Group B
経済と社会が少年に及ぼす影響とは
1997年1月から11月までに殺人、強盗などの凶悪犯罪で摘発された14歳以上20歳未満の少年少女は、1996年同期に比べ53.8%増の2085人となり、16年ぶりに2000人を突破したことが1997年12月18日、警察庁がまとめた「少年非行の概要」で分かった。
神戸の小学生殺害事件をきっかけに少年法改正の声が高まり、管理教育や受験制度の問題も一般化した。
しかし神戸の事件は、やはり特殊な事件であり、この事件に対応するような法改正や教育問題を話し合うのは、適切ではないと考える。
少年の非行についても「今の時代は昔とは違う」と考える人が大勢いるが、昔も非行少年はいたし、凶悪犯罪はたくさんあった。数字だけで見れば昔の方が多かったのも事実である(1980年頃)。
しかし現在少年たちの行動や考え方に、何かおかしいところを感じている人も多数いる。
それはなぜだろうか。家庭や学校の問題がよく取り上げられるが、ここでは主に経済の視点から社会全体が少年たちに与える影響というものを考えてみたい。
激増する少年犯罪 戦後第4のピーク
少子化と逆行、強まる危機感
中学生による殺人や強盗事件など凶悪な事件が続発している。大人社会の鏡といわれる少年犯罪は、今、どう変化しているのか。少年非行の上半期の概要について警察庁は「補導少年の増加、凶悪化は戦後の少年犯罪史上で第四の上昇期を迎えた」と分析している。
警察庁の統計によると、戦後の少年非行は、いくつかの山(ピーク)を作りながら推移しているという。その第一のピークが昭和二十六年。刑法犯の補導人員は十二万六千五百五人。終戦直後の混乱や貧困を背景に殺人で補導した少年は四百四十三人にのぼった。
第二のピークは、六〇年安保闘争期に増えはじめ、東京オリンピックの年である昭和三十九年に頂点に達している。経済の高度成長期に当たり、この時期の非行は「繁栄の落とし子」と言われ、中流層の非行少年が増加。暴走族が現れ、交通関係の事件も増え始めた時期といわれる。
第三のピークは昭和四十年代後半からはじまり、五十八年に戦後最悪の状態を迎える。同年に補導した刑法犯数は二十六万一千六百三十四人。中学生が十三万一千六百八十八人で全体の半数を占めたほか、女子の非行も全体の二〇・八%に及ぶなど大きな社会問題となった。
仙台家裁、釧路家裁などで調査官を経験した最高裁の安久津寛・家庭審議官は「特に昭和五十年代前半は非行の一般化や低年齢化が進み、動機が単純でスリルを楽しむ遊び型の非行が特徴。核家族化に伴い、父親不在で母親が子供に密着した結果、自立性が養われなかったため」と分析している。
非行の総量自体は、昭和五十八年以降、六十三年まで高原状態が続いた後、急激に減少し始め、その傾向は平成七年まで続いた。八年からは再び上昇に転じている。「少子化現象にもかかわらず、この状態が続けば第四の山を形成しつつある」と警察庁幹部は危ぐする。
その傾向としては覚せい剤事件の急増に加え、「おやじ狩り」などにみられるような強盗事件や集団によるリンチ事件など事件そのものの凶悪化だ。
「グループ自体はその場限りの結び付きの弱い集団で、リーダーがいないためブレーキをかける人がいない。遊ぶ金ほしさとうっぷんを晴らすのが主な動機。家庭で父親の権威がなくなっているのもその要因のひとつ」と安久津審議官は分析する。
さらに、最近の少年非行の大きな特徴は、非行歴のない少年による「いきなり型」犯罪の増加。特に、強盗事件では、昭和五十八年のピーク時に比べ平成八年には補導した者の総数の五〇%を超えている。
警察庁は、こうした重大な非行を防止していくためには、軽微な非行にかかわる少年ばかりではなく、不良行為少年についても適切な対策を講じる必要があるとしている。
<子供の心理を反映>
諸沢英道・常磐大学長(刑事法)の話 「最近の少年犯罪を見ると、暴力を使った凶悪犯が顕著に増えている。これはストレスのはけ口を暴力に求める現代の子供の心理を反映したものだ。欧米ではこうした暴力主義は、十数年前から問題になっており、日本も同様の難問が目の前に迫ってきたといえる。『近代化していけば人類は博愛主義になり、暴力から遠ざかっていく』という理想があったが、民主主義国家ほど暴力主義がまん延する矛盾を抱えている。少年犯罪は警察庁だけでなく社会全体で取り組んでいくべき問題だ」
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新少年犯罪の背景正す対応策を
1997年を振り返ると、反省をすべき事柄は多々ある。
神戸の連続児童殺傷事件に象徴される少年犯罪の続発・凶悪化もその一つである。前途ある子供たちにとって、果たして、好ましい社会環境なのかどうかが厳しく問われている。
というのも、今年一月から十一月までに殺人・強盗・婦女暴行・放火の凶悪犯罪で摘発された十四歳以上二十歳未満の少年少女の数が、十六年ぶりに二千人を突破したからだ。
「少年非行の概要」をまとめた警察庁は「戦後第四の非行上昇期に入った」と警鐘を鳴らすとともに、ぶり返した凶悪犯罪に危機感を強めている。
県内でも刑法犯で摘発された少年少女が約千八百人に上り、前年同期比二三・七%増えた。しかも、凶悪犯も増加している。
これは、私たち一人ひとりが真剣に受け止めねばならない問題である。非行に歯止めをかける一層の努力を迫られている。
少年犯罪は、大人社会を如実に映し出す鏡である。子供たちの犯罪を検証しつつ、背景となった社会のゆがみを正すことが何よりも肝要だ。対応策を強く望みたい。
戦後の刑法犯少年の変遷を見ると、三つの大きなヤマがある。
第一ピークは一九五一年。戦後の混乱期で背景には貧困があり、生きるための犯罪が多発した。凶悪犯罪が最多となった五九年には摘発者数が七千六百人を超えた。今年は二千人を突破したが、当時は四倍近い数だ。
第二ピークは、東京オリンピックにわいた六四年。高度経済成長に伴って「繁栄の落とし子」による非行が急増した。
第三ピークは八三年。暴走族やシンナー乱用など「遊び型非行」と、校内・家庭内暴力が加わって刑法犯少年は戦後最悪を記録した。背景には徹底した偏差値教育のひずみや、核家族化によるしつけの甘さなどがある。
ピークごとに、子供を取り巻く環境が変化している。理由なしに子供が変わったのではなく、社会が変化したために問題児を発生させてきたのが分かる。従って、社会背景に着目して、非行の歯止めを図りたい。
今年の特徴は、凶悪犯罪の激増ぶりだ。殺人で摘発されたのは六十九人で、昨年同期に比べると十三人少ないものの、強盗と婦女暴行が急増した。
強盗にいたっては、前年同期に比べて五八%の急上昇である。少年がグループで中年男性を襲い、暴行を加えて金を奪い取る、いわゆる「おやじ狩り」が多発している。強盗で摘発した少年の半数は非行歴もない「普通の子」だ。日ごろの目配りが大事だろう。
自由に使える金が目当ての「おやじ狩り」は、路上生活者を襲う「ケラチョ狩り」の延長線上にあるだけに、この先、人命をも奪いかねない危惧が募る。
一方で、少女たちも金目当てに「援助交際」に走る。暴力の代わりに性を使った一種の「おやじ狩り」だと言えよう。父親世代の中年男性を標的にする心理を、どう理解すればいいのだろうか。
家庭で父親の権威が薄れ、生き方が子供たちの規範になり得なくなってきたのであれば、子供の心のブレーキはもろいに違いない。
罪悪感が希薄なのも刑法犯少年に共通する特徴だとされる。罪悪感を植え付けるのは本来、親の重要な役割であり、そのためには親自身が手本にならねばならない。第四のピークを突出させないために、親をはじめ大人社会の在りようの反省を求めたい
犯罪少年 口裏合わせ容疑否認
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バックレ会議横行
振り回される捜査員
犯罪少年の間で「バックレ会議」と呼ばれる証拠隠滅行為が横行し、事件の取り調べや公判で、口裏を合わせて
否認するケースが増えている。「しらばっくれる」という意味からついた「バックレ会議」。「少年だから重罰にはならない」とうそぶいたり、親が子供の犯罪の証拠隠滅に手を貸したりするケースもあり、“罪の意識”の欠如が目立つ。「世の中も変わってきた」とベテラン捜査員は嘆く。
「バックレ会議」のため捜査が大きく混乱した典型的な例は今年七月、東京都品川区で発生した暴走族同士の乱闘による殺傷事件。同事件では約八十人の暴走族が乱闘し、配管工(一八)が背中などをナイフで刺されて死亡した。
事件から約一週間後に都立高校生(一七)が出頭。「怖かったので刺した」と自供した。しかし、捜査員が高校生の供述にあいまいな点が多いことに疑問を抱き、再三にわたり追及した。その結果、高校生の「供述は信用できない」との結論に至り、捜査は振り出しに戻らざるを得なかったという。 この事件では、実際に相手を刺したリーダーらがメンバーを集めて「バックレ会議」を開き、高校生を自首させる筋書きを決定。他のメンバーにも口裏合わせをした上で出頭させていたことが分かった。「もししゃべったら殺す」とまで脅していたという。結局、四人が傷害致死容疑で逮捕され、事件は解決した。
「逮捕されてから二週間ほどは高校生の供述に振り回された。一度は供述に沿って事件を組み立てかかったほどだ」と捜査員は苦り切る。
昨年七月、渋谷区の代々木公園でホームレスが殴られて死亡した事件では、事件現場にいた少年の一人が弁護士と連名の「自分はやっていない」との内容証明を送り、親とともに渡米してしまった。 のちに、少年は直接殴っていないことが分かったが、「その場にいたことは周囲の話から確実なのに、事情聴取ができなくて困った」と捜査員は言う。
◇
「自転車は拾っただけだ。盗んでいない」
静岡県のある警察署の捜査員は、自転車を盗んだ高校生を補導したが、「拾っただけ」という主張を譲らない。自転車を盗んだ場合は窃盗罪に問われるが、拾ったのを無断で乗ってしまったのであれば、窃盗より罪はずっと軽い。
反省のない少年の態度に業を煮やした捜査員は、少年が自転車を“拾った”場所で一週間かけて聞き込みを行い、ついに少年が自転車を盗む決定的場面を目撃した主婦を見つけた。そして、自転車の持ち主が少年が盗んだ場所に自転車を“捨てた”事実がないことを突き止め、自供に追い込んだ。
「自転車泥棒に多い言い訳。いちいち付き合っていられないから、普通は言い訳どおりに処理しちゃうんだけど、高校生があまりに反省の態度がないので、意地になったvとこの捜査員は打ち明ける。 これらに共通しているのは、犯罪を犯した少年らに罪の意識や責任感が、ほとんど見えないことだ。 少年犯罪の件数は年々増加し、凶悪化も目立っているが、「(凶悪犯罪を犯しても)少年だから重罰にならないと平気でうそぶく少年もいる」(捜査員)という。
警視庁幹部は「昔の少年は、ふてくされはしたけど、犯罪を犯した事実は認めた。今は、うそをついたり、やたらに法律に詳しかったりする少年が多く、暗たんとする」と頭を悩ませている。
(2)「物の豊かさ」と「心の豊かさ」
金持ちの国・日本
日本は豊かな国であるといわれる。
1988年、日本人一人あたりのGNPは、名目で302.6万円($23,620)。平成8年は、名目で、506,6兆円。一人あたり390万円。すでに、1986年以降、アメリカを追い越している。
エコノミック・アニマルといわれたり、金を貯めることだけを人生や社会の唯一の目的にしている、と笑われたりしても、戦前の貧しさや戦争中の飢えを知る者にとっては、窮乏は恐怖である。そして、そんな経験を持つ祖父母や親に育てられたのが、現役の世代であるから、モノとカネにしがみつき、全てを金銭で評価する時代精神から脱却することは、なおまだ難しいのかもしれない。
戦後のめざましい経済発展は、勤勉な国民性によるものであると、政治家も財界も自画自賛する。貧しさにとって、モノとカネは、健康と幸せのための不可欠の条件でもあった。
戦力の放棄、財閥の解体、農地改革、労働組合の合法化による経済の民主化が、経済の高成長の原動力になったのは言うまでもない。そこでは、民主化と経済成長は、表裏の関係にあったといえるだろう(公害問題等)。
そして、「経済大国」となった日本は、アジアへのODAなどで、世界一の債権国となるなど、「物の豊かさ」では世界でもトップクラスの水準を手に入れた。しかし、数字として現れる豊かさとは裏腹に、日本人は本当に豊かになったとは言えないのではないだろうか。日本人は経済の発展のために全てを捨ててきた。一個人であり、父親であり、夫であるはずの一人の人間が、企業の経済活動に己の全てを捧げ、家庭を顧みず崩壊を招くなど、「物の豊かさ」を目指してきた弊害がよく見られるようになった。
これは多くの日本人が感じている不安から生まれる問題ではないだろうか。たとえば、もし寝たきりの老人になったら…、もし収入が減って住宅ローンが払えなくなったら…、もし幼い子を抱えて夫と離別死したら…、いざとなっても、誰からも助けてくれない不安と、人並みから排除されてしまう不安とで、強迫神経症のように、果てしない飢餓感に追われる日本人は、もっともっと金を貯めなければという気にさせられているのだ。
元々経済活動は、人間を飢えや病苦や長時間労働から解放するためのものであった。経済が発展すればするほど、ゆとりある福祉社会が実現されるはずのものであった。それなのに日本は金持ちになればなるほど、逆である。先進国で最も長い労働時間、自然の破壊、子どもは偏差値で選別され、自己決定権が奪われている。
効率を競う社会の制度は、個人の行動と、連鎖的に反応しあっているから、やがては生活も教育も福祉も、経済価値を求める効率社会の歯車に巻き込まれるようになる。競争は人間を利己的にし、一方が利己的になれば、他の者も自分を守るために利己的にならざるを得ないから、万人は万人の敵となり、自分を守る力は金だけとなる。
そんな社会では、人間の能力は、経済価値を増やすか否かにかかっており、文字どうり社会のために働いている人がなかなか評価されない。
Identityの欠如
個人も社会も、持ったモノが、生きていくのに必要な限度を超え始めたとき、「何を持つか」という基準は、「生きていくため」から、次第に「自分を顕示するモノ」に変わっていく。
自分を顕示するモノの、最初は「地位を象徴するモノ」だった。それぞれのステイタスに従って、それぞれのシンボルを見つけたが、それは、瞬く間に、その地位をあこがれる人や、象徴をあこがれる人によって、真似された。だから、また次の新しい地位を象徴するモノを見つける努力がなされた。
モノを持つ基準は、次第に「他人より先のモノ」と、「他人に遅れていないモノ」が、イタチゴッコのように繰り返されるようになった。結果として、「人並みへの参加」が、モノを持つ基準となった。
個人も、人並みへの参加の努力をし、そのため、何が流行っているのかを考えた。
家庭も、町も、都市も、店も、ホテルも、公園も、駅や、電車や、バスも人並みへの参加の努力をした。そして、ついに学校や、新聞やテレビや雑誌やラジオも、美術館や劇場までが、人なみへの参加の努力をした。
産業もそれに参加し、風土さえも、人並みへの参加のために、人間の力によって、その形を変えようとした。
結局、個人は、どのような生活をするかの関わりもなく、どのような生き甲斐で生きるかの関わりもなく、全ての人が、全く同じモノを揃える結果が生まれた。
こうして、「他人に遅れていないモノ」を、出来ることなら、「他人よりも早いモノ」を持ち始めた頃から、だんだん「似た個人」や「似た社会」が増え始めた。
こういったことの反省から、人間が豊かであるということは、
1,“より多く持つということではなく、より多く持ったモノによって、どのような質の
生活が作り出されるかということである。”
という考え方が、定着し始めた。
2,「生きていくのに必要なモノ」が、「自分を顕示するモノ」にかわり、他人よりも早い
ものを求めた結果、持ったモノの中には役に立たないモノがあることに気付き、もう
「人並みへの参加」はやめなくてはならないと気付いた。
2の考え方と1の考え方が結びつき、今度は、生活への人並みの参加が始まってしまった。
こうして人々には、「自分だけのモノ」を持たなければならないし、生活も「自分だけのもの」を持たなければならないという反省が生まれた。
生きがいのパターン
どのような「モノ」を持つかということを決めるためには、どのような「生活」をするか決め、それを決めるためには、どのような生きがいで生きるかを決めなければならない。
そうでない限り、「モノ」においても「生活」においても、人並みのものになってしまい、「自分らしさ」を失ってしまう。そして、「生きがい」の充分に満たされる生活ではなくなってしまう。
これを「生きがいのパターン」とよび、第一の発想として、「生きがい」があり、そこから出る「生活」のパターンの発想を、第二の発想とし、その生活に必要な「モノ」のパターンを第三の発想とする。
自分らしさの発見
環境問題が表面化し、企業のあり方が問われ、個人でもいじめの問題など、弱者の観点から、モノを見ることが一般化し、「エコロジカル」でなければならなくなった。
激しい環境の変化に適応していくためには、弱い動物や植物が、環境に適応している、生体の仕組みを、人間の世界にも取り入れようという考え方であろう。
エコロジカル(生態学的)であるということは、
だといえるらしい。
このため、「役割分担」を持たないものは、その社会の中に生き残れないということで、「何の役割を持つのか」という、「自分らしさ」のないものは、存在が認められない社会が近づいているということだ。
全ての、人や企業や、学校や図書館、都市も町も「自分らしさ」を見つけ、育てることが必要だ。
自分らしさを見つけた人に初めて、時間のゆとりが大切になってくるのだと思う。
時間的ゆとり
「豊かさ」とは、「ゆとり」という言葉に置き換えられることがある。私たちの毎日の行動を振り返ると、とてもゆとりがあるとは言えないのではないだろうか。(中には暇でしょうがない大学生もいるだろうが)
朝、殺人的ラッシュアワーの電車やバスに他人を押しのけて乗るサラリーマンや学生。平均一時間半、往復で、3時間を超満員の電車に立ちつくして通勤しなければならない。乗り換え三回、片道二時間の通勤時間と聞いて、「それは旅行だ。」とある外国人は言ったらしい。車を使えば、どこに行っても渋滞に巻き込まれ、駐車場がないから、路駐してさらに渋滞が悪化する。さらに、彼らには残業がある。子どもを保育園にあずけて働いているお母さんが、残業を命ぜられたらどうするか。大急ぎで仕事を終え、走って迎えに行かなければならない。
朝、親たちは、子供の世話もそこそこに家を飛び出し会社に行く、昼間は仕事に追われ、家に帰れば家事をこなす、そうして毎日が過ぎていく、カネやモノがあっても、この生活は仕組まれていると思う人がいても不思議ではない。忙しく動けば動くほど、その忙しさに拍車がかかる。
竹下元首相は、ラッシュアワーを減少させるため、単身赴任を奨励したという。
大人の社会がこんなにも忙しくて、子どもの世界に影響が出ないわけがない。
子どもたちも、試験や宿題に追われ、自然の中を友達と駆け回って遊んだり、冒険を楽しんだりする余裕もなく、学校の管理と親の過剰な期待、受験戦争にあえいでいる。
その子どもの教育費のために多くの主婦はパートに出かけ、親子の会話はいよいよ少なくなり、一人で孤食をする子供が増えている。主婦がパートに出る理由は、教育費、住宅ローン、老後のためが、いつもトップにあげられる。
近所の人たちと、良い人間関係や、生活環境を作り出すようなゆとりを持つ人も稀になり、老人の相手をする人もなく、子どもが悪いことをしていても注意する人もいない。
それは人間が意地悪になり、欲張りになったからではないだろう。効率競争社会が、家族をバラバラに引き離し、友情を忘れさせ、人々が共有する未来について、あるいは自然と共に生きる人間の生き方について、考える時間を奪い去ってしまったのである。
人は経済戦士となるべく育て上げられ、企業戦士として生き、老後や病気は、自己責任で始末しなければならない。
日本型平等
つましい財産しか持たない人にも、政府は重度の相続税や固定資産税をかけた。額に汗して家を得る人と、相続で家を得る人の格差をなくすために。
こうして、例えば、国立大学は私立大学より授業料が安いから特権をなくせ、といって値上げされ、公務員の年金は民間より良いからと言って切り下げられ、老人ホームに入っている人は、入れない人に比べて幸運だから、より高い入所料金を負担すべきだ、といって高額の費用が徴収される……。悪い方へ悪い方へと足並みを揃えていく日本型平等が、ここでもまた実現されようとしていた。家を持つ人も持たない人も、割り切れない後味の悪い思いで、この分断政策のただ中にいる。
住の豊かさ
住む場所がないことは貧しい。住んでいる住宅が、最低居住水準にさえ満たないことも、職場まで遠いことも、ローンに追われていることも、ごみごみした町の中で騒音や、車に安全を脅かされていることも、公園や図書館がないことも、災害時の緑地帯がないことも、全ては貧しさの象徴である。人生の終わりが近づいても、まだ安住の場を持っていない老人たちがいることも。
それらは、政治がそう仕組んだのであり、経済がそれを望んだのである。
家がない人は、金が無くて、物量的に貧しいと言いたいのではない。
そのような社会の中で、育つ子どもたちや大人の人格、ものの考え方や、感受性、人間関係、環境への責任、それらが、潰され歪められて、将来への希望さえ抱くことが出来ない、荒涼とした貧しさが住宅問題の中にあるからである。
「金の豊かさが住の豊かさを滅ぼした」といえるのではないだろうか。
感想
犯罪というモノは、人が集まって生きている以上、ある程度起きてしまうのは仕方がないと思うが、凶悪な犯罪が増えたり、共同生活が出来ない子どもたちを見ていると、一番に社会の影響を受けてしまうのはやはり子どもだと思い知らされる。
日本経済をひっぱてきた、大人たちが築いた、バブル景気は、国内の金あまりを呼び、地価の高騰を招いた。資本が集中し、経済の一極集中は、さらにそこの地価を上げた。結果、生活の中心となる住宅環境は悪化し、住宅ローンに苦しみ、通勤ラッシュを産み、時間的ゆとりを奪っていった。それでも人々は、馬車馬のように働き続け、やがてバブルは崩壊した。戦後の経済主導型が産んだバブルは、戦後日本の集大成といえるのではないだろうか。
バブル崩壊後の日本は、今まで隠れていた全ての弊害が露見してきていると言えるのではないか。バブルだけではない、これまでの日本の、日本人のやり方が産んだ弊害は、今までもあったことなのに、がむしゃらに走り続けていたので、見えなかっただけなのだ。バブルがはじけて、いったん止まることが出来たから、あまりにも傷つくことが多かったから、人々は今までやってきたことが、全てが正しかったわけではないということにようやく気づき始めたのだと思う。
問題は、そういったことに気付いたあとの行動なのだが…。
未だに、最近の子どもたちは、我慢強くないとか、甘やかせすぎの親が行けないとか、短絡的な判断をしている人がたくさんいる。甘やかさざるを得ない親をつくっている社会に問題があるのであって、そんな個人レベルで解決できる問題ではない。まさに、社会を構成する人々全てが、この問題に対して真剣に考え、よりよくするために取り組まなければならないと思う。
まずは、市民レベルで、問題の本質を見極めて、どうすればいいのかを考えることから始めるべきであろう。
完成版に向けて
今回の論文は、途中経過であり、完成版に向けて、いくつかやっておきたいことを列挙しておく。この通りになるかは、今後の作業の中で変化する部分もあるだろうが、とりあえずの目標として決めておきたい。
(ぱっと見て、すぐに理解できるように)
参考文献:
豊かさとは何か 輝峻淑子 岩波新書 1989年
都市のアイデンティティ街のアイデンティティ 井上優 電通 1981年
福祉コミュニティ論 奥田道大 学文社 1993年
現代用語の基礎知識1998年度版
ホームページ 多数 あまりにもたくさんなので、メモが残っていません。
知りたい方は個別にお知らせします。