ビラーグ街(マレ地区)

Rue de Birague, 4e


ビラーグ街(ヴォージュ広場に向かって), 遊佐さん撮影
Rue de Birague; photographie @ M. Yusa

 ビラーグ街はヴォージュ広場を南側に抜ける街路で、「王の館」(パヴィヨン・デュ・ロワ Pavillon du Roi)という17世紀初頭からの堂々たる建物の一階が通路として開けられている。この通りは狭く、広場とサン・タントワーヌ街の大通りとを結ぶ短い連絡路のような場所で、小さなホテルやカフェがある程度である。
 ビラーグの名の由来は、16世紀の政治家ルネ・ド・ビラーグに拠る。ミラノ出身ながら、イタリアに攻め入ったフランス王フランソワ一世に従ってフランス宮廷に入り、以後国家の要職を歴任した。


メグレと殺人者たち (No.55)
Maigret et son mort
解説(1)
 目撃者によれば小柄でコートを着ていたという男からメグレのもとに電話が
入る。殺し屋に追い詰められて逃げ回っている、助けてほしい、と言う。しかし
その男はパリの街中のカフェに飛び込んでは電話をかけ、また逃げ出しては
別のカフェから電話をしてくるので、なかなか居所が掴めない。また人を介し
て連絡を頼んだりで、冒頭から奇妙な緊迫感に追われる部分である。
第1章より
Chap.1er
「もしもし。メグレ警視さまでいらっしゃいますか?…警視さまご本人で? …
こちらはビラーグ街のカフェのギャルソンですが…私どものお客様の方に頼
まれましてお電話しております…」
「どれくらい前なんだ?」
「おおよそ15分前でしょうか…すぐにお電話すればよかったんですが、なに
しろてんてこ舞いの時間帯でして…」
- Allô! c'est bien au commissaire Maigret que j'ai l'honneur de parler?
.... Au commissaire en personne? .... Ici, le garçon du Café de Birague,
rue de Birague .... Je vous parle de la part d'un client qui m'a demandé
de vous appeler ....
- Il y a combien de temps?
- Peut-être un quart d'heure .... Je devais téléphoner tout de suite,
mais c'est le moment du coup de feu ...
単語帳 j'ai l'honneur de parler à 〜 にお話し申し上げる(丁寧表現)
en personne その人本人
de la part de 〜の代わりに
appeler v.t. 呼ぶ、電話する
Il y a combien de temps? 「どのくらい前なのか?」(そのまま使えます)
un quart d'heure 4分の1時間=15分(西洋ではこういう分数表現が多い)
le moment du coup de feu 戦場のように忙しい時間

今回は簡単な単語ばかりでしたが、代わりに慣用句が勉強になりました。やはり会話文だからでしょうか?


解説(2)  パリ警視庁で伝説として語り継がれる有名な「張り込み物語」のひとつに
リュカ主任刑事の一件がある。彼は身体の不自由な老人に扮してビラーグ
街のホテルを10日間見張り続けた末、任務を果たしたものの、足が弱って
歩けなくなったという。
第4章より
Chap.4
 それはヴォージュ広場近くのビラーグ街の片隅にある小さなホテルを見張
ることだった。彼は身体の自由がきかなくなった老人に変装して、その真向
かいの部屋に居座ることになった。毎朝看護婦が椅子を押して窓際に据え、
そこで一日を過ごすのである。…また食事はスプーンから口に入れてもらっ
たのだ。それは10日間続いて、…
Pour surveiller un petit hôtel - - c'était justement au coin de la rue de
Birague, près de la place des Vosges - - on l'avait installé dans une
chambre d'en face, transformé un vieillard paralytique qu'une infirmière
poussait chaque matin devant la fenêtre, où il restait toute la journée.
… et on lui donnait à manger à la cuiller. Cela avait duré dix jours, …
単語帳 surveiller v.t. 見張る、観察する
au coin de la rue 通りの片隅に
installé < installer v.t. 落ち着かせる、据え置く
d'en face 真向かいの
transformé < transformer v.t. 変身させる、変形させる
vieillard n.m. 老人
paralytique a. 中風の、麻痺した
infirmière n.f. 看護婦
toute la journée. 一日中
manger à la cuiller スプーンで食べる
duré < durer v.i. 続く、日数がかかる


ボーセジュール・ホテルの看板:写真はkanjikanさん提供
(現実にはこのホテルはモンマルトル地区にある)
L'enseigne de l'hôtel Beauséjour; (c) photpgraphie par M.Kanjikan
(en réalité, cet hôtel se trouve dans le quartier Montmartre)

殺し屋スタン(No.32)
Stan le Tueur
解説(1)  上記の「張り込み物語」の原形となる事件である。ビラーグ街の角に
ある貧弱なホテル(ここではボーセジュール・ホテル)に凶悪な農場荒ら
しの一味が潜んでいるとの情報で、メグレは部下を手分けして厳重な警
戒網で張り込みに当たらせている。
第1章より
Chap.1er
 ビラーグ街のちょうど角にみすぼらしいホテルの看板が見えた。・・・
おそらく皮肉も込めてなのか「快適な滞在」というような意味のボーセジュ
ールという名前をつけていた。
Juste au coin de la rue de Birague, on voyait l'enseigne d'un hôtel
miteux … et cet hôtel, par ironie, sans doute, avait choisi le nom
de "Beauséjour".
単語帳 juste a. ちょうど
au coin de la rue 通りの角に
voyait < voir v.t. 見る(半過去形3人称単数)
enseigne n.m. 看板
miteux a. みすぼらしい、貧弱な
par ironie 皮肉から
sans doute おそらく
choisi < choisir v.t. 選ぶ(過去分詞)
Beauséjour 固有名詞(直訳では「快適な滞在」とでも訳せる) beau (素晴らしい)と
séjour(滞在) との合成語らしい。


解説(2)  ポーランドなどの東欧諸国からパリにやってきて住みつき、仕事を見
つけて生活している人々は現在でも多い。しかし雇用状況は非常に厳し
く、国許で大学などの高学歴を受けていてもそれが生かせる人はごく
わずかで、低収入の肉体労働が続かずに(あるいは真っ先に解雇対象
となって)落伍者となってしまう人々もいる。
第2章より
Chap.2
・・・そして何人もの人間がビラーグ街のそのホテルを中心にうろついて
いるのは確かなように思えた。
… et il semblait bien que c'était là le nombre d'individus qui rôdai-
ent autour du noyau de la rue de Birague.
単語帳 il semblait bien que 〜が確かなように思えた
le nombre d'individus 何人もの人間
rôdaient < rôder v.i. うろつく(半過去形3人称複数)
autour ad. 〜のまわりに
noyau n.m. 核、中心


ビラーグ街を歩く人々:写真はkanjikanさん提供
Passants de la rue de Birague: photographie par (c) M. Kanjikan

セシルは死んだ(No.42)
Cécile est morte
解説  メグレも同僚から半ばからかわれていたセシルという娘とその伯母に
とうとう事件が起きてしまうのだが、上記のポーランド人一味の張り込
みが同時平行するエピソードとして語られている。ここではホテルの名
前が「アルカード」(アーケード)となっている以外は「殺し屋スタン」と同
じ内容である。
第1部
第1章より
Chap.1er
de 1ère
Partie
 かれこれ4日間も年老いた障害者に扮しているリュカ巡査部長のことを
思ってメグレはにやりとした。それはこの上もなく不潔な「アルカード・ホテ
ル」のきたならしい一室に5〜6人で身を隠しているポーランド人の一味
を監視することだった・・・
この人間たちは目的もなくパリの街を行ったり来たりして、このビラーグ
街のホテルにいる若い女のもとへ戻って来る。しかもこの女が誰の愛人
なのか、その役目は何なのかなどは知るよしもなかった。
Maigret sourit en pensant à Lucas, le brigadier, mué depuis quatre
jours en vieil infirme. Il s'agissait de surveiller la bande des Polonais
qui nichiaient, à cinq ou six, dans une chambre sordide du sordide
Hôtel des Arcades, …
Ces gens-là allaient et venaient dans Paris, comme sans but, se
retrouvaient rue de Birague autour d'une jeune femme sans qu'on
pût savoir de qui elle était la maîtresse, ni quel était son rôle exact.
単語帳 sourit < sourir v.i 微笑む(単純過去形3人称単数)
en pensant à  〜を思いながら
brigadier n.m. 巡査部長
mué en 〜に変装して < muer v.t. 変える、変容させる (過去分詞)
vieil infirme n.m. 年老いた障害者
Il s'agissait de 〜に関することだった < s'agir v.i. 〜を指す(半過去形3人称単数)
surveiller v.t. 見張る、監視する
la bande des Polonais ポーランド人の一味
nichiaient, à dans une chambre  一室に身を隠した 
< nicher v.i. 身を隠す(半過去形3人称複数)
sordide a. この上もなく不潔な
allaient < aller v.i 行く(半過去形3人称複数)
venaient < venir v.i. 来る(半過去形3人称複数)
comme sans but 目的がなさそうに
se retrouvaient < se retrouver v.pr. 戻る、自分を見出す、再会する(半過去形3人称複数)
autour d'une jeune femme 一人の若い女のまわりに
sans qu'on pût savoir de 知ることもできずに < pouvoir の接続法半過去形3人称単数)
maîtresse n.f. 愛人、情人
rôle n.m. 役目、役割


ボーセジュール・ホテルの窓: 写真はkanjikanさん提供
(現実にはこのホテルはモンマルトル地区にある)
Les fenêtres de l'hôtel Beauséjour; (c) photpgraphie par M.Kanjikan
(en réalité, cet hôtel se trouve dans le quartier Montmartre)

メグレと無愛想な刑事(No.52)
Maigret et l'inspecteur malgracieux
解説  この事件でも、その犯行の手口が昔手がけた「殺し屋スタン」事件とそっ
くりなのをメグレが思い出すという形で回想される。ここではホテルに潜んで
いるのが「一人の」凶悪犯であること、包囲されたその男が最後まで抵抗す
ること、などでこれまで折にふれて語られてきた事件の内容と微妙に食い
違いがあるのがわかる。
第1章より
Chap.1er
 それはビラーグ街とフォーブール・サン=タントワーヌ街との角にある小
さなホテルに一人の凶悪な犯罪者が身を潜めるぎりぎりのところで起こっ
た。その男はこれまで北部地帯の農場を荒らし回っていたのだ。
Cela se passait, fatalement, dans un petit hôtel du coin de la rue de
Birague et du faubourg Saint-Antoine, où un dangereux malfaiteur
polonais, qui avait attaqué plusieurs fermes dans le Nord, s'était ré-
fugié.
単語帳 se passait < se passer v.pr. 起きる、起こる (半過去形3人称単数)
fatalement ad. ついに、宿命的に
du coin de 〜の角に
dangereux a. 危険な
malfaiteur n.m. 悪事をする者
polonais a. ポーランド人の
attaqué < attaquer v.t. 襲撃する、略奪する (過去分詞)
fermes n.f. 農場
s'était réfugié < se réfugier v.pr. 避難する、隠れる(半過去形3人称単数)


ヴォージュ広場からビラーグ街ヘ抜ける通路:写真はkanjikanさん提供
Passage de la place des Vosges vers la rue de Birague: photpgraphie par (c) M. Kanjikan

メグレとワイン商 (No.98)
Maigret et le marchand de vin
解説  ヴォージュ広場に張り込ませていた若い部下のラポワントが、不審な男を
見かけて雨の中を追いかけるが、大通りの人ごみに逃げられてしまう。
男は、メグレが捜査を続けているのを確かめたい様子だったという。
第4章より
Chap.4
「…それで僕は彼のほうに行きかけたんですが、十歩も歩かないうちに男は
ベンチを立って、ビラーグ街の中に逃げ去ってしまったんです。…僕も走り
ました。ちょうど傘をさして話し込んでいるお婆さん二人をひどく驚かせてし
まったんですが、サン・タントワーヌ街に出たときには、もう男の姿はどこに
も見当たらなかったんです。」
- … et j'ai commencé à me diriger vers lui mais je n'avais pas fait dix
pas qu'il quittait le banc et disparaissait dans la rue de Birague. …
J'ai couru, à la grande surprise de deux dames qui discutaient sous
un même parapluie. Quand je suis arrivé rue Saint-Antoine, il n'y avait
plus aucune trace de mon bonhomme.
単語帳 commencé < commencer à v.t. 〜し始める
me diriger < se diriger vers v.p. 〜の方に向かって歩く
fait < faire dix pas 十歩ほど歩く
quittait < quitter v.t. 離れる
banc n.m. ベンチ
disparaissait < disparaître v.i. 消える、消え去る
couru < courir v.i. 走る
à la grande surprise de 〜をひどく驚かせて
discutaient < discuter v.t. 議論する、話し合う
sous un même parapluie 一つの傘に入って
trace  n.f. 形跡、あしあと
bonhomme n.m. 紳士

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