骨髄移植日記'99(移植直前〜'99末)

医学的に大事そうなところは太字になっています。移植日をDAY0としています。

血球数は青字になっています。WBC:白血球、RBC:赤血球、Hb:ヘモグロビン、Plts:血小板

DAY
-12

 2週間前、4日間かけて急性転化クローンを減らす治療(キロサイドとダウノマイシン)をした。その成果をみるためにマルク(骨髄穿刺)をやった。主治医のS先生は腸骨からあっという間に骨髄液をさらっていった。これまで何度もマルクをやられたが、最速だった。結果を聞くと、まだ急性転化クローンは残っているということだ。やつらは手強い。最近またWBC(白血球というか主に白血病細胞)の値が増えてきていたので、アセロラドリンクのような色をした抗癌剤ダウノマイシンを入れた。

 また、今日から体の無菌化ということで薬が増えた。タリビット点眼薬(抗菌目薬)、硫酸ポリミキシンB(腸内殺菌)、シプロキサン(抗生剤)、ガスター(胃薬)。ファンギソン(抗真菌薬)のネブライザー吸入も始まった。こりゃ疲れる。いよいよ移植が目の前に迫ってきた。
WBC(白血球)6140 Plts(血小板)6.2

DAY
−9
 看護婦Tさんに「100日以内に戻ってくるように」と言われた後、M病院自慢の骨髄移植センターのクリーンルームへ移動した。ほんとに無菌室?ってぐらいオープンで、家族も透明ビニールカーテンのすぐむこうまで来ることができる。南向きの窓からはN駅のビルが見える。いい立地の物件だ。病院の近くの家で飼われているオウム君の声もちゃんと聞こえるので、なんだかほっとした。
 今日も熱が出てだるい。炎症反応の目安となるCRPも3.1と高い。(正常値は0.3以下) 今日から「最強だから覚悟して。」という前処置なのにこんなんでいいんですか。抗癌剤ブスルファンを飲み始めたが、まだ副作用は現れていない。まだこれからか。
 ところでブスルファンは「毒性のある白色の結晶」で、しかも農薬としても使われるらしい。言いたいことも言えないこんな世の中は〜…POISON!そんなん飲むんかい!
 デパケンという薬も飲んでいる。いい名前だ。調べたら「てんかんの痙攣を抑える」とあったから、ブスルファンの副作用対策なのだろう。良い子のみんなは、ポケモンを見るときデパケンを用意しようね。
 ところで、以前入院していた大学病院の病棟にPHSで電話した。研修医の先生や看護婦さんとお話しした。クリーンルームにいても、こんな小さな機械を介して外の世界とつながっているんだ。
DAY-8  今日もブスルファン。まだ元気だ。暇なので手塚治虫の「ブラックジャック」を読んでいる。髪の毛が抜けるだろうから、バリカンで極力短くしてもらった。
 抗生剤のアレルギーテストのため、対照も含めて6本打たれた。ユナシンS、ファーストシン、メロペン、マキシピーム、ケイテン。浅い皮下注射といえども、痛いところは痛い。
DAY-7  抗癌剤メルファランが注射器でルートにぶち込まれた。注入の時、独特の臭いがする。こいつはかなりきつかった。(この日食べた昼飯以来、ずいぶん長い間、病院食から遠ざかることになる。)夕方から徐々に吐き気が高まってきて、夕食は全く食べることができなかった。そして第1号「ゲロ」ホームランを放ったのであった。赤血球輸血。
DAY-6  今日もメルファラン。ゲロゲロ生活。第2号、第3号ゲロ。赤血球輸血。
DAY-5  最後のメルファランをぶち込んだ。体重は減る一方だ。ダイエットには抗癌剤をお勧めします。
 そして午後、H病院へ一時転院。H病院で全身放射線照射(TBI)をやり、またM病院に帰ってきて移植という予定なのである。放射線治療に必要なリニアックという装置は、M病院にはまだ整備されていなかったためだ。(この後、僕の入院中に整備されたのだった。)
 初の救急車!吐き気止めがよく効いていたから楽しめた。右折レーンから前の車を抜かして、赤信号はもちろん無視。爽快だ。同乗した母は車酔いしたけど。
 着くなりレントゲンを取ったら、肺に影があるということで、4種類の薬が出された。結核の薬2種類、抗真菌薬のイトリゾール、それからバクタ(ニューモシスチス・カリニという病原体に効く)。これを「じゅうたん爆撃」と呼んでいた。
 普通の輸液を高カロリー輸液に換えてくれたのは良かった。ビタミンB1はちゃんと補充されてるだろうか。補充しないといけないって書いてあるぞ。
 研修医らしきDrに腕から採血された後、かなり内出血して痛くなった。血小板が低いと思って相当長い間、押さえていたのだが。たぶん血管を突っ切ったのだろうと思った。看護婦にそう言ったら「血小板低いから。」と一蹴された。
DAY-4 まだ気持ち悪い。ビタミンB1はリゲインで勝手に補充した。氷を口に含ませて口腔粘膜の血流を減らし、抗癌剤の副作用を軽減する、というのを試している。H病院特製のうがい薬(アロプリノールとキシロカイン少量?)も併用。血小板輸血。WBC 400
DAY-3 まだ気持ち悪い。チエナム(抗生剤)は匂いがあり、気持ち悪いときにはたまらない。抗生剤を変えてもらった。残念なことにH病院の簡易無菌室には水洗トイレがなく、ポータブルだ。ここが公立病院と私立病院の違いか?
DAY-2 TBI(Total Body Irradiation=全身放射線照射)が始まった。朝夕2回の分割照射。照射中は用意したCDをかけてくれた。M病院の血液内科の先生が付き添う。そんなことは知らなかったので、「なんかすごく似てる人がいるな。」と最初は思った。吐き気は昨日と変わらない。血小板輸血。WBC90
DAY-1 TBI2日目。なぜかスネがピリピリと痒かった。TBIのせいなのか?早く終わってくれと思いながら掻かずに耐える。技師の方が親切でうれしかった。それが終わると再び救急車でM病院へ帰った。そしたら、チエナムが入りまた吐き気がした。下痢にもなった。免疫抑制剤プログラフ(FK506、タクロリムス)を点滴で開始した。
DAY0

骨髄移植。僕のドナーさんは遠くの人らしく、A先生がはるばる取りに行ってくれた。(お疲れ様です。)夜10時近くになって移植が始まった。血液型が違うので赤血球を取り除いてあり、量的には100ccちょっとだったと思う。移植中はどういうわけか少し息苦しさを感じたような気がする。 赤血球、血小板輸血。WBC40

【下の写真】 処理後の骨髄液(右)と高カロリー輸液ビタミン入り(左)

ドナーさん、ありがとうございます。
DAY1 ラシックス(利尿剤)を入れる。メソトレキサート(免疫抑制剤)注入。
DAY4 胃が痛いので薬の内服は中止になった。唇が荒れてきたので紫色の薬を塗ってもらった。坊主頭に紫の唇とは、かなりビジュアル系だ。それにしても、早く時間が過ぎてくれないだろうか。1日が長い。
DAY5 MTX注入。ゴールが遠すぎて精神的に弱っているが、「時が薬」と信じて耐える。
DAY9 喉や口の中が痛いのでモルヒネをいれている。眠い。WBC30
DAY10 シャワーを浴びたらほとんど全部髪の毛が抜けた。なんだかすっきり!あらかじめ髪の毛を短くしていたのは失敗だと思った。抜けた毛がチクチクして痛いだけだった。
DAY13 喉からの出血が減ってきた。この調子で胃や口の中、唇も回復しておくれっ。早くジュースが飲めるようになりたい。まずはリンゴジュースからか。牛乳やカフェオレもおいしそうだし、オレンジジュースやグレープフルーツジュース、キャロットジュースもおいしそう。「飲む」というは生きていることを証明するすごく幸せな行為だ。健康な時には当たり前すぎて気づかないことだろう。血小板輸血。
DAY14 WBC930だ。とりあえず喜ばしいが、急に体調がよくなるわけではない。WBCの回復により看護体制もちょっと変わった。
DAY16

WBC1540。もっと増えろ−。血小板が4000しかない!(2万以下で輸血することが多い。)これはやばいって!もちろん血小板輸血。

午前中にテレビで「私の運命」の再放送がやっていて、途中からだけど毎日見ている。病気もので、暗くてドロドロしていて今の気分にピッタリで実によろしい。看護婦のSさんに「こんな暗いの見ないで、ぴーかんテレビ(ローカルでゴメン!)見なさい。」と言われた。血小板輸血。

DAY17 下痢やら吐き気やらQOL(quolity of life)は著しく低い。
おまけに日本シリーズはひいきのチームが負けた。子供番組の天才クイズ(またまたローカルでゴメン!)をすこぶる久しぶりに見て懐かしかった。ちなみにこの番組に僕は2回も出場したことがある。赤血球、血小板輸血。
DAY19 貧血がひどくてフラフラ。赤血球、血小板輸血。
WBC7770, RBC(赤血球)154, Hb(ヘモグロビン)4.4, Plts0.6
DAY21 今日、リンゴジュースに挑戦した。100%のもので、100mlである。最初のひとくちは気管の方へ行ってしまい、咳こんだ。味覚はちょっと鈍っているようだ。赤血球、血小板輸血。
WBC6170, RBC273, Hb7.8 Plts2.3
DAY22 血小板の輸血があったが、ふと見るとAB型だったので大変ビビってナースコールを押した。血小板だし、AB型の血漿には抗A抗体、抗B抗体が含まれてないからいいらしい。
DAY26 このところ咳が続く。「ゴホン、ゴホッ、ゴホッ」と虫のようにワンパターンだ。今日は、近所で飼われているオウム君の最高級文句「ごめんくださーい」が聞けたからよしとしよう。最近プログラフのせいで血圧が高くて降圧剤アダラートを飲んでいたけど、すっかり安定してきた。血小板輸血。WBC4430 ,Plts5.7
11/3 今日は赤ちゃん用の野菜スープと赤ちゃん用の卵ぼうろを食した。ちなみにボディーソープも赤ちゃん用である。確かに、まだ造血系、免疫系は生後1ヶ月もたっていない赤ちゃんだ。WBC8600 ,Plts6.9
11/5 プログラフが点滴から内服に。おかげで、僕の動きを拘束していた点滴ポンプのコンセントがなくなって点滴台がすっきり。マルクの後、アイスクリームをご褒美として食べようと思っていたが、その前に久しぶりに下痢が出たのでヨーグルトに変更した。インスタントラーメンもOKが出たが、まだ食べる勇気はない。
11/8 気持ち悪い1日だった。何も食べられん。
レントゲンをとりに病院の2階まで車椅子で行った。ひさしぶりの「外界」だった。
今日からプログラフは朝1錠だけになった。(いつか忘れたが11月中に中止になったと思う。普通はこんなに早く切らない。早めに切ることで、リンパ球が残存している腫瘍細胞を攻撃するというGVL効果を期待するんだな。)WBC9200, Plts10.5
11/9 耳が聞こえにくいので耳鼻科受診。耳は滲出性中耳炎、鼻は副鼻腔炎だって。
11/11 ヒロミ・ゴーがテレビで「アチチアチ」のやり方を説明していた。即マスターし、看護婦Oさんに披露する。
11/12 CTを撮った。副鼻腔炎は結構ひどいらしい。困ったもんだ。耳はますます聞こえづらい。
鼻洗いというものを初体験した。痛そうと思ったけど、生理食塩水だから痛くない。変な気持ちだ。慣れれば気持ちいいのだろーか。やみつきになるのだろーか。
昨日の披露のせいで、ナースステーションで「アチチアチ」をやるはめになった…。
11/15 明日やるはずだった鼓膜切開を突然今日やることになった。しか〜も、両耳。こういういやなことは突然予告なしにやったほうがいいのかもしれない。麻酔をまずするのだが、これが痛かった。切開そのものは痛くなかったからよかった。
白血球が1万を超えたが、こんなに増えていいんだろうか。
WBC12180, Plts16.1 
11/16 今日も鼻洗い。だんだん気持ちよくなってきた。「あんまりやりすぎないようにね」と注意されるぐらい念入りにやっている。
11/22 ひさしぶりに赤血球の輸血をした。はじめは新しい血液型であるA型を入れるはずだったんだけど、まだ僕の血液に抗A凝集素が残っていてクロスマッチというテストで陽性となってしまったらしく、あえなく元の血液型であるO型を入れた。進歩がなく、ちょっと残念!
WBC6660, RBC1.71, Plts7.1
11/24 点滴のカテーテルが抜けかけてきたので、縫い直しとなった。麻酔だけが痛かった。麻酔が切れてからもチクチクする。以前検査した痰の中に「緑膿菌」が検出されていたことを知った。医学辞典によると、感染防御能に欠陥がある場合にのみ、ヒトに感染症を起こすそうだ。
11/30 再び鼓膜切開のため、右耳の鼓膜に麻酔がかけられた。約10分後、「決心はついたかな」と呼ばれた。「ああ、切られる」と思ったそのとき、「あれ、よくなってるなあ。切開はやめ」と先生がおっしゃった。思わず拍手してしまった。
12/3 はなまるマーケットで紹介していた手品をマスターし、看護婦さんたちや母に試した。みんな1回目はだまされた。平均して3回目ぐらいでばれた。
12/6 最近、寝起きにゲップが出て2,3分は止まらない。これがまた気持ち悪い。WBC5590, RBC266, Hb8.6, Plts8.9
12/7 数日前から下痢(しかも緑色)が続いていて、先生から大腸検査を勧められていたけど、まだ決心がついていなかった。この日、「どうしてもやったほうがいいなら・・・」とあいまいなことを言ったら、それはGOサインと受け止められたらしく、夕方、S先生は消化器の先生を連れて再びやってきた。そして「明日やれるけど、どうする?来週にする?」急な展開に驚いたが、嫌なことはさっさと終わらせたいから明日を選んだ。
12/8

大腸内視鏡検査
 朝、下剤2リットルとレモン汁が部屋にやってきた。消化器の先生は「二時間以内に飲んでください」と軽く言っていたけど、できるわけない。なにしろマズイ。味が中途半端。結局350ccぐらいしか飲まなかった。
そして1階の内視鏡室へ連行された。お尻が開くようになっているパンツをはき、検査着を着て、「まな板」に乗せられた。これまでの20年ちょっとの人生の中で最もつらい検査だった。あのマルクより!おなかが張るし、痛いし。でも自分の腸の中が見えるのはおもしろかった。もうたくさんだけど。

*生検の結果・・・GVHD(Graft Versus Host Disease 移植片対宿主病)
          stageは1?

12/13 肺の影が消えないということで、今日の夕方からバクタを飲み始めた。もし効かなかったら、来週の火曜日にできれば気管支鏡検査を受けて欲しいと告げられた。またもやピンチ!
12/16 クリスマス会があった。ハーモニカの演奏が上手だった。その後、若い先生と看護婦さんたちの寸劇があった。ガングロや鈴木そのこ、モーニング娘など今年の流行が盛りこめられていて、おもしろかった。子供たちはだんご3兄弟の唄のときだけ、元気になった。帰りにお菓子がもらえてうれしかった。サンタさんありがとう。
12/17 「告知」というドラマを観た。外科医である主人公(西田敏行)が末期ガンの妻に、周囲の反対を押し切って告知する。そして、3人の子供たちにも母がもうすぐ死ぬことを告知する。その結果、いい別れ方ができた。勇気のいることだと思った。
告知は重いテーマだ。自分の家族が治らない病気と分かったら、はたして自分はうまく告知できるのだろうか。
12/21

気管支鏡検査
 服を着替えた後、ドロドロの麻酔薬を5分程度、口に含んだ。その後、先生がスプレーでさらに喉に麻酔をかけた。足には血圧計、指にはヘモグロビンの酸素飽和度(サチュレーション)を計る装置、鼻には酸素のチューブ、目には目隠しがされ、喉には挿管チューブが入れられた。痛みはほとんどなかったが、咳が出て苦しかった。声も出せないという不自由さが怖かった。緊張で上の血圧が210を越えて、アラームの音が鳴り響いた。検査が終わったあと、次に待っているおばちゃんがものすごく不安そうな顔をしていたので、「痛くはないですよ。」とフラフラしながら言った。説得力はなかっただろう。

*生検の結果・・・ウイルス感染(サイトメガロウイルスか?)

12/24 昨日ぐらいから顔に水疱ができて気になっていたが、今日、皮膚科の先生が部屋にきて水疱のなかの液体を採取して調べた。答えは単純疱疹(単純ヘルペス)だった。ゾビラックス(アシクロビル)の点滴をはじめることになった。白い石膏みたいな薬を塗ったら、中途半端な鈴木その子になった。メリークリスマス!
12/25 高校時代の友人がお見舞いに来る。懐かしくてつい長話をしてしまった。途中からなぜか母が参加。
12/28 大学の友人がお見舞いに来る。今の大学の状況が垣間見えた。
12/31 大学の友人がお見舞いに来る。看護婦Sさんが「池田貴族に似てるね。」と言う。少し似てるかも。

骨髄移植日記ミレニアムへ続く!