身の回りの出来事


父のアルツハイマー発病は、娘のわたしへのメッセージ
(01年1月10日・本戎の日に)
 年末年始から、悲しいことやショックなことが相次いでいる。

 じょじょにではあるが、確実に進行していく父の病状。
 思いがけないSさん(=ホームヘルプサービス利用者さん)の急死。
 年賀状で近況報告をしたところ、「わたしの実家の父もアルツハイマーと診断されました。」と、親しい友人からの返信。かけてあげる言葉にも詰まってしまう・・・。

 こんなことが続くと、さすがのわたしも考えさせられることが多い。この先、どうなっていくのだろうと。

日々、暮らしていく中で、本当にお元気に歳を重ねていかれる方、また、若くして難病に倒れられる方。長い間闘病生活を送られる方。知能はしっかりしていても、体が不自由になってしまわれる方。いったいこれは何なのだろう、と。

 父のアルツハイマーは、わたしにとってどんな意味を持つのだろう、と。

 今まで、あまりにも能天気に生きてきたわたしに、父は身を持って「しっかりしろよ。わしがいなくなったらどうするんじゃ。」といってくれているに違いない。頑固者だが、立派すぎるほど立派な父だったので、あんまり急にぽっくり逝ったら、残されたものが取り乱すに違いないと察し、少しずつ進行していくこの病気にかかることによって、わたしたち家族に心の準備をさせてくれているのだ。

 家族のことを顧みること、自分のまわりを見渡すこと、母の様子を気遣うこと。いままでのわたしに欠けていたことを、最近になってやっと気づき始めた。「おまえは、やっと気づいたのか。まだまだ、足りていないな。」と、きっと父は思っているに違いない。

 昭和35年生まれのわたしはちょうど21世紀の初まりを40歳で迎えた。この節目の年に、父からの自分の身を犠牲にしてのメッセージをやっと受け取ることが出来たのだ。







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