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谷崎潤一郎拉致?

大作家である谷崎潤一郎氏の子供のころの話だそうです。 ばあやと一緒に学校帰りの道で、突然軍人に抱きかかえられ連れて行かれそうになった。 おまわりさんの職務質問で口論となっているうちに逃げ帰ったとか。 明治初期の男色の流行はすさまじかったそうです。


男色大鑑(なんしょくおおかがみ) by Saikaku Ihara

井原西鶴の著書に歌舞伎役者の鈴木平八を慕って自分自身の腕や股に傷をつける ファンがあとを絶たなかったとあるそうです。 武士の求愛手段が、同じく美少年を仰ぐ歌舞伎の世界に浸透していったためと、 考えられるようです。

男色大鑑はハードカバーの専門書も出てます。初版がかなり昔のせいか、ぶ厚い本の割には比較的安めでした。古典の原文と現代語訳がのってます。現代語訳そのものも、文体が古いので読み辛いです。現代語訳は専門家の先生に従うしかないのですが、納得いかないような訳もありました。 タトルという出版社から英語訳も出てますが、こちらは全部の話は載ってなくてピックアップしたものだけです。こちらはどちらかというと、日本語訳をもとにした意訳のような気がします。日本ではかなりマイナーな本なのに英語訳が出てるということそのものに驚きました。p171-p175の本朝若風俗 第4巻 目録4 ”詠(なが)めつづけし老木(おいき)の花のころ”は英訳があります。
The boys loved each other to old age( NAGAME-TUZUKESHI-OIKI-NO-HANA-NO-KORO)
男色大鑑 決定版 対訳西鶴全集6, 麻生磯次(あそう・いそじ)富士昭雄(ふじ・あきお),明治書院, 昭和54年, 3800円(税別)


好色文伝授(ふみでんじゅ) Fumidenju

主人公の橋本左七は船の中で相撲取りたちに絡まれてる滝川金弥を助けた。 それが縁で契りを交わしたが、金弥のパトロンの報復を恐れて結局普通に戻った。 江戸時代も中期になるともはや絶対的必要性を失った"危ない恋"である男色は敬遠 されはじめた。



桑華字苑(そうかじえん) soukajien

前田慶次郎利太は前田利家の親戚になる天下のカブキものだった。 あるとき病気で危ないときに寵愛していた少年に、 「俺が死んだらおまえは殉死するか」と尋ねたら、その少年はすぐに 腹を切ったそうです。



寧固斉談叢

絶世の美少年と少年を慕う年上の貴公子との恋物語。 しかも2人とも実在の大名だそうです。 13歳で出雲の国松江城城主となった堀尾山城守に加賀金沢の城主前田筑前守(当時22歳くらい)は心を奪われてしまう。 幕府旗本の竹中左京(18歳くらい)になかだちを頼んだとか。 夜の宴を開いてもらい、2人きりになれたけど、話題がなくて筑前守は「月がきれいだね」と、話かけてしまった。で、「そんなに月がきれいなら一人で見てれば」って山城守は帰ってしまう。 しばらくして今度は山城守のほうから筑前守を訪ねたいといってくる。 喜んでたのにドタキャンで当日来ないと知らされふさぎこんでしまう。 その日の夜になって身分の低い服装で山城守の家来の者といって使いが来る。 筑前守は家来の反対を押しのけ、迷いもなく直々に身分の低い者にあう。 その者こそが山城守本人だった。 つまり筑前守は山城守に試されていたわけです。 で、ハッピーエンドというわけです。 今の世界にも通じるところもあると思いまませんか?



葉隠 Hagakure

武士道の真髄は"死ぬことと見つけたり"、と明言されてるような古典らしいです。 その中にも衆道(男色)についの記述があるそうです。 男色における恋の相手は戦場で互いに命を捨てて助け合うパートナーだから、その選択にあたっては最低5年をかけて相手の性根を見極めなければならない。 そんな感じだったから、少年の愛と身体を争奪して頻繁に流血を繰り返す、死と背中合わせ のとっても危険な世界だった様です。 で、社会状況の変化・政治的配慮によって、衆道(少年愛)は歌舞伎などの世界に追いやられたのです。

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「武士道というは、死ぬ事と見付けたり」で有名な"葉隠"は、佐賀鍋島藩の武士であった山本神右衛門常朝(西暦1659−1719)の談話を、田代陣基が代筆した教訓書である。11巻。鍋島2代藩主光茂は、その死にあたって切腹を禁じたため、常朝は殉死に代わるものとして出家の道を選び隠棲した。出家から10年後の宝永7年(1710年)、庵を訪ねてきた佐賀藩陣基に武士の生き方について語り、陣基はそれに歴代藩主や戦国武士の言行を加え、7年をかけて1書にまとめた。”葉隠”を貫く思想は、当時一般的であった儒教的士道論からみると極端ともいうべきものであり、藩中においてさえ禁書・奇書の扱いを受けた。公刊されて広く読まれるようになったのは明治の半ばになってからである。
引用文:
黒鉄ヒロシ: マンガ日本の古典26 葉隠, 中央公論社, 2001
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戦士の習俗としての男色

江戸の性風俗」講談社現代新書、氏家幹人、?660+消費税 の紹介

著者の氏家さんによれば、男色は_1)_戦国時代から江戸時代初期にかけて 未曾有の隆盛を呈し、その後すたれ、_2)_明治の初期にはまた復活したとあります。 その理由として 1)では戦場でいつ命を落とすかもしれない武士たちの必要性から、男同志が 性的に交わることを含めて互いの絆を強め、結束して敵に当たるという精神構造を とっていたのではないか、という事でした。 2)については、明治政府になってから薩摩など衆道(しゅうどう)の盛んな風潮が 東京に伝わったから、というものでした。

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開設日 1998年9月14日
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