ご意見ください箱




HP継続の危機?!??!〜貴重なご意見・ご感想にて、ご指導ください。
(01年4月1日更新)
 HP開設して3ヶ月ほどの間に、2600人もの皆様に訪れていただきました。少しずつ、各方面の方々にごらんいただいているようで、本当にありがとうございます。
 ところが、私自身が、「(父の病気のことを)ここまで書いて、調子に乗りすぎでは?!?」と自問自答しているのと時を同じくして、投稿やご意見メールいただきました。
 時には、わたしのほうから相談を持ちかけることも・・・。多くの皆様方に支えてもらっている自分を感じることが出来ます。
《ごめんなさい》
 こちらのHPでは、特に投稿コーナーや掲示板を設けていません。テーマがテーマであるだけに、不特定多数の方の目に触れる掲示板だと、不都合が生じるかもしれないとの危惧があるからです。
 個人的にいただいたメールですが、できるだけ発信者の許可を得て、掲載していきたいと思っています。
<40代の男性の方より>
〜毎日支えているご家族が、自分たちにとって一番よいと思えるようにするのがいいと思います。

 お父さんの話。ご本人の意思が・・・・というのは大事な問題ですが、申し訳ないのですが、ご本人に確認しようがないから、家族が決めるしかないですよね。

 本人に確認ができればどうおっしゃるかと想像するのも、この場合は意味がないと思います。確認できるくらいのご病状だったらそもそもHPの題材になってないのですからね。毎日支えているご家族が、こう言っては語弊があるけど、自分たちにとって一番よいと思えるようにするのがいいと思います。

(01年3月31日着信)
<九州地方の女性の方より>
〜本を送ってくださいました・・・『今のあなたを楽しみなさい』


 気持ちばかりですが、Oさん(=わたしのこと)に元気にがんばって頂く為の、お手伝いになるような本をセレクトして、送らせていただきました。

(01年3月中旬)

<その本は・・・>
 『今のあなたを楽しみなさい』(伊藤守氏著)と題されたもので、
第1章〜人との関係を楽しむ
第2章〜自分のこころを楽しむ
第3章〜目の前の現実を楽しむ
第4章〜人生を楽しむ、
からなっていて、さいごに、「人生には波があって、そのときそのときで、楽しかったりつらかったりする。でも、それがトータルで楽しめることだと思うんです。」と結ばれています。

<返信>
可愛い本が届きました。
ミニサイズで、手帳のようにいつもかばんの中に入れて、ちょっとした時間にまた読み返すことが出来そうです。
ちょっとくじけそうになっているときに、力が湧いてきますよね。

ネットで知りえただけのわたしにご親切にありがとうございます。

家族のことを書いているHPも今しばらく、立ち止まっているところでしたが、ネットだから弱音を吐くことが出来る部分でもあるし、いい機会を与えられていると思って、これからも続けていきたいと思っています。

このたびは本当にありがとうございました。

(01年3月17日発信)
<首都圏の女性の方より>
〜ネットだからこそ弱音を吐ける部分もあると思います。


 私も、昔祖母がアルツハイマーで、自分がなにか世話が出来たわけではないのですけど、こんな風だったな…と思い出して、しんみりしてしまいました。
 元気だった頃を思い出せば思い出すほど、辛くなることもあるかと思いますが、亡くなってからではしたくても、世話などは出来ませんから。
 出来るうちに、悔いのないように、できるだけの事をする、と言うのは、あとで後悔しない為には、重要なことだと思います。
自分が、後悔しているほうなので、余計にそう思ってしまうのかもしれないです。
 (自分にコメントする権利はないとは思いますが、拝見させて頂いて、ちょっと思ったことを書かせていただきました。)

 HPに関して、自己満足だから、などと思ってしまっては、どんなサイトも出来ないのではないか、って思います。
 自分は、Oさん(=わたしのこと)のサイトの文章などを読んで、とてもためになると感じましたし、励まされる人のほうが多いと思います。
 なにか批判的な意見を、もし言う方がいらしても、Oさんの書く日記などに励まされている方も多いはずなので、これからも続けていただけたら、と思ってしまいました。
 同じ境遇の人間って、なかなか実生活ではいないものですし、ネットだからこそ弱音を吐ける部分もあると思います。
これからも、看護など、大変だとは思いますが、お体に気をつけて、頑張っていただけたら、と思います。
 (差し出がましい意見で本当に申し訳ございません。)

(01年3月16日着信)

<コメント>
 ネット上で知り得た方より、これほどの励ましのメールをいただきました。一言ずつを本当にありがたく受け止めています。

<60代の男性の方より>
〜一度立ち止まって考えることも必要と思います。


<わたしから発信>
 日ごろから煩雑にメールをやりとりしている、人生の大先輩の方です。
「(父の病気のことを)ここまで書いて、調子に乗りすぎでは?!?」と自問自答していることをお伝えしてみました・・・。

 わたしも、最近、調子に乗って(?)自分のHPで父のこと、暴露していて、ここまで書いてもいいのかな、とは思っていました。
事実なんですが・・・。

 父の意志は反映されてないし、父のためではなく、わたしのためにHP書いているようなものですし・・・。いま一度考え直しているところです。

(01年2月26日発信)

<返信いただきました>

 お父さんのホームページの件ですが、私としては、今の状態で良いのではと思います。
私の叔父も以前になりますが同じような状態で、最後は座敷でウンコをしてしまいました。自分が全然わからない、お見舞いに行くと叔母が叔父を怒っている、それを見て私の母は叔母はやさしくしてないといつも嗜めていました。私の母は元看護婦なので色々わかるのでしようか。職業的な看護と家庭看護は家庭で看護した人しかわからないということが私の母にはわからないようでした。

 どんな事でも経験するか、学習しないとわからない事です。
私はOさんのホームページを読んでいて今の状態、気持ちがわかる積もりです。

 Oさんのホームページをいろんな人が読んで経験のない人でも病気の大変さがわかるのではと思います。特に新米ヘルーパ(失礼)の感性で表現されているのでいずれにしても、自分の家族の恥部を暴露しているのですが、それがもし、世間の人に役立つとすれば、何かがあるのでは、とも思います。

 以前に毎日新聞社の記者がこんな本を出しています。『脳卒中から生還した記者』:と言う本です。

 私は、Oさんのホームページを見ていて本にでもなるくらいの内容と思います。それはOさんの感性でそのまま書いているからと思います。
 しかし、何か今書いていることがおかしいなあ、と思われたのですから一度立ち止まって考えることも必要と思います。

 完全に支離滅裂になりました。書くということは難しいです。

(01年2月27日着信)

<40代の女性の方より>
〜お父さんの意志は反映されてないなぁと思って・・・

 H子のHP見てても、違和感を感じています。ここまで書く必要があるのかなぁって。もちろんいろんなメリットも想像できます。いろんな人から新たな情報をもらえるとか、逆に情報を提供できるとか、励まされるとか、自分自身の中で整理できるとか。でも、お父さんの意志は反映されてないなぁと思って・・・
 ちょっと否定的な言い方になってるなぁ!?
 そんな違和感があったというだけなので、感想として聞いておいてください。世の中には必要な情報なのだろうし、H子の考え方の問題だろうし、、、


 (01年2月24日着信)

<返信>

 HPのこと、見てくれていて、考えていてくれてありがとう。
わたしも最近、調子に乗って(?)お父さんのこと、暴露していて、ここまで書いてもいいのかな、とは思っていました。
事実なんだけどね。

Aちゃんの言うとおり、お父さんの意志は反映されてないし、お父さんのためではなく、わたしのためにHP書いているようなもんだし。

う〜ん、もう一度考え直します。


 (01年2月17日発信)


<40代半ばの男性の方より>
〜いくらその人が素晴らしい生き方をしようが、立派な人であろうが第三者がそれを評価し、人に知らしめるべく、小説にしたりするような権利はあるのでしょうか?

 先日、芥川賞作家の柳美里が書いた私小説「石に泳ぐ魚」の出版差し止め訴訟で、東京高裁は原告の訴えを認め、出版の差し止めと慰謝料の支払いを被告に言い渡しました。被告の柳美里はこれを不服として上告する構えを見せているとのことでしたが、この度の被告の会見での内容もやはり、以前の地裁(多分)で敗訴した際の会見と同じく、これを認めてしまえば、作家は一切の私小説を書けなくなってしまうと言う意見でした。

 私はこの小説を読んでいません(この裁判を知ったときから読むべきではないと思っています。)し、またどんな経緯を辿って書かれたのかは知りませんが、報道その他によると小説のテーマは身体に障害を持った在日韓国人の女性が必死で生きる姿を追っているのだそうです。作者は多分、この女性のひたむきさに感銘し、小説のテーマとして取り上げたのだと思います。

 事前に小説としてこの女性の半生を書かせてほしい、などのアポイントがあったか否かは知りませんが、訴訟を起こされていることから想像するに多分なかったのでしょう。(意見を申す投稿に於いて”多分”が多すぎて申し訳ないですが…)

 原告からすれば、いくら小説では仮名であると言っても知る者からすれば簡単に人物の特定は出来るとの事でした。つまりは、原告は自分の生き様を人にはさらされたくないのです。いくらその人が素晴らしい生き方をしようが、立派な人であろうが第三者がそれを評価し、人に知らしめるべく、小説にしたりするような権利はあるのでしょうか?なにか間違ってはいないでしょうか?こう思うのは私だけなのでしょうか?

 私はOさん(=わたしのこと)は立派な人だと勝手に思っています。Oさんにすれば多分(また多分ですが…)自分では当然の事をしているだけだと、おっしゃると思いますが、私がOさんは立派だと思う根拠は、お父さんの介護の様子を綴った日記を公開されていることです。
 
 最近はホームページという媒体を使って、自分の訴えたいこと、言いたいことを比較的簡単に言えるような時代になってきました。Oさん自身、お父さんが今のご病気を発病され、途方に暮れているとき、インターネットのホームページで病気のことや介護の実体を知り、随分励まされたとおっしゃっています。

 私はOさんがその時の恩返しのつもりで、お父さんへの介護の様子やご病気の実体などをホームページに載せておられると、解釈しています。そしてこうして公開されている以上、やはり多くの方々に介護の実体や現状を知って貰いたいと、思っておられると思います。

 これからの世の中益々、高齢化が進み”介護”という言葉を無視できない時代になってくることと思います。私の役目はこのホームページのアップに関わった者として、ささやかですがOさんのホームページをより多くの方々に見ていただくべく、活動することだと勝手に思っていますが、先のあの裁判の報道を見て、果たして私は出過ぎたことをしてはしないか?と思った次第であります。

 (01年2月17日着信)

<返信>
 わたしも、最近、調子に乗って(?)自分のHPで父のこと、暴露していて、ここまで書いてもいいのかな、とは思っていました。事実なんですが・・・。

 父の意志は反映されてないし、父のためではなく、わたしのためにHP書いているようなものですし・・・。

 いま一度考え直しているところです。

 (01年2月27日発信)

<更に投稿あり>

 先の投稿はOさんを責めようとして書いたのではありません。

 先日の朝日新聞にこの裁判のことが書かれていました。それによると、確かに私小説と言うものはかなりの部分でプライバシーを侵害するものではあるけれども、書き手とモデルの信頼関係があってこそ成り立つものであって、果たしてこの柳美里の「石に泳ぐ魚」の場合、この事が踏襲されていたのだろうか?と言うものでした。

 Oさんの場合、お父さんへの献身的な介護によってこの信頼関係は充分、成り立っていると思います。OさんのHPでこの病気を、介護の実体を、より多くの人々に知ってもらうことにより理解が深まればこんな良いことはありません。お父さんもきっとOさんを応援している筈です。自信を持ってこれからも続けて下さい。

 他人の私が出過ぎたことを言って申し訳ありません。自分としましては、少しでも役に立てればと、思った次第です。

(01年2月27日着信)

<返信>
 いろいろ考えさせていただいてありがとうございます。

 わたしの頭は大変パニックでした・・・。
でも、いろいろ意見を言ってくださる方のおかげで、取捨選択できるわけだし、自分の中で整理することができます。
根本にあるのは、自分のこの能天気な性格でしょうけどね・・・。






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