薄雪物語

あらすじ

若い侍の園部衛門が人妻の薄雪を見初め、恋文を出す。はじめ拒絶した薄雪も、度重なる恋文に心を動かされて契りを結ぶが、薄雪は男が京を留守にしている間に病死。男は出家して高野山にこもり、26歳で往生するという話。

文章抜粋

 都のほとり深草の里に、(京都の南の郊外)園部の衛門とてやさしき男すみけり。

ある時、清水(清水寺)へ参り、御寺のほとりにしばらくやすらいし所に、いづくともなく輿きたれり。

いかなる人ぞと御名きかまほしき折ふし、御輿よりおりさせ給う御姿をみれば、御年十六、七と見えしが、下には白きひとへ物、(下着には、裏地のついていない白い布)上には唐綾をいろいろに、(上着には、模様を浮かせて織った舶来の絹織物)その身も瑠璃にそめなせる。

肩をくだりにながむれば、(肩から下にかけて眺めると)春のあしたとおぼしくて、初音をつぐるうぐひすの、垣根々々鳴きつたひて、御法の声を説く時は、(鶯が「ほう法華経」と鳴くことを指す)四方の山々かすむらん。

さて又左右の袖ごとに、藤、山吹みだれ、をとづれわたるほととぎす、鳴く音に恋やまさるらん。

夏もやうやう過ぎゆけば、露こそ裾はぬらするなる。

千種の花の色々に、秋も夜寒になるをりは、弱るか声も遠ざかる、虫の音までも一しほに、ものあはれなる有様を、心つくしてそめつらん。

腰のくだりには、思ひ心をつくしなる、(心を「尽くし」と「筑紫」をかけた)博多の松にふる雪の、ついに消ゆべき世の中に、いつかは君とうちとけて、語りつくさん言の葉の、世の有様をそめにける。

みな水晶の数珠(全部が水晶でできた数珠)をもち、たたずみ給う御姿、容顔美麗にて、霞ににほう春の花、風みだるる青柳の糸、春風にしたがふ風情、昔を聞き伝へしも、(昔から美人と聞き伝えている人々も)漢の李婦人、(漢の武帝の夫人。武帝は李夫人の死を悲しみ、放士に命じてその魂を呼び戻させたという)楊貴妃、(唐の玄宗皇帝との悲恋は、白楽天の「長恨歌」で著名)小野の小町(六歌仙の一人。伝説的な美女)の若盛り、女三の宮(『源氏物語』の登場人物。光源氏の妻だが、柏木と密通して薫を生む)の立ち姿も、これにはいかでまさるべき。

昔をとるにためしなし。(昔を考えても、こんな例はない)

たとひ絵にはうつすとも、筆にはいかでつくすべき。(たとへ画には描けても、文章ではどうして描写できよう。)

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