大学院留学虎の巻 Berkeleyの真実

神戸&San Francisco発 “まちづくり”って何だろう? by Hiro Sasaki
   
  ここでは、留学準備、UCバークレーでの大学院生活を通して実感した大学院留学の真実をできるだけストレートにお伝えしていきたいと思います。内容は全て私自身の独断と偏見による極めて主観的なものであり、また、あくまでUCバークレー都市地域計画学科(Department of City & Regional Planning:DCRP)大学院での経験にのみ基づくものですが、大学院留学を考えている皆さんにとって少しでもお役に立てればと考えています。あなたもバーチャル留学してみませんか!

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 アメリカ大学院『合格』虎の巻 
どの大学院を選ぶか
留学を考え始めてまず最初にぶつかる問題に、どの大学院に出願するかがあります。留学を目指すと言うことは、とりあえず何を学びたいのかは明快になっていると言う前提のもと話をしますが、一体自分が学びたいことをどこの大学で学ぶのかを決めるのは意外と難しいものです。とりあえず志望の大学から資料を取り寄せたり、大学院関連の書籍を買ったり、あるいはインターネットで大学の内容を確認したりと最近では様々な方法で一応の内容を調べることは出来ますが、これらを読んでみてもなかなか各大学のプログラムの違いまでは把握できません。もちろんプログラムの内容でけではなく、大学のある都市の生活環境など志望校選択の要因は他にもあるのでなおさらです。これらの問題を解決するのはとにかくその大学の在学生、あるいは卒業生にコンタクトを取り、直接そのプログラム内容や雰囲気などを聞いてみる以外にないようです。大学の先輩を辿ってみたり、会社関係で探してみたりしながら、探し出すのがいいでしょう。あるいは直接その大学を訪れる機会があるなら、在学中の留学生に事前にコンタクトを取り、直接会って話を聞くのが一番ではないでしょうか。せっかく苦労をして大学院留学を実現させても、いざ入ってみると自分が考えていたのとはプログラムが違ったなどという話も良く聞きます。特に日本と同じ呼称の学部でもそのプログラム内容は社会背景により日米でかなり異なる場合があるので、十分下調べをして後悔しないようにして下さい。それからアメリカでは学部ごとに各大学の評判はかなり異なります。くれぐれも大学の名前だけに惑わされることなく、実質的中身を見据えた大学選びをして下さい。
留学準備は最低1年前から
留学を思い立ってから大学院出願までに一体どれくらいの期間が必要か?これは人によって本当にまちまちのようです。短い人で半年、長い人だと3年以上。これはほとんどがTOEFLでどれだけ早く目標のスコアに達するかにかかっているようです。しかし、たとえTOEFLのスコアをクリアしても、エッセイポートフォリオの作成などやらなければならないことはたくさんあります。これらは自分でコントロールできるのでまだスケジュールしやすいのですが、推薦状や大学時代の成績表などは英文で人に頼まなければならないので、かなり余裕を持って早めに対応しておく方が余分なストレスは溜まりません。また出願期間中でもできるだけ早い時期に出願をした方が、合格のチャンスが増えるのが一般的です。これは数回あるセレクション全ての対象になれるからです。
こうして考えるとやはり思い立ってから出願までは最低でも半年はかかると考えておいた方がいいでしょう。特にぼくのように会社に勤めながら準備をするのは精神的、肉体的にかなりの負担を強いられるので、できるだけ時間的余裕のある留学準備を心掛けましょう。
TOEFLの準備はお早めに
大学院留学準備と言うとまず頭に浮かぶのがTOEFLです。最近の大学院では通常570点、語学力を重視する学部になると600点630点が最低ラインになっているようです。出願に関して基本的に必ずクリアしなければいけないレベルが示されているものはこのTOEFL SCOREくらいなので(学校によってはGPAの最低ラインを定めているところもありますが、通常は基準と言った程度のものです)、どうしても越えなければならないハードルです。ところが選考にあたってはこのスコアの良し悪しはそれ程重要ではなく、最低ラインさえクリアしておけばとりあえず致命傷にはならないようです。これは競争相手のほとんどがTOEFLの必要ないネイティブの学生であることを考えれば当然かもしれません。とは言ってもやはり出来るだけ高得点は欲しいもの。最低ラインのクリアはもちろん、できるだけ早い時期に高得点を取り、余裕を持って他の出願準備にあたりたいものです。大抵の学生は数回は受験をするようなので準備期間を含めるとTOEFLの準備だけで最低半年くらいは費やすと考えておいた方が無難なようです。留学を考え始めたらとりあえず早めに準備に取り掛かりましょう。(TOEFLの勉強方法はこちら)
推薦状を誰に頼むか
通常のアメリカ大学院では、出願にあたって推薦状を3通要求されるところが多いようです。これを誰に頼むかも頭を悩ますことの一つです。業務経験のある人なら、大学の教授1〜2通、会社の上司1通、仕事関係の著名人1通というのが標準のようですが、なかなかアメリカの大学にまで名前の知れ渡っている人はいないものです。もちろん出願先大学の選考委員の教授が認識できる人の推薦状の方が影響力は大きいわけですから、ほんのわずかな伝を辿ってでも、可能ならばできるだけ影響力のある人に頼むようにしましょう。もしアメリカのビッグネームに頼める状況にあるなら、お願いした方がいいのは言うまでもありません。出願前に出願先大学院の教授に会って話をした時に気に入られたりすると、オフィシャルではなくても簡単な推薦の言葉を願書に添えてくれることもあるようです。また、3通とうたわれていても多いに越したことはないわけですから、4〜5通出しても全く差し支えはありません。もちろんどんなビッグネームにお願いできても、誉めてもらわないことには逆効果なので、必ず誉めてくれる人にお願いするようにしましょう。
教授に会って思いのたけを伝えよう
日本の大学院受験だと考えづらく思いますが、こちらでは自分が行きたい大学院の教授に出願前に会って、面会をするのは当然のことのようです。ほとんどの教授はオフィスアワーと呼ばれる学生との面会の時間を設定していて、現役の学生以外でもサインアップしておけば誰でも面会することが出来ます。もちろん日本からわざわざ会いに行くとなるとそれなりの手間と出費は覚悟しなければなりませんが、本当に留学をしたい大学であればそれだけの価値はあるように思います。特に大学の雰囲気などを下見に行くような時には、必ず教授との面会を事前にセッティングしチャンスを生かしたほうが良いでしょう。ただ、いきなり面会とは言っても当然英語で会話をするわけですから、それなりの英語力も必要で、15分から30分の間で自分の思いを的確に伝えることが要求されます。と言うことはうまくコミュニケーションできなければ逆にマイナスになることも考えられます。面会前には十分に準備をしておくこと、そして出来ればポートフォリオ等、自分のアドバンティッジをアピールできるものなどを持参する方が良いでしょう。
エッセイは短ければ短いほど良い
大学院の出願において最も重要と言って良いのがエッセイ、ステートメント・オブ・パーパスなどと呼ばれているものです。これは自分がなぜ大学院に行きたいのか、何を学びたいのか、将来それをどう生かしたいのかなどを伝える書類です。出願要綱により大抵の場合、文字数の規定があり、大体2枚ほどのボリュームになるようですが、こちらの教授や大学院に詳しい友人と話をしていると、とにかく短ければ短いほど良いという意見をよく耳にします。これに関しては異議を唱える人もいるかもしれませんが、私の出願時の感触から言ってもどうやらこれは真実のようです。特に入学審査委員会の委員達はその選考会において何百と言う書類に限られた時間の中で目を通すわけで、長々と時間を割いて読む余裕などありません。必要な事柄を端的にストレートに伝えたものが最も好印象を与えるようです。とにかく多少文字を小さくしてでも1枚にまとめるのが肝心!と、ここではあえて断言します。当然のことながら英語の文法間違えなどはない方がよく、また、文章の論理構成そのものも日米ではかなり異なるので、提出前には必ずネイティブにチェックをしてもらいましょう。専門の業者もあるようですが、かなり高いと言う話を聞きました。
GREのVERBALは勘が頼り
最近の大学院留学にはこのGREが要求されることが多くなりました。ビジネススクールだとGMAT、ロースクールだとLSATになるようですが、ぼくはGREのことしかわからないので、ここではGREに話を絞らせてもらいます。GREは大学院進学を志望するアメリカ人学生にも課せられている、いわば日本で言うセンター試験(これってまだやってるんでしょうか?)みたいなものです。このGREはVERBAL, QUANTITATIVE, ANALYTICALの3つのセクションからなり、各800点、計2400点満点の試験です。日本人にとって最も厄介なのがVERBAL、すなわち英語のセクション。英語といってもほとんど語彙が勝負。この語彙、ハンパな語彙ではありません。何しろぼくが勉強していた時にネイティブにVERBALにでていた単語を聞いたりしたのですが、彼らでも知らない単語がかなりありました。一般に語彙の少ない我々日本人ではとても太刀打ちできないレベルです。長期的な計画を立て地道に勉強するのであればまだしも、ぼくのように2ヶ月くらいで準備して一発受験をするとなると、どうにも歯が立ちません。結局、このVERBALは諦めて、他の2科目に絞って勉強をした方が実りが多いのではないかと思います。特にQUANTITATIVEは数学の得意な日本人なら満点が十分狙えます。目処としてはV : 350-400, Q: 800, A : 600-650 計1800と言ったところでしょうか。これはあくまで目標であって、これより低くても十分合格の可能性はあります。いずれにしてもGREはそれほど致命傷にはならないので(その手の本によると最近はGREも十分審査対象になると書いてありますが)、あまり無理して時間をかけ過ぎないほうが得策ではないでしょうか。
TOEFL/GREは中国人にはかなわない
GREのVERBALは勘が頼り、目標は1800点?などと書きましたがこれはあくまで日本の他の学生を比較対象にした場合の話。世界に目を向けてみると少々勝手が違うようです。とにかくこの大学院出願2種目で抜きん出ているのが中国からの留学生。彼らとTOEFL/GREの話をしているとその得点の高さにただただ驚かされます。彼らにとってはTOEFLで満点もそれ程珍しくはなく、GREもぼくの知る限り完全にネイティブより高得点です。CITY PLANNING の同級生は何とGRE 2380点。満点が2400点なので、要はほとんど全問正解。これはぼくのように勘だけで勝負した人間には考えられない事です。しかも彼らのほとんどはどちらも1回のみの受験。これまた驚きです。しかし彼らにとってはとにかくTOEFL/GREで高得点を取り、奨学金を獲得して、ファイナンシャルステイタスを確固たるものにすることがF-1 VISA取得の絶対条件。死に物狂いの勉強が信じ難いほどの高得点につながるようです。
まぁ、とりあえずI-20(大学院の入学許可証)さえ手に入れれば、F-1 VISA取得に支障の無いぼくらの場合にはとても彼らと競争して勝てるはずも無く、やはりTOEFL: 600点、GRE : 1800点あたりを目標にしておけば良さそうですが。
TOEFLの勉強方法
このコーナーを始めて最も多い質問が『TOEFLはどうやって勉強すればいいのですか?』。これは人によってそれぞれの勉強方法があると思うので、一概には何とも申し上げられません。あくまで参考までに、ぼくの勉強方法を紹介すると『短期集中一発勝負型!』。準備期間は1ヵ月半。サラリーマンをやりながらも平日の夜と週末を全てTOEFLに充てるくらい集中してやりました。短期で結果を出すには理屈をこねず、実践演習をやるのが一番。時間を計りながら過去の問題を何度何度も繰り返しやりました。本は『トフルゼミナール英語教育研究所 TOEFL対策・・・』と言う最もメジャーそうな問題集。繰り返しやっていると自分には何が足りないかが見えてきます。ぼくの場合はReadingを時間内で全問解答することが難しかったので、試験前の2週間は目処のたったHearingとGrammerは調整程度で、Readingの対策を徹底的にやりました。どういう方法なら時間内に全問やり終えられるか。色々と試しながらこのやり方で行こうと決心できる方法を見つ出すことに集中しました。直前になっても完璧な方法は見つかりませんでしたが、あとは迷いを捨てて自信を持って臨むのみ。6月3日、試験当日は一回で結果を出す事だけを考え2時間、集中し続けました。その甲斐あって結果はH:61/G:60/R:63の613点。課題であったReadingが最も高得点でした。目標の600点を一回で超えることができたので大満足。その後はGREやStatement of Purposeに集中する事ができました。とにかく短期決戦、集中力だけでTOEFLを乗り切った感じです。死に物狂いでやればできるっ!!!
留学を志すあなたに10の質問
1.留学の目的は明快ですか?
2.卒業後の目標ははっきりとしていますか?
3.留学そのものが目標になっていませんか?
4.単なる漠然とした“夢”“憧れ”ではありませんか?
5.なぜ、アメリカ大学院でないといけないのですか?
6.なぜ、日本の大学院ではいけないのですか?
7.所詮は“大学院”であることをちゃんと理解していますか?
8.留学に費やす時間エネルギー費用を把握していますか?
9.留学はあなたにとってそれだけの価値がありますか?
10.それでもあなたは留学したいですか?
最後の質問に“YES”と答えたあなた。応援しています。頑張って夢を実現してください。
     
 
  アメリカ大学院『生活』虎の巻 
所詮は大学院、されどアメリカ大学院
『アメリカ大学院留学』。この言葉に世界の最高学府で教育を受けるような妄想を抱かれる方も多いのではないでしょうか?僕の場合もそれほどではありませんでしたが日本の大学院とは全く違う教育を受けられるイメージを持っていました(実は日本の大学院自体をあまり知らないのですが)。ところが実際に入学してみて感じたことのひとつは、『所詮は大学院レベルだな』でした。これはスタジオワークを通して特に強く感じたことですが、デザインと言う、言語のハンデをあまり受けない分野においては周りの学生のレベルに少々物足りなさを感じました。こんなことを書くと随分偉そうに聞こえてしまいますが、建築など他の学科の日本からの留学生も少なからず同様の感想を持っているようです。実際彼らも僕と同じように日本で実務をかなりの年数経験している人達です。スタジオ以外のクラスではまだまだ言葉のハンデがあり、ここまで明確に他の学生や教育のレベルを判断することはできませんが、ある意味で『所詮は大学院』であることに変わりはないように思います。
このように書いてしまうと全く留学することの意義を見出せなくなってしまいそうですが、一方では『されどアメリカ大学院』であることも事実です。すなわち大学院と言うこと以上に、ここが日本ではなくアメリカであると言うことに意義があるわけです。特にぼくの専門分野である都市計画においては日本とは全く違う文化的・歴史的背景を持つアメリカの都市計画を学ぶことで、単にアメリカ都市計画の新しい知識を吸収できるだけではなく、今まで当たり前に感じていた日本の都市計画の長所・短所を改めて発見し、全く新しい視点を持つことができるようになります。これはおそらく都市計画の分野だけではなく他の全ての分野に共通して言えることだと思います。
要は、アメリカ大学院留学と言う言葉の持つ魅力的な響きに惑わされることなく、自分がそこで得たいもの、そこでしか得られないものは何なのかを冷静に考え、留学の必要性を自分なりに判断することが大切なのではないでしょうか。
留学の目標は具体的に!
『留学の目標は具体的に!』。これは前項の『所詮は大学院、されどアメリカ大学院』でも述べたことですが、大学院に実際に入っていろいろなクラスを履修していると、入学前のイメージとはかなりかけ離れた現実に多々直面させられます。クラスのレベル、友人との関係、自分の英語力、アメリカでの生活、そしてリーディング、ライティング、プレゼンテーション、グループ作業に忙殺される日々。そんな中、抱いていた妄想は次第に突き崩され、「一体自分はここに何をしに来たのだろう?」などと感じ始めてしまいます。所謂、日本で言う五月病でしょうか。これは特に入学までにかなりの時間とエネルギーを費やした人に多いように思います。すなわちいつしか大学院留学そのものが目標になってしまい、大学院で何を学びたいのか、それを卒業後どう生かしたいのかがわからなくなってしまうのです。このようなことを避けるためには、留学前にその目標をできる限り具体的に設定し、入学後もそれに向かって継続的に努力できる環境を自ら作り出しておくことが大切なように思います。確かに入学前は大学院の実情もあまりわからず、なかなか具体的な目標設定をするのも難しいとは思いますが、少なくとも何らかの目標を自分なりに設定することが必要でしょう。入学後にその目標を随時更新し、現実に見合ったものに変えてゆくことは可能なわけですから。実際僕自身もたびたび目標のマイナーチェンジを迫られる毎日です。
授業だけでは英語は上達しない
大学院に入って多くの留学生が直面させられる問題に英語の力不足が挙げられます。もちろん十分な英語力を身につけて入学してくる人もいるのですが、実際には殆どの留学生は十分な英語力のないまま入学をすることになります。私の場合も海外居住経験があるにもかかわらず、自らの英語力不足を痛感させられています。大学院留学のためにクリアしなければいけない英語としてTOEFLがあり、最近では600点以上を最低ラインにする大学院も多くなってきましたが、このハードルをクリアしたからと言って、大学院の授業についていける英語力が身についたとは決して言えません。TOEFLの600点はあくまでTOEFLのテクニックを示すものであり、実践的英語力とは全く別物です。そしてもうひとつ。「生活すれば何とかなる」。この楽観的考えも禁物です。毎日のように大学院の講義を受け、英語の洪水に浸り、帰ってはライティングやリーディングを繰り返す。このような毎日を送っても、そう簡単に大学院に必要な英語力は身につくものではありません。僕のような英語の才能のないものにとってはとにかく英語習得に近道はなさそうです。留学前にできる限りの英語力を身につけること。そして留学後も英語を英語としてきちっと学ぶ機会を自分で作り、少しずつ積み上げて行くことが不可欠です。
と毎日自分に言い聞かせながら頑張ってはいるのですが、ストレスだけが溜まって行きます。
DCRPはMetal Shelter
アメリカのキャンパスライフと言うと、広大なキャンパス、あおい芝生、歴史的で瀟洒な建物、そして金髪青い目のアメリカンガール。こんなイメージを持たれるかも知れませんが、現実はなかなかそう都合よくは行かないようです。UCバークレーのCity&Regional Planningに関して言えば、少なくともここ2,3年は歴史的で瀟洒な建物は望めそうもありません。もともとDCRPの建物Wurster Hallは無骨なコンクリート打ち放しの建物で、よく大学のパンフレットなどで目にする魅力的な建物とはかけ離れたものでしたが、現在はそのWurster Hallさえ耐震補強の工事中で、仮設プレハブが校舎となっています(このページの上の写真がその建物と中庭です)。マイケル・サウスワース教授はこの建物をMetal Shelterと称して苦笑いしていました。実際には、都市計画、建築、ランドスケープ全てのスタジオが一箇所に固まっているため、他のスタジオの様子も知ることができ、メリットがないこともないのですが、やはり大学院と言うイメージとはかけ離れていて、初めて見たときは少々失望させられました。耐震補強が終わったときには無事にもとのWurster Hallに戻ることができるようですが、最低でも2年間はかかるそうなので、その期間に留学を予定されている人はちゃんと覚悟しておいた方がいいかもしれませんね。
グループワークの功罪
大学院に入ってみて驚いたのが意外とグループワークの多いことです。これは学科にもよるのかも知れませんが、僕の1stセメスターの履修科目の中でもリサーチメソッドのCP241とスタジオのLA203はセメスターを通してグループワークでした。このグループワーク、当然のことながら誰と一緒のグループになるかが明暗の分かれ目です。特にアメリカの大学院では年齢層、バックグラウンド、実務経験等、バラエティーに富んだ学生が集まっているのでなおさらです。そこで問題になるのがメンバーのやる気。当然勉強するつもりで入学してきたのだから殆どの学生はやる気はあるのですが、中には結構やる気のない学生もいるものです。知識や経験の違いは何とか理解、補完しあえるものの、やる気の違いだけはどうにも対処のしようがありません。グループ内でもめごとが起こるのも結構日常茶飯事です。そしてわれわれ日本人にとってもうひとつ戸惑うのが時間感覚とスケジュール感覚の違い。ミーティングに1時間くらい平気で遅れてくるメンバーがいるかと思えば、スケジュールなど作成せずとりあえず今自分がやりたいことだけをやるメンバーもいて、なかなか物事が計画的にはかどりません。確かにグループワークには、他の学生との共同作業を通した意見や知識、そしてスキルの交換など個人作業では得られないメリットもたくさんあるので、一概に否定的な面だけをクローズアップするのは禁物だとは思うのですが。
とにかく誰とグループになるかが分かれ道です。グループ作業の際はくれぐれも相手をよく選んでください。僕の場合はCP241のグループは最高のメンバーに恵まれました。一方LA203は残念ながら・・・・・。
教授とのコミュニケーション機会
こちらに来て感じたことに教授とのコミュニケーションの機会が豊富なことが挙げられます。まずオフィシャルなものとしてオフィスアワーがあります。これはそれぞれの教授が週2日、2時間くらいを学生との面接に公開しているものです。学生は予定表にサインアップするだけで、15分から30分ほど教授と個人的に話ができます。履修科目の質問、ペーパーの内容、個人的な悩み等、とにかく自分が相談したいことを自由に話せます。また、リサーチアシスタントティーチングアシスタント等をすることで、教授と個人的に話をする機会がかなり増えます。ぼくもボッセルマン教授のリサーチアシスタントを通して、クラスの履修だけでは得られない様々な情報を入手することができました。更にCity&Regional Planningの特徴として教授の自宅でのパーティーが多いことが挙げられます。秋学期の間にぼくが参加した教授宅でのパーティーだけでも3つほどありました。これは普段はわからない教授のプライベートな生活を垣間見れる点でもなかなか参加する価値があります。バークレーの教授と言うのは結構立派な邸宅にお住まいです。それでもたいていの教授はフランクでフレンドリーでファーストネームで気軽に呼びかけることができます。これは西海岸ならではの風潮だそうですが、実際東ではもう少しフォーマルな関係なのでしょうか?
後日談:New YorkでColumbia Univ.のMBAを取得した友人に先日会った際、教授をどう呼んでいたか聞いてみましたが、やはりProfessor ○○とフォーマルに呼びかけていたとの事。やはり”Hi, Peter!”などと気楽に呼びかけるのはバークレーならでは・・・?
視線はボクに釘付け
留学生なら少なくとも一度は経験したことがあると思いますが、授業の中で皆の視線を独り占めできる瞬間が僕には多々あります。と言ってもあまりポジティブな状況ではないのですが・・・。これは、ディスカッション中心のクラスなどで良くあるのですが、僕が何か発言をしようとすると、それまでリラックスしていた皆に緊張感が走ります。ググっと身を前に乗り出し、真剣に聞く体勢に入るのを肌で感じます。これが発言内容に対する関心の高さならいいのですが、残念ながら必ずしもそうではないようで、未だにつたない僕の英語を十分理解するためには、彼らも真剣にならざるを得ないようです。当然のことながら中には十分伝わらない内容もあり、発言のあと質問されることもしばしばです。ともすると、ひょっとして自分の英語は通じないのかと次第に自信を無くし、発言する勇気を失ってしまいかねないのですが、これは誰もが一度は越えなければならないハードル。しかも、文化的背景の違う僕らの発言は内容的にも彼らにとっては理解しづらいことがあるのは当たり前ですから、言葉のハンデと相俟って彼らを身構えさせるのは当然なわけです。とかく日本からの留学生は言葉に関して神経質になり過ぎる嫌いがあるように思います。あくまでコミュニケーションの手段と割り切って、どんどん積極的にやっていきましょう。
成績のつけ間違えで落第!?
ちょっと考えられないようなことがアメリカの大学院では実際に起こるようです。単なる教授の勘違いで成績は不可! 僕の身に降りかかった実際の災難です。1stセメスターで履修したCP200 History of City Planning。City & Regional Planning の学生は誰もが履修しなければならない必修科目。提出物は2つのペーパーのみ。アメリカのプランニングの歴史をまじめに学んでみようと僕は全てのレクチャーを休まず出席し、2つのペーパーも締め切りに間に合わせ提出しました。内容もまずまずと自負していました。ところが冬休みの楽しいメキシコ旅行から帰国したその夜ぼくを待ち受けていたものは・・・。旅行中に発表になっているはずの成績をインターネットでチェックしてみると、ナ・ナ・ナント "F" !!!! すなわち"Fail" !!!! すなわち"不可" !!!! 自分の目を疑い何度確かめても結果は同じ。"F" じゃありませんか!!! バカンス気分も吹っ飛び、とりあえずは教授に問い合わせと怒りを押し殺しながらE-mail。翌日、セメスターが始まる前の大学にわざわざ足を運び教授を訪ね事情を話すと、一笑にふしなが、"Oh, it must be just a mistake! Don't worry about it. I'm gonna correct it soon. Ha, Ha, Ha!!!"。 そりゃ、こっちだって間違いだとは思うけど、せっかくリゾートから気持ちよく帰ってきたところにこんな災難が待ち受けているなんて。これも極端な間違いだからそれとわかり逆に良かったものの、ちょっとした間違いだったら納得しちゃってたかもしれません。成績のつけ間違えなんてアメリカの大学院では結構頻繁に起こってたりするのでしょうか。問題の成績は2週間ほどしてやっとインターネット上でも訂正されました。ホッと一安心。でも、他の学生に返却されたファイナルペーパーはぼくには未だ帰らずじまい。どうも真相は怪しげですね・・・。解せない!
能ある鷹は爪を出せ
コミュニケーション能力において劣っている(ほとんどの留学生に関して言えることだと思いますが)我々留学生は入学当初からあらゆる面でかなりのハンデキャップを負っていることになります。ちょっと言葉は悪くなりますが、ある意味最初は見下される部分があることは否めません。すなわち他の学生から自分の価値を認められないと言うことです。このことは学業面だけではなく、友人関係の構築やプライベートライフなどにも大きな影響を与えます。こちらにおける人づき合いを通して感じることですが、我々日本人がこちらで対等に付き合うためにはまず相手にリスペクトされることが必要だと思います。すなわちどれだけ自分の能力を含めたアイデンティティを相手に認識させるかが肝心です。そのためにはあらゆる場面で自分の能力を示す機会を見つけ、躊躇することなくそれをアピールする必要があります。ともすると言葉のハンデゆえ消極的になり、ついつい自分の爪までも隠しがちになってしまいますが、ここはアメリカ、臆することなく爪を出し、自分を表現するよう心掛けましょう。確かに言葉のハンデは表面上は大きな能力の差に映ってしまいがちですが、本質的能力においては、かなりの部分で勝っていると自信を持っていいはずです。もちろん留学前から十分に爪をといでおくよう心掛けてください。
留学生の大敵・肌荒れと過食症
最初に断っておきますが、ぼくの周りの留学生の女性の皆さん、あなたのことではありません。あくまで一般論"genarally speaking"です。
さて、アメリカ大学院の生活と言えば、とにかくストレスフル。忙しい大学院の勉強で時間に追われ、ただでさえストレスが溜まるところに、慣れない外国生活、コミュニケーションプロブレム、ホームシック、とにかく周りの環境全てがストレスのもととなります。不規則な生活と寝不足、それに加えて乾燥したカリフォルニアの気候と来れば、女性の皆さんはもうお分かりですよね。そう、女性の大敵肌荒れが深刻な問題となるようです。更に悪循環には、この肌荒れがまたストレスとなって今度はついつい食べまくってしまう。タダでさえカロリーの高いアメリカの食事に加え、ついつい間食が進み体重は見る見るうちに跳ね上がってしまいます。特に体重計がなかったり、あってもパウンド表示だったりすると実感が湧かずに日本にいる時ほど数値に敏感でなくなってしまうようです。気がついた時には顎のラインなどどこへやら。これは女性に限らず我々男性にも少なからず現れる症状。大学院生活を送りながら,なおかつ美しいお肌とスリムな肉体を保ち続けるのは容易ではありませんが、たまの休みに日本に帰った時に、昔の彼や彼女から『こんなはずじゃなかった・・・』と言われないよう、留学生の皆さん肌荒れと食べ過ぎにはくれぐれもご注意を。
IGSIの孤独
大学院で専門知識を生かし、お金を稼ごうとすると主に2つの方法があります。一つはぼくも99年秋学期に経験をしたGSR(Graduate Student Researcher)すなわちリサーチアシスタント。もうひとつがGSI(Graduate Student Instructor)すなわち俗に言うTA、ティーチング・アシスタントです。GSRとGSI、GSIの方がFeeはかなり高いのですが、どちらがコストパフォーマンスが高いかとなると意見が分かれるようです。リサーチアシスタントの場合はどの教授につくかでかなり差があり、またティーチング・アシスタントは試験の採点など直接生徒と接しない場合と、Undergraduate、Graduate Studentに直接教える場合とでかなりの差があるからです。そして、今回取り上げるのはIGSI=International GSI、すなわち留学生のTAです。2000年の春セメスターのCP202(Public Economics)のTAはインドからの留学生、Urban Design学科の1年生です。この彼、Undergraduateで経済を専攻し、英語も少々訛りはきついものの、かなり達者なのですが、毎週金曜日の補講で教鞭をとる時はかなりハードな時を過ごしています。このクラス、必修のクラスのため、履修者は40人以上、しかもそのうち約半数は2年生、もちろん大部分はネイティブです。まあUndergraduateに比べるとだいぶ大人な分、多少の分別はあるものの、プライドの高い彼らにとって留学1年生に教わるのはどうにも納得がいかないということでしょうか。確かにぼくから見ても少々教え方に難がないわけではないのですが、ネイティブの情け容赦ない突っ込みを見ていると、どんなにFeeが良くてもIGSIだけはやりたくないと感じてしまいます。まあ高いお金をもらってやっているので留学生とは言え、言い訳がきかないのももっともですが・・・。先学期のスタジオの時は、他の学生からHiroはドローイングのTAをやればいいのになどと社交辞令まじりに言われたりしたのですが、どうやら甘いささやきには乗らないほうが良さそうです。
Metal Shelterからの脱出
現在DCRPがMetal Shelter(仮設のプレファブ)を使用している事はお伝えしましたが、どうやらこのMetal Shelter、アーバンデザインの教授達には不人気のようです。と言うのも、2000年Spring SemesterにはProf. Peter BosselmannとMichael Southworthが、そして2000年Fall SemesterにはProf. Allan JacobsとMichael SouthworthがそれぞれSabbaticalを取得するからです。このSabbatical、7年に1度大学教授に与えられる半年か1年の有給休暇。Metal Shelterに移ったとたん、皆さんこぞってお休みし始めちゃいました。確かに教授間で一応の調整はして休みは取るものの、やはりキャンセルになるクラスが多く、教授たちの休みをあらかじめ把握して2年間の履修スケジュールを立てておかないと、履修したかったクラスが卒業までに履修できないなどと言う事態も生じてしまいます。現にある程度予想は出来ていてもスケジュールのアレンジには結構苦労します。まぁ、ぼくの場合はアーバンデザインコンセントレーションとは言っても、それ以外の分野の視野を広める事が留学の主な目的なのでそれほど不便は感じていないものの、やはり教授の顔が揃っていないのは何となく物足りないものです。留学時期の見極めにはできればこういった不測の事態も考慮に入れた方が良さそうです。とはいっても入学前はほとんど予測不可能ですが。
『留学生』の定義
『留学生』。海外からはるばる勉強しにやって来た学生を意味するこの『留学生』も、ここアメリカでは完全に2分されます。すなわち英語がネイティブの学生とそうでない学生。当たり前と言えば当たり前なのですが、日本語のように日本以外の国では母国語とされていない言葉と違い、英語を母国語とする国はたくさんあり、カナダ、オーストラリア、イギリス、インド、シンガポールなどから来た学生も言葉の定義上は『留学生』と呼ばれるわけです。ところが我々日本人にしてみると、これはなんかアンフェアな感じがしてしまいます。ぼくの中での『留学生』の定義は、いつしか「英語のハンデを負った学生」と勝手に思い込んでいたので、なんら言葉で苦労しない彼らも、ぼくと同じ『留学生』に分類されてしまうと、損をしたような気になってしまいます。大学院留学案内などに留学生の比率がよく出ていますが、その人数を見て自分と同じだけ苦労する人の数と認識してしまうと、それは大きな間違い。彼らの中には英語がペラペラな人が半分近くは含まれているので、あまり楽観視し過ぎない方が良さそうです。留学生が少ない方が英語の上達には役に立つ環境と言えそうですが。
束の間の優越感
セメスターが終わりに近づくとクラスの中でEvaluation Formなるものが配られ、教授はしばらくの間、教室の外で手持ち無沙汰な時を過ごします。学生はFormの質問に沿って教授とTeaching Assistant、そしてクラスの内容を評価・採点し、学部に提出します。この教授の教え方は効果的だったか?クラスはよくオーガナイズされていたか?全体的にみて7段階のどのレベルか?良かった点、悪かった点、改善すべき点は?などからなる10数項目の質問です。この評価内容は次のセメスターのコース内容等の参考にされます。担当の教授は学生の成績評価を終えた後で自分への学生からの評価内容を見ることができるようです。こちらの学生がどの程度の評価を下しているのかはわかりませんが、中にはかなりシビアな採点をしてる学生も見受けられます。また改善すべき点の欄がびっしりと埋め尽くされているのもよく目にします。僕自身も出来るだけ優劣をはっきりつけるよう心掛け、この時とばかり心を鬼にして採点していますが、やはり教え方だけではなく教授の人間性等もついつい評価対象に加えてしまい、個人的好き嫌いも反映されてしまいます。
ぼくが日本の大学で学んでいた頃はこのようなシステムは存在していませんでしたが、これはやはりアメリカならではのシステムなのでしょうか?単なる教授の評価としてだけではなく、クラスの内容を向上させていく上でも是非日本でも取り入れてみてはどうでしょうか。
カリフォルニアンのファッションセンス
カリフォルニア、ベイエリア、そしてその中でもヒッピー発祥の地バークレーと言えば飾らないカジュアルなファッションで有名ですが、キャンパスを歩いていると、特にCity Planningの女性達を見ていると、そのファッションの形容にはカジュアルとは少々違うボキャブラリーを選択しなければと考えてしまいます。無頓着、無関心、あるいはガサツ? 日本ではカジュアルと言ってもそれはそれで、オシャレのひとつのあり方として確立ていますが、彼女達の多くは普段、家で着てるものそのままに出かけてきてしまっています。穴のあいたジャージなど当たり前のように着こなしています。男性達の方がよほど小奇麗な格好をしています。確かに皆さんお金のない貧乏学生、それに誰に見せるためでもなく勉強しにキャンパスに来てるわけですから、特別なオシャレなどする必要は全くないのですが、あまりに度が過ぎるカジュアルは如何なものかと・・・。日本では綺麗に着飾ったOLさんに囲まれて長年過ごしてきたぼくなどは思ってしまいます。たまに普通の格好をしている人がいると妙にオシャレに映ったりして。そういう学生の大部分はアジア系の人達ですね。
東の有名私立大学などはもう少しフォーマルなのでしょうか?
GRADE or PASS/FAIL
大学院で履修科目を選択する際には、通常2つの成績評価方法から自分で好きな方を選択する事が出来ます。それがGRADE or PASS/FAIL。GRADEはその名の通り日本で言う優・良・可・不可。こちらだとA+/A/A-/B+/B/B-/C+/C/C-/Fの10段階です。これらはA+/Aを4.0、以下3.7/3.4/3.0・・・・と言った具合でGPAの算出に使われます。一方PASS/FAILはいわゆる合否のみの評価。これはGPAの計算には算入されないので、良い成績を取る自信のないクラスはPASS/FAILで履修をすることも出来ます。ただ、その際B-以上相当の成績を取らないとFAILと見なされてしまうため、単位取得を目的とするならばGRADE BASEで履修をした方が安全と言えます。一定の単位数以上はGRADE BASEで履修する事が要求され、また途中で様子を見て心変わりすれば、ペナルティを払って変更可能です。UC Berkeleyに関して言えば、大学院での成績評価はそれほどシビアではなく、普通にやっていればまぁ、B以上をとる事は簡単にできるのでGPAでかなりの高得点を目指さない限りそれほど気にする必要もないのですが。ぼくの場合は2nd セメスター終了までにPASS/FAILで履修したのは1課目のみ。CP202 (Public Economis)です。何しろ経済を学問として勉強するのは高校時代以来で、しかも大学院に入ってはじめて試験結果が成績評価の中心になるクラス。これが原因でGPAを下げるのも気が進まなかったので、PASS/FAILで履修する事にしました。いざクラスが始まると、Cでも取って単位を落としたらどうしようと、かなりレベルの低い悩みを抱えてしまいましたが・・・。先日Final Examも終わり、それなりの出来だったので、これならGRADE BASEでもよかったかなぁなどと調子よく後悔したりしています。
英語を書くということ
大学院の1年目を終え、夏休みを利用してWriting Skill Workshopなるクラスを履修してる今日この頃、英語を書くことに、つくづく失望させられます。大学院の2セメスターを通して100ページは英文を書いたでしょうか。ついつい会話と同じように「慣れればそのうちうまく書けるだろう。」と楽観的に考えがちですが、そう簡単には行きません。確かに100ページも書いていると、量を書くことには慣れてくるものの、これはあくまで自己流の英語を書くことに慣れているだけ。決してWrithing Skillそのものが上達しているわけではありません。大学院のペーパーの場合、文法や書き方をいちいち添削してから返却されるわけもなく、内容に関してコメントされるだけなので、自分の英文がどのレベルなのか知る機会は意外とありません。先日Writing Skillのクラスの宿題が返却されましたが、わずか1ページのエッセイが、どれほど添削されていた事か。がっかりです。全てが間違いではないのですが、言い回しが不自然だったり、リズムが悪かったり。ネイティブにとってはまだまだ見るに耐えない文章のようです。特に難しいのは適切な単語の選択。Collocationと言うのでしょうか。どの名詞にはどの動詞がふさわしいかは、辞書を見ても量を書いてもなかなか習得できません。言葉の持つニュアンスが掴めていないということでしょう。上達の道は、ネイティブと膝を突き合わせて徹底的に添削をしてもらい、優れた英文をたくさん読んで感覚を身につける以外に無さそうです。それにしてもまともな文章が書けるようになるまで、随分と時間がかかりそうです。
Happy Hour
日本の大学と言えば合コン。最近は社会人にもすっかり浸透してきたようですが、アメリカの大学院生の息抜きはもっぱらHappy Hourです。これは、2週間に一回くらいのペースでキャンパス内や、近場のバーに集まり、ビール片手にクラスの話題や教授の話で盛り上がる気軽な飲み会。特に近くの女子大生を招待するわけでもないので、参加者は全て学部内の顔見知りで20人くらいですが、日頃の情報交換の場としては結構利用価値大です。必ず各学年にパーティー好きの世話係がいるもので、結構マメに企画されます。大抵は2時間くらいで皆さっと引き上げ、次の日に差し支えるほど飲みまくると言う事もありません。これによく利用されるのが、Downtown Berkeleyの駅前にあるMicro Brewary"Jupiter"。いつもバークレーの学生で賑わう人気の店です。ついつい学業に追われ、参加のチャンスを逸してしまう事もありますが、良い息抜きにもなるので出来るだけ参加したいものです。
    JupiterのPatioでのHappy Hour風景
日本的価値観は捨てよう
こちらの大学院に来て1年以上になりますが、いまだに僕自身ことあるごとにぶつかるのが「一体この人達、どういう感覚してるんだろう?」という疑問、あるいはあきらめです。確かにアメリカ人を十羽一絡げに扱う事はきません。彼らの中にもアメリカ人の一般的傾向に当てはまらない人は沢山います。ただこれまでの経験からかなりの確率で彼らに当てはまる三大特徴は「時間にルーズ」「スケジュール感覚がない」「責任感が希薄」です。これはグループ作業の際に必ずと言っていいほど我々日本人が直面する問題です。グループのメンバーでミーティングの予定を決めておきながら30分、1時間遅れてくるのは当たり前。それでも姿を見せるのはまだ良心的なほうで、中には何の連絡もないまま現れない人もいます。また、最終的なゴールを見据えて作業をするのが苦手、but議論好きの彼らは打ち合わせでも自分の言いたい事だけを主張し結局何も決まらないまま、平然と引き上げていきます。全体のスケジュールを認識しながら計画的に物事を運ぶ事は極めて苦手なようです。ここまで書くとちょっと書き過ぎのようですが、大抵の日本人留学生も同様の認識をしています。日本人同士、この手の話題では結構盛り上がります。だからと言って彼らにいくら話してもわかるわけもなく・・・。結局肝心なのは「日本ならこんなことはならないのになぁ。」と言う考えを捨てる事。日本的価値観は最初から通用しないと割り切り、余計なストレスを溜めないよう自分でコントロールする事が大切です。かく言う僕も日本的価値観からの脱却には今しばらく時間がかかりそうで、事あるごとにストレスの溜まる毎日です。
書記の難しさ 
このところBARTでの会議や住民参加のプロジェクトのインタビューなど人々の発言内容をその場で書き留める役回りが多くなりました。これはなかなか辛いものがあります。通常のコミュニケーションであればある程度の漠然とした理解でもほぼ問題はないのですが、皆の意見をボードに書き留め、参加者がそれをもとに議論を展開したりするような状況ではごまかしが利きません。当然スペルの正確さも要求されます。更には知らない単語や略語(たとえばStation Area Planning=SAP)が出てくるともうお手上げです。小声で近くの人に確認したり、全く聞かなかったことにして無視したりして何とかごまかそうとするものの、この手も繰り返し使うわけにはいきません。こればっかりは日頃からボキャブラリーを増やすよう努力するしかないのでしょうが、やはり限界があります。ネイティブはすごく気楽に僕にこのような役回りを要求したりするのですが、こちらの苦労を彼らは分かっているのでしょうか?と、ついつい自分の力不足を他人のせいにしてしまいます。
英語で考えるということ 
現在のBARTでの仕事のパートナーは何度か紹介しているように、かなりアグレッシブなイタリア系女性です。僕だけではなく、彼女の上司の男性までもが彼女との議論で彼女を黙らせ口を挟むのに四苦八苦しています。僕もできる限りアグレッシブに自分の意見を主張するよう心掛けてはいるのですが、これがかなり疲れます。そんな中、最近英語で考える事による思考力の低下に悩まされています。以前は[(日本語で自分の考えをまとめる時間)+(それを英語に翻訳する時間)=(英語で自分の意見を言うのにかかる時間)]という単純な公式が自分の中で成り立っていました。それが最近英語で議論をする機会が増えてくるにつれ、徐々に英語のまま考えるようになってきたような。元来はこれは英語環境の中では望ましい傾向として捉えられる事なのでしょうが、どうやらそう簡単にはいきません。英語で考える事により、肝心な思考力が日本語で考える場合よりも低下しているように感じるのです。すなわち[(従来の思考力)ー(英語で考える事により失われる思考力)=(現在の思考力)]なのです。この(英語で考える事により失われる思考力)を定量的に判断するのは難しいのですが、自分の感覚としては従来の思考力の50%程度で、これはほぼ以前の公式の(それを英語に翻訳する時間)に相当するように感じます。すなわち結果的な思考力としては英語で考え始めた現在も改善されていないという結論に至ります。一つハードルを超えたと思ったら、また次のハードルが。これも英語で考えつづける事により少しは改善されてゆくのでしょうか。
自分の居場所 
最近アメリカ生活を通してつくづく感じているのが自分の居場所をつくることの大切さ。すなわち自分が自分らしく振舞える場を、日本と異なる環境の中でできるだけ早く確立することの重要性です。“アメリカ生活”は確かに魅力的な響きですが、実際の暮らしでは日本で味わう事のなかったネガティブな経験する事の方が多いかもしれません。異なる価値観、マイノリティとしての立場、不十分なコミュニケーション、慣れない生活環境。そんな中、ともすると自分のアイデンティティを発揮する機会を自ら放棄し、自分の殻の中に閉じこもってしまいがちになります。こういった事態に陥らないためにも、自分の居場所づくりが大切なのです。方法は人により様々。何の苦労もなく違った環境の中でも自分らしく振舞える人もいるでしょうし、家族がその支えになる人もいると思います。また、気の置けない仲間を作ることやスポーツや趣味を通して自分の居場所を確保する人もいるでしょう。よく、日本人は世界に出ると活躍できないと思われがちですが、決して実力的に劣っているとは思えません。ただ、外国人に比べ異なる環境の中で自分の居場所をつくり出すことが苦手なのではないでしょうか。最近海外で活躍する日本人を見ているとこの居場所づくりが得意な人が多いような気がします。ゴルフの丸山のように周りを自分の世界に引き込んでしまうタイプの人はその最たる例でしょう。一方日本で殿様として君臨しているジャンボの場合にはアメリカに来た途端、居場所を失い、実力を発揮できなくなってしまうのでしょう。自分の居場所さえ確立してしまえば、日本人も海外で十分通用するはずです。早く十分な実力を発揮できる環境をつくり上げるよう心掛けましょう。
留学適齢期
日本では女性の社会進出で結婚適齢期なるものも存在しなくなってきているようですが、最近卒業を目前に控えよく思うのは、『留学適齢期って一体何歳?』。大学院留学は何しろやらなければならないことが盛りだくさん。睡眠不足が続きある意味体力勝負。それなりの年齢に達していると結構カラダに応えます。一方ではある程度の実務経験を積み、自分の学びたい事を明快にしてから留学をした方がそれだけ得られる事も多いはず。またこの実務経験は大学院での自分の居場所を作るのにも結構役立ちます。もちろん留学はかなりの出費も伴うわけで、それなりの蓄えをしておく事も絶対条件です。これ以外にも卒業後の進路はどうするのか、そこにどれだけの選択肢が存在するかも卒業年齢によって当然違ってきます。こうやって考えてみると一概には言えないかも知れませんが、企業派遣・自費留学いずれにしても30前後が一番無難な留学適齢期と言った所でしょうか。それなら留学後、会社を辞めるなどして“バツイチ”になってもまだやり直しが利くかも知れません。ただ40過ぎて結婚しても幸せになれる人はモチロンいるわけで、これはあくまで目安でしかありませんが。


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