No. 73
Titre
Maigret chez le ministre
邦題名
(直訳名)
メグレと政府高官
(大臣宅のメグレ)
執筆記録
Rédaction
米国コネチカット州レイクヴィルにて
1954年8月23日完成
Lakeville, Connecticut, USA; 23 août, 1954
参照原本
Éditions
プレス・ドゥ・ラ・シテ社版#24、1990年10月刊
Presses de la cité #24; 1990.10
ISBN :2-285-00467-2
邦訳本 長島 良三 訳・河出書房新社#16;
1977年9月刊(黄色)、1982年12月刊

(←)
プレス・ドゥラ・シテ社版
1990年10月刊のもの
Édition: Presses de la
Cité #24
Oct. 1990


              (⇒)
      河出書房新社旧版#16
        1977年9月刊(黄色)
        およびその別表紙
        1982年12月刊

物語の季節
Saison
 暑くも寒くもない雲が垂れ込めた天気。午後2時ごろに
小雨が降る。(La journée avait été grisatre, ni froide ni
chaude, avec une giboulée vers deux heures de l'après-
midi; Chap.1) 本文中には特に何月という記述はないが、
春先の小雨を意味する「ジブレ」が降るとある。文学的に
は糠雨などとも言いそうなものだが、日本の初冬の季語
になっている時雨(しぐれ=語感が似ている)ほど認知さ
れていないようだ。まだコートを手放せないで、霧の立ち
込める夜の街路を歩く場面からすると、3月前半頃ではな
いかと思われる。
空気が澄んで明るい太陽が昇る朝を「田舎の白ワインのよ
うに新鮮な」と表現している。(Le soleil avait l'acidité et la
fraîcheur d'un vin blanc de campagne; Chap.2) 午後のな
かば頃になると暑いくらいに感じ、メグレは外套を置いたま
ま外出する。
メグレの状態
Son état 
 警察官の共済組合(Mutuelle de la Police) の総代会に
出席。本人が望んだわけではないが例年同様副会長に選
出される。
 メグレは政治をめぐるゴタゴタに巻き込まれるのを嫌った
が、自分自身と体型も物言いもそっくりで、パイプを吸い、
真面目な態度の田舎出の大臣に協力することになる。
 事件の大詰めで夜中に危険を伴う捜査に入る前に、メグ
レが夫人に、ジャンヴィエが家族に、そして留守番のラポワ
ントも恋人に、それぞれが電話を入れる場面には思わずに
やりとしてしまう。
事件の発端
Origine
 帰宅したメグレは公共事業省の大臣から電話があったこと
を知らされる。しかも電話の盗聴を恐れて公衆電話からかけ
てきたのだという。電話をかけ直して確かめることもできず、
タクシーで言われた住所に赴くと、普段着姿の大臣のポワ
ンに迎えられ、重要書類が盗難にあったことを聞かされる。
約1カ月前にアルプスのオート=サヴォワ県で起きた大規模
な土砂災害でクレールフォンにある孤児施設が崩壊し、128
人の死者と多数の負傷者が出た事件があった。新聞は連日
その管理責任について問いただす報道が続いていた。折りし
もその施設の建設計画についての否定的な意見の調査報
告書が2年前にカラム教授から提出されていたことが判明し
た。この報告書のコピーをある男が大臣のもとに持参して届
け、ポワンが別宅に持ち帰って目を通し、大統領に報告する
ためにそこに置いておいたのだ。しかし次の日の夜戻ってみ
ると、その書類は消え失せていた。この報告書がマスコミの
手に渡って、しかもその出所が大臣のところだったと公表され
れば、内閣全体を揺るがす大きなスキャンダルになりかねな
いと言うのだった。
題名の意味
Ça veut
dire
 原題中のシェ(chez) という単語は、〜宅で、〜のところで、
と言う意味である。最初に電話で呼び出され、行ってみたと
ころがパストゥール大通りの平均的なアパルトマンにある大
臣の別宅だった。彼は不安に駆られながらも真面目な態度
でメグレに事件のことを相談するのだった。メグレは嫌いな
政界のごたごたに渋々ながらも首を突っ込むことになる。
 政治の中に犯罪は見つけにくい。普通メグレが取扱う事件
では、最後に犯人を一人か数人に絞り込むが、政治の世界
はそれとは違っている。つまり議会ではあれほどまでに多く
の党派や勢力が自分たちの正当性を主張してひしめき合い、
論理が複雑多岐にわたっていてわかりにくいのだ。(Dans
une affaire criminelle, il y a d'ordinaire un seul coupable,
ou un groupe de coupables qui agissent de concert. En
politique, c'est différent - - - Chap.8)
雑記
Divers

汚ない手の話
(L'histoire de
mains sales)
 欧米人はよく握手をする。あちらに出張するとそういう習慣
に条件反射的に、なぜか日本人同士でも握手するのが自然
に思え、そうしてしまうのだ。この事件では、欧米人であっても
ある人間に対しては「握手を拒むことがある」という事例が出
てくる。拒まれた手を空しく引っ込める人間は最大限の屈辱
を味わう。そのことをあえて知った上で握手を拒むのである。
ここではそれは、汚い事に手を染めている人間とは握手しない
という、正義の意思表示なのだ。メグレが有名なレストランで
昼食を取っているところに話にきた議員から差し出された手
を無視して、すでに空になったコーヒーカップを取って口に
持っていくシーンには強烈な印象を受ける。私的な余談なが
ら、確かに外見的に泥だらけになっている手の場合もあっ
て、「だから手首のあたりを握ってくれ」と言われたことがある
が、それはそれで親密な握手の代りにはなったことを思い出
す。

各 章 の 表 題 と 場 所
Table de matière et les lieux cités
1 故カラム教授の報告書
Le Rapport de feu Calame
リシャール・ルノワール大通り
boulevard Richard Lenoir, 11e  
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
ドーフィヌ広場 place Dauphine, 1er
パストゥール大通り boulevard Pasteur, 15e
2 大統領からの突然の電話
Le coup de téléphone du Président
パストゥール大通り boulevard Pasteur, 15e
リシャール・ルノワール大通り
boulevard Richard Lenoir, 11e
3 小さなバーの見知らぬ客
L'inconnu du petit bar
リシャール・ルノワール大通り
boulevard Richard Lenoir, 11e
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
サン=ペール街 rue des Saints-Pères, 6e
ジャコブ街 rue Jacob, 6e
ドーフィヌ広場 place Dauphine, 1er
4 リュカの不満足気な態度
Lucas n'est pas content
ドーフィヌ広場 place Dauphine, 1er
サン=ペール街 rue des Saints-Pères, 6e
サン=ジェルマン大通り boulevard Saint-Germain, 7e
ヴァノー街 rue Vaneau, 7e
シャン=ゼリゼ大通り
avenue des Champs-Elysées, 8e
ワシントン街 rue Washington, 8e
レピュブリック広場place de la République, 10e
ブロンデル街 rue Blondel, 2e
クロワッサン街 rue du Croissant, 2e
リシャール・ルノワール大通り
boulevard Richard-Lenoir, 11e
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
5 教授の気がかり
Les scrupules du professeur
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er  
ジャコブ街 rue Jacob, 6e
サン=ジェルマン大通り
boulevard Saint-Germain, 7e
ラスパィユ大通り bpulevard Raspail, 7e
ヴォージラール街 rue de Vaugirard, 6e
パストゥール大通りboulevard Pasteur, 15e
6 舌平目亭での昼食
Le déjeuner au Filet de Sole
パストゥール大通り boulevard Pasteur, 15e
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
ヴィクトワール広場 place des Victoires, 2e
7 警視のタクシー
Les taxis du commissaire
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
バティニョル大通り boulevard Batignolles, 17e
ヴァノー街 rue Vaneau, 7e
ジャコブ街 rue Jacob, 6e
ラスパィユ大通り bpulevard Raspail, 7e
パストゥール大通り boulevard Pasteur, 15e
サン=ジェルマン大通り boulevard Saint-Germain, 7e
ボーマルシェ大通り boulevard , Beaumarchais, 4e
サン=ドゥニ街 rue Saint-Denis, 10e
ダンタン街 rue d'Antin, 9e
8 セーヌポール村への旅行  
Le voyage à Seineport
サン=ジェルマン大通り boulevard Saint-Germain, 7e
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
ドーフィヌ広場 place Dauphine, 1er
セーヌポール Seineport* 
(*パリ南東30Kmにあるセーヌ川上流の村)
9 大臣官邸の夜  
La nuit du ministère
セーヌポール Seineport
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
サン=ジェルマン大通り boulevard Saint-Germain, 7e


メグレ警視の事件に明記された店舗・施設(*印は実在のもの)
Les Bonnes Adresses reconnues du commissaire Maigret
ブラッスリ・ドーフィヌ
Brasserie Dauphine
警視庁職員の行きつけの店。メグレも常連。サンドウィッチとビールの出前もする。
ドーフィヌ広場 place Dauphine, 1er
オー・トロワ・ミニステール
Aux Trois Ministères
三閣僚」という名前のレストラン。いかにも官庁街らしい。
サン=ジェルマン大通り boulevard Saint-Germain, 7e
フーケツ
*Fouquet's
映画TV業界の芸能人が多数出入りする有名なブラッスリ。
シャンゼリゼ通り avenue des Champs-Elysées, 8e
フィレ・ド・ソール
Filet du Sole
魚料理がおいしいレストラン。実業家や編集者が常連。
ヴィクトワール広場 place des Victoires, 2e
カフェ・ソルフェリーノ
Café Solférino
横丁のソルフェリーノ街との角あたりにあるカフェ。
サン=ジェルマン大通り boulevard Saint-Germain, 7e


警察関係者の動向
Situation de collègue
ジャンヴィエ Janvier : 大臣の女性秘書の周辺をあたる。夜中に郊外セーヌポール村の隠れ家に踏み込む。

リュカ Lucas : 大臣の補佐官をあたる。捜査の先々で国家警察の旧知の刑事に出くわして先手を取られたようにからかわれて気分を大いに害する。

ラポワント Lapointe : 国立橋道学校の助手の下宿にもぐりこんで偵察する。国会議員への取り調べを行い、新聞に写真が掲載される。
トーランス Torrence : タクシーの運転手の目撃情報を確かめる。関係書類をメグレから託される。

ガストン・ルージエ Gaston Rougier : 国家警察の刑事。

カトルー Catroux : メグレの20年来の旧友。国家警察の警視。風邪のため自宅で静養している。
事件にかかわる登場人物
Personnages dans l'affaire

オーギュスト・ポワン Auguste Point : 公共事業省の大臣。地方の弁護士から代議士に選出され政界に入る。率直な人柄でメグレと体格が似ている。

ジュリアン・カラムJulien Calame : 国立橋道学校の教授。癌で2年前に死去。応用力学と公共建築の権威。クレルフォンの施設の建設計画に際し、現地調査を行ない、報告書を提出していた。

ジュール・ピクマル Jules Piquemal : 国立橋道学校の助手。勤続15年。カラム教授の研究助手をつとめていた。

オスカー・マルテールOscar Malterre : 首相。65歳。40歳代から閣僚経験をもつ。

ジュリアン・シャボ Julien Chabot : メグレの大学時代からの友人。フォントネー=ルコントで弁護士をしている。2年前の「メグレの途中下車」の事件で会っている。

アルトゥール・ニクーArthur Nicoud : 建設会社の社長。女婿のソーヴグランSauvegrain とともに公共事業を手広く受注している。

エクトール・タバール Héctor Tabard : 暴露記事を載せている週刊誌「噂」の編集者。

ブランシュ・ラモットBlanche Lamotte : ポワンの女性秘書、42歳、独身。同郷のロッシュ・シュール・ヨン出身で25年間仕えてきた。

リュシル・クリスタンLucile Cristin : ブランシュの女友だち。

ジャック・フルーリ Jacques Fleury : ポワンと同じニオール出身で、裕福な資産家に育ったが、身を持ち崩しているところを口利きにより大臣の補佐官におさまった。細身の長身で灰色の髪。

アンリエット・ポワン Henriette Point : 大臣の妻。

アンヌ=マリー・ポワンAnne-Marie Point : 大臣の娘。24歳。

アラン・クールマン Alain Courment : 名門クールマン家の御曹司。32歳。アンヌ=マリーの恋人。

ジョゼフ・マスクーランJoseph Mascoulin : 40歳過ぎ、独身の国会議員。「グローブ」という急進的な新聞の社主。ジャーナリストの嗅覚で政界の不祥事に顔を突っ込み、容赦ない言動で衆目を集めている。

マルセル・リュケMarcelle Luquet : 元ポルト・サン=マルタンのカフェの女給。フルーリの元愛人。現在は新聞社の夜勤の校正係をしている。

ジャクリーヌ・パージュJacqueline Page : 映画女優を自称する23歳の美人。フルーリと同棲している。

ゴードリー夫人 Mme Gaudry : ポワンの別宅のアパルトマンの住人。

モーリス・ラバ Maurice Labat : 元国家警察の刑事。私立探偵事務所を開いている。36歳。小柄で細身のコルシカ島出身の典型。かかとの高い靴、八の字の髭。チェーンスモーカーで指が黄変している。

ユジェーヌ・ブノワ Eugène Benoit : 元国家警察の刑事。私立探偵事務所を持っているが、政治家の下働きをして食べている。小太りの中年で葉巻を吸う。

ルネ・ファルク René Falk : マスクーランの秘書。25歳以下に見える。金髪できゃしゃな体つき。


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