ご意見箱(01年1〜3月号)




夕方のジョギング中に、学校名の入った小学生の名札を拾いました。
地図で調べてみると、父の通うデイ・ケアセンターの隣り合わせの小学校。
あたりはすっかり暗くなっていましたが、
これも何かのご縁と思い、お届けしました。
めぐり合わせの不思議さを感じています。


貴重なご意見・ご感想、ありがとうございました。
(01年3月13日更新)
 HP開設して2ヶ月あまりの間に、1800人もの皆様に訪れていただきました。心を打つメールを頂戴して、本当に嬉しく思っています。
 いくつかをご紹介したいと思います。プライバシーのために、メール内容を抜粋または一部文章を変更して掲載している事をお許しください。(日付の新しいものを上に並べています。)
<関東地方の男性の方より>
〜生きておられるのがうらやましいです。

 介護大変ですね、我がお袋も介護ヘルパーをしています。
 父は寝たきりになりましたが、医者の診たて違いで亡くなりました。生きておられるのがうらやましいです。
 アルツハイマーはだんだん忘れてしまうときいておりますが、大変ですね。がんばってください。

 (01年3月12日着信)

 <返信>
 さぞや悲しみに暮れられたことでしょう。
 いまお聞かせいただいた、「生きている」という言葉をかみしめながら、これからも暮らしていきたいと思います。

 貴重な言葉をありがとうございます。

 (01年3月12日返信)

<コメント>
 ついつい流されそうな日常で、「生きている」ことの有難さを見逃しがちになっていました。本当におっしゃるとおりです、姿ありしものが、無くなってしまうことほど、悲しいことはありません・・・。こんな有難いことを、忘れがちになってしまっていたなんて・・・。
<東北地方の30代後半の女性の方より>
〜かわいそうな死でした。


 数年程前に義父が脳梗塞で倒れ、早期治療でさほどの後遺症もなく一時は退院できたのですが、私や曾ばあちゃんの介護のかいなく昨年の夏、肺炎で亡くなりました。

 義父は20年前胃癌の全摘を行っていたのでいたるところ内蔵が弱っていたのですが、そればかりでなく、義父母の夫婦のあり方、子育てなどのつけが回ってきたのでは・・・等など、いろいろな事を考えさせられたかわいそうな死でした。

 (01年3月3日着信)

<コメント>
 言葉を失いました。
 きっとご家族で一生懸命支えてこられたと思いますが、失って(亡くなって)みてはじめて、その方の生き様、存在を思い返すことができるものなのでしょうか。

 今でも私自身、父の生き様を考えさせられます。若かりしころの父は・・・?わたしたち(姉妹)が誕生してからの父は?会社を切り盛りする父は?どのようであったのでしょう・・・?。
 まだ、こうして生きてくれていて、言葉を掛けると何とか返してくれる、そのことに感謝しながら、この先、父と一緒に生活できるのはどのくらいの年月なのだろうと、考えたりもします・・・。
 
<60代前半の男性の方より>
〜新聞の読書欄[こだま]に投稿が掲載されました。
「ランナー側も 元気もらった」

 先日の読売新聞の読書欄[気流]への投稿に対して、私がお礼の気持ちでランナーの気持ちを投稿したら、8日の朝刊に掲載するとの連絡を受けました。

 そんな簡単に掲載されないと思っていたので、今から考えたらもっと慎重に記事を書いたらと少し反省中、掲載場所は[こだま]の欄だそうです。新聞社の話では気流に対する反応のページだそうです。 

「ランナー側も 元気もらった」・・・ (自営で、奈良県生駒市在住の66歳の男性の方より)

 「ランナーから 元気もらった」(3日付)で、大阪シテイーハーフマラソンを見られたご感想を拝読し、市民ランナーとして走った者として感動しました。

 当日は車椅子、一般参加の約2800人が大阪市役所をスタート、沿道には応援の方々が並び、大阪城公園外周などでの「頑張れ」コールに疲れも消えました。

 投書された方は車椅子ランナーらの姿に感動されたそうですが、我々ランナー側も沿道の応援パワーで走れたことは間違いなく、感謝の念でいっぱいです。


 (01年3月6日着信・新聞記事は8日朝刊)

<コメント>

 新聞の投稿欄から、投稿がつながっていくのをみて感謝の気持ちは分かち合うことが出来るのを感じました。
介護の仕事も、感謝の気持ちで支えられています。
 
 マラソン大会を走った人、沿道でマラソンランナーを見かけて応援してくださる人、お互いが感動と感謝の気持ちを分かち合うことが出来たようです。私自身も市民ランナーですが、いつも、沿道で応援してくださる方々には本当にありがたいと思っています。

 ふと、自分のヘルパーの仕事について思いをはせてみたとき、この仕事も感謝の気持ちに支えられていると思います。わたしの知らない時代を生きてこられた年長の方に接して、少しばかりその方の必要とされている介助をして差し上げるとき、「わたしなんかがお手伝いさせていただけて、よかったな。」と思えるのです。

 また、家族で介護をされている方がいらっしゃる場合、そのお姿に接して、「家族の介護は24時間休みなしなのに、本当によく頑張っていらっしゃるな。」と逆に励みになります。

 ヘルパーとしてご家庭を訪問させていただいての帰り際、かならず「よく来ていただいたね、ありがとう。」と言ってもらいますが、わたしはいつも、「来させていただいてありがとうございます。」という感じ。ここでも、お互いが感謝の気持ちを分かち合うことができるようです。

 人と人とのふれあいを感じることができるのは、このような一瞬があるからだと思います。

<追記>
 ヘルパーの仕事をはじめる前までは、「ヘルパーって、人の家庭にお邪魔して、掃除したり炊事したり、家政婦みたいな仕事???寝たきりの人のしもの世話をしたり、人の嫌がる仕事???」などと偏見を持ったりしていましたが、とんでもない! 〜人と人とのふれあいを感じることができる、とてもいい仕事だと断言できるようになりました。

 この仕事にご縁があったことを感謝しています。

 (01年3月8日)
<60代前半の男性の方より>
〜新聞の読書欄[気流]から、このような投稿見つけました。
「ランナーから 元気もらった〜精いっぱい自分の力を出して走る姿は素晴らしい」

 読売新聞(3/3付)朝刊の読書欄[気流]から、このような投稿を見つけました。

「ランナーから 元気もらった」・・・(自営で、大阪市在住の57歳の女性の方より)

 大阪城へ夫と梅を見にいった。 ちょうど、大阪シテイーハーフマラソンの時間だった。間近でマラソンを見たのは初めてだ。
 車いすの部の人だちが、勢いよく走ってきた。その力強さに、私は涙があふれそうになった。 一般の部でも、苦しそうに走っている人、ニコニコ走っている人、ピエロの格好をして走っている人:::::。皆が一生懸命だった。

 いろんな人が集まって、精いっぱい自分の力を出して走り切る姿は素晴らしい。マラソンを実際に見ると、こんなに胸を打つんだ。充実した一日だった。ランナーだちに元気をもらった。


 以上が原文そのままです。ランナーがこの記事を見たらほんとに嬉しくなります。こんな感じで見ていてくださる人もおられる。大変嬉しく思いました。また車椅子の人には涙が溢れると書いておられるが私も今、メールを打ちながら胸に詰まる感じです。

 今日からまた京都(=3/11に開催される京都シテイーハーフマラソン)に、向けて走ろう!


 (01年3月4日着信)

<返信>
 メールをいただき、ありがとうございます。

 このように感じて、このような投稿をしてくださる方、
 そして記事を見つけて知らせてくださる方、
 周りの人たちに恵まれて、本当に嬉しくおもっています。

 (01年3月4日返信)

<40代前半の男性の方より>
〜身内ほど、説得出来ない、みたいな現象

 この間HNKのクローズアップ現代 という番組で痴呆症の人の交通事故について特集をやってました。

 痴呆症初期、中期の人の自動車の運転事故が増えているという話で、高速道路を逆行したり、目の前に車がいるのにブレーキを踏まなかったり、痴呆による判断力、情報処理能力の低下がもたらすいくつかのケースの事故例が報告されていました。 今まで自分が車を運転していて同じ道路上に、痴呆症の人が運転する車が走っているなんて考えたこともなかったので驚きましたし、ちょっと運転するのが怖くなりました。
(運転だけでなく実は歩行中も危険ですね。)

 ただ、その番組の中でも言ってましたし、君にもお父さんのことでよく聞かされていましたが、本人には自覚がないので家族がいくら説得しても、例えば息子さんが運転を止めさせようとすると「息子が自分の車を欲しいから運転を止めさせようとしている。」と解釈されてしまうなどなど、身内ほど説得出来ない、みたいな現象もあるのですね。

 本人にも悪意がない(脳の病気だし殆どわからなくなっているのだから当たり前ですが) からこそお世話なさる方の苦労が絶えない病気だと感じました。

 本当に難しい病気ですね。 

(01年2月19日着信)

<コメント>
 その番組は、うちの母親も見ていました。
痴呆症の人を、説得したり、納得させようとしても、その病気ゆえに大変難しく、かえって病気には逆効果といいます。それでも、本人や周りに危険が及ぶ恐れのあるときは、その行動を制止しないといけない・・・。

 我が家の父も、春先を迎えるに当たって、気分が外に向くのか、どうやら徘徊が始まりそうです。単なるお散歩ならいいのですが、家の位置がわからなくなったり、また、信号標識や交通ルールを忘れてしまっているので、これは、非常に危険が予想されます・・・。

<30代前半の女性の方より>
〜医療と介護福祉の仕事の良いところは、どんな経験も必ずプラスになるという事


 今後、ますます高齢化社会が進む中、 医療と介護福祉のボーダーはどんどん取り払われていくでしょうし、 またそうあるべきであろうと考えています。 お互いが協力しあっていかないと、もう支えきれません。

  この領域の仕事の良いところは、 どんな経験も必ずプラスになるという事だと常々思っています。
たとえば、自分や家族の病気、これは普通の仕事に従事していれば 間違いなくマイナス要素にしかなりません。
しかし、医療や介護福祉の分野では、マイナスの経験も 自分の人生にというだけでなく、自分の仕事にも大いに役に立 のですよね。

 最近、私の母も肝臓の癌で入院しまして、 ひとまずは治療を終えて退院となったのですけれども、 今後も入退院を繰り返すようになりそうです。

 久しぶりに家族の立場に立って物事を考えることによって、 いかに患者やその家族は不安な気持ちを持っているのか、 病院という組織がいかに得体の知れないものとして感じられるのか、 そういった忘れていた生々しい感情が再確認できて、 ある意味では良かったと考えています。
 
 仕事を始めたばかりの頃の新鮮な気持ちを思い出せたように感じます。

 (01年2月7日着信)

<返信>
 メールにて教えてくださった、「(私たちの)領域の仕事の良いところは、どんな経験も必ずプラスになる」という言葉、本当に嬉しく受け取りました。
 そうなんだ、だから、わたしも、父親の病状を案じながらもこうやって、何とかやっていけるんだ、と、実感しています。

 実際、介護の仕事につくまでは、ヘルパーの仕事も「自分に出来るのだろうか?」と、半信半疑でした。とりわけ、人様の面倒を見るなんて、そんなこと、私に出来るんだろうか、と。ヘルパーの講習会に参加していたときも、「自分にはそんな仕事、出来るわけない。」と思っていました。

 ところが、介護の仕事って、「人様の面倒を見る」とは、違ったものでした。
 いま、私が感じているのは、長い人生を一生懸命生きてこられた方の肩の荷を下ろしたゆっくりした時間に、私までもが参加させていただいている、という感じ。
 この方たちの、人生のお話を少しでも聞かせていただく機会を得て、私自身、とてもいい経験をさせていただいています。

 もちろん、病気や事故の後遺症で、体がいままでのように動かなくなってしまって、「生きていくものしんどい。」と漏らしてしまう方もいらっしゃいます。
 でも、やはり、その方の存在も、かけがえのない人生の先輩としてなるべくお健やかにお過ごしいただけるよう、私に出来ることを、していきたいと思っています。
 歩行練習をお手伝いしたり、お食事の手助けをしたり、また、オムツを変えたりしているときでも、それは私にとって、「作業」ではありません。

 そんな中で、私の力のなさ、力不足を切ないくらいに感じます。
実際、自分の父親に関しても、また、父の介護に当たっている母親に関しても、自分って、なんて何も出来ないんだろうって。

 うまくいえないけれど、自分に出来ないことが多すぎて、それでも頼りにされたりして、これでいいのか、と、自問自答です。

<同級生の女友達より>〜お互い、目の前のことを一生懸命やらないとしょうがないね

 うちの父親はまた調子が悪くなって、1週間ほど前に再入院してしまいました。
前回は入院してても調子が良かったので、周りの人と随分楽し気にやってて、あまり入院自体がかわいそうな感じはなかったのですが、今回はそれどころではなくしんどそうで、ちょっとかわいそうです。

 そう、奇しくもロコ(=わたしのニックネーム)のお父さんと同い年ちゃうかな。大正15年生まれですわ。
お互い、目の前のことを一生懸命やらないとしょうがないね。がんばろうねー

(01年2月2日着信)

<返信>
Aちゃんちのお父さんと、うちの父、ほんと、1ヶ月違いかな?うちはじつは昭和2年1月生まれです。1月29日。
でも、今年は自分の誕生日ということもわからなかったし、日付自体、わからなくなって久しいです。
 
「お誕生日ですね、お祝いしましょう。」といっても、「ふー〜ん」という感じ。
その日はデイサービスも休んでしまって、一日中、こっくりこっくり居眠りでした。

Aちゃんが言ってくれた、「目の前のことを一生懸命やらないとしょうがないね」って言うの、ほんと、実感しています。

Aちゃんのおとうさん、だいじょうぶ?
ほんと、歳をとっていってるんだな、って、親についても、自分についても思います。

<50歳代の男性の方より>〜「娘としてくいのないように」

 ホ−ムページ拝見しました 。お父様の介護大変でしょうが、「娘としてくいのないように」を心に秘めて頑張って下さい。ポイントを「心に秘めて」というところです。

 マラソンのページでは怪我も故障もそれがマラソン練習によるものであれば、しかたが無いと考えたほうが良いと思います。ぼくも故障すれば「故障するほど頑張って練習できたのだ」、風邪を引いたら「風邪を引くほど追い込む練習をできたのだ。しばらく休めという合図が来たのだ」と考えています。タダ、不摂生や他種目での怪我故障は避けたいと思っています。

(01年2月2日着信)       
<30歳くらいの男性の方より>(介護関係従事者)
〜対等の立場で普通の大人同志の関わりを持ち、必要箇所を援助できるように


 私も色々な介護の現場を見学したりする事がしばしばあるのですが、その時によく思うのが、どうも介護する側が「高齢者は立場が弱い」と思われていることです。

 しかし、実際はそうではないかと思いませんか?本当はお互いが対等であるはずなのに「弱いもの」と決め付けて仕事をしたりしていると思います。「立場が弱いのではなく」「我々より身体機能が加齢により衰えているので弱い」(ちょっと説明不足ですが)だと思うのです。だから、なんでもかんでも腫れ物に触るように接する必要もないし、普通の大人同志の関わりを持ち、必要箇所を援助すれば良いのではないでしょうか?

(01年1月25日着信)

<返信>
 私も、思いがけなく介護の世界に飛び込むことになって、周りを見渡す目がやっと開いてきました。
いままでは自分のことばかりに夢中になっていたのですが、長い人生を生きてこられた高齢者の方に接して、気持ちが洗われるようです。
 私が仕事をさせていただいているのに、逆に教えられることのほうが多いからです。

 私自身は、介護される必要のある高齢者の方のお立場が弱いとは思ったことなく、メールにありましたように、必要箇所を援助できれば、と願っています。

 それでも私の担当の利用者の方々はみな丁寧な方ばかりで、いつも「ありがとうございます。」と頭を下げてくださいます。「いえいえ、こちらのほうこそ、いいお話を聞かせていただいたり勉強させていただいて、ありがとうございます。」と、いつも感謝しています。

 いまは何もかもが新鮮で、いろんな事を吸収していきたいと思っています。

<お父様がアルツハイマーと診断された関東地方の30歳代の女性の方より>
〜今の自分に何ができるのでしょうか?

お父様がご病気とのこと。実は、私の父もアルツハイマーと診断されました。

幸いというか、まだ日常生活は普通に送れているのですが、やはり日々病気は少しずつ進行しているようです。
現在、両親は二人だけで生活しており、父の世話は全部母にかかっています。
妹が同じ市内に嫁いでいるので、なるべく顔を出すようにしてくれているのですが、妹にも小さい子供がいて、そんなに頻繁に遊びには行けません。

私は、(嫁いだため)遠く離れて暮らすようになってしまって、それこそたまにしか帰れません。
それに、たまに帰省しても、父を楽しませることがあまりできないんですよね。
心配しながらも、何もできないと、病気がなるべく進まないようにと祈るだけだったのです。

ところが、Oさん(=わたしのこと)はお父様の病気を理解するためにホームヘルパーの勉強をされたと言うことで、自分は何もしようとしてなかったなと恥ずかしい思いです。

ただ、こう書きながらも今の自分に何ができるかと言うと、やっぱり具体的には思いつかないのです。
何をするのにも、無気力になってしまって、生きていくことに退屈しきっている父の気持ちを引き立てる方法ってあるんでしょうか?母もこのままでは疲れ切ってしまうでしょう。

はじめてのメールが、こんなメールでごめんなさい。また、お暇なときにでもちょっぴりご助言下さい。なかなか相談に乗っていただける人がいないのです。

(01年1月8日着信)

<返信>
いつも誰かからメールをいただくと、とっても嬉しくなる私ですが、
Tさんからのメールはショックで悲しかったです。
でも、よくぞメールをいただけたと思います、ありがとうございます。

Tさんの実家のお父様もアルツハイマーとのこと。
悲しくてどうしようもなくてやり場の無い気持ちです。
なるべくなら、わたしの友人からは同じ病名を聞きたくなかったです。
それほどまでに、わたしも父の病気のことでは打ちのめされたからです。

わたしはいま、父のことを身近に感じることの出来る距離にいますが、幸か不幸かそれもわたしがいまだ独身であるからに違いありません。
父は、もうじき74歳。
いままでながいことがんばってきたのに、ふたりの娘がいるにもかかわらず、わたしの妹のところにも子供がいないため、孫さえ抱くことが出来ないのです。
わたしも今まで、自分の好き放題やってきたし・・・。
ひとり暮らしせずにずっと実家にいたことだけが、せめてもの慰めでしょうか。

でもね、家にずっといると、なかなか父と一緒に過ごすひと時がもてないのです。
いま、たまたまヘルパーになってあちこちのご家庭に寄せていただいて、父と同じくらいの年齢の方にも接しています。
手をさすってあげたり、足を暖めてあげたり・・・。利用者の方に出来ることが、なかなか父には出来ないのです。
父の冷たい手をとってさすり始めても、父も娘にそんなことをしてもらうは不慣れなのか、「ああ、もういいよいいよ。」といいます。不思議ですよね。

アルツハイマーは残酷なほどに人間の大切なものを奪っていく病気です。
進行することはあっても、もとに戻ることは決してありません。
食い止めることすら難しいのです。

Tさんは遠く嫁ぎ先で離れて暮らしておられるので、なすすべがなくただただご心配されていることでしょう。
少しずつ進行されていくだろうお父様のご様子を案じるにつけ、これからのことがわたしにも見えてきません・・・・。
お父様と二人だけで暮らされているお母様のことも心配です。

実家から離れてしまっているのは仕方ないので、Tさんなりに何かを見つけてください。
直接お父様・お母様に関することでなくてもいいと思います。
何かを見つけて、行動してみてください。

インターネットでアルツハイマーに関する情報を得られるようになってからというもの、わたしが困ったことや悩んだことをHPにぶつけているように、どこからか道は見えてくると思います。

もしよければ、わたしにも時々メールをいただけたらな、と思います。
メールを書くことによって、Tさんにとっても何かのヒントになるかもしれません。

これからもぜひ、よろしくお願いいたします。

(01年1月11日返信)
<20歳代の女性の方より>〜どうして、私は病院に居ないといけないの?(病気のときの不安感)

 「アルツハイマーは、本人ではなく、まわりの家族が気づくものです。」という言葉にとても頷かされました。

 というのは、私は交通事故で頭を手術したことがあるのですが、後からどうだったのか聞かされると私ってすごくおかしかったんだなあと思うし、その時のことを何も覚えていない自分がめちゃくちゃ情けないです。でも、あのときの自分は、もう自分のことが精一杯で、自分がおかしいなんて微塵も思っていなかったからです。

 それどころか、まわりの方がおかしいと思っていました。
どうして、私は病院にいないと行けないの?風邪でもひいっちゃったのかなあ?と思っていたし、少しずつ回復してきてから、どうして、髪の毛がないの?私って生きてるの?死んじゃったの?と思っていました。
 
 今のお父様も精一杯生きておられ精一杯であればあるほど自分がアルツハイマーにかかってるなんて微塵も思っておられないと思います。

 私が回復できていなかったとき、「自分ってひとりぼっちなのかもしれない」と思うときがとても悲しかったです。
本当につぶされそうになって怖い思いを何度もしました。今は、平気でできることも(電車に乗ったり、ものを買ったりすること)そのときは、とても怖かったです。
 
 その時、自分の話を聞いてくれたりする人がいたときとても嬉しかったです。Oさん(=わたしのこと)もお父様のお話をたくさん聞いてあげてください。お父様も安心されると思います。

 Oさんの目指す「明るい介護」を応援しています。  

(01年1月7日着信)

<返信>
 ありがとうございます。
 私自身、毎日父親に向かっていて、時々気持ちが押しつぶされそうになるのをHPにぶつけることで、取り直して元気でいられます。

 そして、こんなふうにメールをいただくととっても嬉しいです。
自分では、パソコンに向かっているときは冷静に考えて書いているのですが、いざ父親を目の前にすると、「どうしてお父さん、こんなこともわからないの!」「こんなことも出来なくなってしまったの?!?」と、憤りすら感じてしまうこともあります。

 でも、そうなんだ、「i」ちゃんの言うとおり、病気になってしまって一番つらいのは父自身だし、今までできていたことができなくなって一番憤慨し、悲しみを感じているのも父に違いないのです。

 何度もそういうふうに本で読み、介護の先生からも聞かされていましたが、実際に生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰められた「i」ちゃんの言葉には重みがあります。
 「i」ちゃんがくれたメールを何度も読み返し、もう一度気持ちを入れ替えたいです。

 本当にありがとうございます。

(同日返信)





葉ホームヘルパー講習会
葉パパの介護記
葉娘のヘルパー日記
葉介護について思うこと

娘はマラソンランナー




メール アイコン

トップ アイコン