娘のヘルパー日記


ホームヘルパー日記(2001年4〜6月期)
Mさん 
(男性・92歳)
92歳の天寿をまっとう。                                                  
≪Mさんのこれまで≫
昨年秋からのサービス継続中。
老夫婦2人の世帯で、ご主人がベット上の生活。リハビリのかいあって、一人でつかまり歩きまでできるように回復されてきておられる。週3回のデイサービスでの入浴を楽しみにされて通所中。
2001年4月16日(月)Mさん(男性・92歳)

 ステーションから朝一番にファックスにて、突然の連絡。
Mさん(男性・92歳)が、昨日、自宅にて心肺停止に陥り、緊急搬送にて入院、現在は人工呼吸器使用とのこと。連絡内容は、以上の状況により、ホームヘルプサービスの休止とのことだったが、とんでもない、それどころではなく、Mさんの容態が心配だ。

 取るものとりあえず、ステーションに電話を入れてみる。センター長が状況連絡を受けておられたようで、「意識なく、人工呼吸器でなんとか呼吸している状態・・・」とのこと。お年がお年なだけに心配はつのる、おまけに奥様のことも。それにしても、やりきれない気持ち。ご高齢の方と接しているこの仕事、やはりお見送りすることも覚悟しなければならないのだ。

 昨年、夏前にMさんの自己転倒の事故以来、奥様は本当に一心に看病されてきて、暑い夏を乗り切り、秋の初めに退院された後は、ホームヘルプサービスを受けながら、回復を祈っていらっしゃった。事故直後はさすがにショックからか、奥様も気が動転しておられたようだが、Mさんの様子が落ち着くに連れ、奥様の表情も明るくなっていった。 
 
 このMさん、90歳を超えていらっしゃるとは思えないくらい、回復力を発揮され、その年(2000年)の終わりくらいには、つかまり歩きも出来るようになってこられた。はじめてわたしの手を取って歩いて下さったときには、どんなに嬉しかったことか・・・。奥様も高齢ゆえに、「自分ではもしものときに、支えきれないから、ヘルパーさん、よろしく頼みます。」と、わたしたちを頼ってくださっていた。

 その間、秋の深まるころから、入浴やリハビリのことも考えて、デイサービスに通い始められた。11月当初は週1回だったのが、12月には週3回に。車椅子に乗ったきりではあったけれども、デイサービスに通うことができるほど、体力的にも回復されていたのだ。

 「春がきて、桜が咲くころになったら、歩いて花見に出かけられるかしら。」奥様もわたしも、Mさんの回復ぶりが、とても楽しみだった。

 ところが・・・、暖かくなり始めたころから、だんだんと食欲がなくなっていった。もともと嚥下困難(=飲み込み困難)があり、やわらかくて、のどのとおりの良いものを食されている。ご飯はおかゆ、味噌汁も具ごとミキサーにかけてどろどろにしたものをストローで吸っておられた。自宅の植木蜂で育てておられるアロエ入りの奥様特製野菜ジュースは、便通にもよく効いた。バナナやトマトなどは小さな一口に切って、少しずつ食べておられたが、「このごろ、そんなものもよう食べんようになった。」と、奥様が心配されていた。

 それでも、入浴を楽しみに、デイサービスには通われていたのだが、先週後半から突然体調不慮とのことで、デイサービスはお休み&ホームヘルプサービスも休止。(最近のホームヘルプサービスの主たる目的は、デイサービスに出かけられる際の準備とお見送り、帰ってこられる際のお出迎えとそのあとの更衣などであった。)
「調子悪いのかな、今週は大丈夫かな?」と思っていた矢先の、緊急連絡。

 本来、ヘルパーは、ケアプランに基づいてホームヘルプサービスの契約により派遣される。よって、定められた時間外に、お宅を訪問したり、電話をしたりすることはできない。それにしても、Mさんと奥様の様子が心配だ。おくさま、きっとMさんが緊急入院された昨日からMさんにつきっきりだろう。どんなにショックを受けられていることだろう。

 わたしも今日は、別のお宅に仕事に行かなければならない。それでも、心配だ。

 心配が募って、ついに、夕方暗くなってから、Mさんの入院先の病院を訪ねることにした。でも、ヘルパーの立場としては、お見舞いに行くこともステーションの許可がいる。

 まず、Mさん宅の様子をそっと遠巻きに覗いてみる。あ、電気がついている、奥様、帰宅されているのだ・・・きっと昨夜はつきっきりだったので、一度家に帰るように看護婦さんに促されたのだろう・・・。お宅はざわめいていないので、万が一の事態は起こっていないようだ。
 
 そんなことを思いながら、いよいよ病院を訪ねてみる。「昨日、心肺停止で、救急車で運ばれてきたMさんはどちらに?」と尋ねるとすぐに病室はわかった。恐る恐る病室まで。ナースステーションの横の、重症患者さんの多い部屋のようだ。(ここらあたり、私自身も4年前に長期入院していたし、両親の度重なる入院で、病院の様子はよくわかる。)

 ベットがいくつも並んでいる・・・あれ、Mさんは?わたしがいつも、Mさんを訪問させていただいていた時のMさんのお顔を思い浮かべながら、いくつかのベットをそっと覗き込んだが、Mさんが判らない。今度は、ベットにつけられた名札で探してみる。わたしのすぐ横にいらっしゃった。管がいっぱい身体につけられていて、Mさんのお顔もまったく別人のようだった。どきん!とした。「心肺停止」の意味がわかっていなかったのだ。Mさんは、昨日、一度は三途の川を渡っておられたのだ。表情もなく、顔立ちもまったく別人のようだ。まばたきを何度もされていたが、一生懸命瞳を覗き込んでも、その瞳は輝きなく、とろんとした黄色。お宅にいらっしゃったとき、よく目やにが出ていたので、拭いて差し上げた。目薬も嫌がらずにさすことを許してくださった。あの瞳がもう、見られない。

 92歳という、お年がお年なだけに、いよいよなのかもしれない。覚悟を決めなくてはならない時なのかもしれない・・・。

2001年4月17日(火)Mさん(男性・92歳)

 きょうも別件で仕事を終えると、Mさんとその奥様の様子に心配が募って、その足で自転車を走らせ、お宅付近まで行ってみる。昨日と同じように家に電気がついている。夕刻だったが、まだあたりは明るかったので、一度声をかけてみたけれど、応答がない。お向かいの奥さんが気づいてくださって、「今ちょっと出かけられたようですよ。」と教えてくださった。ヘルパーとして訪問しているときも何度も顔を合わせているので、覚えてくださっているのかもしれない。

 「まさか、万が一?!?」と、気が気ではなくなり、ふたたび病院に。階段を駆け上がるようにして病室へ。奥様の姿はなく、Mさんがおひとりでベットに寝ていらっしゃる。人工呼吸器のおかげで、呼吸は大きく規則的。しかし、昨日よりまた、様子が変わっている。昨日はまばたきのような動きが見られたが、きょうはもう、片目はしっかり閉じられ、もう一方は、白目とも黄色眼ともつかぬ目が少し開いている。人工呼吸器などの管も、昨日は差し込んであるだけのようだったが、きょうは、口に差し込んだところを、ばんそうこうでバッテンに貼られている。1日でこんなに変化してしまうのだ。一生懸命お顔を覗き込んでも、きょうはまばたきは見られない。代わりに、のどがごっくん、と動いた。たんが絡まないように、吸い出す器械がついているようだ。

 その、あまりにもの変化に、これは又、ヘルパーとしては、「してはならないこと。」、と思いつつ、看護婦さんに様子を尋ねずにおられなかった。わたしの心配そうな様子を察してか、看護婦さんも「お孫さんですか?」と前置きしてから、状態を知らせてくださった。尿の出方も悪くなっているし、心拍も110〜120くらいに上がりっぱなしで、予断を許さない状態だという。危篤、というほどではないのだが、はっきりと「危ない。心臓がどこまで持つか。」とのこと。

 もう一度帰りにMさん宅に寄ってみたけれど、お留守だった。わたしには何もできない、ただおろおろと心配しているだけだ。おばあちゃんを探し出すこともできない。病院を訪ねたり、看護婦さんに容態を聴くなんて、ヘルパーとしてはやってはいけないことをやって、それでも直接おばあちゃんに声をかけることはできない。どんなに落胆されていることだろう・・・。前回のMさんの事故入院の際にも、「おじいちゃん、いなくなったらどうしょ、どうしたら良いのかわからん。」と、さびしそうにされていたおばあちゃん。
 わたしも、どうしよう、どうしていいのかわからない。

2001年4月18日(水)Mさん(男性・92歳)

 一日慌ただしく過ごして、また夕方がやって来ると、心配が募って、Mさんの様子を尋ねたくなる。きょうもまだ明るいうちに、お宅によってみる。ちょうど、玄関先でおばあちゃんが、近所の方と立ち話されていた。

 わたしの自転車が止まると、気づいてくださり、「ああ、お世話になりましたねえ、本当に・・・。もう、だめみたいですわ。」おばあちゃん、いつもの表情のように見えた。努めて明るく振舞っておられるのかもしれない。

 わたしのほうが心配顔をしていてはいけない、しばらくおばあちゃんのお話を聴くことにした。日曜日に、おじいちゃんが、急にもどされたり息苦しくなられたりと、様子がおかしくなられたときは、おばあちゃん、気が動転して、119番の番号も思い出せなかったらしい。ご近所に聞いて、やっと119番通報。救急隊員が到着したときはまだ、息があったそうだけど、病院で医師の診察を受けたころにはもう、いったん呼吸が止まっていたそうだ。それでも救命措置で、人工呼吸器で息を吹き返された。

 入院されたその夜は、嫁いだ先の娘さんとともにつきっきりで、病院で一夜を明かされたそうだ。「あの時、病院に救急車で連れて行ってもらったとき、もう、死んどった。それが、また、心臓が動き始めたらしい。」と語ってくださるのだが、覚悟は決めておられるようだ。

 「昨日も訪ねてくださったの、お宅ですかね?」看護婦さんやご近所の方から、聴いておられたようだ。「最初は誰かなあ、と思っていたけれど、今日、お宅の顔を見て、親切なヘルパーさん、思い出しました。何度もすいませんねえ。」と、逆に気遣ってもいただいた。〜でも、親切、というのではない、ただ、心配しておろおろしているだけなのだ・・・。

 昔の人らしく、気丈なさま、おまけにおばあちゃんは兄弟姉妹の多い田舎の長女だったそうだ。お顔を見ることが出来て、わたしは少し安心した。夕方とっぷり暗くなるまで、玄関先で立ち話をしてしまったが、おばあちゃんの様子を見届けることができて、ほっとした。

2001年4月23日(月)Mさん(男性・92歳)

 訃報が入った。 先週の金曜日に亡くなられたとのこと。
 覚悟はしていたものの、ついに来た、という感じ。水曜日におばあちゃんの顔を見ることができて、少し安心した私は、週末の慌ただしさもあって、それ以来、Mさん宅を訪ねていなかった。「お悔やみに行っても良い。」というヘルパーステーションの許可も出たことだし、もうお葬式はすんでいるだろうが、お線香を上げに行くことにした。

 お家の中に上げていただいた。いつも電動ベットのあったところが、片付けられていて、大きな花かごに飾られた祭壇になっていた。私がいつも、暖かいタオルでお顔を拭いて差し上げた、その顔が、写真の中に居られた。

 「おまえはわしの分も長生きせいよ。」「わしが居らんなっても、楽しく暮らせよ。」「先に行って待っとるからな。」と、おじいちゃんの言葉を語るおばあちゃんは、涙声になってきた。入院したり、寝たきりに近い状態になってしまって、「苦労をかけるな。」といつも漏らしておられたそうだ。
 娘さんも、「おじいちゃんは大往生でした。十分に与えられた天寿です。」と語ってくださった。

 しっかり者のおばあちゃんは、先週の金曜日、「もし万が一のことがあっても、週末だったら、お金も引き出せないし、まとまったお金を手持ちにしておこうと思って。」と娘さんを伴って、金融機関に出向かれていたそうだ。また、レンタルされていた電動ベットも、「もうあの状態では、元気になって家に戻ってくることも出来ないだろうから。」と、業者に引き取ってもらったのも金曜日。それら一連の物事を片付けて、病院に行って見ると、直前に亡くなられていたそうだ。

 おじいちゃんは、ご兄弟の中で一番の長生きだったそうだ。また、兄弟の多いおばあちゃんのご親戚の方が、たくさんのお花を贈って下さって、豪華に最後のおつとめをされたそうだ。

 年齢が一回りも離れているだけに、仲のよさそうなお二人だった。おじいちゃんの健康のために、と、ずっと自家製のアロエをいれて、野菜ジュースを作っておられたおばあちゃん。編物が趣味で、近所の教室に通われ、おじいちゃんのセーターは全部おばあちゃんの手編み。この冬から、編み方の難しいベストを編んでおられたが、何度も編みなおして、まだ未完成・・・「春になったら、着せてあげるからね。」といっておられたおじいちゃんは亡くなってしまった。あのベストの行方だけが、心配だ。

 ≪年末にSさん、そして今回Mさんを見送って≫

 ご高齢の方と接する仕事なので、覚悟はしておかなければならない、人との死別。 ヘルパーの仕事をはじめてまだ半年ほどなのに、御二方を見送ることになった。

 ヘルパー講習の実習中に、実習先の施設長が、「子供と違って、亡くなる事も多いから。」とおっしゃっていたときは、ぴんと来なかったが、今ではお世話をしてきた方が亡くなるもの悲しさを実感だ。「お見送り」をして、ヘルパーの担当が終わり、なんて、やりきれない気持ちになってくる。

 確かに今のところ、私の担当する限り、「おかげで元気になりました、ヘルパーさん、ご苦労様、お役目御免です。」と、円満お別れをしたことがない。入退院を繰り返されたり、継続してヘルパー派遣を依頼されていたり。

 「おじいちゃん、おばあちゃん、良かったね、お元気になられて!」「私がもう、来なくてもよくなるということは、とても良いことなんですよ!」と、笑顔でお別れしてみたいものだ。ヘルパーが、良い意味で「お役目御免」になれるように、微力ながらもなんとか力を尽くしていきたい。

(01年4月28日)
≪注:おじいちゃん、おばあちゃんという表記について≫

 この作文の中では、わかりやすいように便宜上、ヘルパーであるわたしが担当している方々のことを、「おじいちゃん、おばあちゃん」と書いていますが、実際、お目にかかるときには、「おじいちゃん、おばあちゃん」とお声をかけることはありませんので、ご理解とご了解をお願いいたします。






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