平成14年馬年

パパの不思議world
(パパの介護記)

<2002年の5〜9月期>

この春から夏にかけての父の変化は大きかった。
活発に徘徊していたころの足取りがうれしかったと思えるほど
筋力も衰え、脚も弱ってきた。
のどの筋肉が弱ってきて声もかすれ声・・・。
24時間リハビリパンツ着用でその中で排尿&排便。
これで秋〜冬の寒い時期を乗りきれるのだろうか?体力が心配である。


<目次>
2002年GWのころ @几帳面な父は小箱に排泄
7月初夏のころ A夜間譫妄続く
7月中旬 B手動起き上がり和式布団登場
8月上旬 C睡眠薬を処方される
8月下旬 D尿意がわからない〜紙オムツの中で排尿続く
9月5日午後 E車椅子で帰宅
9月下旬 F残暑も去り、体調回復
以下、ただいま記録中です。



2002年GWのころ〜几帳面な父は小箱に排泄
 風薫るさわやかな5月GW。東京にお嫁に行った懐かしい女友達が赤ちゃんを連れて帰省しているというので、実家に遊びに行くことになっていたその日。休日らしい遅い目の朝食を終えて、外出準備を整え、玄関すぐの応接間の横を通過したとき、すこし開いていた扉から異臭が漂ってきた。

 「??応接間には、朝食を終えたお父さんが、ソファーに横になっているはず??この臭いは??」

 こういう時、悪い予感は的中するものである。応接間の片隅が父の排泄場所になっていた。ただし、応接間のじゅうたんの上でおしっこをジャーでもなく、壁に向かってジャーでもなく、小さな小箱に尿と弁がきちんと収まっていた。

 とはいえ箱は木箱ではなく、紙の箱。尿で便も柔らかくなり、箱にもしみてきている。紙の箱が尿の水分を納めきれなくなるのは時間の問題であった。おお慌てでカラーグラビアのチラシ数枚を持ちこみ、その上に乗せて応接間から箱を持ち出した。(カラーグラビアのほうが、水分をしみ込ませにくく、下に落ちてこないかな、と思ったから・・・)

 その箱をよく見ると、CDを入れておいた紙の箱である。わざわざ中に入っていたCD数枚をすべて取り出してサイドテーブルの上においてある。長辺と短辺がそれぞれ20センチと15センチばかりの小箱に、尿はともかく、かくもうまくうんちを収めたものである。どんな格好で排便したのだろう??

 それにしても、部屋の中にあたりかまわず排泄してしまうアルツハイマーの症状は聞いたことがあるが、父の場合は、ちゃんと箱に排泄してくれて、後始末が楽である。いかにも几帳面な性格の父親らしい。こういうところにも、もともと持っていた性格が反映されるのだろうか。

 そういえば、昨年末のあわただしいとき、その慌しさにかまけて母もわたしも父からふと目をはなしたすきに、台所に散乱していた歳末大売出しのチラシの上に排便し、大事そうにまるでホカホカの石焼芋のように紙にくるんで、「こんなんあったで。」と母に見せてくれたことがあったという。また以前には、トイレに新聞紙を持ちこんで、その上にまるで標本のように3本ものうんちを排便し、家族に見せてくれたこともあった。

 自分の便をもてあそび、そこらじゅうにぬりつけるというのもアルツハイマーの症状のひとつだ。畳の目に沿って塗りたくられたときには、畳など決して臭いの取れるものではないとのこと。このようなことが父にも起こるのだろうか?

 今の父の様子では、まだ、何かもののうえか、ものの中にしか排便しないようなので、この日の出来事を教訓として、家中の部屋という部屋の片隅に、大きいのやら小さいのやら、バケツを置いておくことにした。適当な大きさの空き箱、空き缶の類も役に立つかもしれない。排泄場所がわからずにまごまごして、トイレが間にあわないときに家族のものが居合わせたら、とっさにバケツをおちんちんの下に差し出すことだってできるではないか。

 すこしずつ進行していく父の病状だが、その現れ方をよく理解して、介護が大変なものにならないよう、事前に策を取っておくことだってできるはずだ。
7月初夏のころ〜夜間譫妄続く
 夕方、デイサービスから帰宅した父の「帰るコール」は相変わらずで、家に帰ってきているのに、「わたしちょっと家に帰らせてもらいます。」「もうそろそろ帰らんと行かんな。」など、必ず一言かけて出ていこうとする。「ここはお父さんのおうちですよ、みんな一緒に住んでいますよ。」といっても、なだめすかせてもまったく我関せず。外に出ていきたい一心で、中から閂(かんぬき)のかかった門屋の扉をがたがたゆすっている。

 閂を抜いてしまうこともあるので、扉の上にはかくし引っ掛けかぎもつけてある。もうすでに父の頭の中には、隠し引っ掛けかぎの存在は抜け落ちてしまい、閂さえ抜けば扉は開くはずだと思い込んでいるから、がたがたがた。あまりにも力任せで激しいので、これでは扉がゆがんでしまっては大変・・・・ごうを煮やした母かわたしが、父の夕方の散歩に付き添う。
 
 散歩、といってもあてがあるわけでもないので、一筋先の辻まで行って引き返してきて、「さあ、おうちに帰ってきましたよ、ただいま〜」と促すと、「そうやな、帰ってきたな。」と門扉をくぐる。ほんの5分位前に、その門扉から「家に帰ろう。」といって出ていったばかりなのに・・・。同じところから出ていって、同じところに帰ってきているのに、よそから家に帰ってきたと思い違いをしてしまうのである。

 夕方の帰るコールはまだましなほうである。夏の暑さも増してきて、夜もざわめいた生ぬるい気候となると、それはそれは寝苦しい。いったんは9〜10時ごろに床につくのだが、何とはなしに寝間でごそごそ、布団をたたんだり、ゆがめたり、シーツをきれいにはがしてしまったり、こちらから見ていて、ほとんど秩序のない動きを一生懸命していて、寝付こうとしない。何か仕事をしているつもりなのだと、よく言われるアルツハイマーの一症状なのだ。家族のものがそれを制止してシーツをきちんと整えようとすると、自分の意向に反するのか、不機嫌になってしまう。

 この夏になって、深夜半に庭に降り立ち、ごそごそしていることも多く見うけられた。何回かは、縁側から庭に降りていった。このときは縁側下の庭石の上にスリッパを置いてあるので、スリッパをちゃんとはいていた。また何回かは、吐き出し廊下から室内履きのまま、降りていった。室内用のスリッパはそのたびに洗濯である。また他の何回かは、素足のままで庭に降りていった。庭木やら庭石やら、和風の造作になっているので、父の脚の裏は土まみれである。素足だと脚の裏も痛いので、歩みものろい。なんとか声をかけて家の中にあがってもらい、雑巾で脚を拭く。

 何度かは、裏の切り戸のあたりで、ごそごそ音がしたことがあった。時刻も丑三つ時・・・庭も真っ暗である。ごそごそごそ・・・・がさがさがさ・・・。「おかあさん、庭で何か音がするよ、大きな猫かな?庭木を引っ掻いているのかな・・?それとも誰か泥棒が入ってきたのかな・・・・?」「庭の中でしょ、外から切り戸をがたがたいわしている音じゃないし・・・?」「物影、なんだか大きいよ??」「猫じゃないよ、人間だよ!」「お父さんだ!」

 切り戸にも引っ掛けかぎがついているのだが、万が一のために南京錠もくっつけてある。つまりカギが無いと開けられないしくみである。その切り戸のところで、外に出ていきたい一心でがさごそ物音を立てていたのはパジャマ姿の父であった。

 「あ〜あ、お父さん、庭にはやぶ蚊がいっぱいなのに・・・蚊に食われていないかなあ・・・」

 
7月中旬〜手動起きあがり和式布団登場
 梅雨明け後の暑さも手伝って夜が寝苦しいからか、9〜10時ごろに床についても寝間でごそごそし通しで、深夜を廻らないと入眠出来ない父。こんなふうだから、睡眠曲線は朝型にシフトして、明け方くらいになってやっといびきをかいてよく寝入っているという。(わたしはわたしの部屋で休んでおり、母が父の横で休んでくれている)

 こんな父だから、朝の起床はひと騒動だ。声をかけたくらいでは起きない。30分以上かけて、何度も声かけして、やっと目をぱちくりさせるのだが、身体はいっこうに起きあがろうとしない。扇風機を最強にして、ブーンと廻しても、そんな勢い何のその。

 しかし毎日デイサービスに出かける予定になっているため、お迎えの車が来てくれる。お迎えの時刻はおおむね9時半過ぎから10時をまわる頃。この時刻には、朝の身支度を追え、朝食を終え、万全の体制でデイの送迎車を待っていなければならないのだが、そんな朝の予定は父の頭には無い。「今日は出掛けるから、起きて支度をしなければならない。」という因果関係など、わからなくなっている。

 「眠たがっているのに、無理やり起こして、デイに行かせたって、かわいそうかな?」
 「でも、日中、デイにでもいって、刺激を受けて起きておかないと、また夜になったら目がランラン輝き始めて、寝ようとはしなくなるよ。」
 「アルツハイマーの人の生活のペースに合わせろって言ったって、アルツハイマーゆえに生活のペースがどうあるべきかわかっていないのだから、こちら(=介護する側)が生活のペースを作ってやらなくてはならないんとちゃうかな?」

 母とわたしとそれぞれ問答があって、やはり父にはちゃんと朝のしかるべき時刻に起床してもらい、デイに出かけてもらうことが今は最良だと決断した。仕方ない、父を起こすとするか・・・・

 いくら身体を揺さぶっても自分から起きようとしない父に対して、わたしはまず、枕を抜き取り、頭のほうから敷き布団全体を持ち上げる作戦に出た。電動の起きあがりベットであれば、ボタンひとつで何の造作も無く簡単に持ちあがってくるあの動きである。「ジ〜、ガッシャン!」とか言いながら、電動のつもりで敷き布団ごと、父の上半身を垂直に起こす。その状態で敷布団の裏から敷布団ごとしっかり支えながら、さらに揺さぶりをかけるとさすがの父も目が覚めるようで、なんとか身体を自力で立てる。

パジャマを脱がせて、清拭後、着替えをさせるのは母の役目。わたしはずっと、敷き布団を垂直に支える係りである。しかし寝ているところを無理やり起こされた父は、寝ぼけ眼で、着替えに協力するどころか、とっても億劫そうで、ぐずっている。

 パンツはもちろん、紙パンツ(=リハビリパンツ)である。以前は、横向きに寝たり寝返りを打つことが多かったので、しょっちゅう尿漏れをしていた。朝、起こしてみたところ、リハビリパンツはまだまだ吸水性に余裕がありそうなのに、シーツの上が大水だったことが多々あった。最近寝相がよくなったようで、ずっと上を向いて寝ていることが多いため、リハビリパンツから尿が横漏れすることも少なくなり、その代わりにパンツはぐっしょり吸水(吸尿)して、重い重い。

 しかしずっと上を向いて寝ている状態を、「寝相がよくなった」と、単純に喜べるだろうか?寝ている間の活力が失われた、と言えるのではないだろうか?現に起床時、父のお尻の仙骨あたりには、うっすらと発赤していることもある。これがひどくなっていくと、床ずれに発展していく、あの発赤のような症状が見られることもあるのだ。
8月上旬〜睡眠薬を処方される
  しかしやはり、父の「夜に眼がランラン」は、続いた。寝入りばなの睡眠が浅く、すぐに目覚めてしまう。そして何か活動を始めるのである。ごそごそごそ・・・・これでは、隣に寝ている母も、隣室に寝ているわたしもたまったものではない。普通ならば、「夜は物音を立てないでくださいね。」「静かに活動してくださいね。」ですむのだろうが、アルツハイマーの父の活動予定は、われわれ凡人には想像もつかないのである。その物音で目が覚め、それだけではない、父が外に出ていかないかどうか、引きとめなければならないのだ。

 われわれ家族の睡眠確保も重要課題となってきた。そのためには、父に夜の間、しっかり眠ってもらわないといけない。かかりつけの内科医に、「夜にちゃんと眠れるようにするにはどうすればいいですか?」と相談したところ、まず最初に日中の積極的活動を進められた。これは当然のことである。日中しっかり運動でもして、身体を活性させておけば、夜になると疲れてよく熟睡できるものである。でも、父の場合、デイサービスなどで活動は足りているはず・・・

 となると、内科医も、睡眠薬を処方してくれた。内科医としては、当然の処置だろうと思われる。
・・・だけど、睡眠薬って、心臓やら肝臓に悪影響を及ぼさないのかな・・・???毎日睡眠薬を飲みつづけると、癖になってどんどん強い薬を使わざるをえなくなると聞いたこともあるし、少しずつ心臓が弱っていくと聞いたこともある・・・???

 そんなの、やっぱり嫌だな、できるだけ父には長生きしてもらいたい。睡眠薬は、処方されたその日だけ、忠実に服薬したが、次の日から薬袋は封印されてしまった。
8月下旬〜尿意がわからない〜紙オムツの中で排尿続く
 そしてこの夏の父の課題は、排尿である。赤ちゃんの場合は、よく夏にオムツが取れやすいというが、父の場合そうもいっていられない。だんだんと尿意がわからなくなっているようで、日中もリハビリパンツの中で排尿をしてしまうことが多くなってきた。

 家にいるときも、そろそろトイレに行くかな、と思って声かけしてトイレ誘導を試みるも、「そんなん行かん。」「おしっことちゃう。」と一喝されてしまう。トイレに誘われたことへの羞恥心からそんな拒絶反応をするのか、はたまた、「トイレに行きましょう。」の言葉が理解できずに苛立ちを発するのか、それすら不明である。時として、羞恥心からの拒絶、また時として、言葉すら理解できないことからのいらだち、おそらくその双方が入り混じっている段階かもしれない。

 しかし、父から発せられる排尿のサインは確かにある。食卓に付いていても、突然立ちあがって、もぞもぞし始める。家の中にいるときに、あちこちのとびらを開けてはまた、閉めたりを繰り返す。徘徊に行きたいときには、外へ通じるとびらをあけてそのまま出ていこうとするのであるから、また、別のサインである。お風呂のドア、押入れの戸、となりの部屋への扉。これは間違いなく、トイレを探しているサインのようだ。

 時には、お風呂の開き戸をあけて、そのまま洗い場に排尿してしまうこともある。トイレと間違えているのだろう。押入れの戸をあけてその中に排尿、これはまだ、無い。あったら、押入れの中のものが台無しになるので大変だ。でも、そのうちそんなことが起こるかもしれない。その処理をするわれわれ家族だって大騒ぎだし、自分のしでかしたことでワイワイ騒がれて父も気分を害するかもしれない。そんなことになら無いように、父からのサインを見逃さず、ちゃんと気持ちよく排尿できるように、やはり家族の見守り第一なのである。
9月5日午後〜車椅子で帰宅
 今年の夏も暑かった。いつまでこの残暑が続くのだろう。子供の頃には夕涼み、などといって、夕方になればちょっと涼しいめの風が吹き、軒先の風鈴がかすかな音を立て、庭に下りたっても夏の夕暮れの風情があったのに、最近ではみんな一日中エアコンで冷房するので、その熱気と日中の熱射がいつまでも漂っている。
 さて今日もいつものように、デイサービスから帰ってくる父を、玄関のところまで出迎えに行った。「暑いなあ、暑いなあ。夏は暑いのが当たり前なんやけどなあ。」とつぶやくのもいつものことである。が、送迎車から降りてくる父の様子を見て、肝をつぶした。

 車椅子に乗せられて、父は帰ってきたのである。目もうつろに、表情もなく、車椅子に乗っている体も傾いている。朝にはなんの変わりもなく、いつものように送り出したのに、父に何かあったのだろうか???脳だけはアルツハイマーにおかされているが、身体は元気でちゃんと自分で歩けるはずなのに???

 「いや、それが実は、デイサービスも終わりの時間になって、送迎の車に乗ってもらおうと声をおかけしたのですが、Oさん(=父のこと)、お昼から椅子に座って居眠りをされていて、何度声をかけても起きていただけなくて・・・。そのまま椅子で眠っていてもらうこともできないし、余りにも眠たそうで足元もおぼつかないので、車椅子に移乗してもらって、お宅までお送りいたしました。」とのこと。

 デイのスタッフの方の説明を聞かされて「ほっ」と一安心し、なんとお手数をおかけしたことと感謝しつつも、夜間の父の睡眠の質が問題であることを再認識である。父はいつも9時くらいまでに床につくのだが、どうしても眠りが浅いようで、何度も目が覚め、ベット上で、また室内で、また家の庭に降り立ったりして、ごそごそする。しっかり熟睡をしているのは、明け方に近くなってからのようだ。夜間にしっかり睡眠が取れていないと、ナツバテの一因になることは、わたしたちの世代だってそうだ。快適な睡眠環境づくり、これは難しい。
9月下旬〜残暑も去り、体調回復
 今年は、春の訪れから季節の廻りが速かった。わたしの住んでいる大阪でも、3月中に桜が開花して散ってしまった。6月の最初から、もう「暑い、暑い。」の連発。アスファルトを焦がす熱射と、エアコンの排出熱気がものすごくて、連続熱帯夜(最低気温26度以上の夜)の記録を更新した。

 が、秋の訪れも早かった。9月下旬にはもう、さわやかな風が吹き始め、寒がりのわたしは、3ヶ月足らずの間しまっておいただけの電気座布団にもう通電し、お尻を暖め始めた。

 父の元気も回復してきた。食欲も戻ってきた。暑さにやられて、眠りが浅くなっていて、朝の寝起きは途方も無く不機嫌であり、そのせいで朝食の量も少なくなっていた。しかし、秋風とともに、生活が心地よく送れるようになってきて、3食の量も通常に戻ってきて、おかげで体力回復である。

 元気に活動しているものにとっても、夏の暑さはこたえる。ましてや、高齢者、病人、となると、想像以上のダメージを受けていたに違いない。

 年齢だけはみんな、平等にとっていく。そして、年長者のうったえる「としには克てない。」というのを、自分もその年齢になって初めて気付くのであろう。



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