はじめに

   自分は最近まで人の気持ちがわかる人間だとおもっていました。みんなから頼りにされてそして好かれてる存在だとおもっていました。友達が悲しいときは相談にのったり、自分の好きな人を支えてあげたり。自分なりによくがんばっていたとおもいます。
   この半年間、自分にとってめまぐるしいほどいろいろな事件がありました。はっきりいって20歳(現在21歳)の自分は人生の中で一番つらい一年だったのかもしれません。ヒトのキモチ、今ほどわかりたいとおもったことはなかったくらいです。
   ヒトのキモチというのは、とても繊細でそして変わりやすいモノです。恋愛感情でさえそういえるとおもいます。「昨日まで好きだった人が今日どうしても好きと思えない。」そんなことでさえ、おこってしまうのです(著者にとってこのキモチは理解するのが難しいですけど) 昨日まで笑って一緒に楽しんでいた友達が、今日話しかけたらなぜか怒っている。そういうこと、誰にでも経験あるとおもいます。「自分はなにをしたのだろう?」いくら自問自答しても答えがでてこないことさえおこってしまうのです。
   ヒトのキモチがわかる人間になれればきっとそのような友達との喧嘩なんてさけることなんて容易だと思います。もっともヒトのキモチが100パーセントわかればの話ですけど。
   結論からいって、ヒトのキモチが100パーセントわかるようになるのは、不可能でしょう。しかし、限りなく100パーセントに近づけることは可能だと信じています。少なくとも、ヒトを不快にさせないことくらい簡単な気がします。
   小学生や中学生のとき、不思議な友達がいませんでしたか?休み時間になるとかならずその友達の周りに人があつまってくる。あなたでさえも、その友達にひきつけられて話に行ってしまう。そういう友達いたとおもいます。その友達はきっと別にいろいろな才能に秀でてるわけではなかったとおもいます。しかしその友達はきっとヒトのキモチがわかる人間だったのかもしれません。
   ですから、もしヒトのキモチがわかる人間になれたらきっとみなさんの周りの環境は変わると思います。たくさんの友達に囲まれ、自分の好きな人と愛を育み、そして幸せな家庭をもてるかもしれません。それくらい、ヒトのキモチがわかるというのは人生において、大切な要素なのです。
   
   自分がアメリカに来てこの時点で約1年と6ヶ月が経過しました。アメリカに来た当時は正直、英語を話すといっても片言の英語しか話せませんでした。「ワタシニホンゴワカリーマセーン」そういうガイジンを想像していただければわかりやすいとおもいます。ですから、友達、もちろんアメリカ人を含む他の国からの留学生、と意志疎通をはかるだけでも大変なモノでした。しかし、言葉や笑顔、そして相手を聞いてあげるということによって、お互い英語を話すのもおぼつかないのに、友達はかなりたくさんできたとおもいます。コミュニケーションをはかるのは言葉で意志を伝えるだけではないということを学んだ気がします。
   しかしながら、やはり壁はあります。文化も違いますし、話す言語だって違います。ですから、どうしても友達のレベルから上には上がれなかったのです。ただ、クラスであってクラスで話して終わり。外に遊びにいくのはめったにしませんでした。どうしてもあと一歩が踏み出せなかったのです。
   アメリカにきたことが自分の自信過剰を教えてくれたような気がします。この国はすべての自分の自信を簡単に壊してくれました。しかし、他の観点からいうと、自分はまた新しくスタートラインにたてたということです。また新しく自分の考えを作り直すことができるようになったということです。
   人の気持ちがわからなくなったのも、アメリカにきたおかげだとおもってます。普通に見ると、ただの自信喪失でありネガティブに考えてた時もありましたが(今もある程度は残っていますが)、いまはそうネガティブに考えていません。もっと優れた自分になれるための第一歩であり、難関だとおもってまいます。
   そこで人の気持ちが分かる人間にもっとなれるように、そしてこのページを読んでるみなさんに人の気持ちがわかる人間になってもらえるように、このページをつくることを決めました。本音で自分の気持ちをエッセイ調で書いていこうとおもっています。そして、みなさんの投稿もお待ちしております。これから自分がかく自分が思ったことを読んだ意見や、自分の価値観、どうしたらもっとよく人の気持ちがわかるか。そのような投稿をいつでもおまちしております。(メールアドレス)(掲示板)よくできている投稿は随時このHPにアップさせていただくつもりです。よろしくおねがいます。
   最後にこのページが少しでもみなさんの役にたてることを祈っています。