20世紀初頭

 19世紀までの研究はいずれも患者の告白や、行動の観察や、解剖学・生理学に論拠を求め、いわば同性愛の表象のみを捕らえてきたが、ジクムント・フロイトは、その本質へと視点を変えていった。1905年に発表した『性の理論三篇』の中で、ヒトの発達の段階は「自己愛→異性としての親への愛→同性愛→異性愛」[ベイカー1975年]と変化し、両性的傾向があると述べたのである。これは先天性説・後天性説を根底からくつがえすこととなった。彼は同性愛への動機はエディプス・コンプレックスおよび去勢コンプレックスによるものと考えていた。一般的には、子供は自己愛から異性の親を愛するようになり、親への愛から自分と同姓の仲間に向かい、その後で異性に向かう。同性愛者は、同姓への愛をしめす潜在期から発展せず、自分を愛した異性の親と、同じ性対象をもとめようすると述べたのである[澁澤1984年]。さらにフロイトは、同性愛者を性倒錯者としてみていたが、、病的変質者ではないことを述べている。またその理由の中に「知性な能力が非常に高度に発達し、道徳的に優れ、高い教養を備えている人物においても性的倒錯が観察できること。」[フロイト1997年]と述べていたので、男性の同性愛の主唱者にとっては、追い風となった。
 フロイトが唱えた両性的傾向の概念を、スペインの内分泌学の権威、グレゴリオ・マラニョンが、動物学の領域で立証した。彼の考えは、男女の性はホルモンの影響でじょじょに分化し発達するが、男性は女性の、女性は男性の発現を完全に抑制することはできないというものである。ということは、同性愛者はただ単に、「潜在的な異性愛者」に過ぎなく、その構成要素を逆転すると同性愛者は異性愛者に変わりうるということもいえることになる[澁澤1984年]。
 元フロイトの患者で分析家となったウィルヘルム・シュテーケルは、さらに独特な考えを述べている。彼は、単性愛(一つの性を愛すること)は必ずしも正常かつ自然な行為ではなく、人間は両性を与えられているのだから、むしろ両性愛的な行動が自然であると主張したのである。しかし彼は考え方を精神分析の原理へと立ち返り、従来の同性愛=倒錯という見解に戻ることとなる[澁澤1984年]。