身の回りの出来事




京都視覚障害者マラソン大会に参加(10キロ・伴走)/52分35秒
(03年3月2日)

 『失ったものを数えるな、残されたものを活かせ』〜これは、大会記念誌に書かれていたパラリンピック創始者のグッドマン博士の言葉である。

 わたしが視覚障害者と接するとき、「目が見えなくてかわいそう。」という気持ちではなく、「目が見えないのにこんなことが出来るなんてすごい。」と感動することが多い。それは、この博士の言うところの、残されたものを活かして堂々輝いているその姿に感動しているのだと、きょうあらためて思った。

 京都視覚障害者マラソン大会とは、目のみえる人が大半の普通のマラソン大会と違って、視覚障害者ばかりの大会。視覚障害者が単独で参加申し込みをしても、主催者側で伴走者をつけてくれ、スタッフも手厚く誘導してくれる。伴走者は、地元洛南高校(男子マラソン日本最高記録保持者高岡寿成選手の母校)の陸上競技部員、伏見工業高校(ラグビー全国制覇多数回)のラグビー部員、立命館宇治高校の陸上競技部員、地元走友会のランナー、また年度によってはワコールや京セラの実業団ランナーが伴走してくれることもあるという。申し込みをする視覚障害ランナーにとっても、ちょっぴり出会いの一期一会の楽しみがあるようだ。もちろん、いつもの伴走者をパートナーに連れて行っても良い。

 わたしは半年くらい前から一緒に走るようになったRMちゃんの伴走者としてこの大会に参加だ。一年前に泉州マラソンで伴走デビューしたけれども、今回は視覚障害者ばかりのレース。眼の見えている人が大半の普通のレースに視覚障害者が混ざっても、みんな接触を避けてくれるが、視覚障害者ばっかりだと、大丈夫だろうか・・・・?10キロだったら入りも速いだろうし。不安を払拭するためにも、今年に入って必ず週一回はRMちゃんと走るようにした。休みの日も走ったこともある。RMちゃんのパパの運転する車で、会場の西京極陸上競技場入りだ。

 あんなにもたくさんの眼の見えない人が一堂に集まって、レースに参加しているのを見るのは初めてだったので、会場に居るだけで、感激でからだが震えた。ほとんど暗闇の世界に居る人たちなのに、そのことで閉じこもったりせずに、身体を躍動させて、なんて身体じゅうでまわりの空気を感じながら走ることができるんだ、と思うと、すごいなあ、の一言である。

 RMちゃんは未熟児網膜証で、生まれつき目が見えないという。身体が弱くて、マラソンなんてとんでもないという幼少時代だったそうだ。ランニングを始めても、温度調整がうまくできずに汗を掻きにくい、という体質のため、到底走ることに向いているとは言えない。でも、RMちゃんは「走ることが好きになってしまったんです。」と言う。そして、根が頑張り屋さんのため、走り始めたらとことん走ってしまい、ばたっと倒れこむこともしばしばとのこと。

 そんなRMちゃん、きょうも頑張った。3月にしては気温が上昇して、ゆっくりウォーミングアップで走っているだけで汗が出てくる。伴走のわたしも額に汗が流れるのを感じた。RMちゃんは汗をかけない体質。息遣いとともにだんだん顔が赤くなってきた。「RMちゃん、行け行け、がんばれ。」とさらに声をかけているけれども、「こんなに頑張らせてだいじょうぶだろうか?」と一抹の不安も。でも、最後までしっかりした足取りで、ペースを落とすこともなくゴール。一生懸命走り終わったRMちゃんに感動してとてもいとおしくなってぎゅ〜〜〜っと抱きしめたくなった。

 RMちゃん、わたしに伴走を任せてくれてありがとう。一期一会の出会いもあったかもしれないのに、わたしをパートナーに選んでくれて、大会に連れていってくれてありがとう。大きな感動をもらいました。

<追記>:この記事を読んでくれたRMちゃんからメールをいただきました。〜(以下メールより抜粋)

私のこと、書いてくださるんですね。
こんなわたしのこと、書いてくださって
とても、嬉しいです。
あの日のことが、大分たつというのに
昨日のことのように思えてなりません。
この、HPをよんで、ひとりでも多くの方が、
視覚に障害を持っていても走れるのだと、
知ってもらえ、また、伴走をしていただける人が
増えていくといいなあ?と思っています。
えらそうなことかいてごめんなさい。
私のほうこそ感動をもらい、また
あのひ、伴走をしてくださって有難うございました。






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