身の回りの出来事


「小さな街角盲人ガイド」
(02年2月23日更新)
こちらのコーナーでは、街で出会った障害者の方とのひとときをお伝えします。(新しいものから上に記載しています。)
小さな体験談もお寄せいただけるようになりました。少しずつご紹介していきます。
<困っている人に気付くこと、気付いたら助けること、最後まで見守ること、
・・・・いつどこにいてもそれができるゆとり>

〜Jさんという女性の方よりメールでお教えいただきました。本文をそのまま掲載いたします。

 彼と街を手をつないで歩いていました。踏み切りにさしかかったとき、彼がふと、視覚障害の白い杖を持った女性に気付きました。彼はその方の隣へ寄り添い『どちらへ行かれますか?』と聞きました。丁度、私達と同じ場所へ向かうということでした。彼は、右手で私の手をつないで、左腕をその女性につかまってもらい、三人で仲良くおしゃべりしながら目的地まで歩きました。
 女性は待ち合わせということなので、相手の方が見つけやすいようにと、彼は『こちら側を向いて座っていれば大丈夫ですよ。』といって女性をいすに座れるよう促しました。女性は彼に丁寧にお礼を言いました。

 その日、彼は駅で迷っている外国人を助け、車椅子の人を電車から降ろすのを手伝い、車が故障して立ち往生しているカップルに声をかけました。

 私は、彼がさりげなく当たり前にそのような行動をするのを見、とても驚き、また感動しました。当たり前のことなのでしょうけれど、困っている人に気付くこと、気付いたら助けること、最後まで見守ること、・・・・いつどこにいてもそれができるゆとり、自分のことだけではなく、まして街の中の見知らぬ人々の中にあって、そのような気働きが、自然にできるということ・・・たとえその人が困っていなくても、何かした方がいいのでは、と感じたら、声だけでもかけていく、という彼の姿勢に目を見張りました。

 周りを良く見、状況にかなった、良心に従った素直な行動をする彼にくらべて、いつも自分のことばかり考えている自分を振り返り、反省しました。

 すぐには身につかないだろうけれど、もっと周囲に気を配れる人、正しいと思ったら素直に行動できる人になりたいと思いました。

(02年2月15日着信)
<少林寺は転倒防止の護身になると語ってくださった地下鉄沿線の人>
〜01年4月7日(土)の出会い

 まったくうららかな春を迎え、ご近所のどこでも桜が満開で、ほんの小さな公園でもお花見が楽しめる週末の土曜日。
 幸か不幸か、私は昼からずっと研修で、ビルの一室に缶詰。やっと解放された夕方、頭の中もふらふらしながら、地下鉄で家路につく。わたしの降りる駅が近づいて、やっとシートから立ち上がり、ふと出入り口に眼をやると、白い杖を持った人。「あそこに立っているということは、次の駅で降りるのかな?」

 駅に到着して、案の定、降りる様子だ。「あ!危ない。」小学校低学年くらいの女の子がちょろちょろして、ぶつかりかけた。小さな女の子たちは、まだきっと白い杖の意味がわかっていないのだろう。わたしは思わず声をかけた。
 「わたしもこの駅で降りるので、改札口までご一緒しましょうか?」電車から降りる人が多く、ぶつからないようにするのが精一杯。「どうぞこちらへ・・・。」とは言ってみたものの、まだまごついている。・・・しまった、こちら、といっても見えないのだからわからないんだった・・・

 「どうぞわたしの腕につかまってください。」杖を持った反対側にショルダーバックをかけておられたので、こちらの腕を誘導してもいいものか迷ったが、とりあえずマニュアルとおりに(=杖を持った反対側の手で、ガイドの腕をつかんでもらう)、腕を貸すことにした。

 地下鉄の駅は、視覚障害者用にタイルが張ってあるとはいえ、階段の上がり下がりや通路の曲がり角が多く、大変だ。おまけにこの駅は最近改装して、(旧)階段を上がって直進して改札口 →から、(新)階段を上がって左折して改札口と、方向まで変わっている。車椅子がとおれるように幅の広い自動改札ができているので、視覚障害者にとっても2人で並列して自動改札を通れるのが助かる。

 「どちらのほうまでいかれますか?わたしは次の大きな交差点を渡ります。」と、わたしの行き先をまず告げてみる。「僕も交差点、わたります。」どうやら同じ方向のようだ。さらに階段を上がって、地上に出ようとする。自分ひとりで歩いていると、普段は気づかないのに、この駅にも放置自転車の山・山・山・・・。視覚障害者用の点字ブロックをふさいでいるばかりか、歩道までふさいでいるのだ。

 「この自転車がね、本当に困るんです。」まったくそのとおりだろう。ひとりが端っこにおいたつもりでも、その数がどんどん増えていくと、通路をふさいでしまう。それでも普段、彼はひとりでこの道を歩かなければならないのだ。

 「よく、自転車や看板に引っかかって、こけそうになりますけどね。・・・」「僕、こんな身体して、習い事の帰りなんですよ。」道中をともにするなかで、少しずつ緊張もほぐれてきたのか、彼のほうから会話を持ち出してくれるようになってきた。

 「僕、少林寺憲法、習っているんですよ。僕のようなものでも、入れてくれるところがあってね。・・・」そうか、スポーツマンか!服装にしても、ジャージ姿で、ラフな感じだ。話してくださる様子も明るい。スポーツマンときくと、すぐに快活&元気と想像してしまうわたし。

 「今まではよく、自転車や看板なんかに引っかかって、こけること、多かったですけど、少林寺を習い始めたおかげで、重心を低く保ってしっかり歩くことが出来るようになってきて、物にぶつかってもこけなくなりましたね。」なるほど、そんな効用もあるのだ。身体全身を使っての武道、目は見えなくてもちゃんと習得されているのだ。

 「身体を若く保ちたいという気持ちもありましてね。」「え?おいくつくらいで?」ぶしつけに尋ねてみると、もうまもなく50だと言う。どう見ても40歳そこそこの若い感じだったのでこれにはびっくりして、まじまじとお顔を拝見してしまった。
 身体も若いけれど、気持ちも若く明るい、そんな感じの方だった。土曜の昼下がりから缶詰になっていたわたしの頭も、す〜っとほぐれていった。

<追記〜こちらの記事を見て下さった方から、メールをいただきました。>

 白い杖を持っている人をガイドするとき?
 杖をもっている手と反対の手を自分の腕にくんでもらう・・・。
 普通はなかなか知らないことですよね。
 でも、これを知っているだけで、いざという時には
 とても役立つとおもいます。
 
 これからも些細なことでもいいので、のせてください。
 勉強させてもらいます!!

(01年4月13日着信)




こちらのコーナーでは、皆様のちょっとした「街角体験」を募集しています。
「白い杖を持った人を見かけても、どのように話し掛けていいのかわからない。」とよく聞きますが、
ほんのひとこと、勇気をもって、行動をおこしてみましょう!!

小さな街角での体験談、どうぞお聞かせください。下のメール宛先まで、お願いいたします。


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