靖国の思想

―慰霊と招魂―


 国民国家についてお話しするとお約束いたしましたが、当方が原因不明の腹痛で寝込んでいる間に政治情勢がガラガラと変わり、靖国神社の国家護持なんて話も出てきて、サテどうなるのかしらという事態に至っております。


前説

 靖国神社というのは、東京は九段坂上にある元別格官幣社です。ここには明治維新およびそれ以後に内戦・戦争など国事に殉じた者250余万の霊を合祀しております。それでは、これは慰霊施設なのかというと、そうではありません。慰霊と云うことは、靖国の本質ではないということを今回はお話したいと思います。


「招魂」と云うこと

 招魂社の「招魂」というのは、読んで字の通り、「魂を招く」ものです。魂を招いてどうするのかというと、その霊的な力を現世に呼び起こすことで利用するのです。こういった霊観念は日本に限らず古くから存在しておりまして、例えばその年の豊作を祈願するために山の神様を招いて、サト(村)に住んでもらい、秋になったら帰っていただくというようなことは、一般的に行われていました。ここで、「帰っていただく」という所が一つのポイントで、神様が「常駐」しないようにしているわけです。

 常駐されるとメモリを喰うといった話ではなく、神様は強大な力を有しているために、豊穣をもたらしうるのですが、、豊穣の季節が過ぎれば、その強大な力を持て余してしまい、ついには人々に害悪を与えてしまいます。これが「荒魂・和魂」と呼ばれる日本人独特の神観念です。つまり、一箇の神の内に善悪を見るわけで、ヒンズー教やゾロアスター教のように善悪それぞれの神を据えません。

 話を戻します。人間も死ねば魂になり、これが神的な霊力を有すると考えた日本人は、この魂を利用することを考えました。江戸は千住に小塚原(骨ヶ原)という所がありまして、江戸時代はこの地で死刑が執り行われ、多くはここに埋葬されました。江戸城からちょうど北東、いわゆる艮・鬼門の方向にあたります。ここに死者を埋める、埋めることで一種の結界を作り、江戸の町に禍が入らないようにしたというわけです。西洋の方でも、死罪人を四つ辻に埋めることで魔除けにしたという話がありますから、こういった死者による結界作りは、世界中で行われていたといえます。この結界は死者の魂の霊力によっているわけですから、成仏されたりしては困るのですが、当時は「霊魂が迷う」といった仏教の教えがあったので、或る程度お勤めしたところで、回向されたようです。しかし、死んでも人を使うというのはどうにもひどい話ではあります。まぁ、人権思想の存在しない時代だったので、やむなしとします。

 靖国神社に於ける招魂も、基本的に小塚原と同じです。違いは、その祀られる魂が、罪人ではなく、軍人であると云うところにあります。いわゆる「英霊」と呼ばれるこの魂は、靖国神社に奉納されていると云われる円盤に一名づつその名前が刻まれ、その名前の下に「命」(みこと)号を付され合祀されます。ただし皇族軍人は別に祀られます。この合祀は天皇の命令に基づき行われ、基本的に戦死者だけを祀ることになっています。戦病没者に関しては、特旨によって特祀されます。トクシのトクシではシャレのようですが、つまり天皇の特別の思し召しによって、特別に祀ってあげますよ、という誠に有難い話なわけです。戦闘で死ぬのが軍人の本懐であるべきなのに病気で死ぬなんてのはいけない、ということでもあります。なお、戦病死者のない戦争などというのはほとんどありません。いわんや、先の大戦で密林の中を行軍したらたまったものではないと思うのですが、基本は戦死と決まっている以上仕方がありません。

 祀ってどうするのか、ともうしますと、靖国神社に戦死者の霊をとどめておくことによって、これら英霊を常しえにこの国と天皇を守る干城として働かせようというわけです。つまり、ここに祀られている限り、この魂たちは現世につなぎ止められたままといえます。


靖国神社の諸問題

 この靖国神社に関しては、戦前から様々な問題が指摘されてきました。一つには、国家神道という「宗教に非ざる国家の宗教」の矛盾がありましたが、これは靖国問題を越える話なので今回は割愛いたします。靖国神社それ自体の問題として有名なのは、吉野作造が『中央公論』(1920年12月号)の「神道崇拝の道徳的意義」において、次のように言っのが有名です。

 吉野はやくざ者という卑近な例を挙げて、靖国祭祀について「識者はもつと深く考ふるの必要はないか」と結び、国家神道批判という形を薄めてはいますが、当然その背後には宗教上の問題が控えております。彼れ自身、海老名弾正に師事したキリスト者であり、死後の自らの魂がどのようにあるべきかということを考える人でもありました。もし仮りに、彼れならずともキリスト者が靖国に合祀された場合、その魂は現世にとどめられ、天国・地獄はもとより煉獄にも行けないということになります。

 一体国家は、死後の魂まで自由にする権能があるのでしょうか。というか、それ以前に死ぬ前にだって人間の魂或いは精神を自由にする権利はないはずです。帝国憲法下の戦前は仕方がないとします。しかし、現在の日本国憲法下においてはそのような権利はないのではないかなぁと思うわけです。ここでは別段、該当の条項を出しませんので、お暇があるときにお確かめ下さい。ただ、神道祭祀という形で戦死者を招魂し現世にとどめるという、信教の自由への冒涜は戦前に限られたものではなく、先ごろ判決の出た自衛官護国神社合祀問題という形で今日的問題として現前しています。但しこの件に関しては、色々あるので、残念ながら割愛します。

 靖国神社のもう一つの問題は、その祭神です。ここに祀られる魂は基本的に軍人であり、民間人は祀られていません。(参考:尼港事件殉難者記念碑)東京大空襲や広島・長崎を初め、その他銃後での死者は除外されています。第一次大戦以後の総力戦時代にはもはや前線と銃後の区別はなくなったと言われますが、民間人は干城にならないから祀られないわけです。いわんや、捕虜になったまま空襲で死んだ人々は考慮の対象にもなりません。同じく戦争の惨禍によって死んだというのに、この差別は何なのでしょうか。

 それでは靖国神社にそういった人々の魂を祀ればよいのでしょうか。しかし、それは靖国神社の本質である「招魂」・「国家の干城」という原則から離れますし、もとより魂の死後の帰属は各人の自由意志にあるべきです。そもそも靖国神社によって慰霊をしようという行為自体が、矛盾でしかないとも申せます。ここは慰霊の地ではなく、招魂の地なのですから


慰霊の地

 それでは、日本人は先の大戦での死者の魂に対して慰霊は出来ないのでしょうか。そんなことはありません。例えば、諸外国にある「無名戦士の墓」。この「無名」は、国家によって顕彰もされないし、また無視もされなず唯々慰霊されるという意味であると同時に、墓自体の在り方が「無名」であることを意味しています。つまり如何なる宗教に対してもニュートラルであるということです。如何なる無神論者であっても、死者に対して敬意を払うのは、宗教以前の問題であり、人権観念の有無にかかわることであろうと思います。つまり、「無名」であると云うことは、宗教からニュートラルであるということの他に「無名」ゆえの「普遍性」をも意味していると言えるでしょう。もとより外国に出ずとも、今日、日本国内における慰霊祭はすべからく「無名」であることがめざされています。広島・長崎の慰霊方式に対してだれも文句を付けないように、戦争犠牲者すべてに対してその魂を慰霊することができるような慰霊の在り方を考えるべきではないでしょうか。


註「煉獄」 煉獄とは、ローマ=カトリック教会で、死者が天国に入る前に、その霊が火によって罪を浄化されると信じられている場所で天国と地獄との間にあるのですが、いわゆる最後の審判まで多くの人間はここにいることになっています。つまり、大したことやってないから、審判が遅れるわけです。ちなみに、ローマ=カトリック教会では地獄にはだれもいないことになっています。あのユダさえも、救うのが神であり、キリストであり、三位一体ハレルヤと云うことですね。しかし、そうなると閻魔や鬼が失業してしまうのではないかと心配です。

註「やくざ者」 「やくざ者」とA級戦犯とが一緒になるかは分りませんが、構造的に似ていると云えば似ているような気がします。ところで、A級戦犯として死刑になっても罪は消えないんでしょうか? 懲役を終えてもその人は犯罪者なのでしょうか? A級戦犯という日本国家を誤らせた人間を、国家の干城として顕彰するのは間違いなのはわかってます(ドイツの慰霊の地にヒトラーがいたらおかしいですものね)。ただ、人間の罪という問題に関して私は言っているのです。

註「だれも文句を付けない」 ただし、旧朝鮮出身の被爆者名簿は今年になって始めて納められました。五十有余年もの時間がかかったことに対して慙愧の念を禁じ得ません。なおこのことは、戦争責任にも関ってくることなので、別稿に譲ります。


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