No. 95
Titre
Maigret hésite
邦題名
(直訳名)
メグレと殺人予告状
(メグレためらう)
Rédaction Epalinges, Vaud; 1968.01.30
Éditions Presses de la Cité 1969.03
邦訳本 榊原 晃三・訳、河出書房新社、1978, 1984

(←)
プレス・ドゥラ・シテ社版
1969年3月刊のもの
Édition: Presses de la Cité #12
1969.03

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        河出書房新社旧版
        1978年 月刊のもの

物語の季節
Saison
 陽の光に弱々しさが残り、青空もまだ淡いが、大気に快活
さを感じ、人々の目には春の朝の息吹きをともに見出す喜び
がうかがえた。(bien qu'on ne fût que le 4 mars, on venait
de se réveiller au printemps; Chap.1)
3月4日(月)が暦の上で合致するのは1963年。警視の仲間
の一人がボタン穴にミモザの小枝を挿していたり、窓の外の
マロニエの小枝の若芽に気づいたり、通りかかった広場で花
売りの婆さんから買おうと思ったり、夫人と散歩していて路地
のリラの花を見つけたり、と所々に春の到来を喜ぶ描写が見
られる。
メグレの状態
Son état 
 春の到来でメグレ自身も浮き浮きした気持で仲間と声をか
けあう。事件が起きそうだと通告された場所は大統領府に
隣接した広壮な居館で、上流階級の別世界に足を踏み入
れる異和感を抱く。割り切れないまま付近の昔馴染みのビス
トロに入って旧交を温めたり、夫人と春の宵を楽しんで外食
したりする。
事件の発端
Origine
 さほど重大な事件もなく、陽春の快活な気分でいるところ
に匿名の手紙が届けられる。(Aucune grosse affaire en
cours; Chap.1) 上質な紙に定規で引いた文字で、殺人が
企てられていることをメグレに知らせる内容のものだった。
早速その便箋の出所をラポワントに調べさせたところ、大統領
府エリゼ宮に隣接するマリニー通りの法律事務所のものだと
判明する。メグレはさっそくその事務所に出向いて、多弁で小
柄な弁護士と会見するが、重厚な内装や調度品がある事務
所の雰囲気は世俗からかけ離れた感じがして、その中の誰が
その手紙を書いて出したのか、あるいは悪ふざけなのかを見
極めることは難しかった。だが翌朝にもまた新たな手紙が警
視庁に届いて・・・・
表題の意味
Ça veut dire
 本文中に「ためらう」(hésite)という言葉や表現は出てこない
が、事件を予告する内容の匿名の手紙がメグレの行動を追
いかけるように次々と速達で届けられ、メグレはいたずらか本
気か判断に迷う。しかし万が一のことも考え、部下のラポワント
を一晩警戒のため派遣する。「馬鹿げているのはわかってる。
だからいらいらしてるんだ。だが何にもならないような警戒
体制であっても取らなくてはと感じてるよ」(- Cela a l'air idiot,
je le sais, et c'est bien pourquoi j'enrage, mais je me sens
obligé de prendre ces précautions qui ne servent de toute
façon à rien..; Chap.4)

 この作品の中では、フランス国の刑法第64条(心神喪失、
不可抗力)の条文にこだわるマニアックな弁護士が出てくる。
メグレ自身もかつて議論したことがある条文で、この事件と
の関わりも含めてつぶやくように何度か繰り返される。
「被疑者がその行為の時において心神喪失の状態にあった
場合、あるいは抗うことが不可能な力によって支配されてい
た場合においては、犯罪とは見なさない。」(仮訳)
《 Il y a ni crime ni délit lorsque le prévenu était en état
de démence au temps de l'action, ou lorsqu'il a été con-
traint par une force à laquelle il n'a pu résister.》
 これに該当する日本国の刑法の条文では、第7章「犯罪ノ
不成立及ヒ刑ノ減免」の第35条〜第42条までの中で定めら
れているが、上記のフランス刑法に見られるような「不可抗力
の状態」を不成立要因に明記している個所はない。「心神喪
失」については、第39条に規定されている。
「心神喪失者ノ行為ハ之ヲ罰セス。心神耗弱者ノ行為ハ其
刑ヲ減免ス。」

各 章 の 表 題 と 場 所
Table de matière et les lieux cités
1 (《モルヴァン羊皮紙》という透かしのある特上質紙
に書かれた匿名の手紙)
(Une lettre anonyme écrite sur du papier en
transparence et en filigrane "Vélin du Morvain")
オルフェーヴル河岸 
quai des Orfèvres, 1er
マリニー通りavenue de Marigny, 8e
2 (マリニー通りの建物に入るときに感ずる日常から
の隔離)
(Une sortie du quotidien en pénétrant dans
l'immeuble de l'avenue de Marigny)
マリニー通りavenue de Marigny, 8e
ロン・ポワン広場 
Rond-Point des Champs-Élysées, 8e
オルフェーヴル河岸 
quai des Orfèvres, 1er
リシャール・ルノワール大通り
boulevard Richard Lenoir, 11e
3 (ミロメニル街にある本物のしっかりしたビストロ)
(Le bistrot qui semblait plus réel, plus solide,
la rue de Miromesnil)
ミロメニル街rue de Miromesnil, 8e 
マリニー通りavenue de Marigny, 8e
4 (2日間にわたって血税を浪費した役人)
(Le monsieur qui a gaspillé pendant deux jours
l'argent des contribuables)
マリニー通りavenue de Marigny, 8e
シルク街 rue du Cirque, 8e
オルフェーヴル河岸 
quai des Orfèvres, 1er
リシャール・ルノワール大通り
boulevard Richard Lenoir, 11e
5 (それは音もなく起こった) 
(Cela s'est passé sans bruit)
リシャール・ルノワール大通り
boulevard Richard Lenoir, 11e
オルフェーヴル河岸 
quai des Orfèvres, 1er
マリニー通りavenue de Marigny, 8e
6 (メグレの職歴の中で最もくたびれた昼前の時間) 
(Une des matinées le plus épuisantes de sa
carrière)
マリニー通りavenue de Marigny, 8e
7 (その家でのすべての人の出入りと洗車に興味があ
る病人) 
(Un infirme qui s'intéresse à toutes les allées et
venues de la maison et le lavage des voitures)
マリニー通りavenue de Marigny, 8e
シルク街 rue du Cirque, 8e
8 (メグレがまれにしか出会わない優しさと寂しさの
混じった表情) 
(Une expression à la fois douce et d'une tristesse
que Maigret avait raremant rencontrée)
マリニー通りavenue de Marigny, 8e


メグレ警視の事件に明記された店舗・施設(*印は実在のもの)
Les Bonnes Adresses reconnues du commissaire Maigret
ブラッスリ・ドーフィヌ
Brasserie Dauphine
パリ警視庁の近くにあるブラッスリ。メグレも常連。
ドーフィヌ広場 Place Dauphine, 1er
オー・プティ・ショードロン
Au petit Chaudron
昔からなじみの中年夫婦が経営するビストロ。料理がうまい。
ミロメニル街 rue de Miromesnil, 8e 
(角のバー)
(Un bar au coin)
内務省の付近で画廊などがある一角の割には気軽なバー。
シルク街 rue du Cirque, 8e


警察関係者の動向
Situation de collègue
ラポワント Lapointe : 春の背広を新調したばかり。手紙の便箋の出所を洗い出す。メグレの予感で、法律事務所に送り込まれて徹夜で警備にあたる。

ジャンヴィエ Janvier : 徹夜したラポワントと交代して朝から法律事務所に張り込んで所員たちと話し込んでいたが・・・

リュカ Lucas : マリニー通りの居館に隣接するシルク街の住民の聞き込みを行う。

トーランス Torrence : リュカと手分けしてシルク街の住民たちの聞き込みを行う。

ランビリオトLambilliote : 8区警察署の警視。

ドーマス Daumas : 気の小さい予審判事。

デクラース De Claes : ドーマスに同伴した代審判事、やせた気取り屋で夏でも白い手袋をしている。
事件にかかわる登場人物
Personnages dans l'affaire
エミール・パランドンEmile Parendon : 海事関係法が専門の弁護士。マリニー通りに立派な事務所を構えている。フランス刑法第64条にあたる心神喪失と不可抗力による犯罪不成立の規定の解釈に興味を抱いている。事務所内で犯罪が行われるという匿名の手紙に当惑を示す。

パランドン夫人Mme Parendon : 元国家評議委員を父に持つ由緒正しい家系に生まれ、娘時代からマリニー通りの邸宅に住む。夫のエミールとは2人の子供をもうけているが、夫婦間の愛情は希薄で、社交界での活動が多い。

ギュスGus (本名:ジャックJacques) : パランドン家の息子。リセ・ラシーヌ校に通う。勉強しなくともトップの成績を占めている。オーディオ趣味がある。(ギュスは男の子という意味)

バンビBambi (本名:ポーレットPaulette): パランドン家の娘。大学生で考古学に興味を持っている。毎晩男友達と遊んで帰宅が遅い。(バンビは女の子という意味)

フェルディナン・フォーショワFerdinand Fauchois : パランドン家の執事。ベリー出身の独身。住み込み。

リーズLise : パランドン夫人の部屋係の女中。

マルシャン夫人Mme Marchand : パランドン家の家政婦。

ヴォーカン夫人Mme Vauquin : パランドン家の料理人。夫は近所で肉屋を経営。

ヴァーグ嬢 Mlle Antoinette Vague : 秘書兼タイピスト。勤続5年。美人とは言えないがてきぱきとしていて愛想がいい。

ルネ・トルチュRené Tortu : 法律事務所の見習。190cm以上の長身。かつてヴァーグ嬢の恋人だったが、今は別の女性と婚約している。

ジュリアン・ボー Julien Baud : パランドン家の小間使いの少年。スイス出身。劇作家になる夢を抱いている。

ジェルマン・パランドンGermain Parendon : エミールの実弟。小児精神科医で学会に出席のためニースに滞在中。

ラミュール Lamure : マリニー通りの邸館の門番。元警察官でメグレとも顔見知り。

オルタンス・ブノワ=ビゲ Hortense Benoît-Biguet : パランドン夫人の妹。有力な実業家に嫁いでおり、姉と一緒にチャリティのパーティに出かける。

マルタン医師 Dr. Martin : エミール弁護士の主治医。隣接するシルク街に診療所を持っている。


LINK: 松本氏の「メグレのいないシムノン」のサイト
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