No.1
「包丁無宿」というマンガをご存じだろうか?「美味しんぼ」に始まるグルメマンガ全盛の時代、綺羅星のように漫画界の外堀を駆けめぐった硬派料理劇画である。
たがわ靖之作、日本文芸社刊のこの作品は決してメジャーとは言えなかったが、着実な読者層がいたようで、全45集(確か)の単行本に、保存版まで出た。もっとも今では料理界の「ブラック・ジャック」を目指したような「ザ・シェフ」などとともに新刊書店で見かけることはほとんどなくなってしまったが…。

《あらすじ》
名門料亭「桐の家」の花板、暮流助(画1)は、凄腕の料理人だったが、桐の家を追い出され、日雇いで全国の料亭をまわる「流れ板」と呼ばれる身分になった。桐の家主人の説く「料理は術ではなく道」という教えを胸に、修行の旅を続ける流助の前には、しかし大日本料理会の刺客(と言ってもヒットマンではなく、ただの板前)や、どういう組織なんだかよく分からない組織「黒包丁」(笑)の刺客(これも板前)が次々と現れ、料理勝負を挑んでくるのであった。流助はそうした刺客や、地元の意地悪な食通がふっかける無理難題を、時には「美味しんぼ」では考えられないダーティな手も使いつつ(合成調味料をふりかけて舌を麻痺させるなど。どこが料理道だ?)、切り抜けていく。


画1,「流れ板」暮流助。


画2,「大日本料理会」会長の歌川繁造さん。日本中の料亭を傘下におさめようと画策している。離れ小島の地下牢に板前を監禁し、自分のお気に入り料理を作らせるなどといった事を平気でする浮世離れした富豪。そんなワガママなライフスタイルをうらやましく思うかどうかはともかく、コイツに乗っ取られたら料理界は大変だろうなあ、と小学生でも思えるキャラクターであることは間違いない。

さて、今回取り上げるのは残念ながら歌川繁造率いる大日本料理会(画2)の出てくる回ではないが、歌川氏に匹敵する強烈なキャラクターを持つ板前が登場する「料理道別伝」の回である。さっそくその浮き世離れっぷりを見てみることにしよう。


《料理道別伝》
新たな料亭「新間亭」に流れ着いた流助。板前にしては妙にやくざっぽい以外は「うちの店はやる気のあるヤツにはどんどんよいポジションを与える方針だ」と頼もしい言を吐くなど、尊敬できそうな親方に出会った流助は、この料亭でしばらく腕を振るうことを決める。しかし、その日の締めで親方は、
「よし、今日はみんなご苦労だった。この馬力で明日も頼むぞ!」と宣言し、
「ダーーーーッ!」と叫んでガッツポーズをとるのだった。
そして、それに続いて弟子たちも「ダーーーーーッ!」

とたくましく唱和するのであった。
ここで、本当なら流助はここがどういうノリの料亭なのか気づくべきだが、流れ板たるものテレビなど見ないのであろう、「わかってる人だぜ」などとつぶやくばかりで、ここの親方の名が「井軒」(無論、読みは「いのき」)であるというあまりにもあからさまな手がかりを与えられても何ら不審には思わないのであった。


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