No. 93
Titre
Le voleur de Maigret
邦題名
(直訳名)
メグレの財布を掏った男
(メグレの泥棒)
執筆記録
Rédaction
スイス、ヴォー県エパランジュにて; 1966年11月11日完成
Epalinges, Vaud, Suisse; 11 Nov. 1966
参照原本
Éditions
リーヴル・ド・ポシュ版 1999年10月刊
Livre de Poche #14218; Oct., 1999
ISBN : 2-253-14218-2
邦訳本 伊東守男・訳、河出書房新社#25、1978.05, 1983.05

(←)
リーヴル・ド・ポシュ版
1999年10月刊
Livre de Poche #14218
Oct., 1999



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         河出書房新社#25
            1983年5月刊

物語の季節
Saison
 春らしい日なのでメグレはコートなしで家を出る。40年近く前のパリに来て
間もない頃を思い出す。その年も春の訪れが今年同様早かったのだ。部下の
ジャンヴィエも新しい背広を着て春の先取りをしていた。(Lui aussi fêtait le
printemps un peu en avance, car ce n'était que le 15 mars; Chap.1er)
 事件の捜査の進行中ながら、朝自宅で目覚めた時のすがすがしさを「陽光
は明るく暖かかった。目が覚めて窓を開け、雀のさえずりを聞くのは気持ちが
よかった。」と語っている。(Le soleil était clair et tiède. C'était merveilleux
d'ouvrir la fenêtre des le reveil et d'entendre pépier les moineaux; Chap.4)
メグレの状態
Son état 
 メグレが若い男に財布を掏られた3月15日(木)に合致する暦は執筆年から
見て1962年となる。メグレがパリに出てきて40年近く、警視庁に勤務して30年
という記述にだいたい符合する。掏られた財布がすんなり戻ってきたことに対
しても「警視庁で30年も勤めれば物事に驚くようなことはなかなかないものだ」
という。(Après trente ans de police judiciaire, on s'étonne difficilement;
Chap.1er) 夫人は車の免許を取るように勧められ、自動車学校に練習に行っ
ている。
事件の発端
Origine
 朝の通勤のバスが揺れてバランスをくずした瞬間にメグレは財布をすられる。
犯人は見知らぬ若い男でプロではなさそうだった。警察の徽章と一緒に盗
まれたのが腹立たしかった。ところが翌日、警視庁宛に財布とその他全部が
送り返されてきて、その盗んだ男から電話がかかってくる。男は掏った財布
の持ち主がメグレだったことを知って、どうしても相談したい件があるので出
かけてきてくれと言い張るのだった。カフェに出向いたメグレは、頼まれるまま
に男の住まいまで同行し、そこで殺害されている彼の妻を発見したのだった。
表題の意味
Ça veut dire
 「ど、泥棒だ!」と人が叫ぶのは昔からの常套句だが、たいていの場合はス
リかかっぱらいを指すことが多い。メグレの場合も財布を掏られたのだが、警察
官が自分から叫ぶわけにも行かず、新しい靴で足が痛くて追いかけることも
できなかった。結局、翌日無事財布は送り返されてきたが、素人の男が一文
無しになったからとは言え、なぜ財布を掏ろうとしたのか?なぜメグレに相談
したいと持ちかけてきたのか?が結果的には根本的な問題だったのだ。
 メグレの直感は当ったようだ。「映画みたいにギャグからすべてが始まったん
だ。私が財布を掏られたのもそうだ。」(Comme au cinéma, tout a commencé
par un gag, par la vol de mon portefeuille; Chap.4)
雑記
Divers

駆け出し時代
のシムノンを
思わせる才気
走った青年
Le jeune
homme qui
ressemble à
un Simenon
frais émoulu





 ちょっと見には野心を持った一人の青年でしかない。たった25歳だ。有名
になった人間もまだその年では貧しさに耐え忍んでいたものだ。(A première
vue, ce n'était qu'un jeune homme ambitieux (---) Il n'avait que vingt-
cinq ans. Des hommes devenus célèbres traînaient encore la misère à
son âge; Chap.3)
 この作品ではメグレに青年時代の作者自身を対面させたかのようだ。年を
経た人間から見れば才気走った、出過ぎたマネをする青年。母親が不在の、
文学の才能がある繊細な感受性の青年。新聞にコントを投稿して掲載され、
映画のシナリオも書いている。あとは業界の大立者に認められるだけ。今は
中途半端な仕事をもらいながら大きな契約が転がり込んでくる明日を信じて、
貧しさに耐えて暮らしている。借金もかさんで家賃の支払も滞っている。
 実際のシムノンはパリに出てから数年で人気通俗作家になって、非常に多
くの作品を書き飛ばしたのだが、その短くてもこうした「認められない」時期が
あって、深く記憶に残ったのだろうか。またそうした仲間たちのうちでも全部
が有名になるわけではない厳しい現実があることも、人生の悲喜交々をあら
ためて思わせてくれる。
 子供のいないメグレの父親らしさの視点。「もし私が父親だったら・・・」 (Si
j'étais son père....; Chap.6.)

各 章 の 表 題 と 場 所
Table de matière et les lieux cités
1 (メグレの苦笑いはスリの被害者になったか
らだけでなく、追いかけることができなかった
からでもあった)
(Le sourire ironique de Maigret était non
pas tant parce qu'il venait d'être la
victime d'un pickpocket, mais parce qu'il
était dans l'impossibilité de le poursuivre )
リシャール・ルノワール大通り boulevard Richard-
Lenoir, 10e
ヴォルテール大通り boulevard Voltaire, 10e
ランビュトー街 rue Rambuteau, 4e
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
ボンヌ=ヌーヴェル大通り boulevard de Bonne-
Nouvelle, 2e
グルネル大通り boulevard de Grenelle, 15e
モット=ピケ通り avenue de la Motte-Picquet, 15e
サン=シャルル街 rue Saint-Charles, 15e
2 (自白に導かせるための訊問というやつじゃ
ないんですか?)
(Ce n'est pas ca que vous appellez un
interrogatoire à la chansonnette?)
サン=シャルル街 rue Saint-Charles, 15e
グルネル大通り boulevard de Grenelle, 15e
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
3 (老木のワイン圧搾機を両側に置いた戸口)
(Une porte flanquée de deux vis de
pressoir en bois vermoulu)
サン=シャルル街 rue Saint-Charles, 15e
グルネル大通り boulevard de Grenelle, 15e
4 (ヴュー・プレソワールの料理のいい臭いが
ただようの中での奇妙な夕べ)
(Une drôle de soirée dans les bonnes
odeurs de cuisine du Vieux-Pressoir)
サン=シャルル街 rue Saint-Charles, 15e
リシャール・ルノワール大通り boulevard Richard
Lenoir, 10e
サン=ルイ・アン・リル街 rue Saint-Louis en
l'Île, 4e
5 (冷凍庫での1〜2時間)
(Une heure ou deux en glacière)
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
バッサーノ街 rue de Bassano, 8e
クレベール通り avenue Kléber, 16e
6 (もしメグレ警視がここに来ても、それは飲
みたいからじゃない)
(Si le commissaire Maigret entre ici, ce
n'est pas parce qu'il a soif)
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er
ドーフィヌ広場 place Dauphine, 1er
グルネル大通り boulevard de Grenelle, 15e
コントルスカルプ広場 place de la Contrescarpe, 5e
7 (神のまなざしがお前の上に注がれている
のを忘れるな)
(N'oublie pas que l'œil de Dieu est fixé
sur toi)
グルネル大通り boulevard de Grenelle, 15e
サン=シャルル街 rue Saint-Charles, 15e
8 (どうして彼がやったと思うんですか?)
(Pourquoi croyez-vous qu'il ait fait ça?)
サン=シャルル街 rue Saint-Charles, 15e
9 (自分の理想の高さでは生きていけない理
想家)
(Un idéaliste incapable de vivre à la
hauteur de son idéal)
リシャール・ルノワール大通り boulevard Richard
Lenoir, 10e
オルフェーヴル河岸 quai des Orfèvres, 1er

メグレ警視の事件に明記された店舗・施設(*印は実在のもの)
Les Bonnes Adresses reconnues du commissaire Maigret
ル・メトロ
Le Métro
にぎやかな街の交差点でよく見かけるような普通のカフェ
モット=ピケ通り avenue de la Motte-Picquet, 15e
(小さなレストラン)
(Un petit restaurant)
近隣の勤め人が食事に来る。落ち着いた雰囲気。
グルネル大通り boulevard de Grenelle, 15e
ヴュー・プレソワール
Vieux Pressoir
映画人仲間が集うレストラン。シャラント地方の料理が旨い
グルネル大通り boulevard de Grenelle, 15e
ホテル・シゴーニュ(鴻)
Hôtel des Cigognes
アルザス出身の主人が経営するこぢんまりとしたホテル
サン=ルイ・アン・リル街 rue du Saint-Louis en l'Île, 4e
ブラッスリ・ドーフィヌ
Brasserie Dauphine
パリ警視庁の近くにあるブラッスリ。メグレも常連。
サンドウィッチとビールの出前もする。
ドーフィヌ広場 Place Dauphine, 1er
ホテル・ラファエル *
Hotel Raphael
凱旋門近くにあるこぢんまりとした高級ホテル(実在)
クレベール通り avenue Kléber, 16e
スペードのA
As de Pique
学生街の若者が出入りするディスコ
コントルスカルプ広場 place de la Contrescarpe, 5e

警察関係者の動向 Situation de collègues

ジャンヴィエ Janvier : メグレを車でグルネル大通りまで送る。参考人への訊問をメモする。 

ラポワント Lapointe : 被害者の近隣の聞き込みのあと、メグレに同行して被害者の仲間が集まるレストランを探す。

トーランス Torrence : 被害者の夫である青年を参考人として警視庁に連れて行く。訊問のあとホテルに泊めた夫の動向を見張るため、カフェで徹夜の張り込みをする。

(リュカ Lucas : 風邪をひいて休んでいる)

ルールティ Lourtie : 大柄でメグレよりも太っている若い刑事。パイプも吸う。ラポワントと一緒に近所の聞き込みをする。被害者のアパートで張り込みのために一夜明かす。

ムルス Moers : 被害者の部屋の鑑識捜査を行う。壁の中から銃弾を見つける。

ドレヴィルDréville : 事件担当の検事。

ドゥラプランク Delaplanque : 新任の司法医師。この仕事にはまだそれほど馴染んでいないが、すすんで捜査に協力する姿勢にメグレは好感を持っている。
事件にかかわる登場人物  Personnages dans l'affaire

フランシス(フランソワ)・リケン Francis (François) Ricain : 25歳くらい、ぼさぼさの茶髪、無精ひげを生やしている。横棒のような太い眉。映画のシナリオライター。ある朝バスの中でメグレの財布を掏る。

ソフィー Sophie : フランシスの妻。22歳。コンカルノーの時計屋の娘。結婚して3年。自宅の部屋で射殺されているのをメグレが見つける。

ヴィクトール・カリュス Victor Carus : 40歳代。映画製作会社を経営。父は英国人、母はトルコ人。

ノラ Nora : モデル出身の奇抜な恰好をするカリュスの愛人。目の縁の化粧、黒と緑の色で年よりも老けて魔法使いのように見える。

ボブ・マンディル Bob Mandille : 映画人たちが集まるレストラン「ヴュー・プレソワール」の主人。昔は有名な曲芸師で映画のスタントマンもつとめた。

ローズ・デルヴァル Rose Delval : ボブの妻。昔はトリアノン=リリック劇場で歌手をしていた。もともとラ・ロッシェルの魚屋の娘だったので、シャラント料理が得意。

フェルナンド Fernande : レストランの常客の女。バーで長居をして酔っ払うのが日常。

ジェラール・ドラマン Gérard Dramain : 映画の助監督。カバン一つの身軽さで下宿暮らしが身上。銀行員のような身なりで分厚い眼鏡をかけ、一人で食事しながらシナリオの推敲をしている。

マキ Maki : 彫刻家。本名はルクール Lecœurというが、芸術家らしい呼び名のマキで通している。同じ建物に住む。胸像作りで生計を得る。見かけは大柄で野蛮だが実際は羊のようにヤワで女を怖がっている。

ジャック・ユゲ Jacques Huguet : 写真家。30歳。フランシスたちと同じ建物に住む。

ジョスリヌ Jocelyne : 写真家のユゲの三番目の妻。妊娠8ヶ月で大きなお腹をしている。

ピエール・ルーシャール Pierre Louchard : 40歳過ぎの骨董屋を営むホモの男。

ル=ギャル Le Gal : 殺されたソフィーの父親。知らせを受けてコンカルノーから列車でやって来る。結婚には元々反対していた。

リケン Ricain : フランシスの父親。長距離列車の運転士。

ガストン Gaston : ホテル・ラファエルのコンシエルジュ。


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