していた。

 ところがその方法もどうしてもうまく行かなくなってきた。父はものの見事におかずに埋め込まれた錠剤を取りだし、吐き出してしまうようになった。薬を飲まない、というのも困り者である。アリセプトはもう効果ないとしても、消化剤や下痢止めは飲んでおいてもらいたい。

 こんどは母が名案を出した。錠剤をすり鉢に入れ、すりこぎですりつぶし、そこに粉薬も全部混ぜ、さらに蜂蜜で味付けして飲んでもらうのである。手間ひまはかかるが、これはうまくいっている。硬くて苦い錠剤がお猪口いっぱいくらいの甘いお汁になって、父もいやがらずに飲んでくれるようになった。

 しかし、デイサービスの昼食後には、このようは手間はかけてもらえない・・・かかりつけのお医者さんに相談すると、昼食後の服薬はなし、ということになった。仕方ないかな。

手作りの薬分別ケースを作成
 わたくし考案の、手作りの薬分別ケース(1日3回朝昼夜・1週間分)をご紹介。
(デジカメうまくいくようになったら画像アップします)

 用意するもの:フィルムの空きケース21個
         好みの色のビニールテープ3種類(我が家では、赤・黄・青を使用)
         適当な大きさの箱(空きケース21個が入るくらいの大きさ)

 作り方:簡単!
      空きケース7個に赤のビニールテープを巻き、朝用。
      空きケース7個に黄のビニールテープを巻き、昼用。
      空きケース7個に青のビニールテープを巻き、夜用。
      

 ポイント:ふたとそこにもビニールテープを張っておくと区別しやすい。
      ちゃんとふたがあるので、落としても薬がばらばらになることは無く、重宝している。

12月中旬〜父の失便も嗅覚の無い母は発見遅れる
 ついにきた、尿意がわからなくなりつつある父、便意もわからなくなりつつあるようで、パンツの中でべちゃべちゃの下痢便。夕食前になにやらもぞもぞ立ちあがっているなあ、と思っていると、ぷ〜んと悪臭漂う。おなかの弱い父はしょっちゅう下痢をしているのだが、ここまで見事にパンツの中いっぱいになっているとは・・・・

 本人、便意はわからなくても、便を漏らしてしまうとさすがに気持ち悪いようで、椅子に座ろうとしない。便を漏らして、一番嫌な気分でいるのは、本人に違いないのだ。こんなことが2日も続いて、我が家の夕食の食卓にはぷーんとにおうものがエッセンスとなって漂っていた。

 付け加えて記しておくと、悪臭・異臭をかぎ分けられるのは、我が家ではわたしだけである。父は失便の事を言い出すことは無いし、変な臭い、ということもわからない。そして母も、10年ほど前、60歳過ぎでわずらったくも膜下出血の後遺症で嗅覚がないのである。




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